Episode_04.19 決戦! 小滝村奪還作戦 進出
11月7日夜 小滝村北部山中
第十三部隊の面々は全員が無言で、ひたすら目の前の山の斜面を登りゆく。先頭はルーカと桐の木村の初老の猟師、その次を歩兵の兵士達と数名の猟師、そして更に後ろを一番装備が重い哨戒騎士が徒歩で馬を曳きつつ続く。少しの休憩を挟みつつ、部隊は移動に次ぐ移動を続ける。
桐の木村を出発してテバ河の東岸へ渡った一団は、その夜一杯、小さな沢伝いに続く平坦な森の中の道を進んだ。そして冬の朝日が昇る頃に今度は南へ針路を変えた。そこから先は本格的な獣道を辿って斜面を登る行程となっていた。
道は厳しい悪路だったがそれ以外に特別な問題は無く、全体的には順調を絵に描いたような行軍だった。一番懸念していたオーク側の見張り兵については、前日に第二部隊長が報告した通り、全く気配が感じられないのだった。この状況に猟師達は
「慣れた森なので、獣以外の、例えば人間が入り込めばその痕跡には直ぐ気が付く」
と自信ありげに言っていた。そして、そんな猟師達にも今の所オークが徘徊しているような痕跡は見つけられなかった。
朝から獣道に分け入った一団は、途中で休憩を繰り返しながら、名前も付けられていない小高い山の中腹を登っていく。この山を越えた反対側の裾野はそのまま小滝村へ続く斜面となっている。
(順調だな。このまま、何事も無く行きますように……)
一団の殿を務める副長のデイルは、祈る気持ちで内心呟くのだった。
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兵士の列の真ん中辺りを進むユーリーとヨシン、疲労は感じるが日頃の鍛錬のお蔭でその歩みは衰えない。ただ、普段よりも多い荷物に悪戦苦闘していた。
ユーリーとヨシンだけでは無い。兵士と哨戒騎士の全員が普段以上の飲料水を詰めた水筒を持ち、最低限の食料と毛布を入れた背嚢を担いでいる。それに加えて、普段よりも多く編制された弓兵のために追加の矢筒を持つ者、狼煙の道具を持つ者、予備の飲料水を持つ者など、全員が普段の五割増しの装備を運んでいる。荷駄隊が同行できない行軍だから仕方ないのだが、これでも兵士達は主力武器である槍をとり回しが難しいという理由のために駐屯地に置いてきたのである。もしも持って来ていたら余程に困難な行軍だっただろう。
ユーリーは普段の倍以上の矢筒を両手に持って山の斜面を黙々と登る。背の低い木がまばらに生える北側の斜面は、弱々しい月明かりの下では足元が見え辛い。近くの猟師が持つ松明の明かりを頼りに、注意して歩く必要があった。唯一助かるのは冬という季節柄、下草の類が枯れてしまって地面が剥き出しになっていることだろう。
ユーリーは矢筒を持ち直すと、隣のヨシンを見る。ヨシンは飲料水を詰めた水筒というより樽に近い物を二つ肩に担いでいるがその表情は余裕そうだ。
(あれ一個でも相当重いのに……大した力だ……)
と感心するユーリーは、自分ももっと鍛えないといけないと思うのだった。
やがて第十三部隊は、予定よりも少し早く小高い山の頂上付近に達する。ここから先は斜面を下って行くだけだが、松明の火は使えない。木々の間から眼下に小滝村が見えるかと何人かの騎士や兵士達は目を凝らしてみているが、山の稜線に邪魔されてここからでは村の様子は見えないようだった。
「三時間ほど休憩を入れた後、再出発だ」
小声で発した命令が口伝いで全体に伝えられると、各自が思い思いの場所に腰を落ち着ける。中には雪が残る地面に毛布を敷いて仮眠を決め込む豪気な兵士もいる。
「隊長も少しお休みになったほうが」
「あぁ、そうだな……そうさせてもらおう」
デイル副長の言葉にハンザは馬から毛布を下ろし、それに包まると目を閉じる。
(寝れそうもないが、こうしているだけでも疲れはとれるだろう……)
ハンザは内心そう言い聞かせるのだが、やはり女の身にこの行軍は辛かったのか、間もなく眠りに落ちていった。その横で、デイルも毛布に包まるとハンザの寝顔を見守りつつ躰を休めることに集中するのだった。
一方ユーリーとヨシンは、背中合わせに座ると毛布に包まる。お互いに硬い革鎧を着ているため、夫々の温もりは伝わってこないが、背中越しに伝わる親友の存在にお互い安堵を覚えるのだ。
「なぁユーリー」
「なに?」
「明日の朝、俺達死んじまうかもしれないんだな……」
いつになく気弱なヨシンであるが、ユーリーは鼻で笑うように返す。
「ヨシンは死なないよ、だって僕が見ているからね」
「そっか、じゃぁ背中に不安は無い訳だな。でもユーリーの後ろは誰が護る?」
「後ろに回られる前に、ヨシンが全部やっつければいい」
「ははは、そうだな……」
そんな会話をしばらく続けた後、若い二人の兵士もまた、眠りに落ちて行った。
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――霧が立ち込める薄明かりの中、下草が枯れ全体的に茶色から灰色掛かった色彩に乏しい獣道を進む。
所々に、雪が薄く積もっていて、足元が滑りやすいのだが前を行く男はズンズンと先に進む。
私は斜め後ろを付いてくる少女を気にしている。
獣道はうんざりするほど長く続く。
やがて、登りきったのだろうか、目の前が開ける。そこには焼き討ちに遭った後の集落が眼下に広がっていた。
戦場を連想させるその光景に否応も無く「恐怖」が湧き上がる。
「さぁ、リシア、奇跡を」
先導した男は、眼下の集落に向けて手を広げて言う。
なにを? と思うが恍惚とした表情の男は何度も「奇跡を」と言い募る。
何もできずにいる私の様子に、徐々に男の表情が険しくなる。
私は眼下の光景に感じたものと同じ恐怖を男から感じる。
男が私を獣道に突き倒す。
私は目を見開く、男の後ろに別の恐怖を見つけたからだ。
その恐怖の対象は後ろから男に近づくと――
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「……んッハ!」
いつかと同じ明晰夢を見たユーリーは、いつかと同じように突然目を覚ます。まだ辺りは暗いが、既に周りの兵士は毛布を仕舞い込んだり携帯口糧を齧ったりしている。そろそろ出発なのだろう。
「おい、ユーリー。変な夢でも見たのか? 『行っちゃだめだ』『行っちゃだめだ』って気色悪い寝言いってたぞ」
既に起き出したヨシンがそう言いながら、携帯口糧の入った袋を目覚めたばかりのユーリーに投げ渡してくる。
「そ、そう? 寝言なんて言ってないよ……」
そう言いつつも、夢の内容が気になるユーリー
(あの風景……もしかしてこの辺なんじゃ?)
行方不明になったパスティナ救民使白鷹団の聖女リシアとジョアナの弟ら三人。トデン村に戻ったと聞いていたが、トデン村の人は知らないと言っていた……
(まさか、奇跡でオーク兵を追い払うつもりか?)
自分でも少し馬鹿げた発想だと思う。しかし、夢の中で広がった小滝村を眺望する光景は、これから自分達が目指している場所ではないだろうか? 厭な胸騒ぎを覚えるユーリーだが、深く考える間も無く部隊は再び動き出すのだった。
休憩を挟み更に四時間、今度は山の斜面を下って行くのだが、下りは登りとは違う苦労があった。荷物を引っ張り上げるような力は要らないが、慎重に足元を確かめて歩かなければ容易に足元を取られて転倒してしまうのだ。その上、小滝村から察知される恐れがあるため松明等の灯火類を一切使用せずの行軍は困難なものだった。
しかし、それでも黙々と歩を進めるうちにやがて足元の下り勾配は緩くなり、周囲も山の中というよりは、森の中という雰囲気に変化していた。幸い第十三部隊が越えてきた山の山頂はかなり小滝村側に近い所であったため、日の出前の時間には作戦開始位置に何とか到着することが出来ていたのだ。
夜が徐々に白み始める。この時間帯、周囲はテバ河から上がってきた霧が立ち込め視界が効かないが、案内役の猟師に言わせると後二十分もこのまま進めば小滝村の東北部に出るということだ。
ハンザは部隊全員の荷物を下ろさせると戦闘準備に取り掛からせる。更に、ルーカとデイル、それにユーリーを選抜し斥候として、南下し敵情を探るよう命じる。ルーカとユーリーは弓兵の配置場所の選定。デイルには騎馬隊の進撃ルートの確認を追加で命じる。ユーリーを選抜した意図は、魔術による援護を想定しやすくするためでもあった。
斥候に選ばれた三人は森をかき分け南進する。朝霧が立ち込める白みかかった薄暗い獣道を進む三人の中の一人、ユーリーはその光景に否応も無く先ほどの夢を重ね合せる。既視感というにはあまりにも具体的なその記憶は、見渡す周囲も足元の色彩を失った灰色に枯れた下草もそっくりそのままであった。もしも夢で見た光景の中を今自分が歩いているならば、あと少しで森が開ける筈だった。
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