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フェアリーブレイド ~旧き約定の剣と、新しき紲の剣~  作者: エキストリーム納豆
一. 邂逅
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1. 聖勇者アルテア

 神聖王国の勇者アルテアがその男に出会ったのは少年時代。

 魔物の大襲撃に備えて国軍や傭兵らと共に陣を敷いていた中に、冒険者からの志願兵の一人にその姿はあった。



 年の頃はアルテアと同じ十代半ばと言ったところか。

 才能の凡庸な者が必死に努力した程度の実力はあると、勇者の眼力は見て取っていた。

 ぼさぼさの黒髪をした頭を覆う兜が鉄製な以外、防具は下級冒険者から脱却した程度の皮装備である。

 ただ佩いていた剣だけは明らかに魔剣であり、彼の技能や経験には不釣り合いな代物と言えた。


 それが他の冒険者や傭兵に面白いものな筈はなく、何かトラブルが起きないかとアルテアはそれとなく監視していた。

 が、その少年の鬼気迫る雰囲気に周囲の者もただならぬものを感じたのか、最終的にそう言った騒ぎにはならなかった。



 瘴気の高まりで発生した魔物の軍勢の襲撃は激しいものであったが、人間側にも幾ばくかの犠牲を出しながらも殲滅に成功した。


 後に【勇者】アルテアの実質的な初陣とされたこの襲撃を、魔剣を携えた黒髪の少年は辛くも生き残った。

 アルテアは、その様子に違和感を感じた。

 少年は鎧を新調した方がいいレベルで傷だらけになりながらも、その身のこなしが戦いの前と後で明らかに向上していたのだ。


 勇者などの才能溢れる英雄によく見られる戦いの中での覚醒とは別の、時間を掛けて丁寧に練り上げたかのような技術の向上の仕方が、アルテアには気になった。


 戦場跡を歩き存命の魔物を探し止めを刺すという、危険な上に後味の悪い作業。

 それにわざわざ志願して参加したその姿も、しかし「恐らくは二度と会う事もないだろう」と言う思いと共に、アルテアの記憶の中に一度は封じられた。




 数年後、二度目の機会は訪れた。


 増え続ける魔物の被害に国では不安が増す一方であった。

 そこで前王の庶子という勇者アルテアの出自を明らかにし、不安を取り除くお披露目の場が設けられたのだ。


 その警備の兵の中に、青年となった彼は同じ魔剣を携えていた。

 少年時代のような垂れ流しの殺気はなく、流石に常在戦場に過ぎる鬼気迫る状態は脱却したようだった。



 アルテアの出自が隠されていたのには訳がある。


 【勇者】と言うのは、王と教会が連名で授ける神聖なる戦士の称号だ。

 それも間違いなく名誉ではあるが、実際には「実態を隠すカバー」としての役割の方が大きい。


 神から魔を撃ち滅ぼすための絶大な力を与えられた真の意味での勇者。

 【聖勇者】と密かに区別されるその証が、アルテアの右手の甲に生まれた時から刻まれていたのである。


 多くの勇者を認定し聖勇者を隠すと言うやり方は、かつて王家に神に選ばれた勇者が生まれた時に考え出されたものだ。

 聖勇者と言う真の正体は隠したまま、一般に知られる勇者の最高位である【金勇者】として既に多数の実績を積んで人気を得ているアルテアが「実は王家に連なる者だった」と公開する分には問題にはならないのである。

 アルテア自身もまた、よりにもよって庶子の聖勇者などという特大の王位争いの種について隠すのに異論はなかった。



 その日、式典会場は空を裂いて現れた闇の軍勢の尖兵に襲われ戦場となった。


 魔王軍の幹部の一人に率いられた軍勢の攻撃で多数の死者は出たが、聖勇者としての力を手加減せずに振るったアルテアを始めとした勇者たち、騎士団や冒険者らの奮戦でどうにか退ける事には成功した。


 この戦いの中、件の魔剣の男は獅子奮迅と言ってもいい活躍を見せた。

 アルテアには遥かに及ぶべくもないが、どれだけの修羅場をくぐったのか単騎での戦闘力も腕利きと呼べるレベルに十分達し、また冷静な判断で王都の民を避難させたり隊一つの壊滅を防いだりと功績は小さくなかった。


 魔王軍との本格的な戦端が開かれたこの戦い。

 アルテアは犠牲の出た苦い結果になるも力を見せるのには成功した形でデビューを飾り、魔剣の男は【銅勇者】の称号を賜ることになった。




 王都襲撃からそれ程の年月を経ず、三度目の機会は来た。



 魔王軍との戦いが始まっておよそ一年後、筆頭たる金勇者アルテアを中心とした勇者たちは、魔王軍の拠点の一つに攻め込んだ。

 対魔王軍の最大の激戦となったこの戦いは、魔王軍四人の幹部のうち生き残った二人を仕留めるためのもので、魔物に占拠されていた古代王国の城砦は人間側の勇者たち、そして無数の魔物たちの文字通りの墓場となった。


 勇者の一人として人間側の軍に加わっていた魔剣の男。

 彼は僅か一年の間に達人とかそういうレベルさえも逸脱した訳の分からない強さを得ていた。


 全身に魔鉄の装甲を打ち込んだ山羊頭の巨人と、目にも止まらぬ体捌きですれ違ったと思ったら一瞬で敵の全身をバラバラに切り刻み、背後から撃たれた火球の魔法と雷の息吹(ブレス)を魔剣で打ち払った。

 それを見たアルテアは驚きを隠せなかった。


 魔法を純粋な剣技で打ち払うなど、アルテアは聞いたことがない。


 魔法と言うのは基本的に同等以上の魔法、または魔力でないと打ち消すことは出来ないとされている。

 剣や槍などの武器を振るって消すにしても、それは「魔力を刀身に纏わせて強引に掻き消す」という形になる。


 励起状態にもなっていない内在魔力だけの魔剣……おそらく魔剣の男は魔法を使えないのだろう……での魔法の打ち払い(パリィング)などと言うのは、書物の中の剣聖の逸話で眉唾物と思いながら読んだ記憶がある程度である。


 アルテアに同じ事ができるかと言うと、余人を寄せつけない聖勇者の剣技をもってしても不可能である。

 そもそも潤沢な魔力を前提とした勇者の戦闘技法にとってはそんなもの、仮に出来ても無用の曲芸に等しくはあるのだが。


 しかし流石にサブウェポンのショートソードでは魔法切りをやっていない当たり、魔剣でないと出来ない芸当なのだろう。

 だがいずれ、魔剣の男はそれを可能にするのかも知れない。



 魔王軍の幹部の一人はアルテアが単騎にて浄化魔法を纏った聖剣の絶技にて蒸発させ撃破。

 もう一人は魔剣の男が他の勇者の援護のもとに首を刎ね、返す刀で核を貫き殺した。

 多くの犠牲のもと掴み取った勝利であった。


 しかし死闘を制した勝利に沸く中、金勇者の称号を贈られるより前に魔剣の男は何処かへと姿を消していた。




 勇者アルテアが魔王軍と戦った大きな戦は、それが最後だった。


 万物にとっての災厄の顕現たる魔王、それを打ち倒すための力と役割を神より与えられた存在である筈の聖勇者の居ない所で、魔王が消滅したからである。



 神聖王国が魔王との最後の戦いに備える中、ある時全ての生とし生けるものは体が軽くなるのを感じた。

 聖勇者アルテアにとっては、それは余りにも強烈な違和感となって襲ってきた感覚であった。

 まるで何かこの世にあまねく存在して当然の、なくてはならない物がいきなり完全に消えてなくなったような……。


 斥候部隊は魔王城のある領域を常に覆っていた暗雲が晴れたのを報告し、高位の神官が受けたあらゆる神託は魔王が世界から消えてなくなったことを示していた。

 何よりアルテアにとっても、聖勇者としての感覚が生まれてからずっと感じてきた魔王の黒い存在を感じなくなっていた。


 だが、そんな事があり得るのか?


 魔王を滅ぼし得るのは神に選ばれた真の勇者のみ。

 それを一番分かっているのは、聖勇者としての強大な力と宿命を授けられたアルテア自身だ。

 それを勇者以外に行い得る者が……。



 思い当たる人物は、一人だけ居た。

 しかし当然、確証などない。



 編成された魔王領の調査部隊には勇者アルテアも参加した。


 強力な魔物や魔王の眷属たる魔族はいるものの数はそれほど多くなく、また散発的な戦闘はあったものの組織的な抵抗はなかった。

 魔王城の玉座の間には主の姿はなく、激しい戦闘と思しき痕だけがあった。



 魔王は死んだ。

 聖勇者アルテア以外の何者かの手によって、殺されたのである。




 アルテアと魔剣の男、四度目にして最後の邂逅は今少し先の話である。

 次の話を書いているうちに、最後が「程なくして(=間もなく、の意)」だとおかしくなってしまったのでちょっと修正しました。

 こうやって話は軌道修正されていくんだね……。

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