96. 幻に沈む
鬼邪殺戮怒ばっかり構ってごめんよ
今エピソードのアルテア君の大冒険の導入がようやく思いついたから久しぶりに更新するよ
全身の感覚がない。
倒れ伏す私の目の前の大地に、一振りの剣が突き立っている。
抗し得る物が無い筈の無双の刀身に、あたかもそれを凌駕する鋭利で勁い剣で付けられたかのような刃毀れ、否、半ば近くまで入った深い切れ込みがあった。
この剣を長らく振るってきた私の右手は、手首から先がない。
既に傷は塞がれ出血は止まっている。
また同時に、生まれてから今まで私の体に満ちていた力の殆どが、まるで右手ごと切り取られてしまったかのように抜け落ちているのもまたはっきりと自覚された。
・・・恐らく私は死なない。
「お前の死までは望まぬ」と、そう正面から言葉を叩きつけられた通り、この身から命が流れ出す様子はない様だ。
これが貴様の復讐だと言うのか・・・?
私が貴様に果たしたのと同時に、貴様も遂げていたのか!?
・・・立たねば。
立って、歩き出さねばならない。
それだけは分かる。
だが、どこへ?
全ての標を失った虚ろな身で、どこに向かえばいい?
冷たい風だけが私の頬を撫でた。
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随分と懐かしい夢を見た。
俺が今の俺となる、原点の記憶だ。
仰向けに寝転んだまま、不可解な色合いの空を見上げながら一つ一つ確認していく。
俺は≪吹雪のイオンズ≫。
仮面は、ある。
右手の義手に問題はない。
魔眼も普通に使えている。
専用の吹雪の聖剣は聖堂にあり、腰にはミスリル合金の剣。
何かの拍子に全裸と言う事もない。
概ねここに飛ばされてきた時のままの状態だ。
あんな夢を見たのは・・・今居るこの不可思議な場所が、その直後にやって来る事になったのとまさに同じ場所だからなのだろう。
砂でも土でもない妙な地面、晴天か曇天かも判然としない空、暑くも寒くもなく快適でも無ければ不快でもない空気。
間違いなくあの時と同じ世界だ。
しかし、とんでもなく強烈なおかしな殺気の波動を不意打ちで浴びたとはいえ、それだけで再びここまで弾き飛ばされるとは・・・この身は些か不安定に過ぎる。
何らかの対策の魔法道具を作るか空間魔法をもう少し鍛えるかしないと、恐らくは魔族との戦いに入るたびにこの空間を行ったり来たりすることになるだろう。
今の所何度も来ているわけではなく、この空間に関して多くは知らない。
元の場所に戻るのは簡単だ。
幾つもの『もしも』の世界に惑わされず行くべき道を見据えるだけだからな。
だが戻った時間が元通りとは限らない。
下手をしたら俺も知らない大きな事件が一つ二つ起こっているかもしれない。
その場合は、今のアルテアに期待するしかないな。
だからと言って戻らないと言う選択肢は無い。
全ての幻影が泡と消え光の門が残った。
俺はいつかと同じように、足を前に踏み出した。
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「王都から馬車が来ない?」
王都への帰路に立ち寄った宿場街の冒険者ギルド。
そこでアルテアが聞いたのは既に発生している異常事態の一端だった。
受付嬢は受け答えを続けた。
「ええ、王都方面からの馬車や旅人は普通に来るんですけどね。王都そのものから来たと言う人は少なくともこの一週間と半ば程、一人もいらっしゃらないんです」
「王都から人は来ない・・・看過できない話ですね。では逆に、王都に用向きのある人はどうなっているんですか?」
王都とこの街は通常の速度で移動しておよそ三~四日の距離にある。
そしてアルテアが魔族討伐の為に出立したのが二週間前。
となると丁度、アルテア出発直後に何らかの異変が発生したと言う計算だ。
アルテアからの重ねての問いに対し、ギルド受付嬢は困惑したように続けた。
「それが・・・辿り着けなかった、のだそうです」
「辿り着けなかった?王都まで行けなかった、という言葉通りの意味ですか?」
「はい。余りにも同様の事があり過ぎて先日、特別の緊急念信で王国全土のギルドに送られた情報です。間違いありません」
遠距離念信と言うのは魔力を大量に消費し、それが大規模になると魔術ギルドの協力を仰いで魔力燃料になる魔石や魔物素材を空にしてしまうレベルだ。
全方位への緊急念信などそう簡単に行えるものではない。
以前王都が飛竜に襲われかけたあの大事件でさえも、警報としての念信は周辺の街に留まるものだったのである。
それに加えて今回、各ギルドや諸侯が独自に王都に送った念信には、当たり前のように反応が無かったという。
「何でも体験した方々によると・・・王都に近付くとミルクのような霧に包まれ、いつの間にか元来た道を戻ったり、王都を挟んだ向こう側の街道へと出てしまったりで兎に角王都には入れないのだそうです」
「・・・手持ち無沙汰なのにピリピリした雰囲気の冒険者を見かけることが多いのは、そう言う事なんですね。ありがとうございました」
ギルド併設の酒場も空気が良くない状態なので、アルテアは刺激しないよう挨拶と共にその場を離れた。
由々しき事態を遥かに通り越した何かが起こっているのは間違いない。
そして本当の意味で中央不在のこの状況が続けば、諸侯が独立を主張して争いを始める可能性は非常に大きい。
それを見越したと思しきスパイは、既にこの街だけで十人は勇者の眼で捉えている。
しかし魔王や魔族と戦うためのコアの部分は、やはり王都でしか担い得ない物が多すぎる。
それ以外を旗印としてどうにか人が纏まる事に成功しても恐らくは・・・。
気になるのは、街道結界が何事もなかったかのように安定している点だ。
聖女が結界の魔力を供給しているのだが、この状況を引き起こした何者かが聖女の居る聖域そのものをどうにかできる力までは無い、と言うのはあり得る。
しかし彼女の強大な光の魔力を一度集めて各地に送る作業は、大聖堂地下にある大型アーティファクトを使わずに行う事は出来ない。
大聖堂の重要な役割のうちかなりの割合を占めていると言える。
それが沈黙していないというのは、一体どういう事だ?
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その街に一泊した後、アルテアは王都に向けて出発した。
何があるにしても、実際に行ってみて王都周辺がどうなっているのか自らの目で確認しない事には始まらない。
聖剣の勇者として鍛えた体と魔法をもってすれば早馬よりも早く大地を駆ける事も容易く、朝に出発して日が傾く前にはその領域を臨む高台まで到達していた。
「地平線を霧が覆っている・・・話の通りだけど、実際見てみるととんでもない光景だな」
地上から行くと惑わされるらしい。
ならば空からならどうだ?と飛行魔法を使おうとしたアルテアは、その瞬間余りにも嫌な予感に襲われ飛び上がるのを止めた。
勇者の眼には、あの濃厚な霧は通常よりマナが多少濃いだけで、取り立てて何かがあるようには見えない。
ただそれ自体が強力なノイズなのか、解析できるほどの揺らぎの欠片も外には出てこない様だ。
兎に角ここまで直感がヤバイと示している以上、空から行くのは危険だ。
・・・地上から行くしかない。
聞いた話を総合する限り、聖域に使われる惑わしの結界に近い物かも知れない。
濃厚な霧の境界に立ったアルテアは、あらゆる感覚を総動員して僅かの変化も見逃さないように集中しつつ、何も見えない中に第一歩を踏み出した。
「・・・ッ!」
変化はすぐに訪れた。
重力の方向が曖昧になり自身が向く先さえも歪んだような錯覚が発生し、アルテアは魔力を瞬間的に弾けさせそれを打ち払った。
打ち払ってしまった。
一瞬の嵐のような魔力の乱れと共に視界がフラッシュに塗り潰されたかと思うと、ある程度視界が確保される程度に霧が晴れた。
そこには・・・人よりもはるかに大きな異形の鎧が、背負った何かから煙を噴き出しながら歩いているという光景があった。
黒幕が何者かはともかく、霧を実際に作り出しているのはコイツのようだ。
送還出来なかった聖剣は封印帯布を巻いて気配を隠している状態だ。
異状の中心に到達するまでは解かない方がいいと判断したアルテアは、ミスリル合金の剣を抜き払った。
移動するのに時間がかかるという小学生でも知ってる常識が頭から抜け落ちていたので修正しました