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白雪姫が眠ってしまってからしばらくしたころ、森の中にある小屋に七人の子供が帰ってきました。七人の子供は出かける前と家の中の様子が少し変わっていたので、警戒しながら家の中に入りました。そして、子供たちはベッドに眠る白雪姫を見付けました。
「ああ、そう言えば狩人から誰かを預かって欲しいって連絡来てた。」
「狩人の知り合いか?随分身なりがよさそうだな?」
「えっと、この子の名前は白雪姫。」
「へ―姫さまか。顔はとっても綺麗だねえ。」
「「「「「姫さまっ!!!」」」」」
「いや、いや、狩人の奴何考えてんだよっ!」
「姫さまなんて預かれないよ。」
「お世話とか面倒だし。」
「それに、あの白雪姫だろ?」
子供たちがどうしようかと相談している声で白雪姫は目を覚ましました。けれども子供たちは白雪姫が目を覚ましたことに気付きませんでした。
「お城に帰ってもらえば?」
「そうだよね。それがいいよね。」
「ちょ、ちょっと待って下さいっ!ここにしばらく置いてくださるだけでいいのです。そうすれば狩人さんが直ぐに迎えに来て下さるはずなのです。どうか、お願いします。」
「どうしてー?」
「それは、その、お妃さまが私にいじわるするのでそれが耐えられなくて逃げて来たのです。」
「へえぇ、大変だねぇ。」
「でも、ただじゃここに置けないな。」
「何でもしますから、お願いします。」
嫌がる子供たちに白雪姫は頭を下げました。子供たちはお互いの顔を見て少し考えました。そして、にんまりと笑いました。
「そこまで言うなら、おいてあげてもいいよ。だけど・・・」
「掃除と~」
「洗濯と~」
「料理と~」
「畑仕事と~」
「家畜の世話を~」
「全部やってくれるならね。」
「えっ、ちょっと待ってよ、一人でそんなにできる訳ないわっ!せめて。料理と洗濯だけにしてください。」
子供たちの要求の多さに白雪姫は抗議の声をあげました。子供たちは輪になって相談し始めました。あーでもない、こーでもないと言い合いました。しばらくして子供の一人が白雪姫に言いました。
「料理と畑仕事をしてくれるならいいよ。」
「本当ですかっ!あ、でも私、畑仕事なんてしたことありません。」
「家の前の畑にある野菜や果物を収穫してくれるだけでいいよ。」
「それくらいならできそうです。これからお世話になります。」
こうして白雪姫は子供たちの家でしばらく過ごすことになりました。その晩、白雪姫は狩人が迎えに来る日を楽しみに思いながら、眠りにつきました。
次の日、白雪姫は子供の一人と一緒に朝食を用意してお皿や野菜の保管場所を確認しました。子供たちは白雪姫に昼食を用意するように言うとどこかへと出かけて行きました。子供たちを見送ると白雪姫はさっそく畑を眺めました。
「こんな泥だらけの野菜なんて触れないわ。手や服が泥だらけになってしまうもの。野菜なら収穫済みのものが台所に置いてあったし、あれでいいわよね。」
白雪姫は熟して食べごろの野菜を収穫せずに台所に置かれていた野菜を使ってスープを作りました。パンは朝、料理当番だと言う子供が焼いてくれた残りがありました。白雪姫としてはもう一品、肉か魚料理が欲しい所でしたが、子供たちの家には肉も魚も保存されていませんでした。
子供たちは上から下まで泥だらけになって帰ってきました。白雪姫はこっそりと顔をしかめましたが、食事の前に手を洗ってくれたので何も言いませんでした。子供たちが全員揃うと食膳の祈りを捧げました。そして、白雪姫が作ったスープを一口食べました。
「なにこれ不味い。」
「どうやったらこうなるの?」
「野菜への冒涜だね。」
「食べられるものじゃないよぉ。」
「よくこれで料理ができますって言えたな。」
「もしかして僕達への嫌がらせ?」
「どうやって作ったの?」
子供たちの口から次々に不満の声があがり、白雪姫は慌ててスープを食べました。そして余りの不味さに驚きました。口の中がひりつくような気がして慌ててワインで口直しをしました。口の中が落ち着いたところで白雪姫は考えました。調味料も変わったものは使っていませんでしたし、朝のスープと同じ味付けをしたつもりだったのです。
「ご、ごめんなさい。味付けを間違えてしまったみたいです。」
「味見ぐらいしなよー。こんなんじゃぁ、午後の仕事へのやる気がでないよ。」
「得意料理とかないの?」
「アップルパイなら作れます。」
「それなら夕食にアップルパイを用意してよね。」
「分かりました。頑張って作ります。」
子供たちはそれ以上スープには手を付けず、ワインとパンだけを食べて出かけて行きました。白雪姫は朝と同じように子供たちを見送りました。
「何よ何よ何よっ!どうしてスープを失敗しただけであそこまで言われなければならないのっ!この私がっ!将来いい男になりそうだから優しくしてれば調子に乗って、何様のつもりっ!私は姫なのよっ!誰もが羨むこの私の手料理を食べれるだけありがたいと思って欲しいわ。」
白雪姫は子供たちの言葉を思い出して怒りが込み上げてきました。そして、失敗したスープを怒りに任せて畑のはしに鍋ごと放り出したのです。鍋はそばにあった木にぶつかってひっくり返り、中のスープは全てこぼれてしまいました。スープは木の根元にしみこんでいきました。
スープにあたったことで白雪姫の怒りは少しおさまりました。そして、白雪姫は鍋をぶつけた木がりんごの木だと気が付きました。その木のりんごは他の木のりんごより真っ赤で、艶々として宝石のように輝いていました。このりんごでアップルパイを作ればとても美味しいだろうと思い白雪姫はその木のりんごをいくつかもぎました。
「こんな素敵なりんごだもの。きっととても美味しいアップルパイができるわ。でも、食べてくれるのがあの生意気な子供だなんて残念ね。そもそも私は素敵な王子さまに食べてもらえるようにお菓子作りを習ったのよ。教師からも褒められる私の作ったお菓子を食べられるだけ感謝して欲しいわ。」
白雪姫は、もいだりんごでアップルパイを作りました。小麦色に焼き上がったアップルパイは、とても美味しそうで白雪姫にとっても満足できる出来栄えでした。このアップルパイを子供たちに食べさせて、昼食の時のことを謝らせようと思いました。子供たちがアップルパイの美味しさに喜び、ひざまずいて謝る姿を想像して白雪姫は嬉しそうに笑いました。
その時、家の外から声がしました。白雪姫は子供たちが帰って来たのかと思いましたが、低くしっかりとした声は男性の声でした。心当たりがあった白雪姫は走って家のドアを開けました。ドアの前には白雪姫が思った通り、狩人が立っていました。
「狩人さんっ!迎えに来てくれたのですね。」
「遅くなって申し訳ありません。ですが、お妃さまは姫さまが死んだと信じたようでしたので当分は大丈夫でしょう。貴族のご子息たちも姫さまが死んだと聞いて心を痛めておりました。」
「まあ、それは悪いことをしてしまったわ。皆さんに私が生きていると伝えたいけれど、お妃さまの耳に入っては困るから無理ですね。」
「そうですね。ですが、隣国の王子さまと結婚したと知らせが来れば皆、分かるでしょう。それにお妃さまも隣国にいる姫さまには手を出せないでしょう。」
「そうだといいのですが。お妃さまはとても執念深い方だからとても恐ろしいのです。」
「姫さまは何も心配いりません。きっと隣国の王子さまが守って下さります。」
「そうですね。」
白雪姫は狩人の言葉で元気を取り戻しました。そして、白雪姫は狩人にスープの味付けを失敗したことで子供たちに辛く当たられたことを打ち明けました。狩人は友人である子供たちが白雪姫に辛く当たったことを嘆き、明日の朝には白雪姫を隣国へ連れて行くことを約束しました。
白雪姫が死んだと狩人から報告があった次の日、お妃さまは自室に引きこもってしまいました。王さまと朝食をとるために食堂へ行ったのですが、使用人たちのいつも以上に冷たい目と王さまの心無い言葉にお妃さまは朝食を早々に済ませて自室に戻って来たのです。ふさぎ込んでしまったお妃さまに侍女の一人が申し訳なさそうに口を開きました。
「お妃さま、お伝えしたいことがございます。」
「どうかしたの、貴女もつらそうな顔をしているわ。」
「いえ、辛いと言うより戸惑いの方が大きいのですが・・・その、私たちは昨晩、お妃さまのおっしゃっていた鏡に会いに行ったのです。」
「あら、怪我はしてないの?屋根裏はとても散らかっているから夜に行くのは危ないのではないかしら?」
「ご心配には及びません。私たちは気が一つありませんから。ですが、驚いた拍子に例の鏡を割ってしまいました。申し訳ございませんっ!」
一斉に頭を下げる侍女たちにお妃さまは驚きました。そして、割れてしまった鏡の思うと悲しくなりました。お妃さまを侍女たち以外で支えてくれた人を失ってしまったのです。けれど、侍女たちもわざと鏡を割ったのではないのです。お妃さまは怒ればいいのか、悲しめばいいのか分からず呆然としました。
「いやぁ、でも君たち侍女のおかげで晴れて自由の身さ。あの時は死んだと思ったけど、想像以上にいい結果で私も嬉しいよ。」
突然、聞こえてきた声に侍女たちは驚きました。いつの間に入って来たのかお妃さまの部屋のドアの前に見慣れない男の人が立っていたのです。侍女たちは慌ててお妃さまを怪しい男から見えないように彼女らの身体で隠しました。
「そんなに警戒しなくてもお妃さまには何もしないよ。」
「その声・・・貴方はもしかして、鏡なの?」
お妃さまは信じられない思いで男を見ました。男の金髪に色白の肌には見覚えがありました。顔は見えなくとも、確かに鏡とよく似た立ち姿にお妃さまは戸惑いました。
「そうです。お妃さまにこうしてお会いできて嬉しいですよ。やっと貴女に触れることができる。こんな日が来るなんて昨日までは想像できませんでした。」
「止まりなさい。お妃さまにそれ以上近付くことは許しません。」
侍女の一人が男を警戒して、近付こうとした男とお妃さまの間に立ちふさがりました。男は立ちふさがった侍女を不思議そうに眺めました。侍女は男の視線をものともせずに真っ直ぐに男を見ました。そして男は一人頷きました。
「ああ、やっぱり。君は狩人の妹じゃないか。久しぶりだね。」
「兄をご存じで?」
「ずい分、他人行儀だね。私と君の兄は乳兄弟じゃないか。」
「兄の乳兄弟・・・まさか、王太子さま?でも、王太子さまは・・・」
「国外へ留学中なんて父上の大嘘さ。若く美しいお妃さまをよっぽど私にとられたくなかったらしい。妹のお妃さまへの悪行を放置しているのも自分を頼らせるためのようだ。脅すように連れて来たお妃さまがその程度で心を開くとは思えないが。」
「兄は知っていたのですか?」
「ああ。私が鏡に閉じ込められている間は、妹を見張るように頼んでいた。お妃さま、愚かな王と妹に代わって謝罪します。辛い目に合わせてしまって申し訳ありません。」
王太子さまはお妃さまに向かって深々と頭を下げました。お妃さまは慌てて王太子さまの頭をあげさせました。お妃さまの気持ちは、王さまや白雪姫への怒りよりも鏡であった王太子さまへの感謝の方が大きかったのです。
「王太子さまの謝罪は必要ありません。貴方はずっと私を励まし、慰めてくれました。感謝こそすれ、恨んだり憎んだりは致しません。」
「ありがとうございます。私はこれから王に退位していただき、妹も国外へ嫁がせます。その折には、貴女に私の妃になって欲しいのです。」
「それは・・・」
「王がかけた貴女の兄たちの呪いも解きます。ですから私との結婚を考えていただけないでしょうか?」
「私は王の妃です。王太子さまが王のお下がりをもらうのは醜聞ですよ。」
「今更です。民からの信頼は王と妹で地に落ちています。私と結婚しても貴女に辛い思いをさせるかもしれません。ですが、私は貴女を愛しているのです。貴女を必ず幸せにすると誓います。だからどうか、私の妃になることを考えてくれませんか?」
お妃さまは王太子さまの言葉に返事をできませんでした。王さまとは形だけの夫婦でしたし、年齢は王太子さまとの方が釣り合います。ですが、王さまと結婚していた事実は変わりません。王太子さまがお妃さまと結婚することで、悪意ある貴族たちは王太子さまを悪く言うに違いありません。
「私は・・・」
「私は貴女を愛しています。私の心は死ぬまで、貴女のものです。返事は急ぎません。ですが、できれば私が王になる時に私の妃として隣に立っていて欲しいのです。」
「分かりました。王太子さまが王になるまでにお返事いたします。」
「ありがとうございます。では、私はさっそく王と妹に会って話をしてきます。」
王太子さまは騎士のようにお妃さまの手の甲へ口付けを残して、部屋を出て行きました。お妃さまは王太子さまの行動に驚き、そして顔を真っ赤に染めたのです。そしてお妃さまは激しい動悸を感じながらそのまま床に座り込んでしまいました。