Episode_10.20 幼馴染
メオンとドレンドが対決していた時、謁見の間ではもう一つの闘いが繰り広げられていた。それは、右翼側に残ったウェスタ侯爵領の騎士や兵士達と、ルーカルト側の騎士や兵士達の戦いである。そこには、傷ついた左翼側の兵達に応急処置をしたユーリー、意識を取り戻したノヴァ、返り血に染まったヨシン、そして魔剣「疾風」を振るうアルヴァンの姿があった。
対する敵は残っていた五人の近衛騎士と七人の騎士、それに二十人を切る数まで減った兵士達で、その中心にはリムルベート王家を象徴する魔剣「転換者」を振るうルーカルトの姿があった。
戦いは乱戦の様相を見せるが、自然と兵士には兵士、騎士には騎士といった組み合わせで対峙する構図が出来上がる。そんな中、ユーリーとヨシンは息の合った連係を見せて五人の近衛騎士の内、四人を相手に戦いを進めていた。また他の騎士達は、強敵である近衛騎士を若い二人が釘付けにしたお蔭で、敵の騎士を相手に優勢に勝負を進めている。
一方、雷撃の痛手から立ち直ったノヴァは兵士達に紛れて敵の兵士達と戦っている。兵士の数では、ウェスタ侯爵家の手勢は劣勢だが、彼女の活躍は劣勢を補って余りあるものだった。その姿は正に戦場に死を運ぶ戦乙女のよう、少し伸びた銀髪を振り乱し、常に二人か三人と同時に斬り合いつつも相手を圧倒している。しかし、その戦い振りは普段の彼女のやり方と比較すれば少し乱暴で強引な印象を受ける。とにかく力押しが多いのだ。
今も盾を前面に押し出して防御を固める敵兵に対して、構わずに片手剣を連続して叩き付けている。その衝撃は、ユーリーの強化術を受けたヨシンが繰り出す打撃をも上回る威力で、敵の防御を押し下げる。そして下がった盾の上から、同じく盾を持った左手を被せたノヴァは、そのまま盾を引き剥がすような動作と共に防御を失った敵兵の喉元に片手剣の切っ先を突き立てた。
敵兵は苦悶の呻き声と共にその場に崩れ落ちるが、彼女は荒ぶった心のままに風の精霊に命じる、
「吹き飛ばせっ!」
ゴブァン!
その声に呼応するように謁見の間に小規模な旋風が出現し、彼女の周囲を取り囲むようにして様子を伺っていた敵兵が薙ぎ倒されていく。
「ドドメを! 早くしてっ!」
転倒した敵の兵士達を指して、味方の兵士達に命じるようなその口調は、普段の彼女を知る者からすると「ギョッ」とするほど厳しいものだった。しかし、彼女がこれほど荒々しく戦うには理由があった。それは彼女の視線の先、ルーカルトに一人で立ち向かうアルヴァンの劣勢に起因していたのだ。
(今行くわよ!)
そう叫びだしたいノヴァだが、その目の前に槍が突き入れられる。体勢を持ち直した敵兵が再度挑み掛かってきたのだ。
「――鬱陶しいわねっ!」
苛立った彼女の声が謁見の間に響いた。
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白銀に輝く大剣を振り回し、謁見の間の敵兵を戦いに駆り立てるルーカルト。その周りにはウェスタ侯爵側の騎士も兵士も寄りつかなかった。夫々が敵を受け持ち手一杯だという理由もあったが、何よりも「王族に剣を向ける畏れ」がその根底にあった。それ故に、ルーカルトが近付くと、騎士でさえも怯むようになる。そんな様子を見て取ったアルヴァンは、
「ルーカルト、お前の相手は俺だ!」
と叫ぶ。剣では既にユーリーやヨシンには敵わなくなったアルヴァンだ。しかし、地方豪族を祖に持つ侯爵家の嫡子として、目の前の王位簒奪者を討つのは自分だという強い自負がある。その自負はユーリーやヨシンが持ち得ない立場、身分に対する矜持でもあった。
一方名を呼ばれた男は、昏い目でアルヴァンを見ると返事も無く、しかし挑み掛かるように大剣の切っ先をアルヴァンに向ける。そして、リムルベートの王位簒奪者と大侯爵の孫の戦いが始まったのだ。
両者は戦場の中で空白地帯となった誰も居ない空間で剣を打ち合う。ミスリルの刀身を持つ大剣と片刃剣が打ち合うと、灯火の明かりの下でもそれと分かる火花が散る。二振りの剣はどちらも「山の王国」で鍛えられた魔剣である。しかし、一合打ち合った結果、アルヴァンは二歩程後ろに押し下げられていた。
(なに!)
アルヴァンは動揺する。ルーカルトの一撃は、打ち合った瞬間に分かる「力強い」斬撃だったのだ。ルーカルトの剣の腕については、今まで噂話の一つも聞こえて来なかったから尚更だった。その為人が示すように「大したことは無いはずだ」と決めて掛かっていたので驚きは大きかった。そんな、アルヴァンの動揺にルーカルトは付け込む。その目にはハッキリと殺意の光が灯っていた。
一直線に踏み込んで、大きく振りかぶった大剣を渾身の力を籠めて叩き付ける。魔力を纏った「転換者」は傷付けた相手の体力を奪い、持ち主の傷を癒すと言われるが、その恐ろしい刀身からアルヴァンは寸前の所で身を躱す。ルーカルトの振るった魔剣はそのまま床に叩き付けられると、硬く磨かれた花崗岩で出来た床にザックリと切れ目を入れた。
パッと左に飛び退いたアルヴァンはその一撃に違和感を覚えるが、その理由を突きつめる時間は無かった。床に食い込んだ魔剣を引き抜き、再度ルーカルトが突進してきたのだ。
(なんだ! この速さは!)
その突進は、自家の筆頭騎士デイルをも凌ぐような勢いだとアルヴァンは感じる。そして、踏み込んでから明らかにそれと分かる胴を薙ぐ斬撃。アルヴァンはそれを受け止めずに、体を後方へ逃がす。ルーカルトの持つ魔剣は、振り抜かれて直ぐに、その斬撃の勢いを無理矢理押し留めて今度は逆から同じく胴を薙いでくる。その一撃を辛くも躱したアルヴァンは、その勢いで一歩二歩と後ろへ下がらざるを得なかった。
間合いが開くほど、大剣が有利になる。しかし、アルヴァンは目の前のルーカルトから発せられる異質な雰囲気に呑まれて、間合いを詰めるのを躊躇うのだ。そんなアルヴァンとルーカルトの対決の場に、どの戦闘にも加わっていなかった近衛騎士の一人が加わろうとしていた。
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ルーカルトに立ち向かうアルヴァンの様子を視界に入れているのはノヴァだけでない。近衛騎士四人を釘付けにして奮戦するユーリーとヨシンにも、その様子が見えていた。しかし、ユーリーもヨシンも目の前の敵を何とかすることで手一杯だった。
ユーリーもヨシンも個人の技能では、まだ近衛騎士には敵わない。そんな敵が四人もいるのだ、普通ならばあっと言う間に斬り倒されていてもおかしくない。しかし現実には数で勝る強敵と渡り合っている。それは、この二人だからこそ、なのかもしれない。幼い頃から共に遊び育ってきた二人は剣を取るようになってからは肩を並べて修練に努めてきた。そんな二人が並んだ時、その強さは倍にもそれ以上にもなるのだ。
それでも実力の差は非情に迫って来る。ヨシンを牽制することで、ユーリーとの距離を離す。そしてお互いの剣や盾が届かない距離まで引き離されると、敵の近衛騎士達は本格的に若い哨戒騎士を葬り去ろうと攻撃の手を強めるのだ。特に度々魔術を駆使する姿を見せているユーリーに対する攻め手は熾烈だった。
ガキィン!
ユーリーのミスリル製の仕掛け盾が敵の一撃を受け止める。その強烈な威力に姿勢が崩されそうになるところに、別の一人が突きを放つ。
キィン
正確に喉元を狙う突きを寸前のところで「蒼牙」が払う。一歩間違うと、そのまま命を奪われるような攻撃だった。その光景が見えているヨシンは何とか親友が魔術を放つ隙を作りたいが、彼が対峙している二人の近衛騎士もまた強敵だった。同じ長剣を使う二人の近衛騎士に対してヨシンは何度も斬りかかっているが、その度に受け流され、払い除けられる。剣技では相手が一段上の腕前なのは明白だった。
(くそ……悔しいけど、今の俺じゃ敵わない!)
負けたくないが、負けを認めざるを得ない。弱気になり掛けるヨシンは、その一瞬、攻め立てられるユーリーと目が合う。ユーリーの視線は光を失っていなかった。そして明らかにヨシンの足元 ――散乱した兵士達の装備―― を見て、一瞬後に、これも攻め立てられているアルヴァンを見たのだ。
(っ! 分かった、ユーリー!)
何がどう分かったのか、ヨシンには説明が難しい。しかし、ユーリーの視線に釣られて足元を見た彼は、倒された兵士達の装備 ――数枚の盾―― を目にしていた。そして、ほんの刹那の視線のやり取りで、彼は心を決めていた。
「クソッたれ!」
吠えるように叫ぶと、愛剣「折れ丸」を対峙した近衛騎士に投げ付ける。対する騎士は、予想外の動きに一歩飛び退く。その隙にヨシンは二枚の盾を左右の手に掴み、
「うおぉぉぉ!」
蛮声に喉を震わせ、盾を前面に構えたヨシンは形振り構わずにユーリーに肉迫する二人の近衛騎士に真横から突っ込んだ。
ゴンッ! ゴンッ!
「うわぁ!」
立て続けに左右の盾で相手を殴り、そのまま大柄な体を生かして圧し掛かるように押しまくる。二人の近衛騎士は、凡そ騎士の戦いには似つかわしくないヨシンの野蛮な突撃を横っ面に受けて、驚愕の声を上げる。そして、足を縺れさせると一人が転倒した。
「今だ!」
ヨシンはユーリーを見ることも無く声だけを上げると、転倒した騎士に馬乗りになる。そして面貌の下りたままの兜を両手で掴むと力任せに左右に捻じりながら何度も固い石床に叩き付けるのだった。
一方のユーリーは、ヨシンが捨て身で作り出した隙に勇躍すると「蒼牙」に魔力を叩き込む。そして先ず、ヨシンの後ろを追う長剣持ちの近衛騎士二人に「火炎矢」を叩き込む。十本の燃え盛る炎の矢が補助動作無しで出現すると、慌てた様子で足を止めた近衛騎士二人に殺到する。十本全てが命中していた。
「ぎゃぁ!」
「うわぁ!」
二人の敵が上げる悲鳴を背中で聞きつつ、ユーリーは目の前で倒れた近衛騎士に馬乗りになっているヨシンの方を向いている。その目には、ヨシンを斬ろうと剣を振り上げるもう一人の近衛騎士が映っていた。勿論そのまま見守るつもりの無いユーリーは、疾風の如き素早さでその斬撃に割って入る。そして、振り下ろされた剣をミスリルの盾で受け止めると、魔力を纏った「蒼牙」の切っ先を甲冑に覆われた敵の胸へ突き立てる。
ギィィン!
魔力を纏った「蒼牙」は熱した鉄の棒を氷の塊に押し当てたように、頑丈な胸の装甲を貫通して、その騎士に致命傷を与えていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
そんなユーリーの足元では、ぐったりとして動かなくなった近衛騎士に馬乗りになったままのヨシンの荒い息遣いが聞こえてくる。しかし、この二人に休む暇は無かった。
「アルヴァン、今行く!」
ユーリーの声に、ヨシンは弾かれたように立ち上がり愛剣を再び手にする。そして、ルーカルトと、さらにもう一人の近衛騎士の二人に攻め立てられて窮地に立っているアルヴァンの元へ走り出すのだ。
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