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優しい死神  作者: ミナセ
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05:再会



光希は伊藤の一件以来、大きなトラブルもなく平和に毎日を過ごしていた。

今日もいつものように午前中の仕事をこなして昼休憩を取った後、本日の魂回収リストを手に持ち、次の魂の持主の元へと向かう。


やってきたのは人間界へと繋がっている扉。

 この扉を潜った先に人間界があり、高い所から落ちるような感覚の抜けた先が人間界の上空になっている。


 初めてこの扉を潜った時、光希はまさに急転直下のような感覚にただ絶叫した。

 真っ白で分厚い雲の層のようなものが抜けるまで、ひたすら叫んでいたことを今でも覚えている。

 慣れてしまえば、その感覚に身を任せるだけになるのだが、エレベーターが急降下する酩酊感は今も感じていた。

 既に顔見知りになっている門番達に挨拶をして、今日の行き先をリストで確認する。


「今日は……」

 最初に魂を狩る人間の住所を見て気付く。

 これから光希が向かおうとしているのは環の家に近い場所だった。


「元気にしてるかな。タマちゃん」

 口をついて出たのは、少し前に知り合った女の子の名前だった。

 優しくて、穏やかで。頼まれたら断れないのに、一度決めたら揺るがない芯の強さを持った環に、もう会うことはないとわかっていても、光希は好感を持っていた。


 もし同じ死神だったら。

 もし同じ人間で友達になっていたら。


 きっと楽しく過ごせたかもしれない。。

 そう思うくらいに光希の中での環は好印象で、過ごしたのはほんの数時間だったが、別れ際は寂しいとも思った。

 人間と死神、もう交わることはできないが、もしかしたらすれ違うこともあるかもしれない。

 辿りついた人間界を空から見下ろしながら、環からは光希の姿が見えなくても、環が楽しそうにしていればいい、そう思っていた。

 そんな時、ふと光希は誰かの視線を感じた。


「いつもこっちの世界じゃ見られることなんてないんだけどな。お仲間?」

 だが辺りを見回しても、同じ死神仲間の姿はない。

「気のせい? 疲れてるのかな。近い内に有給取ろうかなー。大体最近忙しすぎるんだよ」


 ブツブツと文句を言いながらも最後にもう一度確認しようと辺りを見回した時、大きな交差点で信号を待つ環を見つけた。

 すれ違うこともあるかもしれない、そう思ったばかりなのにこんな偶然もあるものなのかと嬉しく思う反面、それでも声をかける事はできない一抹の寂しさを感じながら再び空を駆けようとした時、環がゆっくりと顔を上げた。

 正確には光希を見上げた。

 そして環は人目を憚るようにして、光希に向かって小さく手を振った。


「エッ?」


 思わず光希は自分の身体を見た。

 今、光希は姿を消している。

 間違いない。

 他の人間にも見えていたら、空中に浮かぶ光希なんて騒ぎになるに決まっているのに、誰も光希に視線を投げない。

 投げているのは環だけ。

 見えているのか、なんて間の抜けた事は口にしない。

 これは前にも一回あったこと。環には間違いなく光希が見えている。


 今の光希は仕事中。

 今日はあと一人の魂を迎えに行かなくてはいけない。

 だが、環にも話を聞きたい。

 光希は他の人間には聞こえないことを利用して、大きな声をあげた。


「時間ある? ちょっと話が聞きたいんだけど、今仕事中なんだ」


 環以外には聞こえない声。

 環もそれがわかっているから、小さく頷くと、スッと人差し指で前方を指した。

 その先を辿ると、あったのは一店のカフェ。

 きっとそこで待っているということなのだと光希は理解する。


 幸いにも次の魂の持主は穏やかな人生を送った女性。

 家族に看取られるおばあさん。

 こうした人生を歩んだ相手は、最後に家族の顔が見たい、と言ったものが多かった。

 たまに、ずっと隠し持っていた若かりし頃のラブレターを処分させてくれ、あれだけは処分しなければ。

 といったものもあるが、それこそ伊藤の時と比べれば可愛らしい願いだった。

 だから余程のことが無い限りは長引くことはない。

 光希の長年の勘がそう言っていた。


「じゃ、行ってくる!」

 そう言って今度こそ次の仕事に向かった。



◆◆◆



 人目につかないようにビルとビルの狭い隙間に降り立って姿を現すと、光希は急いで環が待つカフェに入った。

 現れた光希に環はそれまでテーブルに向かっていた顔を上げる。

 手元にはノートと参考書らしきもの。

 どうやら勉強をしていたらしい。


「ごめんね、待たせて」

「平気。家でもここでもやることは同じだから」

「勉強?」

「うん。来月からテストだから」

「そっか。そうだね。もう雪の季節だもんね」


 そう言って光希が窓の外を見ると、雪がちらついていた。

 例年よりも大分早い雪の登場に、今年は厳冬だとニュースで言っていたことを思い出す。


「今日は雪がちらつくとは言ってたから。日が暮れてから急に寒くなったね」

「だから、熱いコーヒーがいつもよりも美味しく感じるよ」

「うん。いつもより甘めのコーヒーがじんわりする」

 そう言ってコーヒーを口にする環に光希がストレートな疑問をぶつけた。


「ところで、環さん」

「なんでしょうか、月城さん」

 光希の真面目な口調を真似して環が返すと、自然と二人の視線が絡んで、それだけでもおかしいのか二人で同時に笑いあう。


「なんで見えるの?」

「それは月城君よりも私が聞きたいよ?」

「だよね。でもこんなケースって俺も聞いたことがないからさ。そもそも狩られるはずの魂が人間の中に入るなんてことをする奴なんて、今までいなかったから前例がないんだ」

「そうなんだ」


 狩り取られた魂が生きている人間に入るなんてことは大問題だった。

 ましてや、それを盾にして自分の願いを叶えてもらおうなど、言語道断。

 だが、結果的には誰も傷つくことなく終わり、無事に伊藤の魂も送ることができた。

 次の仕事にも間に合った。


 上司にどこまでを報告するかを悩んだ結果、光希は大きな騒ぎにならないようにと伊藤の一件は内々に処理していた。

 なんとなくだが、伊藤はきっと死神になりたいと言うだろうと予測して。


「多分、伊藤ちゃんがタマちゃんの中に入り込んだ時に耐性って言うのもおかしいかな、二人の波長が合って、そのまま俺達死神が見える体質になっちゃった……のかもしれないね」

 思いつく限りの中で一番可能性が高いものを光希は選んだ。

 当の本人はしっくりきているのか、いないのか。微妙そうな顔をしていた。


「そういうことなら前例があるの?」

「全く同じじゃないけど、とても仲の良い夫婦のどちらかが先に亡くなった時に、たまに見えることがあるらしいよ。仲が良いってことは波長も似てくるってことだから。

同期が旦那さんの魂を狩りに行ったら、奥さんが真っ直ぐに同期を見てお願いしますって頭を下げられたって言ってたし。タマちゃんの場合、伊藤ちゃんとダイレクトに繋がったから、強制的に波長が合って、伊藤ちゃんがいなくなってもそのまま見えてるってのが一番説明がつくかも」

「そう言われると納得できるような、できないような……?」

 やはりまだピンとくるものがないのだろう。環がそう言うのも無理はない。


「生活に支障は?」

「多分、月城君と同じ死神の人達かな? 似たような人達が見えるくらいで、変なものが見えるわけでもないし。今のところは何も。お互いに知らないわけだから、月城君以外に声をかけるなんてこともしてないよ」

「それが一番だよ」


 ここで環が変に死神に興味を持って、声をかけるようなことがあったら、それこそ騒ぎになってしまう。

内々に処理したものが水の泡になってしまう。

環の考えは正直ありがたいものだった。

「それなら、そういうものだって思う事にするよ。波長が元に戻れはまた見えなくなるかもしれないんでしょう?」


 先程の光希の説明を環なりに理解したのか、強制的に合わされた波長が環本来の波長に戻れば、確かに死神が見えてしまう体質も元に戻るかもしれない。

「多分としか言えないんだけどね」

「長い目で見た方がいいね」


 相変わらず驚くほど穏やかで状況判断が的確で順応性が高いと目を瞠る光希に、環は考えるようにして問いかけた。

「あの、聞いていいことかわからないんだけど。伊藤君はどうなったの?」

「あー。伊藤ちゃんねー」

 突然光希の口調が砕けたものに変わる。

 その変わり方に、伊藤にとって悪い方向に向かってしまったのかと環が身構える。


「どうしたの?」

「伊藤ちゃんは……死神になりました」

「え?」

 光希の答えは環の予想とは全く違うものだった。

「本人の希望でね。まあ、予想通りなんだけどさ」

「死神って最初から死神じゃないの?」

「死神は全員、元人間だよ」


 光希の答えを聞いた瞬間に環の表情が曇る。

 聞いては、触れてはいけないことに触れてしまったと、気まずく感じているような表情だった。

 そんな環に光希は安心させるようにニコッと笑う。


「死神になるか、ならないかは本人の意思によるんだけど、天国に行く前にもっとこの人間の世界にいたかったとか、生前の姿でいたいって奴は結構多いんだ。だから死神になるのは、この世界に強い未練を残した者が必然的に多くなるってワケ」

「そうなんだ」

「伊藤ちゃんは最後にあれだけゴネてくれたからねー。なるとは思ってたんだ。でもまあ、元気にやってるよ」

「そっか。良かった……でいいのかな」

「本人は楽しそうだからいいんじゃないかな。研修も終わってバリバリ仕事してるよ」


 光希の話にようやくホッと胸を撫で下ろす環を見て、光希は柔らかく笑った。

「気にしてたんだ」

「うん。でも見えたままで良かった。あのまま月城君のことが見えなくなってたら、伊藤君も月城君も元気だってこともわからないままだったもの」

「今はまだ新人教育中だけど、それが終わったら伊藤ちゃんと会うこともあるかもしれないね。伊藤ちゃんにも言っておくよ。タマちゃんは今も死神が見えるよって」

「そうだね、会いたいな」

「きっと伊藤ちゃんもそう思ってるんじゃないかな。あれで結構根はいい奴だから、タマちゃんに対して感謝はもちろん罪悪感も持ってそうだし」

「伊藤君とは結構会ってるんだね」


 初めて環が光希と伊藤に会った時の会話から、光希と伊藤も初対面だったはずだが、今の口ぶりではかなり伊藤のことを知っているように感じた。


「こっちの世界も広いようで意外と狭いからね」

「そうなんだ」

「それに。俺のモットーはアフターケアまで万全にってやつだからね。一応魂を送った後の事も気にするようにはしてるんだよ。死神になった人なんかは特にね」

「月城君って意外と真面目なんだ」

「意外とは余計でしょー。こう見えても一応はエリートって言われてるんだからね」

「わー!かっこいい、エリート!」

「でしょでしょ。もっと言ってー! そんなわけで環さん」


 おちゃらけていたかと思えば急に真面目な顔を造った光希に環は少しだけ面喰らった。

「はい?」

「やっぱり気になる。今日はたまたま会えたから良かったけど、この後何があるかわからない。何かあった時は誰もタマちゃんの力になれない。もちろん俺も何ができるわけじゃないけど、でも事情を知っているのは俺だけだから」

「うん?」

「だから、タマちゃんが俺の姿が見えなくなるまでって言いたいけれど、それじゃいつになるかわからないから。暫くの間、タマちゃんの身体に悪影響がなさそうだってわかるまで」


 光希が何の話を始めたのかがすぐには汲み取ることができずに環は首を傾げた。

「定期的に会ったほうがいいんじゃないかな。環さんの身体に何が起きるかわからないから」

「え……」

 光希の提案に環の瞳が不安げに揺れる。


「学校やテスト前で忙しいのはわかるけど」

「ううん、そうじゃないの。なんか、ちょっとおかしくて」

「おかしい?」

「うん。だって中々ないよ、こんな体験。それにありがとうね、心配してくれて」

「当然でしょ、責任はこっちにあるし。何があるかわからないんだから。これだって立派なアフターケアだよ」

「そうだね。それじゃ、これからもよろしく」

 こうして二人は時折会うようになった。



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