クライスルート 終わりへの前兆
「じゃあ…クライスで」
「ふむ」
「なるほど」
私が決めると、周りの王はうなずくだけで、特にかわった反応しなかった。
一番妥当な判断をしたのかもしれない。
助けてくれるか、期待はできないけど、特にスピードやアルハードよりマシだろう。
「お前に任せていいかクライス」
「もちろんです一等王。それに、お三方のお手を煩わせるわけにはいきませんから」
というわけで、兵士もいないクライスは徒歩で私を緑色の国へ連行した。
クライスはソファに横になると、目で私のほうを見た。
「…殺さないの?」
「命乞いを待ってるんだよ」
命乞いをしたら、クライスは私を助けてくれるのだろうか。
だけど、命乞いなんてカッコ悪い。
「しないけど」
きっぱりと、彼の考えていたことを否定する。
「え?しないの?」
すると、クライスは目を見開いて、聞き返してきた。
「しないけどおかしい?」
「普通、罪人は権力者にこびるよ?」
「こびるなら一番偉いスピードにやってるかもね」
「……!」
冗談だったのに、深刻な顔で黙ってしまった。
クライスってスピードに苦手意識あるよね。
ついさっきあからさまにヘコヘコしてたし。
「しばらく処刑は待ってあげるよ」
早朝、私は優雅にお茶を飲んでいた。
昨日のことがまるで嘘のように生活が一変したのだ。
クライスって不思議。
「きゃー!クライス様だわ!!」
私はキュウリのサンドウィッチを食べながら緑色の服の女たちが、黄色い声をあげながらクライスに群がったのを窓からカンショウ中。
するとクライスがこちらに気がついたのか、パチリとウィンクした。
とりあえず無視するのも悪いので手をふった。
ウィンクって難しいのに、チャラ男はよくできるなあ。
今日の服はどれにしよう。
置いてあるのは長いドレスばかりで、歩きにくそう。
しかもどれも緑系。まあしかたないか。
こんな機会そうそうないし、ドレスも形の研究の内だ。
なんだかこの緑の気色を見ていると、元の世界に戻らなくてもいい気がしてくる。
――――怪しい植物テラピーの予感。
早く元の世界に戻って、作品作らないと。
私はこの世界を調べるため、城の本を探すことにした。
なんということでしょう。
全然本を保管する場所がないではありませんか。
―――リフォーム前なのかな。
まあクライスは本なんて読まないタイプだろうし、この城に有るかないかはあきらめて、別の建物で探そう。
その前にお腹がすいたので、軽めの食事を取りに、食堂へ向かった。
「―――よ!!」
「たのしみ~」
なんだかまた城の前が騒がしい。
濃い緑色の服を着た緑髪の若い女性達が、賑やかに話している。
いったいなんの話をしているんだろう。
「ねえ」
「あ!」
「この子クライス様の…」
「あなた、余裕を持っていられるのも今のうちよ」
うわめんどくさ。友達になろうとしたのに、話かけただけでこんな態度とられるなんて、もういいや。
ここは異世界だ。この世界の人と友達になってもいつかは帰る。
ならできてもできなくても同じ。
「くやしい?何か言い返したら?」
「もういい、あなたたちに興味ないし」
争うだけ時間の無駄である。
「なによ!!」
「おぼえてなさい!」
私はいま食堂で緑色のシフォンケーキを食べている。
「コックさん、これ抹茶ですか?」
「はい」
「形子」
クライスが片手で頭を抱えるポーズをとっている。
「あ、クライス」
いつもは囲まれているから声をかけづらいし
またはイルダヤのところに行って、城を開けたり。
そういうわけで、久々に近くで彼を見た。
「今夜、久しぶりに城でパーティーを開くんだ」
「へー」
頻繁に、むしろ毎日開いてそうだけど、私がここに来た日から昨日まで開いていなかった。
「ぜひ参加してくれ」
「いいけど……」
「ドレスのことなら、心配しなくても用意してある」
クライスが指を弾くと、ガラガラと音が響く。
メイドさんがドレスを運んできた。
「君は、シルバーグレーのドレスがいいと思うんだ」
クライスが一着のドレスを見た。
「よくわからないけど、なんでもいいよ」
パーティーの時間、メイドさんがドレスに着替えさせてくれた。
マーメイドラインで、スタンダードなタイプより軽く、歩きやすくなっている。
もしかしてクライスはそこまで考えて選んでくれたのかな。
城の一階ホールへいく。内装は丸く円型だ。
白のテーブルクロス、皿の上には高級レストランにありそうな料理。
クライスは、高い位置にある王座のほうへ歩いている。
あれでも王座に座る立場なんだな、としみじみ思った。
パーティーの楽み方などわからない。
小腹が空いていたので、食事を食べようとした。
テーブル中心にある丸々一羽のチキン。
それを見て、なんだか具合が悪くなった。
こういう生々しいのは、くりぬかれた鳥を想像してしまって、なんともいえない気分になる。
外の風にあたりにいくことにした。
「ふー生き返るー」
外は冷たい風が吹いていた。
そんなに強くはないが、涼むには丁度いい心地よさ。
ふと、首筋に違和感を覚える。
いつのまにか、そこにはヒヤリとした金属の感触があった。
「残念」
とだけ、声がした。
いまのはなんだったのだろう。
回復したので、私はすぐに会場に戻った。
パーティーに戻り、今度こそ食べようとしていると――――
ダンスの合図があった。
社交ダンスなんてしたことないのに。
食事にありつけなくてがっかり。椅子に座っていよう。
「形子、オレと踊らない?」
クライスに手を差し出された。
彼は王様だし、大勢の前で誘いを断るのはまずいだろう。
「……うん」
私はその手を取ってじっとする。
リズムよく横に移動したりくるくるとまわった。
操り人形状態だが、踊れないんだから仕方ない。
ダンスって密着が多いなあ。
まわりを見ると、うつくしいフォームをしている。
たまにテレビや映画で観る光景を間近で体感して、これが現実なんて信じられない。
なんとか、倒れたり足を踏んだりなどせずにダンスは終わった。
私と踊ってつまらなかっただろうなクライス。
廊下の一角に見覚えのない部屋をみつけた。
こんな日のあたらない場所に、扉があったんだ。
迷うことなく入っていくと、棚と無数の本があった。
「うそ……」
クライスは本を読まないのかと思っていたが、こんなに本がおいてあるなんて。
一冊、表紙が緑の本があった。
それを手にとり、栞のページをひらいた。
【深緑】
[少年は貧しい家に生まれた
けれど、それを隠して、自分は貴族の子だと思い込んで生きていた
貧しい生まれを悟られぬよう
本当の自分はとても醜くある
少年は己を偽りつづけ、いつしか
人は偽った自分にだけ寄ってくるのだと、あらため悟った]
私はよくわからず、本を棚にもどし、部屋を後にした。
私が見る限りクライスはやたらと金のかかりそうなことをしている。
ここはメルヘンな異世界だから金銭とか、政治とか、関係ないんだろうなあ。
食事はともかく、きらびやかな緑の宝石を大量に誂えた椅子やテーブル
杖や床など、いたるところに宝石がある。
「形子、ほしいものがあるなら好きなだけ言ってくれ」
クライスはそう言うと、エメラルドのような大きな石のついた指輪を私の小指にはめた。
「なんで小指?」
訪ねるも、スルーされた。
飽きたのか、クライスはソファに横になる。
クライス自身はまったく宝石をつけていないようだ。
いつもシャツに黒のジーパン風でまったくもってラフである。
それにしても、なんのためにこの世界があるのかわからない。
王様が四人もいる必要はあるのかな。
「ちょっとあなた」
「あ"?」
絡まれ方が気に入らなくて、ついケンカ腰になってしまった。
明らかによくあるイビりだ。
「クライス様に指輪をもらうなんて!」
「クライスはただの貢ぎマンでしょ
それに小指だよ、薬指じゃないんだからそんなにキレないで」
「クライス様は他人に貢だりなんてしないわ!!」
「そうよ! クライス様はオケチな方なのよ!」
「他の王にゴマをすったり、ガメツイお方なのよ!」
これはほめられてるのか、けなされてるのか、私にはわからないよクライス。
「それよりね、クライス様は小指がお好きなのよ!」
「へー」
「クライス様は薬指がお嫌いなのよ!」
「なんで?」
「しらないわ!」
この子らベラベラと良い情報話すなあ。
この世界を出る方法しらないかな。
「――――約束、あの人はまた嘘をつく。
ぼくはまた独り、一人、ひとりになった」
―――――――――――
「……全然おもいつかない!!」
この世界について聞いても、誰も答えてはくれなかった。
なぜなら彼女達はもとからこの世界に住んでいるから。
私のいた世界があることなんて、そもそも知るわけがなかった。
「あいつらのせいで……」
あの二人の変な男が、この世界に連れてきたせいでこうなった。
「ヒドイなあ……」
「そうだねせっかく救済措置でもしてやろうと思ったのにこんなことを言うなんて」
「あー!」
「やぁ」
「会うのは二度目だね」
「救済処置って……ずいぶん上から言ってくれるよね、私をこの世界に来て困らせたのはあなたたち二人でしょ?」
この奇人ピエロと黒サンタは何者よ。
「ボクはイロヅキ、コイツはモノクロ……キミをツレテキタのはボクたちじゃないよ?」
「嘘だ!!」
いかにも怪しいし、異世界にいたのだって、タイミングは二人が現れてからだった。
「だって、イマボクタチにウソツクヒツヨウナイヨ?」
「は?」
「それにさあ、キミミタイナただのニンゲンをツレテキテ、ボクタチにナンのトクがあるの?」
―――それは確かにそうだが、そんなただの人間とはっきり断言されると、私には芸術の才能がないと馬鹿にされているようで腹が立つ。
「よりによって四等を選ぶなんて相当変わってるよ君」
「……は?」
「王のことさ」
“4等王――クライス”
どこかでそんな単語を聞いた気がする。
「人に意味のわからない優劣つけないでよね」
なんだかそういうの、腹が立つ。
「オカシナことをイウンだね、ニンゲンってダレがスグレたか
ユウレツをツケるイキモノでしょ?」
「……! それはその人自身にじゃなくて、作った展示物とか、絵画とか、育てた植物に、じゃない」
「変わらないね同じだよ作った物を評価して優れていれば愛され慕われるいなければ蔑んで否定して捨てられる」
二人は私には道程敵わないくらい饒舌。
理論的、結論的に正しい言葉で捲し立てる。
「……わかった認める。それじゃあね、帰り方は教えてくれないんでしょ」
この二人と話すのは面倒そうだ。
「帰り方はなくもないけど今の君にそれができるかわからない」
「聞くだけ聞いておきたい。教えて」
「殺せばいいんだよ」
「誰を?」
「――――それは」
―――――――――――
ただ、ここは私の家じゃないから、家に帰りたい、それだけなのにどうしてそんな簡単なことが叶わないんだろう。
『4人の王、誰か一人をコロせばいいのさ』
「ああもう……! なんで私はこの世界に来たの!?」
異世界だからって、誰かを殺すなんてできるわけない。
元の世界へ帰るには彼等の内の誰か一人を殺す必要がある。
そんなことを帰還する条件にされて、実行できるわけがない。
一旦このことは考えないようにして、何か食べて気をまぎらわせよう。
「ケイコ、浮かない顔をしているね」
「そうかな?」
ゴマスリだけあってクライスは人のことを察するのがうまいなあ。
「言いたくないなら聞かないよ」
「それ、一番言いたくなるパターンじゃん」
本当は知りたいのに、言わなくてもいいと相手に逃げ道を作る。
教えろと言われるより話す確率が高い、厄介な言いまわしだ。
でも、これは言えない。
実行する気はないが、話したときの彼の反応が怖いから。
ニュアンス的には“帰りたいから殺していいか”
聞いているようで嫌だ。
「オレを殺さないのかい?」
「えっ?」
クライスからそんな問いかけをされるなんて、想像もしていなかった。
なぜそれを知っているのか。という驚きや疑問より“殺す”というほうに意識がいった。
クライスはまるで私が、彼を殺すのをためらっている。とでも言いたげ。
なぜ四人の中から一番親しいはずのクライスを殺害相手に選ぶと考えるのだろう。
「なんのこと?」
今更だが、とぼけてみる。
「最初から知っていたよ
君がこの世界にくることや、帰るために王を殺す必要があることも」
「……え!?」
「たぶん他の王も知っているんだろうが、わかっててあんなことをしたのかもしれない」
そうか。彼等はこうなることを事前に知っていたから私を殺そうとしていたんだ。
「多分殺すか殺さないかを考える時間は、もうないと思うよ。
君が帰れるか、帰れないかの問題になってるんだ」
クライスは深刻な顔をしている。
「殺すんだ。オレを」
「え?」
クライスがケースに納められたナイフを、私に手渡した。
私はクライスを――――――――




