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西方辺境戦記 ~光翼の騎士~   作者: 金時草
【少年編】 EPISODE4 少年兵と剣の花嫁
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Episode_04.27 聖女リシア


 リシアは不思議な気分だった。大っ嫌いな戦場。恐ろしい記憶と共に私から、言葉を紡ぐ力を奪った殺し合いの場。憎しみと苦しみと悲しみが渦を巻いている空間。しかし、周りを塗りつぶすような黒い感情の渦の中で、灯台のようにそこだけ白い光に包まれている存在がある。それがユーリーだった。そのユーリーを目指して進む途中に、強くユーリーの匂いをさせる狩人がいた。その狩人は矢を射ることに倦み疲れていた。だから、その肩と腕に「疲れよ、何処かに行きなさい」と音階を刻む吐息と共に命じた(・・・)のだ。


 振り返り驚愕の表情で自分を見る狩人は、私に、ユーリーの元へ行けという。彼を助けろと言う。いわれなくても、そのつもりだ。だが悪い気はしない。だからニッコリと微笑むとリシアはユーリーの元へ駆け出した。


****************************************


 ユーリーは五秒から七秒に一回のペースで火炎矢(フレイムアロー)を放つ。炎の矢は幾度となくオーガーに突き刺さり、辺りには肉の焼ける匂いが充満する。起き上がろうとするオーガーの顔面にはルーカの矢、大きく焦げた腹にはユーリーの火炎矢が夫々集中して襲い掛かる。


 限界を超えて術を放ち続けるユーリーの青み掛かった視界が徐々に暗くなり始める。吐き気は最高潮に達しているが、生憎吐くほど物を食べていない。


(頑丈な魔獣だ……)


 未だ動ける様子を見せるオーガーだが、ユーリーの方はもう持ちそうも無い。先程から奇跡的に続く魔力の消費量と回復量の均衡が崩れ始めている。意識を失う寸前の境地で最後の術を発動する。


(これを放ったら、気絶するな……)


 そう思いながら、右手を振るう。赤い炎が線を曳くのを視界に捉えながら……しかし、意識は無くさなかった。その代りに、背中に誰かが触るのを感じた。その感触を中心に躰の中に力が注ぎ込まれる。それは、激しい稽古をした後に冷たい水を飲んだ時のような清涼感を伴いユーリーの枯れかかった魔力を満たしていく。


「……リシア?」

「うん、私が……ここに居るから大丈夫よ」


 ユーリーは振り向きもせずに、背中を触る相手に問いかける。そしてリシアが背後から返事(・・)をするのだった。どういう理屈か分からないユーリーだが、魔力が戻ったのならばやる事は一つだった。より一層ペースを上げて火炎矢を放ち続ける。先程よりも大きい火炎の矢が目の前に五本も同時に出現する。そしてそれを黙々とオーガーに撃ち込むのだった。


 一方のエーヴィーはもう諦めて(・・・)いた、そしてなんだか、悟ったような気持ちに成っていた。聖女と慕うリシアが、毛嫌いする戦場に向かって駈け出した時は、内心でパスティナ神に恨み言を言ったものだった。それでもリシアはズンズンと進んでいき、矢を撃つ猟師を癒し、魔術を放つ少年に魔力を注ぎ続けている。ここまで積極的に他人に働きかけるリシアを初めて見たエーヴィーは


(リシア様がここまでお働きになるなんて……これもパスティナ神の思し召し)


 などと、解釈し自分も出来ることを探す。そのエーヴィーの視界には、半身を女騎士に抱き抱えられ、それでも起き上がれない騎士 ――デイル―― の姿が飛び込んでくる。


「いと慈悲深き、大地母神パスティナよ。あの者の傷を癒したまえ」


 そう高らかに祈りの声を上げると、デイルの方を指し示していた。


 思った以上の深手を負っていたデイルは、立ち上がろうとして咳き込む。咳と一緒に血を噴き出すのは、肺が傷ついたからだろう。そのデイルを後ろから抱きかかえるハンザはうわ言のように


「デイルしっかりして、デイル死んじゃ駄目よ、私を一人にしないでね……」


 と呟いている。デイルにもそれが聞こえるのだが、返事をしようにも血が混じる咳しか出ない。


(死ねない。死にたくない!)


愛する人(ハンザ)を一人にしたくない、泣かせたくない、そう願う心と裏腹に、デイルの意識は、まるで掌から零れ落ちるように急速に薄くなる……と、その時不意に「光」が包み込んだ。エーヴィーの神蹟術である。


「……ん! はぁぁ……」


 傷のせいで、碌に息が出来なかったのが嘘のように肺に新鮮な空気が取り込まれる。鉤裂き状に破れた胸甲はそのままだが、その奥の傷は完全に塞がっていたのだった。回復したデイルの様子にハンザは、次に吸う息を忘れたように安堵の深い溜息をもらしていた。


 そんなハンザの表情を逆さで見上げるデイルは、ゆっくりと手を上げると、彼女の後ろ頭を兜の上からポンポンと叩くのだった。


****************************************


 ユーリーとルーカの熾烈な遠距離攻撃によって命を削られ続けるオーガーは、最後の力を振り絞り上体を起こすと、忌々しい攻撃を放つ二人を睨みつける。既に両目には矢が突き立ち視界は無いが匂いでその位置が分かるのだ。とっくに腹の一部は炭化する程の火傷を負っているが、渾身の力で起き上がると力を溜める。そして、熱い炎の攻撃をしてくる方へ向けてオーガーは一気に走り出した。


 突然起き上がり、ユーリーめがけて突進してきたオーガー。対するユーリーは冷静だ。カウンター気味に「魔力衝」を発動させ右手を振る動作をとる。いつもよりも大きな魔力の塊は突っ込んでくるオーガーの横面を殴り倒す。最後の力を振り絞った突進を防がれたオーガーはたたらを踏んでユーリーの左前方に頭から突っ込む形で転倒した。


 そこへ右からヨシン、左から回復したデイルとハンザが距離を詰めると夫々の剣を叩きつけた。ヨシンは「折れ丸」を転倒したオーガーの耳の裏へ根本まで突き刺す。反対側ではデイルが業物の大剣をこめかみへ、ハンザがロングソードを首筋へ夫々叩き込んでいた。


 致命的な急所を夫々が突き、オーガーは一度大きく痙攣し彼等を跳ね飛ばすと、それから動かなくなった。


****************************************


「勝った……のか?」


 誰かの呟きで、第十三部隊の生き残り達は歓声を上げる。死んでしまった仲間を悼むよりも、生きて戦いを終えた喜びに沸くのだ。下の広場からも勝鬨を上げる声が響いてくる。戦争は終わったのだ。


 ユーリーは後ろを振り返ると、リシアを見つめる。すこし疲労は感じるが、魔力欠乏症は発症していない。ここまで自分が戦えたのは、目の前の自分に似た少女のお蔭だと思う。


「ありがとう、リシアのお蔭で頑張れた」


 そう言うと自然に微笑む。それを聞きリシアはウンウンという風に頷き返す。


「あれ? そういえばさっき喋ってなかった?」


 とユーリーは尋ねるが、リシアは「?」という風に首を傾けるのだった。


(うーん、気のせいかな……)


 釈然としない気持ちのまま、ユーリーはヨシン達の様子を見ようと振り返る―― そして、力一杯にリシアを後ろへ突き飛ばした。


 突然突き飛ばされたリシアは混乱しながら、ユーリーを見る。目の前のユーリーは魔術を発動しようとして……そこに黒い物体が物凄い勢いで通り抜けた。ユーリーの胸から血が噴き出す……


「ユーリー!」


 誰かが叫ぶ。目の前のユーリーは驚愕の表情を浮かべたままリシアの方へ飛ばされる。真っ赤な鮮血が噴水の様にざっくり割られた胸の傷から吹き出す。いつか養父メオンから手渡された半月型のペンダントが宙に漂う。


「イヤーーーーーーーーッ」


 その瞬間、時間の流れが強制的に遅くなる。叫ぶリシアの頭上に真白に光り輝く光輪が現れる。その光輪は生命力(エーテル)が具現化した光、物理的には周りに干渉しないその光がリシアの頭上で一点に収束すると――


 一拍後、洪水のように辺りに溢れ出す


ドオン!


 空気を震わせない波動が光の洪水の直後に周囲に響き渡る。そしてリシアの頭上から溢れた光は、最後の力で振られたオーガーの腕に達すると、その身体を触れる順に灰に変えていき、あっという間に跡形もなく消し去っていた。


 光は無辺に周囲に広がる。その光の中を吹き飛ばされたユーリーは地面に落ちることなく漂っていた。


(あれ……僕……死ぬのかな……)


 落ちることのない浮遊感に身を任せたユーリーの視界には、自分の胸から吹き出す血と共に弾みで飛び出したペンダントが映る。そのペンダントに埋め込まれた青い輝石に視線を移した瞬間 ―― またあの幻影が始まった


 ――先ほどの光景の続きだろうか? いや違うようだ。隣には変わらずリシアの温もりを感じるが、今部屋の中には二人の女性が居る。一人は先ほど見た黒髪の女性、もう一人はもっと背の低い、腰の曲がった年老いた女性のようだ。二人は暖炉に向かい隣り合って座っている。その二人の会話が微かに聞こえる。


「そんな、エクサル様――んて――きません」

「――や、――エルアナ――じゃ」


 酷く聞き取り難い会話の後で、エルアナ? と呼ばれた若い女性が泣き崩れる。それに向かってエクサル様と呼ばれた老女が言い放つ。


「この二人は一緒に居たら不幸になる」


 聞こえにくい会話の後、急に耳元で話されたように明瞭に響くその鋭い言葉は、泣き崩れる女性の他に、自分達にも向けられて居るようだった。


「必ず引き離せ! この――らの父親の――見つ――れば殺さ――ぞ。そう――も、塔を狙う――標的に――かねない。二人――鍵を――じゃ、そして、決して一緒にしてはいかんのじゃ」


 再び聞き取りにくくなる声。しかし、老婆の視線は明らかに自分達に向いている。ユーリーはその老婆の目がとても悲しそうなことを感じ取る。しかし、


(どうして?)


 その疑問と共に、視界の中の二人は急速に遠退いて行き、そして、自分の身体が地面に落下する衝撃と共に消えていた――


 痛みも何もない。やはり死んだのだろうか? と考えながら鉛色の空を見上げるユーリー。その視界に覗き込んでくる人を捉えた。碧い瞳になったリシアだった。きっと同じ幻影を見たのだろうとユーリーは考える。なぜなら、リシアは酷く悲しそうな顔をしているからだ。


「さよなら……」


 その表情のままリシアは一言呟くと、その光輝く両手をユーリーの胸に当てる。その手が傷口に触れた瞬間。


ユーリーの傷は無かったかのように消え失せ。


辺りを包む光は消え。


留まっていた時間が戻り。


ユーリーは意識を失った。


 その光景をヨシンは生涯忘れないだろう。オーガーの最後の一撃はユーリーに致命傷を与えていたはずだった。深く切り裂かれた胸から鮮血が舞い、ユーリーは吹き飛ばされた。その瞬間、形容しがたい叫び声と共に「聖女」の頭上に光の輪が出来た、そして轟音と共に目の前が真っ白になった。そしてその光が収まった時、ユーリーは無傷で倒れ込んでおり、オーガーの死体は消え去っていた。これを「奇跡」と呼ばずに何を「奇跡」と言うのだろうか?



お読み頂きありがとうございます。

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