ピッチャー
特に無いです。
その瞬間、俺の夏は‥‥
俺は今東京K区軟式野球区民大会、トーナメント戦のマウンドに立っている。と、言ってもランクは三部だからレベルはそれ程高くは無い。全部で五部まではあるから、真ん中位。寧ろ下のランクと言っていい。もう四十に手が届くし、歳相応に身体も動かなくなっている。それでもランクを下げたらまだ投げられる自分が居たから、周囲の勧めもあってマウンドに立っている。
それにしても暑いな‥‥どうして区民球場なのにこんなにマウンド低いんだ。相変わらず投げにくいな。
試合は六回裏ワンアウト。時間切れでこの回を終わらせたら終わる。けどランナー二塁で相手打者は今日何故か相性が悪い二番打者。点差は二点だからまだ余裕はあるが、コイツを殺らなければ、こっちが殺られる。次からはクリーンナップ。特に四番には一本スタンドに持って行かれた。
もう百球近くは投げて握力がない。何とかここで終わらせたい、終わらせて早くタイ式マッサージ屋に行きたい。オキニの、あれ?名前なんだっけか、ピンサロの上にある「本当に真面目な」「エアコンガンガン」のマッサージ屋の若い子の強い力で九十分、疲れを解したい。
寝たい。出来れば早くシャワーだけでも浴びたい。汗臭いし加齢臭、脇も変な臭いがしてる。この臭い嫌いなんだ。
オリャ!
見逃しやがる、どうだ?
ボール!!
う~ん、じゃ、次はツーシーム。
いや、だから、なんでカーブを要求する?もう握力は無い。カウントはツーボール。今日は普段よりカーブの入る確率は低いじゃん、真ん中に入ったらそれこそ流し打ちされてレフトに行く。ショートの位置見てるか?ここはツーシームだ。
えっ?ストレート?まあ、いいか。
フン!!
ストライーク!!
ふう、真ん中に投げるしか無いなあ‥‥
もう一球‥‥
いや、だから、なんでカーブ?
また首を振る。
よし、イーファストだ。
高い所から低めに‥‥そうすりゃ引っ掛けられっから。
フン!!
蠅が止まる位の超スローボール。一瞬場内の動きが皆止まる。バッターの顎は上がりスイングは当てに行く為山成りになる。
ヨッシャ!振ってきた。
えっ?顎残ってる、ヤバい。
下半身は踏ん張りが‥‥効いてやがる。
さすが、まだ見た目二十歳位だ、若いぞ。
バットはしかし止まらずショートのボテボテゴロ。
‥‥頑張れショート、高沢さん。高沢さん、急いで捕球体勢に。
交錯する二塁走者と高沢さん。
捕球と共にタッチ。
やった、終わった。
終わった?
私はもう投げたくないから、やった~~と声を出し、終わりムードを演出する。
草野球はこうした雰囲気作りは大事、審判も区民大会のリーグ戦なら二人しかいないから細かいジャッチは出来ない。その環境に慣れ切っているから、そうした芝居は巧くなる、皆そうだ。皆興奮しているからそうした動作はデカくなるし、早く終わらせたいから、声もデカくなる。それに普段は社会人でそれこそ腹芸で金を稼ぐのに慣れてるから、余計そうした人の機微には敏感だ。
しかしトーナメントは四人審判。
何やら協議をしている。走塁妨害か否か、という事らしい。いやいや、打球転がっていたんだから、寧ろ守備妨害じゃないのか?
「走塁妨害、ランナー進塁、バッターは一塁」
「はあああああ?」
思わず俺は不満を露わにしてしまった。本当は良くない、審判だって人間だ、自分の判定に異を唱える若造にいい面する奴なんていない。
しかしこれは納得がいかない。何故なら打球はボテボテのショートゴロで二塁ランナーは一瞬躊躇、しかし捕球と同時位にスタートを切り交錯ギリギリのタイミングで捕球とタッチをした。どこが走塁妨害なのか、イマイチ、ピンと来ない。怒り心頭の俺だが、審判にどうして走塁妨害なのか聞こうと話しかけた。
すると監督がライトからやってきてどうなのか、聞きにやってきた。いやいや、遅いっす。幾ら外野だからってプレーが止まったら駆け寄るのが普通でしょう。
走塁進路に被って捕球とタッチを同時にした為、と審判は当たり前のように言い出した。確かに、走塁妨害とは進路を挟む事だが、対で野手の捕球を妨害するのは守備妨害、このケース、走者は止まる選択肢もある筈だがその理屈は無視されている。
‥‥明らかにおかしい。
思い当たるとすれば、審判が相手チームを贔屓にしている、という事だ。これなら合点が行く。実際俺は何度も双方経験している。審判を味方につけるか、敵につけるか。往々にして捕手が主審とよく会話をしてその場を仲良くすると、色々有利になるがそれは二人制、若しくは一人制での話。四人制の場合はあまり考えにくいが、それでもある。実際、俺は何度も今日の試合でストライクをボール、と言われたし微妙なタイミングの内野ゴロは総てセーフにされた。逆にこちらの攻撃で、確か箕面さんがライト線に運んだ打球はフェアゾーンとのギリギリだったがファールにされた。あれで追加点は取れなかった。
遂にここまでやるか‥‥怒りでワナワナ震える俺に、ファーストの川辺さんは一言、
「気にするな、あと一人抑えよう」
しかし相手は三番打者。気にならない訳が無いが、投げなければ試合は再開しない。草野球の、しかもそれ程強くないチームで投手をしていると、本当に孤独を感じる。バックはアテにならないし、己もそれ位のチームで馴染んでしまっているのだから、それ程実力に自信がある訳でもない。更に替えの投手はいなくて、無理だと知りつつも投げなければ始まらない。で、打たれたら自分のせいにされるんだ、皆口では言わずとも。そして向上心を持つメンバーからは、アイツはダメ、誰か若いのを入れてこい、となる。
‥‥いや、これ、本当。じゃあお前が投げて見ろ、そう言いたくなる。
更に性質が悪いのは、俺にマウンドを奪われてしまった元投手。バックで盛り上げてくれるならいい。俺も別のそこそこ強いチームでは若いのにマウンドを譲り、守備で盛り上げたりしている。しかしレベルが低いとそうもいかない。守備で足を引っ張る。これが一番許せないが、更にアカンのはそれで窮地に立たされ、再度エラーをして失点を重ね、マウンドから降ろされ、自分がマウンドに上がる。人数は九人ギリだったりするから俺も野手をするが、ソコソコ経験してきた俺は、ミスは俺が許さない。だから出来る範囲でキッチリやる。ミスする事も勿論あるが、心から謝る。
対してミスした本人はどうだ?抑える分にはまだいいが、それでドヤ顔をするのはムカつく。長い間投手だっただろうから、守備にやる気が無い気持ちは分かる。しかし外野で弾む打球を追い方を間違えて万歳したり、万歳した後ダラダラ打球を追い掛けたり、明らかなセカンドフライを落球した後悪送球したり、打ち取った当たりをポロポロファンブルしてランナー溜めたり。おまけに元々投手脳で自己中だから、捕れない場所に打たせるお前のリズムが悪い、と、言わんばかりの面をしている。
そんなのがバックにいるのだ。正直やり切れない気持ちになるし、信頼なんて出来る訳も無い。信用はもっとしていない。
さて、ツーアウト、ランナー、一三塁。点差は二点。スタンドインで逆転。スタンドインせずとも、ランニングホームランも有り得る。
かなり俺はビビるんだが‥‥
さあ、投げようか。この夏は、まだまだ続くのかなぁ?
特に無いです。