95. ガメオ対ゼタニス、そして出立
5000文字近くで作者的にはやや長めになりました
最大の功労者の目覚めに、里は歓喜に包まれた。
流石に魔王の力を真似ると言うやらかしの異常さに自覚のあったガメオは内心ドン引きされるんじゃないかと思っていたが、戦いの力を重んじるプライムオーク達だからなのかむしろ大いに揉みくちゃにされた。
これで一応病み上がりなのは考慮しているらしい。
既に先の襲撃で散った戦士達の埋葬は済んでおり、その分も生を謳歌するのが彼らの流儀のようだ。
「魔境の中心にある里ではあるが、この地の周辺だけに限れば魔境とは呼べない程に瘴気が薄まっている。もう二度とあんな無茶な真似はして欲しくは無いが、それでも精霊に誓い感謝を君に捧げよう。ガメオ」
そうフロスギンはガメオに深い感謝を伝えた。
「そう言えばその『精霊に誓う』って、どういう事なんだ?」
「アンタ、妖精郷で暮らしてたって話なのにそんな事も知らないの?」
『ちょっとー!ガメオをバカにすると許さないよチャンカー!』
「何だと」『なによー』とチャンカとゾオレが言い争うのを尻目に、鎧と武器を完全に荷物に纏めて背負い貰ったマントを羽織った姿のヴィリアンボゥが補足した。
「妖精族からの最大の敬意と謝意、と言う表現でさえ不足のものである。それを誰かに捧げた妖精は、同じ相手から示される事で出来る範囲で一度だけ願いを叶えねばならぬ魔法的な誓約を負う事になる。それだけの物を受け取ったのであるよ。まあ、逆に妖精に対して結んだ約束もそれ程ではないにしろギアスが掛かるのであるが」
「それ程深く考える必要はない。と言うか、こんな程度で返せるものではないよ。決して住みよくは無い地に精霊の強い恵みまでくれたのだから。この先根付かせるのは我等の役割だとしても、な」
ヴィリアンボゥが旅装である事に対し「もう発つのか」と問われると、彼女は見た目だけならミステリアスな少女らしい繊細な笑みを浮かべた。
「ガメオの無事も確認できたしな。吾輩はゼタニスと連れ立って王都に向かうつもりである。何やら只ならぬ事態があるようでな」
「ゼタニスと?」
丁度そこに、同じく旅支度完了寸前位の装いのゼタニスが片手を挙げながら出てきた。
只ならぬ事態とやらが何であるのかガメオに尋ねられたゼタニスは、二振り持った鞘入りの剣のうち一つを手に取って答えた。
「この剣を見てくれ、沼の魔物を倒す時に王都から召喚した≪雷の聖剣≫だ。全部済んでお前がダウンした後に送還しようとしたが何度試しても還せなかった・・・王都で何かとんでもねえ事が起こってるのは確実だ。表向き追放された身だが、流石にこいつは見過ごせねえ」
「現状この荒野の監視は必要無いと吾輩は判断した。故に、共に王都へ上り何が起きているのか見定め、何かがあるのなら対処に当たるのである」
「そんなわけでここでやる事は大体やった・・・が、一つだけやり残しがある」
不意打ちの様にゼタニスが剣気を曝け出し、聖剣で無い方の魔剣を抜いた。
セットとなっている盾は出さず、片手剣のみ。
突風が吹いた様な圧力を放ちながら、彼は続けた。
「抜け、ガメオ!俺はお前が何なのか確かめなくちゃいけねえ。何故お前がシグナムやラムザイルの旦那の剣を使えている?お前は、何だ!?」
ゾオレやチャンカ、それに遠巻きに見ていた里人の半分以上が眼前で起こった事にざわついた様子を見せた。
ガメオが体の横に右腕を伸ばすと、モモがスプーの頭上から軽く跳び上がって魔剣の入った鞘を勢いよく吐き出したのを、ノールックで見事にキャッチした。
「ちょ、ちょっと!さっきまで寝てたってのによりにもよってそんな無茶!」
『そーだよガメオ!た―――タブン、話せばわかるよ!』
事あるごとにぶつかり気味だったゾオレとチャンカの意見が珍しく一致した。
だがそんな様子の二人に対し、魔剣を抜いたガメオは空になった鞘を差し出した。
「そんなおかしな事にはならないさ。持っててくれよ」
「え・・・ちょ・・・ッ!」
何故か顔を赤く染めて慌てた様子を見せたチャンカだが、最後には目を逸らしたままではあるが意を決したようにそれを受け取った。
どういう訳か軽く歓声のようなもの上げるギャラリー。
「・・・やっぱりこの前のアレでスッカラカンだ。魔剣の力は使えないな」
「気にすんな、俺も魔法は使わねえ。しかしだ」
ゼタニスの姿がぶれ、次の瞬間には甲高い金属音が鳴り響いていた。
地面を蹴った音さえないまま接近を許したガメオは、反射的に初撃を防いでいた。
「もう始まってんだぜ?ボーっとすんじゃねえ!」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
続く剣戟の中、魔剣の少年の剣筋には自分のよく知る二人の強者を感じる。
またそれ以外の幾つもの武の匂いや、人や妖精どころか魔物の様な訳の分からない物さえも無数に混じっていた。
そのフィジカルは≪身体強化≫などを使わなくとも人間離れ級だ。
体力も反射神経も眼も優れ、それに今の今までどんな相手と戦ってきたのやら戦闘勘も凄まじいものがある。
なのに、剣のセンスだけが驚くほど無い。
何合も剣を打ち合わせずとも、それ以前に最初の一撃を受けるまでもなく沼の魔物と共に戦ってきた時点で明白だ。
ガメオには剣の才能は無い。
決して温くはない修練を感じさせるのにこの程度なのだ。
肝を冷やすほどの見事な剣術は、魔剣に人の技を模倣できる能力があるからに他ならない。
「だがお前の底はこんなもんじゃねえだろ!?見せてみろよ!」
「メチャクチャ・・・言ってんじゃねえッ!」
押し込まれた体勢から蹴りで強引にゼタニスを引きはがすと、その勢いはグレートボアの突撃を無防備に食らったような派手な吹っ飛び方となった。
剣のセンスは無いが、弱いという訳では無い。
むしろゼタニスにとってガメオは魔剣の能力がなくとも魔物並みのパワー、スピードに体術、知恵と基本的な剣技が備わっている時点で十分に油断ならない相手だ。
しかし、真の本領はそこにはない。
「げっほ・・・いいキックだな。だが予告しとくぜ、次で最後だ」
横から風が吹き始める中、愛剣を一度大きく振る剣舞の様な鮮やかな動きから、地を這いそうな低い構えで一度ピタリと止まった。
「・・・邪剣≪蛇狩≫」
初撃の時より疾いにも拘わらず名前通り蛇の様にうねった軌道のステップイン。
邪剣≪蛇狩≫などと言う技は、無い。
今適当にゼタニスがでっち上げたものだ。
大袈裟な構えで適当にそれらしく見せ、何の意味もない出鱈目なフェイントを繰り返しながら高速接近する技と速度のごり押しとでも言うべき戦法に過ぎない。
しかしそれが分かってもどれが虚でどれが実かを見分けられるには両者の実力は隔たりがあり過ぎた。
故に、ガメオに出来る事は一つ。
可能な限り疾く、勁い一撃で迎え撃つ。
ガメオの発する強烈な殺気が、ゼタニスを真っ向殴りつけた。
しかし電光の如く疾走する脚と剣は、止まらない。
(そうだガメオ、お前にはそれしかねえ!実戦で何の覚悟もなくその殺気を食らってたら、下手すりゃションベン漏らしてそのまま真っ二つだろうよ。だが俺はソイツを既に知っている!丸見えの殺気は呑まれさえしなけりゃ只の丸見えの剣筋に過ぎねえ!)
ガメオの殺気は、ゼタニスを真上から叩き潰すような斬撃が来ることを分かり過ぎるほどに示していた。
残酷なまでに対応が容易な一撃・・・来た瞬間に軸をずらして剣を喉元に当てる、それで終わりだ。
しかし、そうはならなかった。
(ッ横からだと?)
殺気は確かに頭上からの振り下ろしの物だ。
しかしガメオの振るう剣の実体は、それとは別にあまりに薄く寸前まで気付けないレベルの殺気と共にゼタニスの視界の横から飛んできたのだ。
交叉、一瞬の静寂。
一本の剣がくるくると宙を舞い、長い眠りより覚め実りを湛え始めた大地に突き刺さった。
ゼタニスの右手には依然として愛剣があり、ガメオの手には無い。
それが決着の勝敗を示していた。
「・・・まさかそこまで殺気のコントロールができるとはな。うっかり盾があるつもりで左手で受けるとこだったぜ」
「出来たのは今しがただよ。感覚を掴めたのはアレのお陰だけど」
ひらひらと動くゼタニスの左手の甲に、一筋の赤い線が走っていた。
「ま、アレだ。済まなかったなガメオ。アイツラの剣が使えるとか実はどうでもよくて、単に俺がお前と剣を合わせてみたかっただけだ」
ゼタニスはそう言うと、既に纏められている荷物にかかっていたマントを羽織った。
「もう行くのか?」
「ああ、里から出してもらった荒野の案内人も待たせてるし、餞別も渡せたしな。じゃあなガメオ。ゾオレにフロスギンにフォベルク、嬢ちゃんに里の皆もな」
「そういう訳である、達者でな」
既に里を中心に広がった草原も抜けた辺り、前を歩くプライムオークの案内人に聞かれないようヴィリアンボゥがゼタニスに話しかけた。
「お主・・・事と次第によっては少年を討ち取るつもりであったろう」
「・・・しょーがねえだろ。あんなもん見せられて、あいつが何者なのか見極めねえわけにもいかねえんだから」
「・・・確かに吾輩では手加減が効かな過ぎ、試す役には向かないがな。それにしてもゼタニスがいらぬ罪を被って追い出された理由が分かるのである」
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
ガメオ達一行がゼタニスとヴィリアンボウとは逆方向のエルフ自治区方面に出立したのは、さらに一日体を休めて翌日の事だった。
このまま留まってもいいんだぞと言う声は多数あったが、そう言う訳にもいかない。
風に花びらの舞う草原を、大きな猪と人影が歩いて段々と小さくなっていく。
その様子を黙って見詰める姪に対し、フロスギンは訊ねた。
「別に付いて行ってもよかったんだぞ?」
しかしチャンカは首を横に振った。
「それはだめでしょ、兄様。空の鞘を差し出すのがプロポーズなんてあたい達の風習、知らないから何の気なしにやったのに決まってるんだから」
「だが、受け取ったのだろう?」
「いつか改めて『お嫁さんになってくれ』って言われたら断らない。でも、今付いて行っても足手纏いにしかならないよ。せめて父様の復活させた≪精霊技≫の一つも覚えないとね」
子供とばかり思っていた姪の涼やかな笑みに、フロスギンは「下手をしたら置いて行かれるのは自分の方かもしれない」と精進への決意を新たにした。
「なあ、デッキー。お前が、って言うかお前のパクリ元が言ってたんだが、魔王派って連中は基本的に大した事ない、って話だったよな?」
『確かに俺のオリジナルはそォ認識してたぜ』
「あの瘴気のビンは間違いなく魔王派のものだった。でも、本当に言った通りの連中だったらあんな化物を生み出して自在にどうにかしようってのは、どうにも・・・」
『魔王派と魔王の影は、元々完全に別口のはずだ。どっかでくっつきやがったからあんな大それた所業が出来るんだろォが――ゼタニスの言ってた何かとんでもねェ事と関係あるのかは流石に知らねェよ』
その時、ガメオは歩きながらも妙に静かな事に気が付いた。
いつもはペチャクチャ何か騒がしいゾオレが先程から黙っているのがその原因である事に、僅かな時を置いて彼は漸く察した。
「一体どうしたんだゾオレ?黙りこくって」
『―――聞こえてこないの』
「・・・?」
『ガメオが目覚めたあたりからどれだけ呼び掛けても、ザアレからの返事が全然聞こえてこないの!』
何かが起こっているのは、どうやら王都だけに限らないようだった。