13:50日目の太陽
魂を狩ってから五十日目の、朝。
「結局会えなかった」
いつもと同じように太陽が昇る街で、光希は立ちつくした。
初めのうちはまだ会える、そう思っていた。
早ければ早い程環と再会できる可能性が残っているから。
だが、日が経つにつれて環が次の行き先に進む決断をしてしまったら。
後ろを振り返ることなく前に進んでしまったら。
この世界からはいなくなる。
環の行き先が天国なのはわかっていた。
調べればすぐにわかった。
あとはいつ環が天国に行く意思を固めるのか。
どれだけあの姿のままでこの世界にいたいと思うのかが問題だった。
環にはこの世界のことを伝えてある。
死んだ後の人間が来る世界、そこで自分達死神は暮らしているのだと。
この話を覚えていれば、環はここに光希がいるとわかるはずだ。
環が少しでも光希のことを思い出してくれたら。この世界にいたいと思ったら。
『光希君と友達になれたらいいのに』
『もっと一緒にいれたらなあ』
環のあの言葉が本当だったのなら。
四十九日間いっぱいにとは言わない。
せめて光希が環を見つけ出すまではこの世界にいて欲しかった。
だが、どれだけ探しても環は見つからなかった。
日が経つにつれて膨れ上がる焦りと不安は、次第に環の言葉は嘘だったのか、からかっていたのか。
あの時のキスは流されただけなのだろうか。
そんな疑心や恨み言が出てきそうにすらなった。
それでも少しでも可能性が残されている限り、光希はあの姿を探した。
環を求めるあまり、似た背格好の人に声を掛けてしまったことも少なくなかった。
やっと見つけたと声を掛けて、落胆して、また探し始める。
その繰り返しだった。
まだ時間があるのなら、諦めない。
最後の一瞬まで。
ここまでくると一瞬でもいい。
一目でもいい、環に会いたいと思いながら夜空の下を駆けた。
だが、やがて空は白み始めて、光希の願いとは裏腹に無情にも五十日目の太陽は登ってしまった。
「本当にもう、サヨナラだ」
呆然と呟く光希を、目に沁みる程のオレンジが照らしていた。
「おはようございます」
「おはよう。おや、昨日は良く眠れなかったのかな」
光希の目の下のくまに気付いたのだろう。
上田に気遣わしげに声をかけられて、光希は曖昧に笑った。
「そうなんですよ、ちょっとゲームに熱中しすぎてしまいまして」
光希はいつもの調子で答えると、言葉通りに受け取った上田が呆れたような顔を浮かべた。
「……どんなゲームだったかは聞かないでおこう。これから新しく人が配属されるんだ。仕事の方も頼むよ」
「人が……?」
「下野君から聞いていないか? 新しい相棒だよ」
そう言えば、ここ一月半程の記憶が曖昧だが、ぼんやりとして良くは覚えていないが、前に下野に相棒をと言われたことを思い出した。
「俺には相棒は……」
そう言いかけた所で執務室の扉がノックされる軽やかな音が響いた。
「入りなさい」
「失礼します」
そう言って入ってきたのは琴美一人だった。
「今日からここに配属されることになるって聞いたんですけれど、間違いないですか?」
上田と光希を交互に見ながら確認する琴美に光希はまさかという思いで琴美を見た。
上司の間でも光希の力を活かすためには相応の能力が必要だと判断されている。
だからこそ光希の相棒候補になるのは、その実力が認められた者に限られているはずだ。
その候補が琴美なのだろうか。
琴美は伊藤と組んでいたはずだ。
一体何がどうなっているのか。
状況を飲みこめていない光希を余所に上田と琴美は話を進めている。
「ああ、間違いないよ」
「わかりました。呼んできます」
そう言うと琴美は再び執務室を出て行った。
呼んでくるというのだから琴美ではないようだ。
では誰が相棒となるのだろうか。
「光希は、どんな相棒を希望していたかね」
「俺のフォローをきっちりできる人、もしくは俺の手綱を握れるくらいの器量よし」
そう答える光希に上田はフッと目を細めた。
「失礼します」
その声と同時に現れた人物は部屋の扉を閉めた所で丁寧にお辞儀をした。
「今日からこちらに配属されることになった望月環です。よろしくお願いします」
その声に、姿に、光希はこれ以上ない程に目を見開いて環を凝視した。
「タマちゃん……?」
「良く来てくれたね。入りなさい」
上田の声に環は光希の隣に並んだ。
その間際に光希と目が合うと、ニコッと光希の良く知る笑顔を浮かべていた。
「今日から彼女が光希の相棒だよ」
「よろしくね」
ずっと。
この五十日間ずっと探し求めていた姿があった。
一体何が。
この世界にいたというのに何故見つからなかったのか。
何故環がここにいるのか。
何故、一つの連絡も光希に寄越さなかったのか。
光希にはそのどれをも消化することができなかった。
驚きと戸惑いと、苛立ちもあるのかもしれない。
環をじっと見つめたまま立ちつくしている光希に、全部話すよ、とこれまでのことを話し始めた。
◆
異界にやってきた環が真玉と井筒に問われた時、環の答えは一つだった。
「私は、死神になりたいです」
そう答えた環に真玉と井筒は余程驚いたのか、何度か目を瞬かせた後に二人で顔を見合わせた。
「貴女の魂はこんなにも綺麗な形をしているのに、何か心残りがあるんですか?」
「いや、未練があれば少しくらいは歪むだろ」
「確かにこんなに早いとは思いませんでした。今だって色んな気持ちがあります。でも感謝こそすれ、恨みがましいものはありません。でも……」
言い淀む環に真玉はその先を促す。
「死神になりたい理由は別にありますか」
「私の記憶を見たのなら、気付いているんじゃないですか?」
環の問いに真玉は静かに目を閉じた。
少しの間考えるようにしながら、やがてゆっくりと口を開いた。
「……光希君、ですか」
「はい」
はっきりと答える環の目に迷いはなかった。
「気持ちは固いようですね」
環の決意にそれまで黙って二人を見ていた井筒が咥えていた煙草から吸い込んだ紫煙を吐き出した。
「わかった。こうしよう。これから環には死神の適正試験を受けてもらう。この試験は志望者全員が受けるものだ、当然環にも受けてもらう。そこで適正があると判断された上で、お前達にはペナルティを受けてもらおう」
「本来なら魂を狩りに行った死神の隙をついて逃亡、ましてや人間に取りついて願いを聞いてもらおうなんて行動は、目に余るものがあります。普通であれば死神たる資格はないと判断される。ですが光希君は報告しなかった。その結果、伊藤君は死神になった」
死神とは神の代行者。
ゆえに能力のみならず、いくつもの特権が与えられる。
人間界と異界を好きに行き来できるのは、その一つに過ぎない。
多くの力を振るうに値する者かを問うために厳格な適正試験があり、研修制度と新人教育制度が課せられていた。
死神が二人で一組となっているのは互いの行動を戒めるためのものでもあったのだ。
「俺達もお前の記憶を見るまでは知らなかったことだ。知っているのは俺達二人とお前達三人だけ。ああ、もう一人いるだろうが、今は置いておく」
「伊藤君が優秀なことは耳にしています。ここで私達が三人共に死神の資格があると判断すればこの件に関しては今後不問にします。そのためのペナルティです。どうしますか」
この時、環は少しだけ迷ってしまった。
自分だけに課せられるペナルティであれば、いくら受けても構わない。
だが、井筒はお前達と言った。それを環一人でこの場で決めろと言っているのだ。
きっとこの質問に対する返答すらも、試験の一つなのだろう。
「ペナルティを受けるのは私だけではない、ということですね」
「伊藤君が君に取りついてしまっただけ。光希君が大事にならないようにと報告しなかっただけ。
貴女は巻き込まれただけにすぎません。それでもペナルティを受けるのは理不尽だと思いますか」
続いた真玉の言葉に、環の何を問うているのかが少しだけわかった。
環は言うなれば被害者だ。
それなのに内容を伏せたままペナルティを受けることに対してどう対応するのかを見ているのかもしれない。
きっと環が受けなくても、伊藤と光希には何らかの形でペナルティを課せられることにはなるのかもしれない。
ならば。環は真っ直ぐに二人を見つめながら答えた。
「確かに私は巻き込まれただけです。でも、それがなければ、彼らと出会うことはありませんでした。だから、ペナルティを受けることを理不尽だとは思いません」
「……わかりました。ペナルティの内容について説明します」
「研修中は光希との接触を一切禁止する。以上」
「え……?」
「適正試験をクリアした後、貴女にはこれから四十九日の間は死神研修生として専用の寮に入ってもらいます。その間、何があっても光希くんとは接触しないように。貴女がこの世界にいることも、知られてはいけません。そうなるように立ち回って下さい。避けて下さい」
真玉はそこまで話すと思い出したように付け足した。
「ああ、伊藤君に会ってしまったら、その時は彼にだけは事情を説明しても構いません。恐らくは事情を知っている彼の相棒もこの際良しとしましょう。できますか?」
「――やります」
「わかりました。では、あちらへ。この後の事は寮の者が案内してくれます」
ゆっくりと指された方向を見ると、いつの間にか道が現れていて、その先には誰かが立っていた。
彼が案内をしてくれる人物なのだろう。
環は二人に向かって最後に頭を下げた。
「ありがとうございました」
「まだ決まっていませんよ。まずは適性試験からです」
「まあなんだ……頑張れよ」
最後の一言で、なんだかんだ言いながら三人を不利な状況にさせたくない気持ちが見えた気がした。
ここから環の四十九日間が始まった。
最初はただ会えないだけかと思っていた。このまま四十九日間をここで研修を受ければそれだけでいいのだと。
ペナルティにしては随分と軽いとすら思っていた。
環が研修を受け始めてすぐ、先輩の死神講師として伊藤と琴美が現れた。
その時は驚きで固まってしまったが、授業の後に伊藤を捕まえて全てを話した。
この時に環は光希が毎日環を探しまわっていることを知った。
環はここにいる。
すぐ近くにいるのに伝えられない申し訳なさと苦しさで胸が押しつぶされそうになった。
そして伊藤は全てを知っていて明かすことのできない辛さと、光希には大事な存在がすり抜けていく焦りと不安。
ここからがペナルティの始まりだった。
だがこれも期限が決められている。
今は辛くても一日一日を消化していけば光希に会える。その一心で過ごしていた。
次に現れたのは光希の上司である上田と下野だった。
環の研修中の噂を聞いて直接会いに来たと言われ、話している内に上田は環が実直な人物だとわかると、次は光希本人を連れて来ようという流れになった。
当然環は光希と会うことはできないし、真玉達とのやりとりを上田達に話すわけにもいかない。
環はただ死神になりたいこと、できたら最初に会いに来てくれた上田達の部下になりたいと伝えた。
ただし、光希に会うのは無事に研修を終えてからにしたいと。
最初は光希を連れてくる気でいた上田達だったが、あまりにも環が必死に今は会えないと頼み込む環に何かを察した上田は環の意を汲んでくれた。
タイミング良く伊藤が来てフォローを入れてくれたこともある。
実際伊藤がこの後上田達に連れていかれたのは事情を聞いていたのだろう。
この他にも伊藤と琴美の協力の元で環は寮から出ることなく過ごすことができた。
それが街で光希がどれだけ探しても噂一つ出てこないことの真相だった。
手掛かり一つで光希が環のいる場所を探しだしてしまうかもしれないからと、琴美は進んで買い物などをしてきてくれた。
この間に意気投合した環と琴美は、全てが終わったら一緒に街に出ようと約束をしていた。
それが嬉しくて早くこの研修が終わればいいと、より一層願うようになっていった。
そして五十日目の朝、伊藤と琴美の二人が環を迎えにきて今に至る。
一連の話を聞いた光希は信じられないという表情から苦しそうな表情、そして自分と真玉達とのやりとりを思い出して納得するような表情、様々な色を浮かべていた。
全てを話した。
全てを聞いた。
そんな二人は互いに何と声をかけていいのか、わからなかった。
そんな時。
「失礼します」
再びノックの音が聞こえて、今度は琴美だけでなく伊藤も一緒に入って来た。
「伊藤ちゃん」
執務室に入ってくるなり、光希は伊藤を振り向きもせずに呼んだ。
背中を向けている為に伊藤からは光希がどんな表情をしているのかは見えないが、声は固いものだった。
「伊藤ちゃんはタマちゃんが死神研修生になったって知ってたんだ?」
「ああ。俺達は環の研修担当だったからな。今来たのだってその引き継ぎだ」
「自分はちゃっかりタマちゃんと会ってたってこと?」
「会わなきゃ研修できないだろ」
「俺にあんなことを言っておいて?」
「そうでもしないと、光希はすぐに環の居場所を見つけ出しそうだったからな」
「もう一つ。それはタマちゃんの魂を送った時には決まっていたの?」
「お前、環の魂を送った後、すぐにここに戻らなかっただろ。その間に適性試験で過去最高得点を叩き出したのが環だったんだよ。それで、俺が上田さんに呼びだされてな。元々は環の魂を狩る予定だったのは俺達だったからな」
そこで光希はようやくあの日の違和感に気が付いた。
あの時はどこにも余裕がなくて気付かなかったが、今ならはっきりとわかる、違和感。
光希は大きく息を吸い込むと、はあーっと大きく溜息をついて、伊藤の方へと振り返った。
「伊藤ちゃんの上司は上田さんじゃないのに、なんで上田さんと会議してるのかってチラッとは思ったんだよね……ほんとおかしいとは思ってたのに」
気付かなかった自分に悔やんでも悔やみきれない。そんな感情をありありと表情に出した。
「おいおい、俺はあの時は真面目に会議してたよ。環は光希の相棒足り得る存在なのかって上田さんに聞かれてたんだよ。感謝しろよー? 俺があの時頷かなかったら、環はここには来なかったかもしれないんだからな」
そういう伊藤の言葉を肯定するように上田は大きく頷いた。
「適正試験のみならず、研修中の環君の成績は優秀でね。引く手数多だったよ。うちも人手が欲しいって言ってたのと、何より本人の強い希望があってうちに来てもらったんだよ」
上田のフォローに、次に光希が噛みついたのは下野だった。
「下野さんも俺が報告した時は知ってたってことだよね? 教えてくれても良かったと思わない?」
「いやー、こんなに可愛い子に、必死でお願いされたら、お兄さん断れないな」
「下野さん……」
お兄さんっていう年ですか。
照れくさそうに応える下野に、なんとかその言葉を飲み込んで、光希は冷めた目で見つめた。
「それは仕方ないだろう。こんなに良い子に何も聞かないで下さい、お願いしますって言われたらオジサン断れないからね」
「上田さんまで! 二人揃って何頬染めてるんですか? ちょっとタマちゃん、一体何したの」
「何もしてないよ。ただお願いしただけで」
「そのお願いが問題なんでしょー!」
「光希君との接触は禁止されてたし、事情も話せなかったから、どうしようもなかったんだよ」
「わかってる。でも頭では理解してても、心は納得できないのもわかって欲しいよ」
「まあまあ。それで、権利を持っている光希にも一応聞くが。環君と組むのか、組まないのか、どっちだ?」
「タマちゃんとじゃなきゃ嫌です」
「わかった。大事にしなさい」
その言葉に光希は大きく頷いた。
そして、環に手を差し出した。
「よろしく」
「こちらこそ」
ここに来て気持ちを吐き出したことでようやく光希にもいつもの調子が出てきたことに、光希以外の面々は安堵した。
「おやおや、早速賑やかにやってるみたいですよ」
水鏡に映る光希達の賑やかな様子を真玉が楽しそうに見つめていた。
「もしかしたら僕達の跡を継ぐのは彼らかもしれませんね」
ずっと昔。
死神達の間でも実しやかに流れている噂。
歪みのない魂の持主。
それが、この真玉だった。
全ての死神は元人間。
だが、最初から死神になるために生まれる命もある。
それが、完全な魂の存在。
門番として公平な考えを持つ者は、人としてその生活を知るためにか約十五年を人間として過ごし、その後にこの世界にやってくる。
ただし、人間としての十五年をどのように過ごしたか、その環境で性格や価値観は大きく変わるため、他の死神と同じように適性試験や研修を受け、死神として更に働くことで門番としての素養を身につけていくことになる。
この魂が生まれるのは、現在の門番の持つ力に陰りが見えた時。
今から十五年前に真玉の力が衰え始めた時に、強い光を放ちながら生まれたのが環だった。
真玉も同じ。随分と昔に人間として生き、天国ではなく死神としてこの世界に留まることを選び、井筒と出会った。
「あいつらがそこまで育ってくれりゃいいんだけどな。もし後釜が見つかったら天国に行くのか?」
「その時は一緒に転生なんていかがですか?」
「転生か。それも悪くないかもしれないな。転生したら何になりたいんだ?」
「そうですね。私は本が好きですから。図書館の司書とか学校の先生なんて面白そうですね」
「ああ、似合いそうだな。いいんじゃないか。真玉先生。からかわれやすそうだけどな」
「あら酷いですね。では貴方は?」
「俺は……そうだな。どこか人情味のある街で小さな店をやるってのもいいかもしれないな」
「井筒君らしいですね。似合いますよ、きっと」
「それも全てはあいつらが育ってからだな」
「きっとあの二人には全てを話す時がくると、私は信じています」
そう言って笑う、二人の姿があった。
「――それでは環君の引き継ぎはこれで終わりだ。伊藤君と琴美君も世話になったね。光希には今日から環君の新人教育を頼むよ。環君、しっかり学びなさい。以上だ」
「はい」
上田の言葉に四人の声が重なった。
「それじゃ、俺達も行きますか」
「今度四人でメシでも行くか」
「いいねー。その時全部教えて貰おうかな、細かく色々と。研修中のタマちゃんのこととかも全部」
「……ごめんなさい」
口々に言いながら四人は途中で別れて、光希と環は人間界に続く扉の前にやってきた。
「じゃあ早速仕事に行くよ、タマちゃん! ほら、飛んで!」
「え、わっ……ちょっ……! っひゃああああ!」
「慣れるまでは絶叫するよねー。懐かしいなー」
ジェットコースタよりも怖いのではないかというくらい急降下する感覚の中で、余裕綽々で笑う光希を環は涙目になりながら睨むと、光希はいつものように笑っていた。
そんな顔を見て、環はこの道を選んで良かったのだと胸にある気持ちを噛みしめた。
終
短いものですが、ここまで読んでいただきましてありがとうございました。
ここで話は一旦完結しますが、また光希達の話を書き始めたら別の話として連載したいと考えています。
その時はまた読んでいただけたら嬉しいです。




