イルダヤendA 金と死
――――とつぜんイルダヤが包丁を手渡してきた。
「僕を殺せば、貴女は帰れるんでしたよね」
「なに言ってるの……!?」
「僕は生きることへの執着が元より薄いんです。だから遠慮なくどうぞ」
にこやかに言われる。
「嫌だよ!」
「人殺しになりたくないから?僕はここにきたとき、すでに一度死んでるんです。
また死んだとしても貴女が罪を背負うことはないですよ」
「罪とか関係ないよ……私はここで生きたい。イルダヤがいれば、帰れなくてもいい」
「たった8日近くにいただけのですよ。きっと同情の類いで錯覚してるんです」
「錯覚でもいい。イルダヤの覚悟とか踏みにじって自分のことしか考えてないけど、死なないで、殺させないで!」
私はイルダヤの手から包丁を奪った。
そのとき指の先がきれて、だらりと血が滲んだ。
「……手が」
「いいよ」
でもそんなこといまはどうでもいい。
―――――――――――
『研究データを盗まれた……』
『ぬすまれたものは返らないけど、父さんなら次の賞を狙えるよ!』
『一度失敗したら、次なんてないんだ』
『そんなこと……』
『……はい。もしもし……え!?』
『ねえ母さんは……!?』
『母さんは死んだ』
『え!?』
“息子へ、母さんの元へ行く”
『―――僕が父さんの仇をとるよ。立派な学者になる』
――――――――――
いまのは誰かの記憶?
もしかしてイルダヤの過去だろうか。
「イルダヤ。きっと、元の世界に戻っても大丈夫だよ」
「なぜ、そう言い切れるんですか?」
「イルダヤが学びたいなら、元の世界で沢山学べるでしょ」
「……本は沢山読みましたよ」
「いままで読んだ本をここで繰り返しても新しい知識は入らない。そうでしょ?」
「……そうですね。過去に浸るのもいいですが、新しい未来を切り開いてみるのも悪くない気がします」
―――――――
私たちは元の世界に戻れた。手の怪我は治っていて、彫刻も間にあった。
彼は展示をみにきている。
「これが貴女の作品ですか」「そうだよ」
あの世界で学んだこと、それは――――――
「最優秀作品は――色無形子さんの【甘蕉実】です」
「漢字で堅く決めてましたけどバナナですよね。なぜこれを作ったんですか?」
「パイナポーでもよかったけど漢字が浮かばなくて」
「……」
「いや冗談だよ。半分は」
「貴女はあの世界で何を学んだんですか」
「いやー食べることは生きることかな?」
「なにいいこと言った。みたいな顔してるんですか」
「でもさ、こうしてたわいない会話できるのも還ってこられたんだなーって感じがするよね」
「そうですね」
「これからアクドナルドいこ!」
「なぜとつぜん?」
「今日バナナドリンクアイスが安いんだよね。帰還祝いに奢るよ?」
「……べつにいりません」
「あ、私の友達呼ぼうかな」
「え……」
「やっぱやめた!!絶対ひやかされるもん。年下”くんどこでひっかけたのーとか」
「……」
「あれ、どうしたの?」
「なんでもありません」
「(年下なのを気にしてるとか?)年下とか、私はきにしてないよ?見た目高校生だし1歳・2歳くらいでしょ(たぶん)」
「僕中学生ですけど」
「マジで!?」




