89. 魔王の剣(後編)
本編以外も合わせて第100編目となりました。
イイ感じのクライマックスにこの節目が当たったのは結構ラッキーかも知れません。
ナンバリングの100話目がどうなるかは分かりませんが。
その瞬間。
神聖王国に生きる多くの人々が。
獣達、魚や鳥、虫達が。
草木や花々が。
魔物たちが。
何もないはずの荒野から発せられる、それを感じ取った。
『ガメオっ!』
その様子を里の外壁越しに見ていたゾオレは我知らず叫び出し、また同時に戦場の真ん中に飛び出そうとしていた。
自分の生れる前から知っている少年が人に使えてはいけない何かを使おうとしている、そうとしか思えなかったから。
「危険ダ、下ガレ」
≪見て叫ぶだけなら邪魔も同然だ、今は辛抱するのだ!≫
『だって、だってガメオがあんな―――!』
≪ええい仕方ない≫
放せバカスライムにバカうり坊、と暴れるゾオレの頭に声が届いた。
ゾオレを通して一部始終を見ていたザアレからの念信だった。
何かの話を聞いたゾオレは落ち着いた様子で、独り決然と言葉を紡いだ。
『―――ガメオのネックレスに、力を送ればいいんだね』
「ッッッッォオオオオオアアアアアアアァァァァァ!!!!!!!!!!!」
戦場にいるすべての者が、突如発生した余りにも強大な気配、強大過ぎて何かがあるとさえも認識できない何かに押し潰されたようにその場に倒れこんだ。
これから一方的な蹂躙劇を繰り広げようとしていた魔物も、絶対的な何かに怯えるように指一本動けなくなっていた。
唯一人立っていたのは魔剣を地面に突き刺し、咆え続ける少年のみ。
装着者の損傷や負荷を肩代わりする白銀の鎧が生成される端から崩れ砕け散り、再生したらまた砕けるサイクルが延々と繰り返されている。
獣の咆哮とも違う何かを叫ぶこの状態は、肉体のみならず精神の負荷も元来人族には耐えられない水準なのだ。
だが、これでも足りない。
何とかして指向性を持たせないと、敵も味方もなくただ抑え込み続けるだけだ。
魔剣を通して魔王を降ろすというのは、仮に可能だとしても無茶の中の無茶なのはやる前から分かっていた。
トレース出来るのがどうやら体の動作だけではないらしいと薄々気づき始めたのはいつの頃だったか。
ガメオに魔法の才能でもあれば、恐らくは他者の魔法も模倣出来たのだろう。
今やっているのは、ガメオに出来るその究極形だ。
限界以上の内観魔力フルバーストで魔王の存在感と威圧を模倣する。
しかし対象が魔王だけあり、力や技を借りるのではなく威圧を発するだけなのに碌な制御も効かないうちに意識がを保つのも限界になっていた。
魔剣を掴む手が震える。
発しているのが自分の声かも分からない。
全てが遠くなる。
(やっぱり・・・オレには無理・・・なのか?)
燃え尽きそうな意識の片隅に辛うじて浮かんだ言葉も、すぐに揺らいで消えた。
片膝が地面に付く直前、胸元のネックレスが青く輝いた。
シィタの思いの籠った石が放つあたたかい光だ。
妖精郷に降り注ぐ日差しの様な。
それは自分自身さえも内側から破壊する過剰な力からガメオを守るようだった。
力と感覚が戻って来た。
・・・今なら、いける!
「魔王の下僕どもがァ、く・た・ば・り・やがれえええええええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!!」
「ッッゴバアボォォアアアアアアゥゥゥゥウウウウウオオオオオオンン!!!」
炎熱の魔獣が苦痛を醜悪な咆哮に乗せて発し、目や口、全身から不快な匂いを伴う水蒸気と共に大量の血を噴き出した。
ガメオの発する殺気を込めた魔王の重圧が、この戦場に於いてその身に集中したためだ。
「お前らが傷つけていい物はッ!この世界にはッ、コケのひとつまみだってねえんだよおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
恐らくは自分でも何を言っているか分からないであろう無茶苦茶な事を口走っている少年。
だが・・・彼らはそれに奮起した。
「・・・ああ、良いことを言うぜガメオ!」
「ここで動けねば、吾輩は騎士ではない!」
「精霊より受けたこの名に懸けて、それに応えよう!」
プレッシャーが魔物に集中し、その分他が軽くなってはいた。
それでもなお依然としてある強烈なそれに歯を食いしばり耐え、血反吐を吐いて立ち上がり、敵に刃を突き立てるために一歩を踏み出すのは常人に真似出来る行動ではない。
さらにプライムオークの戦士達の中でも幾人かが、得物を杖代りに立とうとしていた。
「うおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!」
再びの怒号と共に戦闘は再開した。
殺到する必殺の打撃に、災厄の化身でさえあったその魔物のツギハギの肉体は反撃も出来ぬまま仮初めの命ごとみるみる削られていく。
それは破れかぶれか、狙い澄ましての一撃か。
魔物は防御を完全に捨て、流れる血も厭わず魔力と瘴気を高め出した。
全身に走る魔力の光跡がより一層赤い光を放射し、全身が震える。
しかし炸裂の寸前、一人の影が魔物の前に飛び出した。
それは、フォベルクの後ろ姿だった。
「≪鬼人剣・波濤≫」
短剣が十字に振るわれると、静寂の時が訪れた。
全パワーを放出せんとする炎の化身が大口を開けた形で停止。
・・・しばしの凍った時の後、短剣の振るわれた軌跡に沿って巨体が大量の血を爆発的に噴出した。
その血も空中にあるうちに発火して炎の海を作り、その中でやや長い時間をかけて魔物の肉体は何の力を発揮する様子もなく融けて崩れ始めた。
「・・・兄上!一体どうして・・・それに、今の技は」
「いやまーしばらく意気消沈してたんだが、この俺を良い様に操ってくれたクソヤロウがいると思ったらムカムカと腹の底からイラつきと力が湧いてきてな。足の痛みとか忘れて現役の頃以上に体が動いちまったぜ。師匠から理屈だけは聞いていた≪精霊技≫もなんか成功しちまった」
フォベルクの口調は≪鬼人化≫の影響で荒いものに変化していた。
しかし次に発せられた言葉でそんな事は些事であると思い出された。
「トドメをちょっと掻っ攫った俺の事は良い。一番の功労者はどうなった?」
一同はハッとなってガメオの居た場所を振り返った。
あんな命あるものが出せてはいけない様な殺気の籠った威圧などを発して、無事であるとは到底思えない。
そこには頭にスライムを乗せた猪、そして精霊の光をはらはらと振りまく小さな妖精が倒れた少年に寄り添う姿があった。
『もう―――あんまりバカな事ばっかやってちゃ嫌いになっちゃうよ?』
そう言うゾオレの涙を浮かべた表情は、まかり間違っても僅かなりとも嫌いな相手に向けた様なものではなかった。
小さな唇が黒髪の少年の頬に触れると、彼女もまた倒れたように眠り込んだ。
「ガメオは大丈夫であるのか、それにゾオレは?」
≪心配は要らない。共に眠りに就くことで回復を助ける魔法、らしい。それよりも二人を寝床に運ぶ手伝いをしてくれぬか?この身では手荒に引きずるしか無くてな≫
「そうか、無事ならいい。よっこらせっと」
ゼタニスに背負われた少年の体は、先ほどあの様なこの世にあってはいけない水準の何かを発揮したとは思えない程軽いものだった。
里の門には、あまりの激戦に飛び出せずにいたチャンカが立っていた。
ゼタニスに背負われたガメオが目に入り、何かを言おうとした。
「あ・・・」
『相棒は幸せモンだな。こんなに心配してくれる奴がいるんだ』
「なっ・・・あ、あたいは別に」
ガメオが次にゾオレと共に目を覚ましたのは三日後の事だった。
目覚めた二人を待っていたのは戦いを含む後始末が概ね終わり、そしてある意味変容した世界だった。
―――その変化に気付くのはまだ先の話だが。
オマケ:100回記念に一枚載せますよ
100話目で起こった事
魔王の剣(物理とは言っていない)
死んでる予定のオッサンが覚醒パワーアップしてトドメ持っていった