プロローグ:光が落ちた日
「っ……!」
いつもの柔和な表情を浮かべる彼の表情が、一拍だけ詰めた吐息と共に歪んだのを、彼の相方は見逃さなかった。
「どうした?」
「いえ……」
本人の中でも確信はないのか、明言を避けてスッと立ち上がり、慣れた様子で水鏡に手をかざすと水面がここではない場所の風景を映し出す。
そこに映っていたのは、小さな光がフワリフワリと舞い降りる所だった。
それを見た相方の男が眉を顰める。
「能力が衰え始めていたのはいつからだ?」
映し出されたものが何を意味するのかを知っている、強い口調だった。
「最近、そんな気はしていたんです。体調が悪くなったりすることもなかったので、気のせいかと放っておいたのですが、これで確信しました」
困ったように笑う彼に、もう一人の彼は大仰に溜息をついて見せる。
「どうして言わなかった?」
「能力の衰えを、はっきりと感じ取っていたわけではなかったんですよ」
能力が衰えると言っても、ある日突然力がなくなった、目に見えて何もできなくなった、などの変化がない限り、少しずつ、少しずつ衰えていくものであれば、すぐに気付かないのも無理はない。
こういうものは気付いた時には大きく弱っているのかもしれない。
「……三十年、か」
眉を顰めながらもポツリと漏らすと、彼もゆっくりと頷く。
その顔に浮かんでいるのは穏やかだが寂しそうな表情だった。
「ええ。あと三十年です」
人間からしてみれば長い年月になるだろう。
だが、彼らは違う。
彼らにとっての三十年は、目まぐるしく過ぎていく時の中の短い時間。
その短さに。
「短すぎるだろう」
思わずと言ったように彼は口走っていた。
「そうですね。こんな毎日なら、きっとあっという間でしょうね」
相変わらず眉を顰めたままの彼に、いつもと変わらない柔和な笑みを浮かべる。
わかっていた、ことだった。
「それなら最後の十五年はゆっくりと過ごさせてもらおうか」
「大人しく隠居できると良いのですが」
自分達のことを思い出したのか、クスクスと笑う彼に、もう一人の彼はばつの悪そうな表情を浮かべながら、それでもはっきりと言った。
「そうなるように育てるんだよ」
「これはまた厳しい」
「今まで真面目にやってきたんだ。これくらいは許されるだろう。それに優秀な奴がいるに越したことはないからな」
「いつでも人手不足ですからね、ここは」
もう一度大きく頷いて、水鏡を見る。
ゆっくりと落ちていく小さな、だが力強く瞬く光を二人は静かに見守った。




