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2016年/短編まとめ

明日目が覚めた時にも君がいて

作者: 文崎 美生

「……くら、何?」


目の前の医者の言葉に眉を寄せ、オウム返しも出来ずに問い掛ければ、一文字一句違わず同じ言葉が返された。

はふ、欠伸を噛み殺し、再度聞く。


「クライン・レビン症候群です。強度の睡眠衝動を引き起こす病で、一度眠ると長期間眠り続けてしまいます」


いつも通っているのとは違う病院なので、何となく普通に話を聞いていても居心地が悪く、はぁ、と曖昧に頷きながら、首の後ろを撫でた。

「通称、眠れる森の美女症候群と呼ばれるものですね」と、カルテに何かを書き付けながら言う医者に、またしても、はぁ、と頷く。

その通称は、何と言うか、綺麗過ぎる。


詰まるところ、睡眠障害らしい。

眠り続けると言っても、時間はまちまちであり、数日だったり数ヶ月だったり、食事やトイレなどには起きるようだ。


そもそも、睡眠障害があるのでは、という疑いから病院に来る羽目になったのだから、知らない病名を言われても特別驚くことはない。

キャンバスと向き合って数ヶ月、のんびり描いていたつもりで完成したら、五日間、眠り続けた。

これを睡眠障害と言わずに何と呼ぶのか。

今も眠くて溢れそうになる欠伸を噛み殺し、涙の滲む目を擦る。


覚えていないが、その五日間の間でも、食事を摂り、トイレに行き、風呂にも入っていた。

ただ、まともな意識がなく、酷くぼんやりしていたらしく、学校にも行っていない。

出席日数がどうのこうの、という電話が丁度昨日、来たばかりだった。


「あー、母さんに連絡いれるか?」


「え。あー、うん。じゃあ、お願いします」


一応平日で、母子家庭である我が家では、母の付き添いは期待出来ずに、幼馴染みのお兄さんを借りた。

既に成人済みのお兄さんは、困ったように笑ってこちらを見ていたので、欠伸を奥歯で噛み殺しながら、緩く頷く。


しかし、医者の方は、腰を上げようとしたお兄さんを止めて、こちらを見る。

「詳しい治療法が存在しないので、自然治癒することを待つしかありません」と真っ直ぐに、こちらを見て言う。

自然治癒、繰り返すボクに対して、お兄さんが頭を抱えるのが視界の端に見えた。

ついでにその瞬間、堪えていた欠伸が漏れた。




***




「……おはよ」


寝癖の付いた髪を掻き、同時に欠伸を漏らしながら、キッチンを覗けば、何故かいる幼馴染み。

病院に行ったあの日に、わざわざ着いて来てくれたお兄さんの妹である、幼馴染みだ。

ずり落ちたらしい黒縁眼鏡を押し上げ、こちらを見た幼馴染みは形の良い眉を歪めて見せる。


「今、何日」


「……アンタが寝てから二週間よ」


舌打ちでも聞こえてきそうなくらいに、苦々しく吐き出した幼馴染みに、そっか、と呟く。

妙な方向に捻れている髪を撫で、二週間も寝ていたのかと思うと、時間を食い潰している感が否めない。

否めなくとも、どうしようもないので欠伸を噛み殺して出る涙を拭う。


それにしたって、きっかり二週間ならば、平日だろう。

学校に行かず、制服すら身につけていない幼馴染みは、寸胴の鍋を見ながら、ぐるぐると中身を掻き混ぜている。

何でいるんだろうか、本当に、マジで。


「何作ってんの?」


「ポトフ」


「お野菜たっぷりだ」


ひょっこりと覗き込んだ鍋の中には、白菜やら馬鈴薯やらがゴロゴロ入っていた。

あまり空腹などを感じない質なのだが、こうして作っているのを見るとお腹が減る、かもしれない。

摘み食いが一番美味しいんだよね、と小皿を出そうとすれば、伸ばした手を叩き落とされる。


微妙に強い力だったので、手の甲がヒリヒリとするのを感じ、唇を尖らせた。

見上げた先では、難しい顔をした幼馴染み。

綺麗と呼ぶに相応しい、切れ長の瞳に薄い唇と筋の通った鼻で、キメ細かい肌は若さの象徴のように潤いの艶を見せる。


綺麗な顔をしているのに、勿体無い。

そう思っても仕方ないくらいに、深く深く刻まれた眉間の皺と、噛み締められる下唇。

首を捻ってみれば、ゆっくりと眼鏡の奥で瞳をこちらに向ける幼馴染み。

紫の光を含む綺麗な瞳だった。


「……次は、いつ、起きるのかしらね」


まだ寝る予定はないのだが、そんなことを言われてしまうと、更に首を捻ってしまう。

寝起きの体は思いの外固まっており、首周りがポキポキと音を立てた。


「今度は、起きないことも、あるのかしらね」


首を直ぐに真っ直ぐに戻し、少し上の方にある幼馴染みの端正な顔を見た。

長い睫毛が伏せられ、頬に小さな影を落とす。

眠っているだけで、単純に余命宣告されるような病気ではない、と楽観視していたのはボクだけらしい。


母親とは病院から帰って話をした後からは、殆ど長い間寝ては短い間起きてを繰り返しているので、会話どころか、まともに顔を合わせていない。

ボクが知らないだけで、目の前の幼馴染みと同じような顔をしているのかもしれない。

参ったな、内心細く息を吐いて、後ろ髪を撫でた。


「……平気だよ。こうやって、お腹空いた時に美味しそうな匂いしてたら、嫌でも起きるもん」


はい、と食器棚からスープ用のボウル皿を取り出し、ぐるぐると鍋の中身を掻き回す幼馴染みに差し出す。

記憶はないけれど、食事を摂っているボクでも、意識をし出すとお腹が減る。

ぐぅ、とか細い音を立てる腹の虫に、幼馴染みも気付いて皿を受け取ってくれてた。


「じゃあ、また、作らなきゃいけないわね」


「うん。次は鍋焼きうどんが食べたいなぁ」


皿に盛り付けられていくポトフを見ながら、次のリクエストを漏らせば、調子に乗んなよ、とでも言うように鋭くなった目で見られたので肩を竦める。

欠伸は出なくなっていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] おじゃまします 過眠症を題材にしたお話を書いているので、検索から参りました タイトルがきれいですねぇ… そしてこの疾病にかかられた方の祈りにも思えました 周囲の方々のせつなさが伝わっ…
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