イルダヤルート 殺戮者来る
せめてもの期間生きたい私は、たった1%の可能性にかけて、イルダヤを選んだ。
イルダヤの黄色い国に連行されてから、特に拘束されることもなく、イルダヤは私など眼中にないくらい本に夢中だ。
「……」
これはチャンス。逃げちゃえ。
というわけで、お城を抜け出した私。
――――迷った。
とぼとぼ城へ帰った私は、こっそり裏口から入る。
「貴女、何をしているんですか」
見つかった。イルダヤは逃げたことに怒っていないようだが、呆れているのはわかる。
「ごめんなさいマジすいません逃げました!!」
私はイルダヤの腕にしがみついて涙目になりながら謝罪した。
「ほら、あそこの道を通れば森ですよ」
イルダヤは私の最初にいたところを指さす。
丁度国のまん中がそうだ。
青と赤と緑、そしてここの黄、四つの国にかこまれていた。
「帰っていいの?」
「恨まれるのは嫌ですから。好きにしてください。
それから森で野たれ死んでも私を怨まないでください」
そういえば、この世界に食べものはあるのだろうか。
というか森に行ってサバイバルなんて私にできるわけない。
ちらり、イルダヤを見る。
「なんですか」
じいいいっとガン見する。
「……わかりましたよ」
「ありがとう!ありがとう!」
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「バナナとかパインとか、この国黄色い食べ物しかないね」
ついでに周りも真っ黄色。
「黄の国なのだから当たり前でしょう。
気に入らないならヨソの子になってください」
「お母さん!?」
「僕は男です。変なことを言わないでください」
たしかに男の子にお母さんはだめだよね。
「ごめん。じゃあ、お父さん!?」
「はあ……」
盛大なため息をつかれた。
イルダヤの城は本が沢山ある。
むしろ城が本で出来ていると錯覚しそうなくらい。
私が読むのは本は彫像の勉強につかう美術書くらい。
ここにはなさそうだけど。
「なんか私の読めそうな美術本ない?」
「美術書ですか?ありますよ」
「まじ!?」
「ええと…どうぞ」
イルダヤが本をあさる。
取り出したものを手渡された。
表紙は黄色のみで、見たことがない本だった。
描かれているのは、この世界とは異なって、元の世界と酷似している景色。
むしろ私が住んでいた世界の光景そのものだった。
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イルダヤの城は本当に快適で、几帳面で丁寧なお世話係さん達が掃除をしているから塵一つないほど綺麗。
美味しいものが沢山あるし、ダラダラと本を読む。
いやいや、このままじゃだめだ。
早く元の世界に帰らないと。
帰り道探し頑張ろう。明日から。
なにげなく、黄絨毯のもふもふした廊下を歩いていると、後ろから変な気配がした。
「ヤあ。ゲンキそうだね」
「……!?」
耳元に声がして、驚いた私はのけぞって、ペタりと床に座り込んでしまった。
赤や青の奇抜なファッションの―――――
「あんたは!」
どう見てもあのときのピエロ、異世界に連れてきた張本人である。
「マさかこんなにダラダラしてるなんてビックリだよ~」
ピエロが笑顔で、物騒な鎌を振り回した。
「ちょっと!あんたなにしてんの!?」
私はすぐさま後退した。
なぜか、城内の誰も、騒ぎに駆けつけてこない。
「タスケをキタイしても、ムダだよ~カレラはボクにサカラエナイんだ」
―――――最悪
天国から地獄にたたき落とされた気分だ。
武器になりそうなものはない、右隣に階段、左隣には部屋があるが、ドアを開いてる時間はない。背を向ければ後ろからばっさりだ。
となれば―――――
階段にころげ落ちる。
ちょっと打ち身するくらいマシだ。
と、衝撃を覚悟していたら。
「……あいた!」
あれ、そんなに地面が柔らかくはないけど、痛くはない。
「何をしているんですか……」
イルダヤが呆れた顔で見ている。
ちょうど通りかかった彼を下敷きにして、私は怪我をせずにすんだ。
「助かったよ!あり…じゃなくていや、ごめん本当……」
イルダヤはため息をついて、本をひろい、服をはらった。
怪我はしていない様子。
「それより、どちら様ですかあれは。ご友人ですか?」
「まさか!そんなわけないでしょ、ただの危険なやつ!!」
「アハハハ~黄の王ならサックサックだね~」
「では、消えなさい」
とつぜん床に穴があいて、ピエロが落下した。
はい上がってくる気配もない。
さっきまでの殺伐とした空気はなんだったんだろう。
「イルダヤはどこにいこうとしてたの」
「書館です」
ああ、あそこかな。
「前にいた図書館だよね?
私も行きたい……だめかな?」
「別に、問題を起こさなければ……
そうですね、擬態でもしてください」
「あ、とりあえず顔をかくせばいい?」
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「ねえ、あのときみたいに3人がくることってないの?」
来ておいて今さらだけど、他三名に見つかったら、今度こそヤバイ気がする。
「あのときは貴女がこの国に現れたからです。
彼等は滅多にきませんよ。
まれにクライスはいますが」
「へー」
私は本を適当に選び、パラパラとめくる合間に、イルダヤを観察した。
「ここの本って読破した?」
「いいえ、さすがに全ては……
読み終えたのは、棚の半分程度です」
「すごいね」
「暇ですから」
そういえば、どうしてこの世界は―――
最初に来たときは違和感だらけだったのに、普通になってきてるんだろう。
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図書館で黄、赤、青、緑の表紙の本をみつけた。
黄色は城にあったものと同じようだ。
黄色い本をパラパラと何も考えずめくるが、何も書かれておらずだ。
城に戻って、またあの本の中を確かめよう。
黄の本を手にとり、栞のページをひらく。
内容は前とは違うものだった。
【黄金にはなれない】
[あるところに学者と、その息子がいました
学者は知識をたくわえ、探求することが好きで、息子も父親と同じように、学ぶことを好みます
やがて二人の周りから、人はいなくなりました
やがて父親は息子を連れ遺跡へ向かいます
探索を進め、最後の場所へたどり着いた先、世界の真理を学び得る前、二人は己の知識に飲み込まれました]
物語が終わった。
この親子はどうなったのだろう。続きは白紙だった。
本を棚にもどし、私は部屋を後にした。
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「何を食べているんですか」
「カレー、戦隊モノでもイエローといったらカレーじゃん?」
「はあ、戦隊……?」
「ああ、ナントカレンジャー物ってこの世界にはないのかあ…」
「はい、そうですね。良かったら教えてください」
「私も詳しくは知らないけど、友達が戦隊モノとかヒーローが好きで……」
「はあ」
「まずヒーローが活躍するのは悪い奴が世界を壊そうとしているところから始まるのね」
「ふむふむ」
「とりあえず変身してヘルメット、マントを装着した5人くらいの集団が戦うの」
「なぜマントやヘルメットを?」
「さあ、私はどちらかというとライダー派だから、わからないけど顔を隠すとか?
せっかくの美形俳優なら顔を出したほうがいいと思うんだよね……」
「なるほど」
「あ、とにかく正義は必ず勝つってのは、お決まりのパターンかな」
「正義は必ず勝つ……
なら、この世界の悪、正義はなんでしょうね」
イルダヤは、この世界に悪がいるとでも云うかのように、窓の外を眺めた。
「この世界に悪も正義もないでしょ
物語は良いだけの人、悪いだけの人がいるけど
現実にそんな極端な性格の人なんているわけないし」
「そうですね」
「なんか、全然話聞いてないでしょ」
イルダヤは賢い理系みたいだから
私みたいな文系の話は興味ないだろうけど。
「そんなことはありません!」
「うわぁ…!」
さっきまで静かだったのに、急に叫ぶから驚いた。
「僕はちゃんと、貴女の話を聞いていました」
「それはわかるよ」
ただ聞くのと興味があるかは違う。
そういえば手元に本があるのに、読まずに話を聞いてくれていた。
ということは、つまらなくは無かったのかもしれない。
「ごめんね」
「いえ……僕のほうこそすみません」
――――
「やあ」
「道化野郎!この前はよくも…!」
「イロヅキだよ~」
「どうでもいいよ!」
逃げなきゃ。
「…!」
「逃げなくてもいいんだよ。今日は武器が使えないから」
「なにそれ、意味わかんない」
逃げよう。
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あれ以来イルダヤと気まずくなってしまった。
たいしたことじゃないのに、お互いに話をきりだせない。
「……はあ」
「幸せにさようなら」
「うわ!?」
背後から声がして、またイロヅキかと思ったが違った。
「ため息をつくと幸せが逃げると言うだろう」
「あんた、誰……」
「俺はモノクロ君とは前に一度会った」
「……あ、イロヅキと一緒にいたやつ!?」
「そうだ」
「背後から話しかけるのやめてよイロヅキが私を殺しにきたかと思ったよ!!」
「イロヅキでなくても君を殺すやつはいるのに?」
「……え?」
モノクロは去った。一瞬、なんだか恐ろしい気配がした。
いつまでも悩んでいられない。
イルダヤと話をしよう。
「イルダヤーいないのー?」
部屋にはいないようだ。
なら本のあるところにいるか。
「ここにいたんだ」
「……!」
イルダヤはナイフを持っている。
「はやまらないで!」
「は?」
「だって図書室でナイフ持ってるから……」
「これは単にそこらにいた虫を潰すためで……」
「虫?」
森に虫はいなかったけど、城の中にはいたんだ。
「いや、それにしたってナイフはやりすぎでしょ」
ナイフで潰すくらい固い虫なのか、気になる。
「何か用ですか?」
「え、ああ…うん……?」
いつのまにか普通に話せているような。
「では手短にお願いしますよ」
「うん。じゃあ、おやすみ」
「え……それだけですか?」
―――――――――――
「おはよう、いい朝だね」
「そうですね」
「こんな日は…はやく家帰りたいなあ……」
「この城が気に入らないんですか」
「そういう意味じゃなくて、家族も心配してるだろうし
早く元の世界に帰らないと」
むしろ城はいたれりつくせりで不自由しないし、ダラダラできて最高。
やること無くて暇だけど。
「この城は元の世界より快適だよ。できればずっといたいくらい」
「なら帰らずとも良いのでは?」
それを言われると何も言えなくなる。
「でも帰らないと、楽しいだけじゃダメになるし」
家族、コンクールで競う刺激はこの世界にはないから。
「……楽しいだけで、何故なんですか」
「だってイルダヤも楽しいだけじゃないでしょ?」
「……そうですか?」
「毎日難しそうな本を読んでるじゃない?」
あれは楽しいやダラダラとは違うと思う。
「僕にとって本を読むのは楽しいことですよ」
「へーそうなんだ」
「カエリタイノ?」
「うわあああ!?」
出た、イロヅキだ。距離をとろう。
「カエリタイなら、ボクが還らせてあげる!!」
イロヅキがカマを振り回した。
地面に先が刺さる。
本気でまずいことになった。どうしよう。
イルダヤは運動オンチそうだし、助けを求めるどころじゃない。
========
「逃げるが勝ちって言うしね!」
私はイルダヤの手を引いて走る。
「……」
――――
「あー疲れた」
イロヅキの姿は見えない。
イルダヤが肩によりかかってきた。
「重いんだけど」
ほとんど私が走ったようなものなのに。
なんでイルダヤのほうが疲れてるんだろ。
「すみません。走り慣れないので」
「ああ、本ばかり読んでるから……」
私もほとんど部屋にこもって作業しているから、人のこと言えないか。
――――――
警戒しつつ城内に入る。
あいつはいないようだ。
「まったく……なんなんでしょうかね
あの不届きものは」
イルダヤは部屋に本を読みにいった。
私も何が食べにいこう。
この前冷蔵庫にチェッダーチーズしかなかったけど。
―――――
「……」
「なんであんたがここに」
しかも冷蔵庫勝手にあけてるし。
「たまたまだよ」
茹で卵食うな。
「あなたイロヅキの仲間でしょ」
「同僚だが仲間ではないよ」
モノクロは食べ終えた卵のカラをシンクに放り投げた。
「このままだと君は帰れなくなるよ」
「え?」
唐突に何を言い出すんだろう。
「君がここにきて何日経過したか教えてあげる8日だよ」
「嘘…そんなに?」
まだ3日くらいだと思っていた。
「安心してこの世界の進みが早いだけで君がいた世界では8秒に等しいから」
「マジで!?」
よかった。
「元の世界に戻る前に10秒になったら君は永遠にこの世界に閉じ込められることになるけれど」
「あんた……帰り方知らないの!?」
「教えてあげようか?」
「うん。はやく教えて!!」
「簡単だ三等王イルダヤを殺せばいい」
―――イルダヤを殺す?
「なんで!?」
「正しくは四人の王の中で一番近しいものだがイルダヤなら条件を満たしただろうし弱いから君でも簡単に始末できるよ」
モノクロはにこり、信じられないほど綺麗に笑って去って、モヤのように風化して消えた。
「……」
向こうの世界でのたった二秒が、この世界ではこんなに重いなんて、私は知らなかった。




