10. 閑話 - しょんぼりヴギルさん
前回のあらすじ
人類の叡智が生み出したゲロマズクソポーション
ガメオはヴギルに剣を教わるという名目で、今は妖精郷で彼の家に住まわせてもらっている。
故郷をモンスターに滅ぼされ帰る家がなくなり、生きていくための知恵も力も(腕力と言う意味はもう含めずとも良さそうだが)金も、さらにコネも持たない身寄りのない子供としては、前提となった身の上にさえ目を瞑ればお釣りが来るぐらいの幸運と言える。
ただ、不安もある。
ある意味当たり前の不安だ。
人間と言う「異物」である自分がいつまで妖精郷に置いてもらえるか。
何が待っているか分からない人間界で生きていくことに不安がないわけじゃないが、最低限冒険者で食べていくことは一人前のお墨付きを貰えるまで鍛えてもらえれば多分出来る。
だがそれより、何よりもガメオがここを気に入っている。
ザアレがいて、ヴギルがいて、ランツェや皆のいるここがもう一つの自分の故郷の様に思えてきているのだ。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
『ふむ。精霊から生まれ精霊に還る我等には持ち得ぬ悩み、か』
『え?ガメオ、出て行っちゃうの?』
ザアレがテーブルから体を乗り出し、見た事もないような悲しげな顔で見つめてくる。
どちらかと言うとヴギルの察した通り人間特有に属するもので、人に混じり生きるホビットやドワーフなら分るかもしれないが、社会と言う概念が最悪無くてもいいフェアリー族にとっては理解のためのハードルが非常に高いものだ。
精霊と世界樹の導きに従い、好きなように生き、好きな相手と一緒にいれば良いだけなのに何でそんなにわざわざ厄介に考えるんだ、と。
泣きそうなザアレをガメオが色々宥めたりなんだリしているうちに、漸く思いを表す言葉が見つかったのかヴギルが口を開いた。
『―――ガメオ。お前は私に剣を教えろと言った。私はそれに応える事を精霊に誓った』
「うん」
『そして、私は戦士だ。私のような武器に剣を選んだ戦士にとって、剣とは―――生きることに他ならない』
「うん」
『―――そう言う事だ』
「うん・・・うん?」
首を傾げてちょっと考えていた顔をしていたザアレの表情が、少しの時間を置いた後雨上がりの太陽の様にパーッと明るくなり足をぴょんぴょんさせた。
『ガメオ、よかったねー!好きなだけここにいていいってー!』
「え・・・えぇ~~・・・」
ヴギルはいつもの寡黙な様子で頷いていた。
いや嬉しいんだけど、心から嬉しいんだけど。
あ、戦士だから剣を教える事が生きる事を教えるって事になるのか・・・今気付いたけど本当にわかりにくいな。
『いや――、何でそれで伝わると思ったんですかい戦士長』
家の玄関口にはランツェが呆れた様子で立っていた。
妖精郷のフェアリーたちの家と言うのはドアは付いているのだが、天気が悪い、体調が優れない、面白い悪戯を思いついたなど何か理由がない限りは開けっぱなしの事が多い。
『まーそう言う事だガメオ。戦士長の言葉選びのセンスはこの通りなんだが、人となりは存外単純なもんだしそのうち慣れるんじゃねーかって思う』
「し、辛辣だよなランツェ・・・」
『ま、今日のオレッチの本題はそれじゃない』
よく見るとランツェは巻いた大きな紙を携えており、部屋に入ってきて皆の囲むテーブルにドカッとそれを広げた。
『今回はですね、――ヴギル戦士長の反省会です』
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
『結論から言うとザアレの鱗粉を回収できて魔法の力も取り戻し、ガメオの魔剣の力も発動出来ました。そんで誰一人欠ける事無く還ってこれたので成果としては上の上、そこにオマケが付いてるぐらいには言ってもいーでしょう――が、オレッチに言わせればぶっちゃけたまたまとしか言えませんぜ』
紙に書きだされていたことを纏めると
・案内にガメオ、鱗粉確認とその場での使用のためにザアレを連れて行くのは悪くない
・でも魔法が使えないガメオとザアレのために姿隠しの木の葉(頭に乗せると姿が消せる)なり何なり予め用意すれば今回起こっていた問題がほぼ無視できたのにしなかった
・選んだメンバーがアタッカー重点だったのに構わず分断とか小難しい作戦を選んだがメンバー的にはオークを速攻始末してから三人掛かりでオウガをボコる方が手早く済んだ
・魔物察知・探知に優れたメンバーを連れて行かなかったので大量に沸いてくる予兆に気付けずグズグズしてる間にこっちが分断された
・オークとオウガを分断するならするでオウガも鱗粉のある家から引き離せば二人を進入させる隙ができたのにしなかった
・以上のどれか一つでも出来ていればガメオとザアレの身の危険は相当少なかった
・ベストの結果が過程の反省点を無視する理由にはならない
・この脳筋猪武者が
説明を受けているうちにヴギルがみるみる小さくなっていった。
ヴギルはランツェと共に冒険者パーティーを組んで活動していたことがあり、その時も作戦などはランツェが担当していたようだ。
ランツェは得意武器の槍の持つ突撃っぽいイメージに反して、避けるべきものをワーストから順番付けするという考え方をしていた。
死んだら終わり、なのである。
色々な事が重なってガメオが妹のブレスレットを見つけ、魔剣の力も引き出せたのはラッキーだったが、全員生還よりも優先される成果かと言うとそうでもない。
ザアレの鱗粉についても同じで、どうにも回収できそうもないなら最悪無視して逃げ帰っても良かったのだ。
鱗粉で魔法の力を取り戻さないと詰む状況にまで追い込まれたから無理して回収する必要が出てきたのであって、そこまで追い込まれたのはその場のリーダーの戦略戦術のまずさである。
まあそういったことをランツェに突き付けられ続け、ヴギルのしょんぼりはついに極大値に達した。
『―――ザアレ、ガメオ。私のせいで無用な危険に晒し、本当に―――すまなかった』
「あっ・・・、はい」
普段見られない最下級テンションのその反省具合は、ランツェに逆らうのだけはちょっとやめておこうとガメオが心に決めるのに十分であった。
ヴギルさんは当初に比べ武力上方修正、戦術戦略は下方修正されました。
後から考えたらやってた戦術が作者から見ても割と酷かったセップクポイントなので、これは作者自身に対するセルフツッコミでもあります。