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優しい死神  作者: ミナセ
11/14

10:狭間の世界




環は白い場所に来ていた。

ほぼ何もない、知らない場所。

だが不思議と不安や怖さは感じなかった。

むしろ柔らかい何かに包まれているような、温かさがあった。

ただ流されるままにその身を任せていると、やがて人影らしきものが見える。


ぼんやりとした影は近付くにつれてその輪郭をはっきりと映しだした。

最初は一人かと思っていたが、そこにいたのは二人の男性だった。

一人はニコニコと人の良い笑みを浮かべ、もう一人は煙草を咥えながら腕を組み、まさに仁王立ちのポーズをとっていた。

ニコニコと笑っている男性の表情は穏やかで、その笑顔が作りものではないことが見て取れたが、こちらは一見しただけではどんな人物かはわからなかった。

やがて環が二人の元に辿りつくと、穏やかな声が掛けられた。


「ようこそ、狭間の世界へ」

「狭間の世界?」

聞き慣れない言葉に環が聞き返すと、穏やかな声の持ち主は静かに続けた。


「これは失礼。僕達が勝手にそう呼んでいるだけで、本当はこの世界に名前はないんですよ。ただこの場所が天国と地獄の間にあるので。人によっては異界とか黄泉と呼ぶ人もいますよ」

丁寧に応える男性から聞こえた異界という言葉に環は納得した。

それは光希が使っていた言葉。

そして、この場所は光希がいる世界なのだと理解した。

環が無事に送り届けられたことも。


「ここは魂の選定をする場所でな。勝手だがお前の記憶を覗かせてもらった。悪く思わないでくれ」

「紹介が遅れました。僕は真玉です。この世界の、門番みたいなものでしょうか。ここで、この先に行く人の案内をしています。隣の彼は井筒君。僕達二人でここの管理をしています。……望月環さん」

二人で一組として仕事をしているのなら、この二人も光希と同じ死神なのだろうかと考えていた所で、環の名前を呼ぶ真玉の声が真剣なものに変わった。

ここからが本題になるのだろう。


「はい」

答えた声は落ち着いていた。


これまで特に悪いことはしなかった。

平凡な毎日だった。

誰かを傷つけたりしたこともないはずだ。

自分はどちらになるのだろう。

地獄に行くようなことはしていないが、天国に行ける程良いこともしていない。

真玉の次の言葉を聞くのに、思わずゴクリと喉を鳴らした。

無意識に緊張していた。


「――天国に行く前に、やりたいことはありますか?」

「え?」

「どうかしましたか?」

「あ、いえ。何でもありません」

まさかこんなにあっさりと答えを聞くとは思わなかった環は思わず間の抜けた声をあげてしまった。


「地獄に行く場合はこの後更に審議が重なるのですぐに奥の扉を通ってもらうのですが、天国に行く人は四十九日の間はこの世界で過ごすことができます」

「すぐに天国に行かなくてもいいんですか?」

もしくは、すぐに天国に行かない人もいるのかという意味を込めて問いかけると、他にも同じ事を聞く人が多いのか、真玉は心得ているとでも言うように大きく頷いた。


「この世界では生前の姿を取ります。例えば、小さな子供が病気がちで外に出ることができなかったら、その身体で思い切り遊んでみたい、など言う事があります。ああ、ずっとお酒を飲むことを禁止されていたから、なんていう理由もありましたか。理由はそれぞれです」


大小あれど理由は本当に何でもいいらしい。

そして、環の姿もいつの間にか高校生のそれに戻っていた。


「そのため、ここは人間の世界とほぼ似た世界になっています。天国はまた違う世界になっていますから。人の世をもう少しだけ味わいたいと思うのなら。それに、ちゃんと宿舎もあるんですよ。魂とは言っても元の器は人間。身体は自然と食事や睡眠を欲します。小さい子だと迷子にもなりやすいので宿舎に入ってもらいますが、貴女くらいの年であれば使うも使わないも自由です」

「アフターケアは万全に、か……」

思わず光希の言葉を思い出して口元が緩んだ所を見たのだろう、真玉が怪訝そうに首を傾げる。


「何かおかしなこと言いましたか?」

「いえ、ちょっと人間だった時のことを思い出して。似たことを言った人がいたもので」

言ったら失礼だろうかと思いながらも、つい口をついて出てしまった。

その時の環の笑顔に裏表がなかったことを感じ取ったのか、真玉は怒ることなくニコニコと環の話に頷いた。


「そうでしたか。では、もう一度聞きます。貴方はどうしたいですか」

「私は――」


環の答えを聞いた真玉と井筒が驚きから息を飲んだのがわかった。

だが、次のほんの一瞬だけ、嬉しそうに笑ったように見えた。



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