9. 妖精の粉 - 神聖王国式ポーション
前回のあらすじ
チェストクソ豚
ニフラム
ムムムムムーンサイイイイイイドドドド
聖剣を与えられた四勇者の一人、炎のシグナムは遠くから燃え盛る畑の様子を眺めていた。
元は王宮に仕える女性騎士の一人で、二つ名ををそのまま現したような真紅の長い髪と浅黒い肌を持つ、美貌の女魔法剣士である。
炎に舐め取られて煙を噴き上げる畑はただの畑ではなく、麻薬畑だった。
「全く盛大に燃えてるな。≪妖精の粉≫の畑がよ」
「冗談なのを承知で返すけど、あんなもの妖精の粉じゃないわ」
同じく聖剣の勇者の一人、冒険者出身の雷のゼタニスの軽口に対し眉一つ分も表情を変えずに返すシグナム。
言うまでもない事だが、ゼタニスがそれを妖精の粉と呼んだことには訳がある。
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事の発端は、先王ガルデルダの当時の王妃と王太子の暗殺と言う、神聖王国を揺るがした大事件の衝撃も癒えぬ頃まで遡る。
この事件は魔王派と呼ばれる一派によると目されていたが、その証拠も掴めないままガルデルダは男子のいる王弟に譲位、事件は迷宮入りしていた。
ある時、妖精の粉に関してとんでもない事が起こっていた。
人間界には主にホビット族の商人を介してフェアリー族の鱗粉である妖精の粉が卸されていたのだが、急にその供給が無くなったのだ。
妖精の粉はそれ単体でも薬になる他、上位治療薬や高位回復魔法の致命的な副作用を抑える重要な素材であった。
供給断絶の動きと魔王派の蠢動との関連も噂されたが、その辺りは各調査に関わったシグナムから見ても「不明」と言う結論以外得られていない。
そのうち、「ホビットの商人が妖精の粉を隠し持っているに違いない」などと思い込んだ者による殺人のような痛ましい事件も何件も起こってしまったが、被害者の持っていた妖精の粉はあったとしても個人で使う程度に過ぎず、流通に出すような量はなかった。
つまりフェアリー族による妖精の粉は新規の供給がほぼゼロになった、と改めて明らかにされた形である。
重要物資であるために国や教会、錬金ギルドや魔術ギルドに各商会などにそれなりの備蓄はあったものの、供給が完全に絶たれた消耗品である以上、高騰と払底という流れは避けようがなかった。
さて、妖精の粉が普通に流通していた頃から詐欺的な商人がよく取り扱っていた紛い物の治療薬という代物が存在する。
治療薬は効果を高めるだけなら材料費や技術の難しさは(専門家からしたら、というレベルだが)それ程でもなく、効果を高めるに従い配合量の増える妖精の粉がコストの相当な割合を占めていた。
強力な治療薬に妖精の粉が配合されていない場合、使用には強烈な苦痛を伴うと同時に本人の生命力、魔力などが消耗されてしまう。
紛い物の治療薬とは、上位以上の強い治療薬に配合すべき妖精の粉の代わりに、遥かに安上がりな麻薬を入れたものだ。
この紛い物の困った点は、ある程度は有効と言う事だ。
上位治療薬の問題の半分は人間には耐えようがない苦痛で、間違いなくその軽減についてだけは有効なので承知のうえで緊急時用に買う冒険者もいた。
痛みの遮断は魔法でもどうにかなるが、その場に使い手が居るとも使える状況とも限らない。
一方もう半分である被治療者の消耗はどうしようもなく、切断された腕を紛い物の治療薬で繋いだが、肩から先の栄養を使い尽くしそこだけミイラの様に萎えるという事も起こる。
また麻薬である上に闇商品なので、素人が出鱈目な量を配合するという事も横行するために中毒からの廃人も珍しいものではなかった。
最も植物性の麻薬は治療などの苦痛の軽減手段として神聖王国が形を成す以前から使われており、紛い物云々はここでは便宜上の話である。
そんな麻薬配合上位治療薬の流通が、妖精の粉の供給断絶から目に見えて増え始めたのである。
良心的と言われたいくつかの大商会も、公然の秘密的に取り扱いを始めたほどだ。
そのうち「妖精の粉配合」が売り文句として成立するようになり、末期には当たり前のようにその9割9分がそうではないという状態だった。
麻薬を治療薬に入れるのは王国法に背く行為なのに、取締対象にならない正規の治療薬がほぼ存在しないというジレンマに国王以下、内政軍事に関わる全員が頭を抱えた。
外国でも妖精の粉は入手しにくくなっており、仮に備蓄があっても神聖王国がそうしたように禁輸品指定されている。
この状況にピリオドを打ったのが≪神聖王国式ポーション≫だった。
先王ガルデルダが魔術ギルド、錬金ギルドの重鎮らと密かに連携し、恩赦を餌に重犯罪奴隷で人体実験を行うなどして依存性や後遺症の可能な限り少ない麻薬の種類、及びその量による影響の度合いを研究。
加えて被治療者の消耗対策に、栄養を錬金と魔法で極限まで凝縮する技術も開発した。
その両方を妖精の粉の代わりに配合。
まるで妖精の粉の流通が止まるのが最初から分っていたかのような、ガルデルダの準備の良さと手際の賜物として生み出されたのが≪神聖王国式ポーション≫と言う物だ。
これを正式な神聖王国の認可治療薬として、やっと騒動は終息した。
但し従来の物と比べて麻薬成分を使用しているためどうしてもリスクは残り、また凝縮栄養のせいで味が吐き気がするほど甘い物になってしまい飲用では非常に使いにくくなった。
長期的にも、妖精の粉使用品と比べ使えば使う程に肉体や魔力に僅かずつ、見えないダメージが蓄積していくのも分かっている。
無くなったものは無理にでも代用を作る人類の叡智とともに、如何に妖精の粉と言う存在が万能だったかが証明された事柄である。
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これはある種の時代の移り変わりの事件であり、時代の変化は血を要求する。
焼かれる麻薬畑と共に断頭台に送られる者たちが、その血の一部と言うわけだ。
最終的には、金額を問わなければ治療薬で商売をする者のほぼ全てが麻薬入りの紛い物の治療薬で金を稼いでいたわけで、全員を処罰して回るのはどう考えても不可能である。
しかし人々の不満が余りにも高まった状況に加え、新しく登場した神聖王国式ポーションの不便さへの怒りの矛先は誰かに向けないといけない。
ゆえに、治療薬関連で特に阿漕な商売をしていたと目された一部貴族や商人のみを見せしめ的に罰して、世論への手打ちとする。
眼前の炎はそう言う光景だった。
「努力が実って栄光ある金勇者になって、聖剣の勇者にまで選ばれても≪暗黒騎士≫の仕事は終わりそうにないわね」
「ま、俺達は【紛い物】だからな。日々の食い扶持は自力で稼がないと」
自分たちが本物の聖勇者のカバーと言う事には納得できていても、その聖勇者が年端もいかぬ子供だと言う事にはシグナムも、ゼタニスも以前は納得してはいなかった。
この場にいないもう一人の偽の聖剣の勇者、吹雪のイオンズについては・・・余りにも寡黙なので察しようもない。
そして現在は、完全に納得させられていた。
選定の儀で与えられた聖剣は、今までの愛用の武器が玩具に見えるほど凄まじい力を秘めているのが見ただけで分かった。
そして真の聖剣はそれらよりも遥か上の次元の存在だった。
そんな聖剣が完全な眠りに就いていたところをを自らの魔力のみで叩き起こし、強大な光の奔流を発生させて見せた幼い勇者。
最早あんな子供に重責を負わせるべきかと言う疑問とか、こんなガキに何ができると言う内心の嘲りなど影も残らず吹き飛んでしまった。
魔王と戦うのに必要なのがあの水準の力ならば、自分達が魔王と戦う資格など100年修行しても持ち得ない。
そのサポート役がせいぜいだ。
「妖精の粉で思い出したんだが、あの聖勇者様はあの歳でもう高位回復魔法が使えるんだよ」
「あれだけの力なら出来て当然じゃないかしら」
「そりゃそうだが、問題はそこじゃない。この前オウガ狩りに同行した時足がもげた見習い騎士を治していたんだが、麻痺魔法も≪ゼリー≫も使っていなかった」
「!」
ゼリーとは神聖王国式ポーションに配合される、舐めると気が遠くなるほど甘い超凝縮栄養剤で、回復魔法の補助のために単体でも入手可能にしたものだ。
治療薬と同じく被治療者の激痛と消耗という問題が発生する高位回復魔法だが、使用前に麻痺魔法で痛覚を消した上で傷口にゼリーを挟みこんだり注入したりすることで、大幅に緩和できる。
以前は回復魔法の前に怪我の部分に小指で一つまみの妖精の粉を振りかけるだけでよく、効果もその頃の方が高かったのだが。
「勿論、その見習い騎士が魔法のショックで気絶するとか足が萎びるとかは無かった。まるで妖精の粉が最初からその魔法に含まれていたみたいにな」
「それも聖勇者の力、なのかしら」
ゼタニスは皮肉っぽく笑って答えた。
「さあね。ただ俺達紛い物勇者は紛い物らしく、ゲロマズクソポーションで何とか頑張るしかないのさ」
ガルデルダ「新兵希望者が減っているな。各地の冒険者ギルドでも登録者数が下がっている」
国王「(どう考えてもゲロマズクソポーションの影響だとか言ったら兄上泣きそうだな)」