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新しい生活

 初任務を行う朝がやってきた。

 昨日指示された通りに、上官達抜きの朝食を取った後、朝礼を行うという、基地の中の会議室に入る。

 部屋の中央には、艦の会議室で見かける、白くて綺麗な円形状のテーブルが置かれていた。少し戸惑いながらも、自分の決められたテーブルの位置に移動して、備わっていた椅子に腰掛ける。

 全員無言のまま、誰も喋ろうとはしない。僕は静かの中、自分の両手を握り締めて、休暇中の成果を必死に思い出していた。

 休みの間に街を回ったお陰で、随分と人間に対する恐怖心も減り、今では一人で買い物も出来るようになっている。

 また、地球の最新型の訓練用シミュレーターを利用して、本物に近い人間に対する、接し方の訓練も行った。同時に戦闘訓練も行ったので、休みで鈍っていた腕前も、取り戻す事に成功している。

 更には、唯一の不満だった不味いエネルギーパックも、休暇中に美味しい改良型の物に取り替えられた。

 休日をしっかりと満喫出来たので、今の僕には気力と体力が溢れかえっている。今なら何か問題があっても、地球の食べ物や観光場所を目当てに、生きて帰れる事が出来るだろう。

 今まで行った事を思い出しながら、自分に対して大丈夫だと、必死に言い聞かせる。

 少し気分が落ち着いてきた時、遠い場所に居たアクト司令官達が、まっすぐ近づいて来たのを感知した。

「来ますよ」下に向けていた視線を、真正面に戻す。更に高い緊張感が、会議室の中を包み込んだ。

「おはようございます」予想通りにやって来たアクト司令官は、会議室の中を軽く見渡した。普段通りに、テーブルの決められた位置に付いて、椅子に腰掛ける。

「皆さん随分と緊張していますが、過度な緊張は失敗の要因となります。このままの状態で、両肩を軽く回して下さい」

「今はそれ所では無いでしょう」柔らかい口調での命令を実行しようとした時、部屋の入口から、苛立ち混じりの異議が唱えられる。視線を向けると、今まで感じていた気配の持ち主、オブリード副司令の姿が見えた。

「命令ですよ。ほら、オブリード君も」アクト司令官は動じないまま、自分の両肩を回し始めた。すると、オブリード副司令は、鬼のような形相を浮かべながら、与えられた命令を実行していく。

 僕はオブリード副司令と、目を合わせないようにしながら、先程の命令を実行した。

「こんな所でしょうか」少し経った所で、アクト司令官は任務中の、引き締まった雰囲気を作り上げた。「では、朝礼を開始致します。宜しくお願い致します」

「宜しくお願い致します」

 頭を下げた時、僕は自分と、周りの大きな返事に驚いてしまった。いつの間にか緊張が抜けていて、全身も動きやすい硬さに仕上がっている。

 能力を使って、相手の気持ちを知る事が出来ても、実際に動かす事は非常に難しい。僕は、常に相手の実力を引き出せるアクト司令官に、尊敬の眼差しを向けた。

 朝の挨拶が終わると、すぐに部隊の健康診断が行われる。

 軍医二人から、全員異常無しという報告を聞くと、アクト司令官は、艦の改修結果の報告を、僕達に向けて行い始めた。

「色々ありますが、全体的に物の質がよくなっただけで、特に変化はありません」

 アクト司令官は、最後に話を締め括った後、椅子から立ち上がった。

「今から、私達の世話をしてくれる部隊長を入室させます。全員、起立」

 全員が命令を実行すると、オブリード副司令が、恐らく隣に居る誰かに言う。「お待たせ致しました。中へどうぞ」

「失礼致します」

 引き締まった声と共に、茶色を基調とした、人型中型アーミーパウンドが、アクト司令官の隣に立った。相手が視界の中に入った瞬間、自動識別機能が働いて、第六部隊所属の、大尉だという事が分かる。

 大尉は、少し敵意を含んだ目付きで、僕達の事を軽く見渡した。そして、特に表情を変えないまま、何故か僕の目の前にやってくる。

 何が何だか分からなかったが、普段通りに姿勢を伸ばして、大尉に敬礼の姿勢を取った。

 すると、大尉は突然驚いたかのように、自分の標準的な二つの目を、大きく見開く。

「ああ、悪かった。何でも無い」今度は、非常に満足したような顔付きを浮かべ始めた。 内心動揺している僕を置いて、大尉は先程の位置へ戻ると、アクト司令官に身体を向ける。

「緊張を解すから、少し待って欲しいと言われた時は、正直どうなる物かと心配していましたが、全員良い顔をしていますね」

「ご期待に答えられたようで、何よりです」

「そう硬くならずに。不遇な扱いは致しませんし、何よりも階級は、貴方の方が上です。これでは示しが付きませんよ」

 大尉の感心したような言葉に、アクト司令官は険しい表情を崩さないまま、短くて鋭い息を吐いた。

「それは追々慣れていきます。自己紹介をして貰っていいですか?」

「了解」

 大尉は瞬間的に表情を引き締めて、身体を僕達の方に向けた。

「自分は、第六部隊所属の部隊長、トート。階級は大尉。宜しく頼む」

「宜しくお願い致します」

 全員が返事をすると、トート大尉の目から敵意が消えた。実直そうな面持ちだけを残したまま、今後の事を、僕達に伝え始めて行く。

 僕達の部隊は明日から、輸送を主流とした任務に就くという事だった。現行の戦艦と同等なまでに速い、宇宙艦スペースポーターの移動速度を利用して、世界各地に物資を届けていく。

 任務を通して、地球の現状を直接確認する事が出来る上に、人間との接触も最低限になるらしい。

 また、午前中は部隊の四人が、軍全体で扱う、巨大な軍用倉庫の整理担当になる。倉庫での任務を覚える為、今日はこれから実際に倉庫へと赴いて欲しい、という事だった。

 倉庫の中で、デルタ隊長、タスキー少尉と合流した後、倉庫の仕事を学ぶに流れになるらしい。

 最後に質疑応答が終わった後、僕達はトート大尉の案内で、軍用倉庫に向かう事になった。

「絶対に、自分の後ろから離れないように」

 トート大尉は全員に厳命をかけると、僕達を後ろに付けて、会議室から基地のエレベーターに乗り込んだ。

「認証コードを使えば、軍用倉庫に直通する仕組みになっています」エレベーターの受信機に手を置くと、トート大尉は僕らの方を振り返った。「後で個人用の物をお送り致します」

 エレベーターの扉が閉まると、すぐにまた開かれる。何故か扉の外から、太陽の光らしき物が差し込んできた。手前の緑色のコンテナを、暖かい色で照らし出している。

 倉庫という名前から、暗い場所を連想していたので、少し不思議な気持ちになりながら、隊列に沿って、エレベーターの外に足を踏み入れる。

 中に入った瞬間、アーミータウンを初めて見た時のような、強い感動と衝撃が襲ってきた

 室内には、天井や壁といった物が見当たらない。晴れの日のような光が降り注ぐ中で、緑色をした輸送用の大型コンテナが、地面の各地に台形状で、綺麗に積み上げられている。

 まるで、汎用型の建物のようだった。数が多いという事もあって、まるで一つの街のような景色を作り上げている。

 呆然として、マスクの中の口を開けっ放しにしていると、次第に仲間の気配が遠ざかっていった。慌てながら、視線を前に戻して、早足でバルドとの距離を詰める。

 隊列は、建物同士の間に作られた、道路のような空間の中央を、真っ直ぐ直進していく。

 街並みを歩いているような景色だったが、人が居ないせいで、少し気味が悪い。歩道ではなく、道路のような中央を歩いているという事も、本物とは異なる違和感があった。

「お疲れ様です」

 隊列を崩さずに歩いていると、先の十字路から、アーミーパウンド達が変な格好で現れた。

 第六部隊の所属だと、自動識別された全員は、緑色の大型輸送用コンテナの底を抱えたまま、僕達に視線を送ってくる。

 自分も同じ言葉で返したつもりだったが、周りの景色と姿に圧倒されているせいで、やや締まりが悪い。

「失礼します」

 相手側は満足したのか、自分達の身体よりも大きい、アーミーパウンズの紋章が付いたコンテナを、何処かへと持っていった。

 想像を超えた光景に唖然としながらも、部隊はトート大尉の案内によって、分岐点を右に左へ進んでいく。

 暫くすると、周りをコンテナで囲んだような、四角い場所へと案内された。中央にはデルタ隊長、タスキー少尉の姿が見える。

 二人が合流すると、トート大尉は内蔵通信から、僕達の部隊全員に向けて、午前任務に関する手引書を送信した。熟読するよう、アクト司令官は全員に命令を下す。

 軍用倉庫の中では、外部から来た荷物の搬入と、個人用の荷物を取り扱う事になる。

 エレベーター付近の建物の中で、荷物の受付係が一人。荷物の搬入係は三人以上必要で、任務中は自分達のスラスターを使っても良い、と記載されてあった。

 その他、コンテナの持ち運びや、任務に対する注意事項が記されてある。基本的な事だとは思うが、全てに何回も目を通して、中身を頭の中に入れていく。

 手引書を見ている間にも、トート大尉は一人一人に簡単な質問を送って、特に重要視して欲しい所を、全員に向けて強調していった。

「そろそろ、実際にやってみましょう」何十回も見ていた書類から目を離して、トート大尉に視線を向ける。「アクト司令官、よろしいでしょうか?」

「了解」

 トート大尉は、自分の後ろに置かれていた、緑色の大型コンテナを指刺した。

「このコンテナを、左のコンテナの上に載せて下さい」

「了解」

 アクト司令官は、コンテナの底部分に作られた、持ち運び用の空洞に、自分の両手を差し込んだ。力を入れて、少しずつコンテナを傾かせるように浮かすと、両腕を中央部分へずらしていく。

 そして、少し踏ん張るような声と共に、コンテナを一気に持ち上げた。

「おぉ」体制を崩さないまま、スラスターでの移動を行った時、トート大尉から驚くような声が上がる。同時に、今まで全く揺れていなかったコンテナが、動揺したように横へと動いた。

「あ、すみません」慌てているトート大尉に、視線を向ける。「スラスターという物を初めて見たので」

「やはり珍しいのでしょうか」

「それはもう。シミュレーションの世界かと思っていました」

 デルタ隊長の問いに対して、トート大尉は珍しい物を見た時のような、見入った表情を浮かべていた。

 そんなに珍しい事なのだろうかと、心の中で首を傾げる。


 引き続き、トート大尉の指導は続いていった。

 幸いな事に、宇宙で似たような任務をこなしていた為か、内容自体はあまり難しくは無い。今までのように、部隊は一丸となって、指導内容を頭と身体で覚えていった。

 最後にトート大尉は、胸を張っていいですよという言葉と共に、部隊へ合格の判定を送る。

 何とかなったと思いながら、僕は皆と共に胸を撫で下ろした。後は艦で夕食を食べて、夕礼時に出す報告書を作成すればいい。

 スペースポーターの食堂の椅子に腰掛けて、皆と適当な話で盛り上がりながら、冷蔵庫に入っていたエネルギーパックで、空腹を満たす。

 お腹が一杯になった時の、幸せな充実感と眠気が、今日は一段と気持ちいい。疲れているんだろうかと思いながら、抗えずに目を閉じた時、左肩を強く揺さぶられた。

「悪いが、報告書は作成してくれ」

 目の前の焦点が合わないまま、首を左に向けると、オブリード副司令の顔らしき物が現れた。

 眠くて訳の分からない返事をしながら、言われた通りに自室へ戻って、自分のコンピューターを起動させる。備え付けの椅子に座りながら、眠い頭を使って、報告書の作成にとりかかった。

 自分のコンピューターで作った報告書は、部屋のプリンターで、使い捨ての電子用紙に印刷する。完成した物を、夕礼時にオブリード副司令へ、直接手渡す事が決められていた。

 提出した書類は、すぐにその場で検査が入る。駄目だと言われたら、明日の朝礼までに再提出しなければならない。自分の睡眠時間を削ってしまうので、何としても避けたい物だった。

 何とか作成した報告書を眺めながら、今の時刻を確認する。十八時を少し過ぎた所なので、仮眠を取る事が出来るだろう。

 報告書を持参しながら、夕礼が始まる会議室へ向かった。決められている自分の椅子に座り、仮眠を取る為に、テーブルの上に頭を乗せる。

 数十分の眠りは、恐らくタスキー少尉によって打ち消された。強い眠気に耐えながら、相手の姿を見えないまま、礼を言って席を立つ。

 恐らく全員が、部屋の中に居るんだろう。寝起き直後のせいで、皆の姿がよく見えない。数回目を強く擦って、視界を安定させる。

「では、夕礼を始めましょう」僕の事を見ていたアクト司令官は、頃合いを見て、夕礼を開始させた。

 部隊全員での挨拶が終わると、すぐに階級順で、報告書の受け渡し作業に入る。

「まあ、うん、いいだろう」

 バルドの報告書を見て、何度も唸り声を上げていたオブリード副司令が、無理やりといった感じに合格を出す。「次はナナキ上等兵」

「了解」

 オブリード副司令に背を向けて、席に戻っていくバルドと顔を合わせる。僕とすれ違う直前に、バルドは会心の笑みを浮かべていた。

「お願い致します」

「了解」両手で差し出した報告書の中身を、オブリード副司令は無言のまま、物凄い速度で読み飛ばしていく。

 本人は真剣何だろうが、受ける側としては落ち着かない。

「問題無し」

「有難う御座います」強い緊張が抜けたのを感じながら、自分の席に戻る。毎日行っている事だが、未だに慣れる事は無かった。

 全員の書類に、合格の判定が下されると、夕礼は明日の予定の再確認に移っていく。特に問題が無い事が分かると、アクト司令官は夕礼の終了を告げた。

「お疲れ様でした」

 一日を終えた時の、独特な解放感が部屋の中に溢れて、階級の壁が取り除かれた。早速アクト司令官が、アナクルさんに、先日のお店の話を持ちかけている。

「お休みなさい」周りが動き出して行く中で、僕は一人席を立つ。

 眠気はもう限界で、立ったまま寝てしまいそうだった。身体を大きく左右に揺ら付かせながら、必死に自室へ戻ろうとする。

 周りから声をかけられても、無視して自分の部屋へと急ぐ。喋る事も面倒だった。

 自室の扉を開いて、自分のベッドに入り込む。寝具の感触が、普段よりも心地良い気がした。


 新しい任務と、非常に質の良い寝具の出会いから、五日目の朝がやってきた。バルドの声と、目覚ましのアラーム音で目を覚ましながら、自分の身体をベッドから引き剥がす。

 艦の改修時に取り替えられていた寝具は、朝礼時間を過ぎても爆睡してしまう程の良さがあった。

 寝坊して、上官達から軽い懲罰を与えられても、柔らかい布団とベッドの為なら、我慢が出来る。地球の標準的な物だとは、とても信じられなかった。

 暖かいベッドとの別れを惜しみながら、食堂に行って、冷蔵庫に入れられた朝食用のエネルギーパックを、一つ手に取る。物を持ったまま、会議室に移動して、今日は何だっけと思いながら、自分の椅子に腰掛けた。

 エネルギーパックの蓋を開けて、バルドと軍医二人の話を聞きながら、美味しい中身を身体に収めていく。

 段々と目が覚めてきて、眠気が少しずつ消えていった。

 中身が空になったエネルギーパックを、部屋のゴミ場に捨てながら、内蔵時計を確認する。朝礼の時間まで、まだ大分余裕があった。

 自分の席で時間を潰している内に、段々と暇になってくる。

 僕は、会話の頃合いを見計らって、二日後の休日の計画を立てている、三人の間に入っていった。

「工場?」軍医二人の、産業機関を見て回りたいという意見に、バルドが目を見張る。「何でまたそんな所に」

「作り方が気になるんだよ」

「ついでに中身の構造も教えて欲しいね。作れるのなら作りたいし」

 軍医二人は目の色を変えて、自分達の理由を僕達に浴びせ続けた。適当に相槌を打っていると、会議室の自動扉を抜けて、アクト司令官達が姿を現す。

 僕達が会話を中断すると、すぐに今日の朝礼が始まった。

 朝の挨拶から健康診断を終えて、今日の連絡を行う、オブリード副司令からの話を聞く。

「突然な話で申し訳ありませんが、今日の午後の戦闘訓練は、他の部隊と合同になります」声の代わりに目を見開いて、全身に力を入れる。「形式が変わるといっても、今までの訓練通りにやれば大丈夫ですよ」

 何が大丈夫何だろうと思いながら、僕は目線を少し下に動かした。タスキー少尉の動きに合わせて、初対面の相手と連携をする。そんな事を出来る自信は無い。

 いくら考えても、逆に不安しか思い浮かばなかった。続きの話を聞いている途中、気持ちを誤魔化す為、時折身体を動かしたり、一瞬だけ視線を遊ばせたりする。

 どうしたらいいのか困り果てている間に、朝礼はアクト司令官の言葉で終了された。

「タスキー少尉!」直後にバルドが、大声を出しながら席を立つ。「地球のと連携する時って、攻めが中心ですか? それとも守りですか?」

「え? ああ、えっと」赤い目で鬼気迫るバルドから、タスキー少尉は一瞬だけ、自分の視線を泳がせる。「普段通りに、倒せる時は倒せばいいんだよ」

「ええと、じゃあ」他人の椅子に足をぶつけながらも、バルドは鬼気迫る表情で、タスキー少尉に近づいていく。「じゃあ味方を助けに行く時って、本当に突っ込んでいいんですね?」

「バルド、落ち着いて」余程焦っているのか、まるで喧嘩を仕掛けるような姿だった。

「で、でも」混乱して怯えているように、バルドは自分の顔を、何度も僕とタスキー少尉の交互に向ける。

 直後、部屋に残っていたデルタ隊長が、バルドの右肩を強引に引っ掴んで、自分の方へと振り向かせた。

「バルド。いつも余裕を持てと言っているだろう」

「す、すみません」常日頃から言われている言葉を受けて、バルドは情けない声を上げながら、視線を降ろした。

「動いた方が楽だから、午前の任務に行って来い」

「了解」

 肩から手を離したデルタ隊長に向けて、バルドは少し頼りない返事をすると、下を向いたまま部屋を出ようとする。

 無言のまま、僕は黒い背中の少し後ろに付く。

 バルドは、何処かの壁に激突しそうな程、前のめりになって、激しく落ち込んでいた。時々自信無さ気に、深い溜息を付く姿からは、いつもの前向きな物は感じられない。

 突然な出来事に弱い性格だといっても、今回は特に困り果てているようだった。見慣れているはずの後ろの姿が、いつも以上に小さく見える。

「バルド、大丈夫?」

 居ても立ってもいられなかった。基地の中で言おうとしていた言葉を、艦から降りる直前で相手にぶつける。

 すると、バルドは無言で、僕の方にぎこちなく身体を向けた。まるで何かに耐えるかのように、特徴的な赤い目が、強張ったように大きく見開いている。

「そこまで不安にならなくても、バルドなら大丈夫だって」

「で、でも」緊張して余裕が無いせいか、喉の奥で詰まったような小声だった。「や、やっぱり緊張する」

「どういう所が不安なの?」

 途端、バルドは自分の悩みを、ありったけ僕に叩きつけてきた。

 相槌もかき消してしまう勢いを受け止めながら、艦の外で言う話じゃないと言い聞かせて、何とか軍用倉庫への足取りを取り戻す。

 基地の中に入った途端、バルドは早口で話を捲し立てていった。どうせなのでと思った僕は、バルドはお互いに、思い付いた不安と愚痴を、片っ端から吐き出していく。

 言いたい事を言いまくっている内に、バルドが少しずつ、明るい雰囲気を取り戻していった。

 反対に、僕の調子が段々と落ちていく。

 自分では考えも付かなかった悩みを聞いている内に、どうでもいい事ばかりが、頭のなかに浮かび始める。午前任務で運ぶ、搬入されたコンテナの重みに似た、責任感と重圧が伸し掛かかってきた。

 重苦しい気持ちを振り払えないまま、軍用倉庫に到着する。すぐにバルドと別れた後、僕は今日の自分の任務である、外部からの荷物搬入作業に取り掛かった。

 気持ちが引っ張られているせいか、普段よりもコンテナが重い。じっとしていると不安になるので、僕と同じ任務に就いた、メセトさんやアナクルさんの手伝いに入る。

 お陰で、予定より少し早い時間に、任務を遂行する事が出来た。時間潰しで、倉庫の在庫確認をしている間に、午前任務の時間が終わる。

 行っている作業を一旦止めて、食事を取る為に、スラスターでの移動を開始した。コンテナの上を静かに跳ねて、個人用荷物の受付をしている、建物の後ろ側へと向かう。

 裏手の荷物搬入口に備わっている、机と椅子を使って、昼食を毎日食べるようになっていた。食堂は少し遠いので、今の腕前だと、何かあったら対応が出来ない。

「お疲れ様」バルドから手渡されたエネルギーパックを受け取って、建物の中から持って来てくれた、椅子の上に座る。すぐにエネルギーパックの蓋を開けて、強引に中身を飲み込んでいった。

「大丈夫か?」声の方角に目を向けると、バルドの顔が現れる。「凄い顔してるぞ、おい」

 一瞬、どうしようかと言葉に詰まってしまった。しかし、すぐに胸の中の不安を、午前のバルドのように叩き付ける。

 幸い、軍医二人が熱心に話を聞いてくれたお陰で、午後の訓練開始前に、何とか調子を取り戻す事に成功した。

 頑張れば大丈夫だと思いながら、緊張で硬い体を動かして、シミュレーションルームの中に入る。


「モノ02、大尉から全員へ。全ての装備を報告しろ、以上」

「了解」コードネームから下された命令に、誰かと同じ言葉を返しながら、自分の身体を、無感知モードに変更する。同時に、自分の背中にある荷物入れに手を伸ばして、備わっていた茶色の袋の中身を報告していった。

 並行しながら、自分の内蔵レーダーを使って、味方の位置を確認する。

 何も地形が書き込まれていない、レーダーの中には、味方のアーミーパウンズを示す緑色の点と、味方のウォーマシンを示す、青い色の三角形の光があった。

 全ての光は一箇所に集中していて、自分のすぐ近くに居る事を表している。

 僕は素早く周囲に目を動かして、茶色の地面の上に立っている、モノ部隊所属である四人の姿と階級を、頭の中へと叩き込んでいった。

 途中、先程のモノ02大尉によって、今回渡されている道具の、種類と個数についての報告が入る。

「モノ02大尉より全員へ。索敵開始、以上」

「了解」全身を動かして、周囲を確認する。

 辺りには茶色の大地が広がっているだけで、何の障害物も見当たらなかった。上空には雲一つ無い青空が広がっているだけで、今居る場所からは何の異常も見当たらない。

 念の為に地面を強く踏みつけて、土の強度を確認する。硬い物を踏みつけた時の、痺れるような力が伝わってきた。

「モノ02、大尉より全員へ。部隊情報の交換が終わった為、これより陣形の最適化と、塹壕の作成を行う。ヘプタ部隊は九時方向に塹壕を作成。モノ部隊は三時方向に塹壕を作成。互いに背中を守る事とする。以上」

「了解」内蔵レーダーで表示されている、味方ウォーマシンの内の三体が、自分の所有である事を示す、青い色の三角形に変化した。

 示されている場所に目を動かして、緑色をした遠距離型のウォーマシンが、三体与えられた事を確認する。

 内二体を、塹壕作成の邪魔にならないように、前衛として移動している、タスキー少尉とバルドの守りに付かせた。二体はタスキー少尉達が引き連れている、近距離型ウォーマシンの列に加わっていく。

 二人は、僕達から遠く離れた所で、周囲への警戒体勢へと移行した。移動が終わった事を示す行動を見て、自分の残り一台のウォーマシンに、待機したまま、近辺の警戒をするよう指示を出す。

 与えられた命令を実行する為に、ウォーマシンは自分の身体を回転させて、周囲に目を光らせ始めた。

 動作に問題が無い事を確認した後、僕はデルタ隊長に、塹壕作成の為の連絡を取る。暫く二人で話し合って、塹壕の位置を決めた。

 最終的な作成場所が決まった後、デルタ隊長が近接型ウォーマシン三体に向けて、塹壕作成の指示を出す。

 蜘蛛のような外見をしているウォーマシン達は、すぐに八足の先から金属刃を出して、硬い地面を凄まじい勢いで掘り進んでいく。地面を突き進む様子を横目で見ながら、僕は周囲に目を光らせる。

 幸いな事に、ウォーマシンの掘削作業が終わるまで、何の問題も発生しなかった。デルタ隊長と遣り取りをしながら、穴の内部を整える為に、両手の武器と防具を、背中の荷物入れにしまう。

 ウォーマシンと入れ替えで、僕は掘っていた穴の中に入った。内部の細かい部分を、素手で調整して、塹壕としての形を整えていく。

 途中、装備品の調整を行うとして、モノ03部隊から、連絡役の上等兵が派遣された事を、内蔵通信で教えられる。

 デルタ隊長から、対応役として命じられた僕は、交換の準備を開始した。

 塹壕の壁を手で掘り進んで、部隊全員の背中に備わっていた、必需品の袋を回収する。空にした一つの袋の中に、相手から指定された物を詰め込んだ。

「モノ05、上等兵からヘプタ04へ。物資交換に参りました、以上」

「ヘプタ04、上等兵からモノ05へ。そちらに向かいます、以上」

 内蔵通信からの声に返答をしながら、確認が終わったばかりの袋を手に持って、塹壕の穴からスラスターで飛び出す。

 周囲を見渡すと、数歩離れた所に、アーミーパウンドらしき姿があった。視界に収めると、自動識別によって、モノ05と認識される。

 相手は何故か、僕と同じ袋を手にしたまま、呆然と僕の方を見つめていた。

「ヘプタ04ですが、大丈夫でしょうか?」

「ああ、はい!」モノ05上等兵は、僕からの内蔵通信を受けて、犬や狼のような表情を引き締めた。「失礼致しました。こちらとの交換をお願い致します」

「こちらもお願い致します」

 相手と袋を交換した後、塹壕に戻り、渡された袋の中身に目を通す。

 事前に伝えられた通りだったので、デルタ隊長に受け渡し完了の連絡を送った。

 すぐに了承の返事が返ってきたので、自分の作業を再開する。モノ05から渡された袋を、塹壕の壁の中に隠してしまえば、自分のやる事は終わりだった。

「モノ05、上等兵。二時方向からこちらへ向かう敵機を確認。数は約三〇体、以上」

「モノ02、大尉からヘプタ03へ。そちらに合わせるので、全体の指揮を頼む」

 内蔵通信を聞いて、自分の身体に緊張が走る。手を休めて対応を待っていると、ヘプタ03であるデルタ隊長が、内蔵通信から全員に命令を下した。

「ヘプタ03、大尉からモノ02へ。挟撃を仕掛ける為、モノ部隊は真正面から攻撃。ヘプタ部隊は一時方向からの攻撃を行う、以上」

「モノ02、大尉からヘプタ03へ。その動きを了解、以上」

「ヘプタ03からヘプタ04へ。物を隠したら報告後、ヘプタ部隊と合流、以上」

「了解」言われた通りに全力で、元の作業に取り掛かる。直後、僕達に装備されている、スラスター特有の何かが弾けるような音がした。

 デルタ隊長の物だとは思うが、念の為に内蔵レーダーにも目を向けて、音の正体を確かめる。

 デルタ隊長の位置情報は、既に塹壕から少し離れた所に存在していた。自分の扱っている近距離型ウォーマシンと共に、タスキー少尉の方へと向かっている。

 周囲に敵の反応も無い為、間違いなく先程の音は、デルタ隊長が発生させた物だろう。音の正体が分かったので、作業を再開しながら、レーダーに気を配り続ける。

 味方部隊は、命令通りの移動を開始していた。言われた通りの場所に陣取って、敵ウォーマシンとの距離を、少しずつ詰めていく。

 お互いが戦闘に入る前に、何とか袋を隠す事が出来た。物の隠し場所の出来具合を、自分のウォーマシンに自動判定させながら、背中の荷物入れに手を回す。

 判定までの時間を利用して、武器と防具を装備した後、軽く身体を上下左右に動かす。準備を整えていると、自分のウォーマシンから、良いという判定結果が送られてきた。

 内蔵レーダーのシステムを利用して、隠した物資の場所を示す、黄色いマーカーをレーダーの中に設置する。

「ヘプタ04から全員へ。こちらの塹壕にある、必需品の場所を共有します、以上」

「ヘプタ03、大尉からヘプタ04へ。位置情報の共有を確認、そちらに居るウォーマシンを、塹壕の守備に当てろ。以上」

「了解」先程よりも神経を尖らせていて、少し不機嫌そうなデルタ隊長の指示通りに、ウォーマシンへ命令を送る。

 命令を受けたウォーマシンは、近寄ってきた敵を迎撃する為、少し屈みこむような体勢を取る。命令をこなしている証拠だった。

 全身のスラスターを最大に反応させて、塹壕の中から勢い良く飛び出し、自分の部隊へ進路を向ける。

「ヘプタ03、大尉からヘプタ04へ。間に合わない可能性が高い為、味方の後ろから援護するように、以上」

「了解」進行方向を味方の後ろ、約三キロメートル付近に変更した。到着するまでの間、自分の目と内蔵レーダーを使って、辺りに伏兵が居ないか気を配る。

 妙な緊迫感も無ければ、誰かに見られているような気味の悪さも感じない。目的地の地面に足を付けながら、警戒の度合いを更に高めたが、空も地面も、特に気になる所は見当たらなかった。

 安全だと確信しながら、大砲を両手で持つ為に、左手の盾を背中に戻す。しっかりと狙いが絞れるように、腰を深く落としながら、両手で大砲を真正面に構えた。

 そして、視界の拡大機能と、内蔵レーダーの敵表示を照らし合わせて、援護が必要な相手を探していく。

 戦況は味方の優勢だった。戦場を見渡している間にも、灰色をした敵ウォーマシンは、味方によって次々と破壊されていく。

 しかし、中には外見の損傷度合いが高い、味方のウォーマシンも居た。装甲表面がやや削られていて、他と比べると、明らかに動きが悪い。

「ヘプタ04から全員へ。援護を行います」全員へ内蔵通信を送りながら、右手の大型荷電粒子砲を、ウォーマシンの前方へ五発発射する。

 弾倉の装填を行わせている間に、発射された白色弾が、地面へと着弾した。すると、敵のウォーマシンは、認識していない敵からの攻撃を受けて、自動操作特有の、足を止める索敵行動へと移行する。

「ヘプタ03、大尉から全員へ。今の内にやれ」デルタ隊長の、内蔵通信を介した号令と共に、味方部隊が敵との距離を一気に詰めた。

 ウォーマシン達に任せるだけではなく、自分達の身体も使い、無防備の相手を次々と仕留めていく。

 僕は、全員の行動をじっくりと観察しながら、武器の特徴から与えられている役目通りに、陽動と牽制の砲撃を繰り返していった。

 何故かモノ部隊が、積極的に動いてくれない。極端な程に動きやすい環境を作っても、二の足を踏んでいるかのように、攻撃と後退を繰り返している。

「モノ部隊! 前へ動かせと言っただろう!」先程から指摘していたデルタ隊長が、僕の代わりに怒りを爆発させた。

 すると、モノ部隊はやや引き気味具合で、継続的な攻撃を行い始める。しかし、僕達のように突撃するような勢いは無い。

 手間取っている間に、敵のウォーマシンが再び動き出した。索敵行動の結果を反映させたのか、相手は僕と、味方部隊の二手に分かれていく。

「やってしまったか」内蔵通信を介して、デルタ隊長の怒りが篭っている、相手を底冷えさせるような声が聞こえてきた。「ヘプタ03、大尉から全員へ。ヘプタ04の位置を固定する為、モノ部隊の誰かを守りに付かせろ、以上」

「ヘプタ04、了解」

「モノ02、了解。本当に申し訳無かった、以上」

 内蔵レーダーで全員の動きを確認しながら、背中の盾を左手で構える。体勢を整えている僅かな間に、モノ部隊から先程の上等兵、モノ05と三体の味方ウォーマシンが、部隊を離れての移動を開始した。

 何故か懐かしいと思う気持ちを押し殺しながら、自分に近づいてくる敵に、砲撃を送り込む。

 発射された六発の中、二発だけが敵に当たって、相手を少しだけ怯ませた。悪い結果に顔を顰めながら、もう一度砲撃を打ち出すが、先程と同じ結果で終わってしまう。

 気を逸らす思いを、頭から追い出す為に、自分の頭を大きく左右に振る。思い出に浸るような気持ちが、自分の集中を激しく乱していた。

 大砲に弾を装填させながら、自分の頭を何度も盾に叩き付ける。しかし、気持ちを切り替えようとしても、頭の中から離れてくれない。

 情けない結果のせいで、敵の接近を許してしまった。盾を軽く前に構えた、敵の攻撃を防ぎながらの砲撃に切り替える。

 途中、内蔵通信を通して、モノ05は敵の右側から仕掛けろという、モノ02大尉の命令が伝えられた。状況変化で押し込めていた気持ちが蘇り、何だっけと思いながら、適当な砲撃を三発発射してしまう。

 慌てて盾を構えながら、発射した大体の方角に視線を動かす。敵から遠く離れた地面に白色弾が着弾した跡である、黒い窪みが出来ていた。

 背中に気味の悪い悪寒が走り、身体を大きく震わせる。同時に、僕は集中を乱している、奇妙な感覚の正体に気が付いた。

「ヘプタ04、上等兵からモノ05へ。敵の後ろのみに砲撃を送る為、怯んだ敵の撃破をお願いします、以上」

「モノ05、了解」

 首を傾げているような返事の後、モノ05は敵部隊に交戦を仕掛けた。すると、全ての敵ウォーマシンが進路を変えて、モノ05の方へと向かっていく。

 好都合だと思いながら、最もモノ05に近い、敵三体の背後に砲撃を送る。

 着弾後、敵は後ろからの衝撃を堪える為、動かないまま、僅かに足を踏ん張るような体勢を取った。無防備な動きを見逃さないようにして、モノ05のウォーマシン達が、敵の頭にある人工知能を、連携攻撃で破壊していく。

 鮮やかな流れに感動しながら、次の敵の背後に向けて、同じような砲撃を放つ。

 先程と変わらない結果になってくれた。自分の思い付きが実証されたのを見て、自然と会心の笑みが浮かぶ。

 モノ部隊は全員、砲撃という珍しい支援に慣れていないんだろう。今までの状況に懐かしさを感じていたのは、不慣れだった頃のデルタ隊長と、バルドの姿によく似ていたからだった。

 援護を続けながら、集中を乱していた懐かしさに逆らわず、昔の連携方法を必死に思い出して再現する。必ず良い結果となってくれたが、効率の悪い動きをする度に、自分の不快感と疲労が強くなっていった。

 昔はこんな事をしていたのかと、内心愚痴を吐きながら、疲労で痛む身体を必死に動かす。

 苦労しながらも、何とか、最後の敵機を破壊することが出来た。疲れで座り込みたい衝動を抑えて、大きく息を吐きながら、内蔵レーダーで全員の生死を確認する。

 幸いな事に、見つからない味方の表示は一つも無かった。緊張の糸が緩んだのか、息苦しさに少し咳き込んでしまう。

「ヘプタ03、大尉から全員へ。戦闘行動は終了。しかし、今後の戦闘行動についての会議を提案する、以上」

「モノ02、大尉から全員へ。ヘプタ03の元へ集合せよ、以上」

「了解」戦闘終了という言葉を聞いて、僕は自分に備わっている、簡易自己診断プログラムを起動させた。

 疲れで曲がっていた背中を伸ばしながら、結果の送信先をデルタ隊長に指定する。同時に、指定された目標への移動を開始した。


 近くにあった塹壕の壁に、自分の背中を預けながら、原因の分からない不快感を堪える。断続的に続く戦闘のせいで、身体も心も限界に近づいていた。

 気を張り詰めて項垂れたまま、今回の戦闘結果を報告する、モノ02大尉の話を聞く。今の戦闘で、部隊連携が完成した事を、心の底から喜んでいるようだった。

「もうすぐ救援部隊も来る」視線をモノ02大尉に向けた瞬間、背中に引きつるような痛みが走る。「戦闘の間隔からして、後一回だ。後一回、耐えればいい」

 周りに生気が戻った。全員の気配が強くなり、自分以外は誰も居ないような、息苦しい雰囲気が瞬時に消える。

「本当にどうなるかと思ったが、このままの調子なら問題無さそうだな」心底疲れたように、モノ02大尉は背後の壁に身体を預けて、今までとは違う、とても小さい声を出す。「あぁ、まずいかもしれない」

「少し休んだ方がいい」今にも気絶してしまいそうな姿を見て、デルタ隊長がモノ02大尉の側に駆け寄った。「今の状況なら、一回は耐えられる」

 呻き声と荒い息を吐きながら、モノ02大尉は苦しそうに、デルタ隊長へ頭を動かした。

「大丈夫、任せなさい」デルタ隊長は力強く、安心させるような言い方をしながら、モノ02大尉の身体を、ゆっくり自分の方へと倒し始めた。

 相手をしっかりと抱えながら、お互いの身体を少しずつ動かして、モノ02大尉を仰向けの状態にさせる。やがて、モノ02大尉の頭を、デルタ隊長が膝枕をするような体勢になった。「目を瞑りなさい、大丈夫」

 デルタ隊長は自分の手で、モノ02大尉の目を静かに隠す。すると、モノ02大尉は少し不快そうに、自分の身体を捩らせた。

 しかし、すぐに深呼吸をするような、長くて大きい呼吸をし始める。暫くすると、苦しそうな、浅い寝息を立て始めていく。

 今の状況とは正反対の、心暖まる光景だった。誰かの欠伸の音に釣られてしまって、僕も同じように口を開ける。

「何をやっている!」内蔵通信からの怒声を聞いて、眠気を呼び覚ます恐怖が襲ってきた。

 声の持ち主であるデルタ隊長は、誰かを殺せそうな目付きのまま、モノ02大尉の頭を、静かに地面の上へと移動させる。

 そして、味方全員に送っていた視線を、何故か僕一人に集中させた。デルタ隊長は静かに立ち上がると、怯えて視線を外せない、僕の顔を両手で掴み、自分の顔と激突させる。

「特にお前の責任は重い」痛みとは違う呼吸の辛さに、胸が詰まり、意識が揺れていく。「誰かが死んだら、お前の首を切り落としてやるからな」

「了解」

「本当に何とかしろよ」震え声の小さい返事を聞くと、デルタ隊長は僕の頭から手を離しながら、軽く後ろに突き飛ばす。「全員、さっさと治療に戻れ」

 デルタ隊長はモノ02大尉の元へ戻り、自分の側に作られている、装甲補強剤の山から二個を手に取った。一つを地面に置くと、もう片方の、缶詰のような形をしている蓋を開けて、中身に手を伸ばす。

 そして中から取り出した、血のように赤い液体を、モノ02大尉の傷口に塗りこんでいった。アーミーパウンズの一般的な、応急処置の光景を呆然と見ている内に、先程の言葉が頭の中に蘇る。

 恐ろしさで四つ這いになりながら、装甲補強材の山に向かい、一つを自分の物として持ち帰った。以前のように、懲罰で首を切断されたくないと思いながら、震える手で装甲補強材の蓋を開ける。

 赤い色をした装甲補強剤は、非常に高い速乾性と粘性がある。損傷した箇所に深く浸透して、そのまま装甲と変わらない硬さに乾いてくれる物だ。

 しかし、後遺症までは治してくれないので、最後は歯を食いしばって耐えるしかない。

 お互いに補強剤を塗った場所からの、強い染みるような痛みに、歯を食いしばって耐えていく。すると、次第に固まった補強剤が、自分の装甲と認識されて、全身から少しずつ痛みが抜けていった。


 全員の泣き声と小さな悲鳴が止んだ時、偵察で辺りを走り回っている、タスキー少尉が戻って来た。

「ヘプタ08、少尉から全員へ。付近に異常無し、現在ウォーマシンが偵察中、以上」タスキー少尉は軽い報告を終えると、残されていた最後の補強剤を手に持ち、近くに居たモノ04兵長と視線を合わせる。「頼めるか?」

「了解」モノ04兵長は辛そうに、内蔵通信での会話に応答すると、タスキー少尉に渡された補強剤を手に取った。そして、一人では届かない、タスキー少尉の背中に、中身の液体を当てていく。

 僕は全身の力を抜いて、地面を見ながら大きな溜息を吐いた。誰かが死んだら、僕が殺されてしまう。でも、あの上等兵はどうしようもないだろう。

 今度はうんざりと溜息を吐きながら、首を持ち上げて、味方全員を見渡していく。

 補強剤の使い過ぎで、部隊全員は血塗れたように、全身が真っ赤に染まっている。相当な痛みを感じているはずだが、一人を除いて、諦めてはいないようだった。

 真剣に何かを考えていたり、険しい顔付きで、自分の神経を尖らせているように見える。やはり問題なのは、僕と必需品の受け渡しをした、モノ05だろう。

 出会った時の立派な姿は無く、今は別人のように目を瞑って、身体を小さく震わせている。狼ではなく、まるで子犬か何かのようだった。

 理不尽な態度に苛立ちを感じながら、視線を下に戻す。自分の命を顧みない、度を超えた突撃していく戦い方に、何かの意味があるんだろうと思っていた。

 強引に仕方がないと割り切りながら、モノ05の動きを思い出して、生還する方法を考える。しかし、いくら考えても良い案が思いつなかった。

 非常に危険だが、支援の振りをして、モノ05の進路を防ぐしかないだろう。誤射してしまう可能性もあるが、他に何も思いつかなかった。

 もう一度視線を上げて、味方の状態を再確認する。前と全く変わらない、全員の姿が目に入ってきた。

 味方の姿を見ている内に、より強い責任感が生まれてくる。モノ05の行動は理解が出来ないが、痛い思いをして、死にたくはないだろう。

 何とかすればいいだけの話だった。痛む身体を我慢して、早く飛び出せるように体勢を整えようとする。

「十一時方向より、敵機を感知」

 ウォーマシンによる、内蔵通信からの情報を受けて、全員が塹壕の中から飛び出した。事前に決めていた作戦通りに、残された二台のウォーマシンを、敵の中央で自爆させる行動に移っていく。

 前衛が敵に接触する前に、戦闘に居る敵ウォーマシンに向けて、三発の砲撃を送り込んだ。

 全ての砲撃は直撃して、敵ウォーマシンは機密保持の為、今居る場所で頭のみを自爆させる。怪訝に思いながら、次の相手に向けて、同じ数の砲撃を撃ちだした。

 先程と全く同じ結果になったのを見て、手を止めず、何かがおかしいと思いながら、内蔵レーダーのモノ05に目を光らせる。

 やはり、前衛で最初に動いたのは、モノ05だった。攻撃の一番手になる様子を眺めながら、砲撃の着弾地点を、ややモノ05側に向ける。

 結果を見ないまま、弾の装填を行わせて、敵の中央に全ての弾を送った。もう一度装填させながら、内蔵レーダーに軽く目を向けて、モノ05の表示が動いている事を確認する。

 そのまま、自分の直感を頼りにしながら、作戦行動を継続していく。支援とは思えない行動に、モノ05の動きが鈍り始めるが、気にしている余裕は無い。

 敵ウォーマシンを半分以上殲滅して、強引に捻った身体を元に戻した時、内蔵レーダーに、識別していない物体の表示が現れた。

「ヘプタ04、上等兵から全員へ。未識別の何かを確認、以上」内蔵通信で報告をしながら、表示されている自分の後方を振り返り、視点を拡大して、物体の存在を確認する。

 濃い緑色をした七台のウォーマシンと、頭に二本の角を持つ、青い人型らしきインパウンドの姿があった。逃げてきた民間人かと思ったが、相手の持っている巨大な盾と、バルドの物と似たような武器の姿を見て、敵だと確信する。

「ヘプタ04、上等兵から全員へ。八時方向から敵ウォーマシンと共に、頭に角が二本ある、青い大型人型インパウンドの姿を確認。恐らく近接型の武器と盾を持っており、ウォーマシンの数は約七体。以上」

 姿を逃がさないよう、自分の視界へと捉えながら、相手の位置と情報を共有した。報告している間にも、相手は真正面に居る僕を警戒しながら、忙しなく周囲に目を光らせている。

「ヘプタ03、大尉からヘプタ04、違う、全員へ」内蔵通信から、焦りと腹正しさを合わせたような、デルタ隊長の返事が届いた。「ヘプタ04、そのインパウンドはブレイクパウンドと認定。こちらに来ないよう時間を稼げ、すぐに援軍を送る、死ぬなよ、以上」

「了解」間が悪い時に表れてくれた、ブレイクパウンドに対しての怒りで、返事をする声が殆ど潰れていた。

 命令を実行する為に、一人戦線を離れて、背後に味方が居ない、五時方向への移動を開始する。身体を動いた直後から、相手の視線が僕に固定された。

 敵を引き付けるのに好都合だと思いながら、相手と睨み合いをして、自分の決めた位置に着く。

 特に細かな狙いを付けないまま、自分の射程距離の限界に居る敵に向けて、間隔の遅い砲撃を放った。

 すると、五キロメートル先に居るブレイクパウンドは、大きな盾を前に構えて、近づいている白色弾から身を守ろうとする。

 連射速度の遅い白色弾は、全てが敵のやや手前に着弾していった。敵が足を止めてくれたので、砲撃の間隔を動かないまま、引き続き攻撃を繰り返す。

 今度は足を止めずに、盾を前に構えたまま、僕の方に向かって直進してきた。最悪な行動を取るブレイクパウンドを、自分の鋭くなった目で睨みつけながら、撃つ間隔を通常に戻す。

 恐らく、敵の盾はアーミーパウンズで支給されている物と同じだろう。戦場の全ての攻撃を防いでくれるので、ああやって守りを固められてしまうと、遠距離から破壊する事は不可能った。

 盾に砲撃が当たっても、ブレイクパウンドは怯みもせず、平然とした様子で足を進めてくる。アーミーパウンドのように、完璧な防御が出来る事に疑問を抱きながら、攻撃相手をウォーマシン達に移した。

 最初に撃ち出した白色弾が、ウォーマシン達の背後に着弾すると、敵は素早く二手に分かれていく。

 射程距離外に離脱したウォーマシン達は、更に僕と距離を取りながら、味方部隊に近づいていった。ブレイクパウンドとウォーマシン二台は、僕への進路を変えていない。

「ヘプタ04、上等兵からヘプタ03へ。ウォーマシンが二手に分かれて、そちらに向かいました、以上」内蔵通信で報告を行いながら、ブレイクパウンドの周りに居る、ウォーマシン達の排除を開始した。

「ヘプタ03、了解。援軍が遅れる。死ぬなよ。以上」

「了解」慌ただしい返答に答えた時、数発の白色弾が、相手の左側に居るウォーマシンに直撃した。

 残りのウォーマシンを片付けた後、今度はブレイクパウンドに向けての砲撃に移行する。

 攻撃を続けても、相手は防御の姿勢を崩そうとはしなかった。砲撃を行う位置を変えて、別の方角に誘導しようとすると、僕に盾を向けたまま、味方部隊の方へと進んでしまう。

 敵の進路上に陣取って、少しでも時間を稼ぐしかなかった。相手との距離が、近接戦闘の目安になる、一キロメートルを切った所で、内蔵レーダーに目を向ける。

 作戦を成功させた為か、味方部隊と交戦中の、敵ウォーマシンの数が激減していた。しかし、全員の戦闘が終わるまで、まだ少し時間がかかりそうだった。

 助けが来ない事に覚悟を決めて、不機嫌そうに唸りながら、近接戦闘の準備を開始する。

 右腕の大型荷電粒子砲を外して、背中の荷物入れに預けた後、盾の中にあるコンバットナイフを取り出す。

 そして、盾の裏側に一回だけ、頭を強く打ち付けて、近接に対する苦手意識を吐き出した。

 不安を押し込めて、盾を構えながら、相手との距離を少しずつ詰めていく。それでも、敵の行動に変化は見られなかった。

 百メートル程度にまで縮まっても、相手はは盾での防御を崩さない。雰囲気と格好が、バルドの物と非常に良く似ていた。

 恐らく相手は、近寄れば何も出来ないと考えているんだろう。なら最小限に攻撃して、ずっとその考えを持たせればいい。

 頭の中で算段を立てながら、更に相手との距離を、約三十メートルにまで詰める。

 すると、相手が盾を少し動かして、反対側の手にある棒の先端から、緑色の両刃斧を作り出した。そして、アーミーパウンズが使う、近接戦闘の構えを取る。

「死ぬ気で来いよ!」

 危険な物を感じて、左腕の盾を相手に突き出した。次の瞬間、全身の感覚が消える程の、強烈な衝撃を持つ一撃が、盾に対して与えられる。

 全身の傷跡を揺さぶられて、身体中に熱を伴う激痛が走った。痛みの度合いに危機感を感じて、勝てないと思いながら、スラスターを反応させて後ろに飛び抜く。

 すると、敵は盾を放り投げて、雄叫びを上げながらの追撃を仕掛けてきた。先程と同じ力を持つ攻撃を、休み無しに連続して繰り出してくる。

 盾で防いでも、衝撃のせいで身体が痛む。相手の行動が早過ぎるので、反撃をする暇も無ければ、避ける暇もない。

 結局攻撃の殆どを、盾で受け止める事になってしまった。度重なる振動で傷が開いたのか、身体を動かす度に、血液のオイルが視界の端に映る。

 バルドとは違う、力一辺倒な戦い方に、勝機を見出す事が出来なかった。反撃を諦めて、時間稼ぎの為に、盾での防御に専念する。離脱した方がいいという考えを、命令という言葉で押し潰した。

 時間が経つに連れて、敵の攻撃が激しさを増していく。斧の攻撃を真正面から受け止めても、守りを崩すように回りこまれて、側面から拳や盾の強打を叩きこまれた。

 毎回のように意識を失いかけるが、踏ん張って必死に繋ぎ止める。しかし、次第に目の前の景色が、少しずつぼやけるようになっていった。

 敵の姿がしっかりと見えないせいで、右から来た攻撃の対応に遅れてしまう。痛みと共に、手からコンバットナイフが、何処かに無くなる感覚があった。

 右に盾を突き出しながら、急いで地面に目を動かして、左に落ちているコンバットナイフを見つけ出す。

 回収する為にスラスターを起動させた直後、一際大きな雄叫びと共に、身体が盾ごと宙に浮いた。

 咄嗟に盾から手を離して、スラスターを使い、コンバットナイフの回収を行う。急いで元の方角に振り向くと、僕の盾を後ろに投げ捨てている、ブレイクパウンドの姿が見えた。

 恐らく手を離さなければ、盾ごと身体を投げ飛ばそうとしたんだろう。

「もうちょい気合入れろよ!」ブレイクパウンドは僕に向かって、助走を付けながら、怒声と共に、斧を頭から真下へと振り下ろした。

 無我夢中で、スラスターで後方に飛び退いた瞬間、先程の場所から爆発のような音と、大量の茶色い粉塵が舞う。身を守る物が無いので、目の前の景色は、死という恐怖を呼び覚ますのに、十分な物だった。

 死にたくないと思いながら、頭の中に浮かんだ考えを、何も考えずに実行する。コンバットナイフの刃部分を、両手で硬く握り締めた。

 鋭い痛みと、体内に異物が入っている感覚を味わいながら、真正面に向かう為のスラスターを、最大に反応させる。幸いな事に、相手は驚いて固まったまま、僕の接近を許してくれた。

 勢いよく相手の懐に飛び込んで、硬く目を瞑り、コンバットナイフの起爆スイッチを、内蔵のシステムで作動させる。即座に身体を抑えこまれているような、気味の悪い圧迫感が発生した。

 アーミーパウンズでも重症を負う、特性の爆弾は正しく反応してくれたようだ。爆音が聞こえたのと同時に、全身が不気味な音を立てて、面白いぐらいに地面を弾け飛んでいく。

 冗談みたいな動きに、一瞬だけ小さく笑ってしまった。暫く跳ねていると、一際煩い音を立てて、身体の動きが何処で止まる。

 次の瞬間、高熱で炙られているような激痛を、身体の何処かで感じた。すぐに気絶しかけるが、同じ痛みで叩き起こされる事を繰り返す。

 数回繰り返している内に、痛みが少しずつ弱まってきた。身体に力を入れて、意識が消えかけるのを防ぎながら、目を開けて泣き叫ぶ。

 しかし、目の前は不気味な程に黒くて、声の代わりに身体が震えるだけだった。唖然としている間にも、意識が少しずつ鮮明になっていく。

 突然、全身に気味の悪い悪寒が走った。今までの経験から、自分が死ぬ間際だという事に気がついて、今まで以上に叫び声を上げる。

 震えという動きで、頭が無意識に反応したのか、昨日食べた、冷たいアイスクリームの味を思い出す。

 食べたいと口にした言葉が、不気味な音で発声された。自分とは思えない声に呆然としていると、一気に何かが、身体の外へと飛び出して行く。


 悲鳴を上げながら、両目を見開き、自分の身体を大きく跳ね上がらせた。背中の硬い物から逃げようとして、前に駆け出した瞬間、頭に何かが激突する。

 不意打ちの衝撃を受けて、目の前の景色と意識が、上下左右に激しく揺れた。何処に居るのかは分からないが、動かなければ危険だと思い、這って移動しようとする。

「止めろ!」誰かに首と手を掴まれて、地面に押さえつけられた。恐怖で身体が、一瞬だけ小さく跳ねる。「おい! 訓練は終わったぞ!」

「訓練」呆然と呟いた時、頭に激しい鈍痛が走った。

 強すぎる痛みのせいで、周りの音が何も聞こえなくなる。倒れないように目を固く閉じて、ひたすらに峠が越えるのを待つ。

 少しずつ痛みが引いて、意識が鮮明になっていくのを感じながら、やや強引に目を開いた。

 見慣れている色の床を見て、自分の状態を何となく理解しながら、立ち上がろうとする。しかし、身体を動かした途端、誰かに動きを封じ込められた。

「ここが何処だか分かるか?」

「シミュレーションルームです」上から尋ねてきた、デルタ隊長の声に応答すると、全身を押さえつけていた力が消えた。

「ゆっくりと起き上がれ」指示に従うと、デルタ隊長の心配そうな顔が目に入り、僕の肩と背中に、身体を支える力が加わった。「現実だと思えないのなら、後で軍医の所に行くように」

「うん」強い喪失感と気怠さを感じながら、かろうじて言葉に出来る声を出す。すると、肩と背中に加わっていた力が抜けて、デルタ隊長が視線の外に出て行いった。

 何も考えないまま、デルタ隊長の姿を目で追う。背中を追う視線の中に、何故か怖い顔をしている、バルドとタスキー少尉の姿が加わった。

 デルタ隊長が、振り向いて、僕達の方を見る。「今回は特別激しい物だったが、報告書は夕礼時に提出するように」

「了解」

 全員の声は少しだらしなかったが、デルタ隊長は咎める事なく、大きな溜息を吐きながら、シミュレーションルームを後にする。

「おい」突然、タスキー少尉に首を掴まれて、強引に間近へと引っ張られた。「誰が自爆しろつった?」

 タスキー少尉は、静かに怒りを燃やしながら、僕が倒れた後の事を話し始めた。

 爆発の後、僕と同じ深手を負ったブレイクパウンドは、モノ部隊との連携によって、撃破する事が出来たらしい。

 瀕死の重傷を負った僕は、後に到着した救援部隊の手により、何とか一命を取り留めた、という事だった。

 結末を聞いて、全身に後遺症独特の、鈍い痛みが走る。身体に力を入れて、動力炉の鼓動のような、一定の間隔から来る痛みに耐えた。

「死体から情報が飛んで行くわ、貴重な戦力は無くなるわで、こっちとしては大迷惑何だよ。分かったか?」

 染みるような痛みのせいで、口を開く事が出来なかった。目を瞑り、助けを呼ぶ涙声を絞り出す。「軍医を、後遺症が」

 先程までの怒声が、嘘のように静かになった。僅かに間を置いた後、タスキー少尉が鋭く、バルドの事を呼びつける。

 二人は短い言葉を交わしながら、僕の身体を持ち上げたようだった。しっかりとした支えと共に、何処へ運ばれていくのを感じる。


 清潔な白が中心となっている、艦の中の医務室で与えられた物は、激臭を放つ気付け薬だった。

 薬が染み込んでいる布を嗅がされて、両目を見開いたまま、床の上で仰向けになって悶え苦しむ。同時に頭の中が冴え渡って、半分眠っていた意識が叩き起こされた。

 涙を再現して、滲んでいる視界の中に、メセトさんの冷たい瞳が映り込む。無言で僕の事を見下ろしている、不気味な姿を眺めながら、長い間刺激に耐え続けた。

 一通りの症状が治まってきた時、メセトさんはしゃがんで、僕と視線を合わせる。「ここは仮想空間ですか?」

「現実ですよ」

「ああ、良かった。これで仮想と現実の区別が付きましたね」

 涙声の僕を見て、メセトさんは心底安心した様子を浮かべながら、真面目な表情を大きく崩す。僕が不服そうに見つめ返しても、メセトさんの表情は全く変わらなかった。

 訓練で扱うシミュレーターは、現実の物を完全に再現してくれる。精度が高過ぎるので、訓練の内容に集中していると、時折、現実との区別が出来なくなる時があった。

 錯覚している時は、速やかに軍医から処置を受けなければならないと、規律で決められている。

「では、少し話をしましょう。こっちに来て」

「分かりましたよ」僅かな無言の間を、メセトさんは問題無いと判断したようだ。自分の調子を貫く態度を見て、ぶっきらぼうに返事をしながら、軽い咳と共に立ち上がる。

「あそこの好きな所に座って」

 返事をするのが面倒だったので、無言のまま、片手で示された茶色い机の椅子に座る。すると、メセトさんは僕から見て、右斜めの椅子に腰掛けた。

「ご苦労様でした」僕の目を見つめながら、気遣うように喋り出す。「今回の訓練は、今までの中でも、とても厳しい物だったんですね」

「そんなんでしたね」薬の刺激が残っているせいで、少し呂律が回っていない。「腕が飛んだり、穴が空いたり大変だったそうです」

「人事じゃないんだけどね」

「ああ、まあそうですね」苦笑いを浮かべたメセトさんを見て、僕も同じような表情を浮かべてしまった。

 メセトさんは他愛の無い話を混じえながら、僕の身体の事を一つ一つ確認していく。良い機会だと思ったので、僕は相談役となっているメセトさんに、日々の不満を愚痴ったり、不安や悩みといった物を打ち明けていった。

 夢中で話をしている内に、緊張が溶けてきたのか、強い疲れと空腹を感じ始める。

「エネルギーパックを貰ってもいいですか」

「勿論」メセトさんは立ち上がって、医務室の冷蔵庫からインパウンド用のエネルギーパックを一つ取り出した。「はいどうぞ」

「有難うございます」感謝の言葉を口にしながら、差し出された物を受け取り、蓋を開ける。勢いに任せて、中の液体を一気に吸い上げた。

「随分とお腹が空いていたんですね」缶から口を離して、満腹感を味わっていると、メセトさんが驚きの声を上げた。「まあ、兵士は食事が命と聞きますし」

「そういえば、最後に思い浮かんだのはアイスクリームでしたね」

「ああ! 最後の食べたいって言うのは、そういう事ですか」何気無く言った言葉なのに、メセトさんは非常に嬉しそうな様子を見せる。

「そうか、地球の食べ物か。ナナキ君の場合、確かにそっちの方がいいね」

 メセトさんは視線を動かして、独り言と共に、何かを考える仕草をし始めた。僅かな間を置いた後、視線を僕の方へと戻す。

「ある意味、地球に関心が向いているって証拠で、生きる目的が増えたって事何でしょうか」

「え? そこまで思ってはいないんですけど」

「それは無いと思います。瀕死の状態から生き返るのって、本人次第な所が大きいんですよ」

 軽く返した言葉が、強い口調で切り捨てられる。今までとは違う、強気な姿勢に少し戸惑った。

「死んだら食べる事も出来なくなります。何度も言っていますが、大事なのは命令や任務ではなく、自分の命ですよ」

「分かってはいるんですけど、どうしても」納得出来ない気持ちを伝えながら、目線を下げる。「失敗したら、誰かが死ぬかもしれない。そう考えると、両方共大事です」

「軍隊だから、まあ、そう何だけどねえ」少し苛立っているような言い方だった。「でも、危険な時は逃げてもいいんですよ?」

「意識はしているんですけど、責任感に潰されるというか」

 視界の外から、悩んでいるような唸り声が聞こえる。恐らくメセトさんが、一生懸命に頭を悩ませているんだろう。

「念の為に聴くけど、昔みたいになってるって事は無いんだよね?」

「それは無いです。絶対に無いです」相手を真正面から見て、水星に居た時の事を、強く否定する。

 昔は産みの親からの命令で、強敵から逃げ出す事が禁止されていた。命からがら逃げ出しても、命令違反だからといって、過激な懲罰を与えられた事がある。

「ああ、それなら安心です。区切りもいいですし、今日はもう、この話をするのはやめましょう」

「すみません」心配をかけた事に、申し訳無さを感じながら、気持ちと視線を下に向けた。

 茶色い机を眺めながら、今日の訓練内容を思い出して、今回の死因を考える。

 すぐに、青いブレイクパウンドの事を思い出した。勝てない相手だという事を、何処かで自覚していたような気がする。

 殺される前に、何処かで離脱すればよかったんだろう。一連の行動を振り返りながら、最適な頃合いを探し出していく。

 撤退出来る機会は、確かに多く存在していた。しかし、自分の限界まで踏み留まれる、適切な時期がよく分からない。

 司令官達の言う通りに、逃げる事の経験が足りていないんだろうか。長い間、撤退する事を禁止されていたので、経験が足りないという分析はされている。

「考え中だろうけど、そろそろ報告書を作ったほうがいいよ」

「え」予想外の言葉を聞いて、伏せていた頭を元に戻しながら、内蔵時計の時刻を確認する。十九時三十分。夕礼まで、後三十分しか無かった。

「有難うございました」

 勢い良く立ち上がった衝撃で、椅子が後ろへ倒れかけるのを、手で防ぐ。相手の返事をまともに聞かないまま、急いで医務室を後にした。


 次の日の朝。目覚ましの音で起きなかったので、僕はバルドから、激しい平手打ちを食らう事になった。

 疲れと眠気に逆らいながら、朝食と朝礼に参加する。今日は個人用荷物の担当だったので、受付で使っている建物のパスワードを、朝礼時にアクト司令官から送信された。

 受付の任務内容は、座って行う物が中心になっている。静かに行える環境なので、今日は油断すると、何処かで眠ってしまいそうだった。

 座りながら眠ろうとして、前の方に倒れそうになると、受付とお客様側とを隔てている強化硝子に、頭をぶつける。異変に気が付いたアーミーパウンド達から、何度も心配をされてしまう。

 何とか踏ん張って堪えている内に、漸く受付の終了時刻になってくれた。やるべき事は既に終えているので、建物の鍵を閉める為に立ち上がる。

 ほぼ同時に、一般が使う出入口の、自動扉が開かれた。視線を向けると、外から濃い赤色の体を持つ、大型人型兵長が、建物の中に入ってくる。

 第二部隊だと識別された兵長は頭に、牛型インパウンドの持つ、特徴的な二本の角を持っていた。顔の形も牛らしく、少し縦に長い物になっている。

「あー、いたいた」

 兵長は僕を見ると、目線を合わせながら、近づいてきた。何かを失敗したのかと思いながら、席を立ち、身体を垂直に伸ばす。

「ああ、良かった。元気そうだな」

 咎めるような様子では無かった。何も答えずに、相手の返事を待つ。

「あ、もう休憩時間だから、姿勢は楽にしろよ」

「了解」無線通信を使って、デルタ隊長と連絡を取るべきかと思いながら、自分の姿勢を少し崩す。

「そうそう。それで、昨日のブレイクパウンド役は俺だったんだけど」

「はい? ブレイクパウンド?」

「え、昨日突っ込んできただろ? 角見ても駄目か?」

 少し表情を引き締めた兵長に向けて、調子の外れた声を出してしまった。

 右手で自分の角を指さす兵長を見て、少し失礼だと思いながらも、相手の全身に視線を動かす。

 角や身体といった部分は、確かに昨日のブレイクパウンドを思い出す、見覚えらしき物があった。ただ、どうしても本人だとは思えない、奇妙な引っ掛かりがある。

「ああ、宇宙帰りだから知らないのかな」目を凝らしていると、兵長は一人で納得したような素振りを見せた。

「今のシミュレーションってさ。実力をより上げる為に、アーミーパウンズ同士を戦わせる事もあるんだよ」

 信じられない話だった。兵長に向けている敵意を強めながら、デルタ隊長に無線通信を送る。

「実力が上がるんですか」

「どっちかっていうと、対処法の練習だな。まあ、俺も正直嫌だけど、生存率上がるし、色々とな」

 兵長が表情を曇らせた時、無線通信から、デルタ隊長の返事が届く。本当の事だ、という内容を聞いて、了解と答えながら、少しずつ緊張を解いていった。

「って。そこら辺はどうでもいいや」兵長の表情が、怒りの物に変わる。「お前、もう二度とあんな事するなよ。周りがどうこうっていうのもあるけど、何よりも痛いだろあれ」

「す、すみません」

 昨日のように謝りながら、頭を深く下ろす。「司令官からも厳命されておりますので、今後はこのような事が無いよう、努めさせて頂きます」

「まあ、分かってるならいいけど」何処か納得していない、機嫌の悪そうな返事だった。恐ろしい物を感じながら、姿勢を元に戻す。 責めるのではなく、気遣うような言い方をした兵長は、真剣な表情を浮かべたまま、黙って下を見続けている。何も言わない方が良いと思い、黙って相手の返事を待つ。

 何となく、アクト司令官の事を思い出してしまった。兵長の言い方と、納得していない態度と返事が、かなりよく似ている。

「色々難しいな」兵長は気難しそうな様子のまま、顔を上げた。「対処法を教えてやりたいんだけど、スラスターってのがよく分かんねえ。今からちょっと話せるか?」

「話せます」

「じゃあ、食堂で待ち合わせって事で」

「了解です。お名前を伺っても、宜しいでしょうか?」

「第二部隊所属の、タウロスだ。出来る事なら、バルド上等兵も一緒に来て欲しい」

「了解」

「ええと」兵長は苦笑いを浮かべて、少し躊躇いがちに口を開いた。「宇宙の資料も、写真付きで、少し頼む」

「了解しました」

「んじゃ、後でな」

 兵長が背を向けた瞬間、僕は無線通信を使って、オブリード副司令とバルドに、一連の出来事を伝えていった。同時に、建物の施錠をする為の、最後の確認を行っていく。

 敷居に取り付けられている扉を通って、お客様側の場所に行き、室内に不備が無いかを確認する。

 受付用紙の枚数や、内装等の確認作業をしている間に、オブリード副司令から、資料用のデータが送られてきた。

 タウロス兵長が通ってきた、出入口の自動扉を締めて、建物の確認作業を終えながら、バルドと共有化されている、資料の中身に軽く目を通していく。受付側に戻って、荷物搬入口から外に出ようとした。

「お疲れ様」バルドが、搬入口の側に立っていた。「何だか緊張するな」

「多分、大丈夫だよ。それよりも、資料の確認をしようよ」

「ああ、共有化されてあるのか」

 今度はバルドと二人で、資料の中身を確認していく。分かりやすい内容を見ている内に、バルドと同じ任務に就いていた、メセトさん達の事を思い出した。

「ん? タスキー少尉と、メセトさんは?」

「ああ、理由を話したら、二人で行ってこいって」

「ああ、そうなんだ」返事をしながら、視線を元に戻す。

 資料に問題は見当たらなかった。やや緊張しながら、先に動いたバルドを前にして、食堂への移動を開始する。

 次第に緊張よりも、不安の方が勝ってきてしまった。さすがに、突然殴られたりはしないだろう。何かあったら、今度こそ逃げればいい。

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