【第一話】6:Qui vult dare parva non debet magna rogare.
この世で俺に屈辱を味合わせた男は世界にたった2人だけ。
その内の1人は俺が何より欲しかった、深く美しい黒髪を持っていた。それでも相応しいのは見てくれだけだ。あれは中身がまるで伴わない。
もう一人の男は見てくれからしてまるで駄目だ。あんな銀髪……王には到底なれぬ色。唯、珍しく人の興味を引くだけだ。そして器もまるでない。王とは何か。あの男は何もわかっていないのだ。
王とは全てを見捨てる者。その犠牲の上に君臨するのが王という者。それが何だ。顔見知り程度の混血のガキの何匹かのために、危険な場所へとやってくる。自分自身が捨て駒のような動きをする。それではチェスなど成り立たない。守られるべき王が前線に出てきてどうする。
王とは従える者。駒共を自身のために消費するのが王の仕事だ。犠牲は常に王以外の者でなければならない。それを躊躇せぬよう、しっかり躾けて調教してやるのが王の役目。ありとあらゆる手段を用いて、駒に絶対服従を教え込む。
だから王は動かない。自身の城で悠々と、寛ぎ優雅に茶でも啜っているのが王の仕事。脅されようと叫かれようと、俺から動いたりはしてはならない。
それが、王というものだ。
「まったく気が利かない奴隷も居たものだ」
「…………?」
「器が空になるのを見計らい、代わりを用意するのが奴隷として当然の勤めだろうが」
「別に俺、奴隷じゃありませんし」
「減らず口が。まぁいいリゼカ、さっさと茶を持って来い」
「はぁ?何で俺がそんなことを……」
「いいか?お前はこの私が拾ってやったんだ。身分という者を弁えろ。主に口答えとはまったくこれだから育ちの悪い人間は困る」
「何時からそんな話になったんですか?」
生意気にも俺に言い返す気力を取り戻したあの子供。虚ろだった桜色の瞳には、反抗的な輝きが戻っている。
猛毒を食らって病み上がりの俺は身体を動かすこともまだ辛い。裏町に戻ってきたばかりの頃は、支え無しには歩けないほどだった。
そんな俺を支えてここまで連れてきたのがこのガキだ。この態度は俺に恩を売ろうというのか。それは気に入らん。例え病み上がりでも格下には毅然とした態度で接していかなければ舐められる。
「そんなもの決まっている。お前が私を見た時からだ」
「は?」
「俺はこのセネトレアの王。すなわち世界の王になる男。生きとし生けるもの全てはこの俺に跪く運命。お前もその例外ではない。唯それだけのことだ」
「……俺の知ってる言語で喋って貰えます?」
「これだから愚民は。人語も理解出来んとは実に嘆かわしい。ならば理解できるまで肉体言語で教え込むか。鞭で100発程度叩けば私の命令を理解できるようになるか?」
「はぁ……」
溜息を吐いて出て行く子供。その顔を見れば解る。最初から逆らう気などないのだあれは。命令されることが嬉しくて堪らないとその顔に書いてある。唯、それを自分で受け入れられないだけで。それにしても俺はなんと親切なのだろう。そんな小心者のその背を後押ししてやっているのだから。
(あれは根っからの奴隷根性だな)
俺があれに命令する限り、あれは理由を手に入れる。ここに……俺の傍にいても良い理由。帰る場所を無くしたあの子供は、その理由にしがみついている。だから俺の命を救った。居場所になってやると言った俺を失うことを恐れた。
命令とは必要とされる喜びを与えられると言うこと。無価値で無意味な人間にとって、これほど嬉しいことはないだろう。あれは俺に従えられることでのみ、幸福を知ることが出来るのだ。
まもなく戻ってきたあれが、茶の仕度を調え俺へとそれを差し出した。あれは俺と視線を合わせないようにしている。嫌々というのを演出するためふて腐れたような顔をしているが、その心が手に取るように解る。本当は嬉しくて堪らないのだろう。病み上がりで1人じゃ何も出来ない駄目な奴に尽くしているという自分に酔っているんだろう?こんなに必要とされていると知れて嬉しくて震えだしそうな程なのだろう?
差し出された茶を一口啜り……俺は目の前の子供の表情をもう一度だけ見つめた後、手渡されたカップをそのままそれへと向けて振り払う。
視線を逸らしていた方が悪い。でなければ避けることも出来ただろう。これは明らかにお前の判断ミスだ。
「な……っ、何すんだよ!?」
頭から茶を浴びせられ、目を見開いている子供。それを俺は冷たい視線で見下してやる。
「砂糖が多い。これではせっかくの風味が台無しだ、愚か者が」
茶の熱さよりも、この子供には俺の言葉の方が効いている風で、信じられないと言わんばかりに開かれた、大きな瞳が俺を見る。
「とんでもないガキだ。俺を糖尿にでもして遠回しに復讐し殺すつもりだったのか。それとも毒でも盛ってそれを誤魔化すために砂糖を入れまくったのか?」
「あんたって……どうしてそうなんだよ」
一瞬だけ泣きそうになった子供のその目の中で、星が揺らいで瞬いた。
「疲れたときには甘いものが良いって言うから、多めにしただけで……」
「ゴミの混血風情がこの俺を労るか?調子に乗るのも大概にしろ」
「そんな言い方っ……」
「お前にはそんな理由がないだろう?何故お前が俺を労らなければならんのだ?俺がお前にしたことを忘れたとでも?お前はそこまで物覚えが悪いのか?さっさと床の掃除をしろ。それから茶を淹れ直せ。それからその見苦しい格好を何とかしろ。そのまま歩かれたら茶の被害が広がるだろうが」
「どうせ俺が掃除するんだから……」
「なるほど。奴隷の癖に、服がなければ恥ずかしいとでも言うつもりか?贅沢者が。お前はまだ自分の身分というものを理解していないようだな」
躾けに必要なのは飴と鞭。下げて下げて下げて上げる。その繰り返し。鞭が多いほど、飴の喜びが増すだろう?その比率は鞭が多いほど良い。それでも全てが鞭であってはならない。1と0は近くとも、全く意味が異なるのだから。
「仕方ない。代わりの服を与えてやろう」
だからたまには優しい言葉もかけてやる。
このガキが寝ている間に、部下に命じて特注で作らせてやった褒美だ。確かにこれは良い働きをした。この俺の命を救ったのだ。それはきちんと褒めてやろう。言葉ではなく、目に見える形で。
「何ですか、これ?」
「ありがたく受け取れ」
愚かだが馬鹿ではないこの子供は、その褒美が何の褒美かをすぐに理解し、俯いた。先程とは違う意味でまた六条の星が揺らいで見えた。
自分が今褒められていることを少し恥ずかしそうに、それでも誇るように包みを開けて……再び子供が顔を上げ俺を見る。そこからは先程までの表情はすっかり隠れて消えていた。
「……服っていうか首輪なんですけどこれ。しかも鎖付き……」
「喜べ。金細工に絹のリボンの一級品だぞ」
「わーい………とか言うと思ったかこの変態っ!」
あのガキが俺に向かって包みの箱を投げてくる。
「黙れ混血っ!奴隷の正装と言えば裸に首輪がデフォルトだろうが!」
それを難なくかわし、近場のクッションを投げてやる。今度はそれをかわした子供。それを引っつかみ無げ返す。その繰り返し。
「余計見苦しいわっ!」
「ああ!それは認める!野郎の裸なんぞ見たところでまったく愉しくはない!」
「ならさせんなっ!」
「お前の嫌がる顔を見るのが愉しいからやっているだけに決まっているだろう!!無論顔から下などわいせつ物以外の何物でもない!私の前で着替えなどしてみろ!慰謝料をたっぷり請求してやるっ!」
「さ、……最低だっ!あんた本当に本物の外道だっ!」
「お前の早計を私のせいにするな。誰がそれだけだと言った?」
今度はクッションではなく、もう一つの包み紙を投げてやる。それを投げ返そうとして……それが違うものだと気付いた子供は押し黙る。髪の色に合わせて仕立てさせた服。無論素材のどれもが高級品だ。
「みすぼらしい格好をされていると私が迷惑するんだ。屋敷や組織の品位をお前に貶められては敵わん」
次の茶を持って来た時、あれは赤い服を身に纏い……その喉元には奴隷の証が揺れていた。
相も変わらずふて腐れたような顔はしていたが。
*
ヴァレスタの目の前には赤い首輪。生意気にも突っ返されたその首輪。
これを与えた数日前にはあれはあんなに喜んでいたというのに。これを返してきた時のあのガキは、俺への憎しみを顕わにしていた。静寂の中、聞こえる微かな音。耳障りなその音。それが何の音か解らずに、ますます苛立ち、それに比例し音は大きさを増していく。音の方に目をやれば、そこには書類を打つ自身の指が。その音の正体に気付くまで随分と時間を要したことを知り、自分の苛立ちの大きなものであったことを知る。
どうして自分の周りには、ああも使えない駒ばかりなのか。性能はよくとも性格と知能に問題があり過ぎる。これは神という者が俺の余り得る程恵まれた才能を妬んでのことに違いない。それでああ言う厄介者ばかり俺に押しつけるのだろう。
「まったく……使えない愚妹に愚弟め」
義弟と異父妹が出て行って静まりかえった部屋の中、嘆息は思いの外大きく響く。
嘆息のし過ぎか、苛立ちのせいか咽が渇いた。机の端に目をやれば、空になったティーカップ。それに気付いてヴァレスタは、呼びそうになった。もうここにはいないそれの名前を。
「……っち」
たったの数日。俺があれに身の回りの世話をさせるようになったのは、まだ四日程度。妙に手慣れた様子であれはテキパキ働いた。別にそれを気に留めることもなかったが、粗探しをする場所が雑用に関しては何もなく、不満を覚えたことだけは覚えている。
それでようやく見つけた欠点。それをネタにあれを虐げるのは実に気分の良いものだった。その時のあれのあの悔しそうな顔ときたら。
(あれはなかなか…………いい、阿呆面だったな)
代わりなど幾らでもいる。奴隷など掃いて捨てるほど。いたぶり甲斐のある奴はまたすぐにでも見つかるだろう。奴隷は消耗品だ。あれは回復術持ちで長持ちの才があったから目をかけてやっただけ。唯、それだけだ。
それにしても自分で茶を淹れるなんて久々だ。今日グライドから贈られた茶は確かにいい茶葉だが、淹れ方に問題があった。タロック人のグライドは緑茶はともかく紅茶の扱いにまだまだ不慣れだ。だから味もよくわかっていない。色で頃合いだと判断してしまったのだろう。香りも味もいまいちだった。
正直なところ、紅茶は自分で淹れるのが一番美味い。偉くなるということはなんとも不便なことだ。こんな情けない姿を部下の前で見せるわけにはいかない。こういうものは下々の人間のやるべき仕事だ。
美味い物を好きな物をを効率よく合理的に摂取することが許されず、能のない人間に命令し望みの水準まで鍛え育て上げなければならないというなんとこの面倒臭いこと。王とはその栄光の代わりにある種の不自由を約束された立場なのだろう。
リゼカの淹れる茶は水準レベルではある。グライドの紅茶よりは格段にマシではある。しかし何かが物足りない。あれは安い茶しか扱かったことがないのだろう。だから高級品との相性が悪く、その味を損ねるような淹れ方をする。おまけにそしてあの顔だ。しぶしぶ淹れてやったみたいなあの表情。そこそこであったとしても此方が素直に褒める気など無くしてしまう。躾がまだまだ足りていなかったのか。それとも俺の弱みを握っているという意識があるから調子に乗っていたんだろうか。あれからはこの俺を恐れ敬うという気持ちが感じられない。それは王である俺に対しての侮辱に他ならない。
そうだ。あれは気に入らないガキだ。何時からだ?俺の正体を知った時からか?あれはいきなり目の色を変えたんだ。俺を憎む瞳が、虚ろな瞳が、俺への恐れを失った。代わりにそこに現れたのは……何だったのか。哀れみか?同情か?まさか俺と自分が同じ生き物だとでも哀れんでいるつもりなのか?奴隷風情が、この俺を、王を侮辱するとは。なんと傲ったガキだろう。
そうだ。あれがそういう目で俺を見るから、俺はあれに苛立った。これがいたぶらずにいられるものか。理由は特にないが、あってないような理由をつけて罵り詰り、傷付けた。しかしそこにはちゃんと理由があった。つまり悪いのは最初からあのガキの方だったということだ。それが何だ。非があるのは向こうだというのに、何だあの言いぐさは。あの被害者面が気に入らない。
俺が何を間違えた?何もしていない。この一週間。それで上手く行っていたはず。そもそも別に俺があいつを罵るのも虐げるのも今に始まったことではない。半年前からそれは続いていた。それが俺とあれにとってのいつも通り。俺やあいつの何が変わったわけでもない。それがいきなり手駒に落ちたから態度を変えるということなどあり得ない。そんな道理もない。あれを虐げることこそ、俺が俺の正体を隠すいい隠れ蓑。純血のグライドの前でそれを効率的に見せることが重要。あいつも俺の正体を知るからにはその位は理解しているはずだ。あれも俺の道具なら、主の目的のために協力して当然。
「一体俺が何をしたと言うんだ」
リィナはあれが子供だと言ったが俺はそうは思わない。あの位の年の頃のリィナは泣き喚くくらいの喧しさを持っていた。あれにはそういうところがない。子供らしさを感じないのだ。蹴っても、打っても、叩いても……反応は二パターン。減らず口で此方を睨み付けてくるか、虚ろに眺めるか。その程度の暴力は耐えられるものなのだろう。あれと戦ったときもそうだ。剣で深々と傷を抉ってやっても悲鳴を上げたのは最後の最後。心が折れた瞬間にだけ。片割れを憎みながらも、その片割れのために生きてきたあれは……その目的を失ったことで存在理由を失った。そこにこの俺が理由を与えてやったのだ。それであれは再びあの生意気な目を取り戻した。
そうだ。全ては上手く行っていた。憎んでいたはずの俺のために、解毒に寝ずの看病を勝手にさせることが出来る程まで躾けられた。そこまで掛かった時間がたったの一日。俺の人心掌握のスキルが上がったのだろうと自惚れる気がなかったとは言わないが、あれが俺から離れられない程俺に依存し心酔しているのは計算の内だった。
俺は何としてもあれに裏切られるわけにはいかない。あれの口を割らせないためにはあれを殺すか、それか完全に俺無しでは生きていけないほどの依存を作ること。殺すか、傍に置くか。その二択だった。
それがつい売り言葉に買い言葉。怒りに任せてあれを捨て置いて来てしまったが、あれは正しい判断とは言えなかった。
本当ならこうして茶を飲んでいる時間が惜しいくらいに、俺は大きな判断ミスを犯してしまっている。
(あそこでは人目に付くとはいえ……殺しておくべきだったな。それこそ外出料金を払ってでも……いや、今からでも遅くはない。あの精霊の対策さえ練れば……)
一瞬の迷いが、たった一度の過ちが後々とんでもない失態に繋がる。人生などそんなものだ。人の一生は限られている。全ては時間との戦い。20年待ったと言うが、堪え忍ぶ時ほど辛いものはない。才も器もあろうとも、たった一つが邪魔をする。
他人など宛にはならん。確かな結果と答えを約束してくれるのは金だけだ。人など信じるに足る生き物ではない。そうだ。道具でさえこの俺を裏切るのだ。
(もう俺は……これ以上)
これ以上失敗は許されない。唯でさえタロックの姫と王子の妨害で、これまでの計画の半分を台無しにされたのだ。今回のチャンスを逃せば、また0からやり直し。根回しに駒集めに、金集め。今度は何年かかる?それまで俺が生きていられるという保証もないのに。
「…………そうだ」
どこから情報が漏れるかわかったものじゃない。あんなガキ信じられるか。どうせすぐに口を割る。リィナの言うよう、あれは子供だ。俺の秘密を外に漏らされたら、それで俺の全ては潰えてしまう。殺さなければ、今すぐに。今度こそあのガキを。
得物を携え獲物を狩りに、先程の店へと足を向ける必要がある。一目のつかない場所まで連れて行かなければ。無論金は置いていく。あの手の輩に金を積んで取り戻すには、渡されたのより数倍の金を渡さなければなるまい。誰があんなゴミにそんな金を払う物か。そもそもここは俺のシマだ。この俺が寝ている間に勝手に店を構えるなど良い度胸だ。奴隷通りならまだしも東裏町に生きた混血の店をあれほど大々的に据えるとは。何時純血至上主義者が乗り込んでくるかもわからないのか。
最悪、顔見知りの純血至上主義者にその辺りの情報を流せば勝手に潰してくれるだろう。しかしこの場合の問題は、この俺が世間的には死んだと言うことにされてしまっているということ。しっかりとした情報基盤を築くまで、目立つ行動は控えなければならない。セネトレアは所詮烏合の衆。味方など利が他に移ればすぐに裏切る馬鹿ばかり。
他人は道具。他人は駒だ。
信じられるモノか。他人なんか。他人なんて。
どうせ皆俺を裏切る。馬鹿のロイルでさえ俺を裏切った。リゼカがどうして何も喋らないと、そう信じられるんだ?
信じられるわけがない。他の男の口車に乗せられて、働かせられるような馬鹿だ。誰でも良かったんだあれは。必要とされるなら誰でも良かった。その相手が望むなら、俺の情報だってペラペラと喋るに決まっている。
(殺しにいかなければ……今すぐに!)
「……殺す?」
背後から聞こえるその小さな声。それはロイルのものでもリィナのものでもない。
振り向けば、誰もいない。唯、扉の前から何者かの気配。鍵穴からギラギラと光る猫のような瞳。
「……埃沙か」
名を呼び入室を許可すると、適当に一礼しながら現れる青髪に透き通った水のような透明青の瞳の少女が1人。この混血少女は、もう既に完全に調教済みの奴隷だ。信頼はしていないが信用は出来る使い勝手の良い道具。
無論混血のこれを議会に潜り込ませることは出来ない。これの数術は攻撃特化というわけでもなく回復補助に秀でているというわけでもない。自力では視覚数術も使えない。潜り込ませるなら変装をさせる必要がある。しかしこれにはそれも必要がない。
これは数術方面の才能がほとんど無いが、一つの取り柄と身体の作りに利点がある。対象は1人に限定されるが完全先読み能力を持つ情報特化型数術使い。情報収集、潜入にかけてはこの組織の中でも上位に食い込む。
そしてその情報に至るための素質もなかなか。逃げ足も速く、この俺が躾けてやった甲斐あり戦闘能力もそれなりには高い。それからこれは気配を殺すのが本当に上手い。天井裏でも隣室の壁穴からでも身を潜ませてその目と耳で情報を探ることが可能。
「……」
傅いて此方に手を差し出す埃沙。それに触れるだけで良い。情報のやり取りに文書が要るのは純血だけだ。その点これは便利な道具。正確な情報の伝達と、流出被害を最小限に留めてくれる。視覚、音声、その情報が組み合わさり構成される情報。実際その場にいたかのような錯覚の中それを知ることが出来る。
浮かび上がってくる景色はヴァレスタにも見慣れた城の一室。一般議会用に解放されている部屋だった。
部屋には多くの貴族議員がひしめき合っている。金さえ出せば爵位も議席も買えるのだ。詰まるところここにいるのは皆が皆、成金貴族で金の亡者というわけだ。
もっとも国を動かすのは一般議会より上に位置する商人議会。お飾りの王が統べる一般議会はさほど意味のある議会ではない。しかし今回ばかりは勝手が違う。
とんでもないスキャンダルがセネトレアに訪れた。その祝福という名目で他の島を統べている四公全てが議会に参加するというのだ。
基本的に四公が議会に揃うことは稀。それぞれ自身の領地を治めることに忙しい。こんな下らない席にわざわざ現れることなどまず無い。何か票決を取る場合は傘下の議員達に脅すなりして命令をしておけばいい。四公が顔を出すとすれば商人議会に招集された場合くらい。それは国に関わる取り決めの席だ。島はそれぞれ自治を任せられてはいるが、それは商人議会の許可の下でのこと。辺境伯である彼らも商人議会の決定には逆らえない。
しかしその逆を言うなら、国益を上げることに繋がるのなら好き勝手やってもいいと言われているようなものだ。従って四公は五公目として数えられている第一島の統治者セネトレア王よりも身動きの取れる場所にいるということ。
セネトレア王とは名誉職に過ぎず、商人組合……商人議会の傀儡。それがこれまでのこの国の在り方。
ヴァレスタが王になった暁にはそのシステムごと作り替え、名実共にこの国の支配者になるはずだった……のだが、それを横からかっ攫いまんまと実現しようとしている盗人がいる。その女の名は刹那。西の大国タロックから嫁いできた嵐のような女。
“おい、どういうことだ?”
“王が欠席だって?”
“なんでも代わりに奥方殿が会議に参加するんだそうだ”
“奥方ってあの……? 先日此方に嫁いできたっていうタロックの……?”
“しっ、噂をすれば……ご登場だ”
“王を誑かしたっていう女狐様か”
“いやはや、絶世の美女だって話じゃありませんか。どんなものか拝見させてもらいましょう”
会議室で口論し合う貴族達。適当な爵位ならヴァレスタも金で買ってあるが、世間では一週間前に死んだことになっているため参加が出来ない。同じく貴族であるグライドに任せても良かったが、彼はgimmickという組織の管理と例の事件の後始末等に追われている。とてもじゃないが、議会にまで参加している暇がない。どうせすぐに結論なんか出るような議会ではないのだ。皆、自分の利益のことしか頭にない連中達の集まりなのだから。
そんな金の亡者共の集まりに現れた女が1人。肌は踏み荒らされたことのない新雪のように透き通り、真っ直ぐに伸びた切りそろえられた長く豊かな漆黒の髪、血を思わせる暗い美しさを秘めた深紅の瞳……タロックからやって来た真純血の美姫。
まるで精巧な人形のような美しさ。それでもそれが確かに血の通った人であると思わせるのはその蠱惑的な肉体だ。やや露出の多いドレスを品良く優雅に着こなしながら悩ましげな曲線美は損なわれない。一度その女を見た男達はその顔に身体に釘付けになる。先程までの自身の言葉も忘れたように。
“…………ふっ”
そんな愚かな男達を嘲笑う姫の笑み。それに我に返る男達。しかしもう姫を侮辱する言葉など作れない。
“う、美しい……”
“あ、ああ……なんて可憐な!!”
“ああ!俺が今まで見てきた女は一体何だったのか!?彼女に比べたら猿以下だ!犬以下だ猫以下だ虫以下だゴミ以下だ!そしてその全てと比べることに失礼過ぎるっ!!!……嗚呼駄目だ!もう俺の息子がうちの妻じゃ使い物にならんっ!彼女しか目に入らないっ!!”
“な、何ですってぇ!?ちょっと貴方っ!聞こえてるわよっ!?”
“ち、ちょっと若くて綺麗だからって感じ悪いお姫様ね”
“そ、そうよ!それにちょっと身分があって名誉があって………お金があって……スタイルが良くて………”
“そうよ!その位じゃない!!その程度で何様って感じだわ!”
“……おまえら勝ってるところあるのか?言ってて悲しくならんのか?”
今度は女貴族達は男達のその反応から、女としての自身が格下だと侮辱された怒りを宿した嫉妬の眼差し姫へと向ける。それが心地良い暑さだと言わんばかりに王女は華麗に扇子で扇ぐ。
“なんてお綺麗なの……”
“嗚呼っ!私も是非とも口説かれたいっ!”
“貴女を愛することが許されますなら幾ら金をつぎ込んででも突貫工事をしてきますのにっ!!”
もっともこのセネトレアにはそれなりに特殊な性癖の人間も数多くいる。ある種の女貴族は男同様頬を赤らめるという反応に及んでいた。
(……流石の王女も弟君には負ける、か)
殺人鬼Suitこと那由多王子。あれの力はやはり異常。刹那姫の魅了能力は彼女自身の女としての魅力のみでこの現象を引き起こす。しかしここにいるのがこの姫ではなくその異母弟だったなら、男の身でありながらこの場の男女全てを魅了することが出来ただろう。
彼の場合そこに加わる要因が、片割れ殺しとしての混血の奇異な外見色が挙げられる。
(……いや、それでも見事ものだ)
この女は那由多王子のような色香だけではなく、俺のような恐怖だけでもなくそのどちらもを用いて全てを従える。
“それにしても……ふぁあ……これが会議だと?全くつまらん。次の発言者から発言に妾を楽しませるユーモアか妾を褒め称える歌を付随させなくばその首飛ぶと思え”
“お言葉ですが王妃、この議会というものはそのような場ではなくてですね……”
“その程度の顔で妾の命に背くか?気に入らん。これの首を刎ねよ”
“はっ”
刹那姫が片手を振り払うだけで控えていた兵士がそれに従う。
城の兵士は王の命に従えど、王妃の命令に従うものではない。王妃は本妻というだけであって所詮は数ある妻の内の1人に過ぎない。それだけの者にあの兵共は何故従う?今殺されたのあれでもそこそこ名の通った貴族だぞ?殺人鬼Suitが殺せば城から手配されるような相手だぞ?俺が消したくとも迂闊に殺せず何重に根回しもしなければならないと手こずる程のレベルの貴族だぞ?それをあっさり殺させるとは……そして会議室にブーイング一つ怒らないとは。
(この女……)
唯の飾りに収まる器ではない。男を従える美しさ、その美貌だけではない。それを最大限に引き出すのは……その残虐性と自己中心的なその性格。それがその美しさをより際だたせているのだ。傲慢で残酷な姫の妖しげなその色香に会議室の人間達は魅せられている。
(…………これは、グライドを送り込まずに正解だった)
あれはまだ少年。それに……こうはなれない理由もある。だからこの程度で色欲に狂ったりはしないだろうが、寝所に連れ込まれでもすれば一夜でこの男達と同じ、この傲慢な姫の配下に落ちてしまうところだった。あの年頃の子供にはこの女は刺激が強すぎる。……だが、グライドの代わりに送り込んだ駒は何も埃沙だけではない。
“この度はお慶び申し上げますが、肝心の王がいないのでは我らの祝福の言葉も届きませんね”
“ふむ。王へは伝えよう。あの男が言うにそんな言葉よりも貢ぎ物を寄越せと返されるのがオチだろうが”
“そうですか。生憎アルタニアの名産は物騒なものばかりでして”
まず探りを入れてきたのは四公が1人アルタニア公。手駒としてその地位に送り込んでやったのだからそれ相応の働きはして貰わなければ……と思ったが要らん心配だったようだ。あの王女に命知らずな物言いだが、元々あれは半分死んでいるような男だ。そもそもこの場の誰よりあの男は強い。その気になれば全ての議員の首をもぎ取ることくらい容易いだろう。
姫も姫で若い男が絡んできたのに気をよくした節がある。小声で「盲目か……これがなかなか悪くない。目隠しがそそるのぅ」とか呟いていたのが聞こえた。真面目な対応に下心が出ている。その内「そうか。ならば手土産代わりに今夜は王宮に泊まっていけ」などと言い出しそうだと思った矢先に言い出した。
“ならば結婚祝いを払ってもらおうか、貢ぎ物がないのなら妾は其方の身体ででも構わぬぞ?”
“王妃殿下にそのようなことを言っていただけるとは光栄の極みですが、生憎私には心に決めた者がおりますので、”
“一途な男か。ますます妾の好みじゃ”
にやにやと下品な笑みを浮かべ始めた姫。品の下がった表情に、それでも滲み出る色香が素晴らしい。下品だというのに色気だけは数段上がったようにさえ映る。それに騒ぎ出すその他の人間。主にアルタニア公へのブーイングがその主だ。
“ええい!喧しい!次騒いだ輩は片っ端から首を刎ねるぞ!基本美男以外に発言権はないと思え!!”
そしてその言葉でぴたと静まりかえる。愛か死か。ここまで極端な飴と鞭もなかなかない。たかが数分でここまで大勢の人間を操ることが出来るとは……なんとも恐ろしい女だ。
行方知れずの王に変わってその席に収また黒髪の美女。会議中だというのに実に眠そう。発言者が美声だったり美形だったりするときだけ目を開く。そして会議中だというのに口説きに行くという尻軽さ。何という低俗な女なのだろう。その場の誰よりも高貴な血をその身に宿しているというのに。しかし仮にもこの国の王に嫁いできたという建前がありながら、人前でよくもまぁあれだけ堂々とした浮気が出来るものか。
所詮王家の姫など政治の道具。女の身で、道具の分際でありながら、王と同等に地位を振る舞いを望むとは。王が後宮を持つのなら、自分も浮気は当然だろうとふざけたことを口にしながら嫁いできた女だ。それを知りながらそれを娶ったセネトレア王も大概だ。
それでも……視覚情報の中での刹那姫は確かに相も変わらず美しい。今も尚、あれを傍に侍らせたい従えたいという欲はこの胸の中にある。
この俺の国を奪ったという苛立ちを抱えることで、それはより一層強まったとさえ思う。……しかしあれは災い。数字を損なう以上あれはあってはならないものだ。
この世に金に勝る力も欲もない。それを認めるのが高尚な人間というものだ。それ以外の欲に狂うのは唯の獣だ。人間などであるはずがない。この場所に一体何人の人間がいるというのだろう。色狂いの愚か者共。
しかし会議室を見渡せば、それでもその色香と恐怖の魅了から逃れている人間が何人か。
その数名は辺境伯の連中の内三名。腐っても支配者。支配する側の人間には多少なりとも抵抗があるのかもしれない。
(さて、奴らはどう出るか)
タロックの姫によるセネトレアの乗っ取り。殺人鬼Suitの死亡。この2つの情報が外にもたらされた今、辺境伯達がどう動くか。ヴァレスタはそれを知っておく必要がある。
第三島アルタニアは既に手中に治めた。議決のために四公の攻略を進めていたが、今となっては議会は機能していないに等しい。どんな議決であっても王が従わない。お飾りの王に嫁いできたのは暴君であるタロックの姫。人災にして天災。国にとってあれは百害あって一利なし。
先程姫に言い寄られていた長い金髪に盲目の青年。彼は四公が1人第三公、セネトレア第三島アルタニアの辺境伯……アルタニア公カルノッフェル。目がないからこそ、あの女の良さが解らない。唯、愉快だという空気は解っているようで、会議室の混乱具合とカオスっぷりを他人事のように無い目でにやにや眺めて嗤っている。
残虐公と名高かった先代に比べればまだ表面上は人の良さそうな笑みを浮かべているが、その本質を知っている自分から言わせればあれは先代以上だろう。
第二島のグメーノリア公は、完全に堕ちている。タロックに一番近い島ということもあり、代々第二公はタロック人。その姫への憧れ……ひいては純血思想の強さが表れている。純血至上主義者も第二島が最も数が多い。西の混血連中を排除するにはグメーノリア公の協力を引き出すのが最善手だが……肝心の主と民の足並みが揃わないということも起こり得る。純血至上主義は第二公のような唯の真純血への憧れの者と、商売あがったりだという混血への僻みからそうなった者との二種類がある。多くの者はその後者。
(期を見て第二公は始末すべきだな)
第二公は鮮血公の2つ名がある。血の薄まりから真純血を憧れタロックの血を重んじるその性格と、度の過ぎる混血迫害。混血とカーネフェル人には第二島への居住権さえ認めず、島内では同人種間の婚姻、性交渉しか認めないという徹底ぶりだ。それを破れば2つ名道理血の雨が降ることになる。
アルタニア公がタロック人のアーヌルスから(少なくとも外見は)カーネフェル人のカルノッフェルに変わったことでタロック人国家のセネトレア四公唯一のタロック人となり、危機感からますます余所の血嫌いに拍車が掛かったらしい。
このまま第二公を刺激して放って置けばその内殺人鬼Suitが始末してくれたのかもしれないが、奴が死んでしまった以上それは他の者に任せるしかないだろう。第二島の情報も継続して探らせる必要がありそうだ。
(さて……肝心の第四公は?)
第四島のプリティヴィーア公は、四公の中でもっともがめつい金の亡者。刹那姫の登場をこの場の誰より疎ましく感じている。憎々しげに彼女を見つめるその目は魅了されているようにはまるで見えない。それはそうだ。あの女一匹セネトレアに現れただけでどれだけの経済不利益を被ったことか。王都のある第一島の不利益は他島へ及ぶ。怒って当然だろう。むしろこの場の人間全てが彼と同じ反応をすべきでありそれが自然だ。それをねじ曲げているあの姫の色香が異常なのだとヴァレスタは再認識する。
(なるほど。強欲公の名に偽りはないようだ)
第四公の協力はすぐにでも得られる。善は急げ。これは早急に手を打つか。後でグライドにも話をしなければなるまい。
これまでは自分1人で出来たことを人を挟まなければならないというのは本当に面倒だ。
(…………さて、残りは1人……)
第五島のディスブルー公は顔色が優れない。何か心配事でもあるのかそれどころではなさそうな顔。あるいはもういい年だ。カーネフェルの金髪にも白髪が交じり始めている。散々女遊びをしてきたのだ。もう飽きて女に興味がそこまでないのかもしれない。
しかしここまで上の空というのもおかしな話。彼については探りを入れてみる必要がありそうだ。
「……後は王妃が脱線して暴走。何の進展もなかった」
「そのようだな。しかし……肝心の五公目の動きは掴めんか……」
「数術使いを排除しないと無理」
「……腐っても憎き我が父上は一筋縄ではいかんということか」
「……ヴァレスタ」
情報の終わりまでを主が見届けたのを見計らい、口を挟み込む埃沙。次の言葉を待機している少女は褒美を今か今かと待ち望む。
それを敢えて粗探しをして罵ってやろうとも思ったが、十分な働きには飴が必要。
「ふむ……良くやった、埃沙」
「……それじゃあ」
「そうだな。ならば約束通りに許可しよう!洛叉が使っていた部屋は今日からお前の部屋だ!牢屋から引っ越すが良い。ただし仕事に失敗してみろ。またすぐに牢屋に逆戻りだ」
仕事の報酬として埃沙の兄が使っていた部屋の鍵を投げてやる。それを受け取る埃沙はまるで宝物でも手にしているような顔。
「ありがとうヴァレスタ様っ!」
いつものような影のある笑みではなく満面の笑み。それを残してダッシュで扉へ向かい、そこから素早く出て行く埃沙。これから何をはじめるかを問いただすのは無粋という物。だが容易に想像も付く。単純愚かだと思えば、あれもあれで愛らしいことよ。
「……本当に扱いやすい女だなあれは」
有能で使い易いのだから道具としては優秀だ。兄への異常な愛情を利用してやればあの通り。
洛叉が此方を裏切ったのはかえって好都合だったのかもしれない。
「それにしても……あの姫は、何しにこの国へ来たんだ本当に」
情報の中の女は何を考えているのかわからない。金で行動を推し量ることの出来ない人間ほど厄介な者はいない。次にどのような手を繰り出すかまるで読めない。
それを唯一釣れる餌が行方不明。表向きは死んでしまったという話。
埃沙の先読み数術でも対象に選べないと言うことは……本当に死んでしまったか、あるいは死体同様行動不能状態にあるかのどちらかだ。
(那由多王子に刹那姫……タロックの奴らはしばらくは様子見ということか)
まったく不快で堪らない。これだけの厄介事を今暫くこの国に住まわせなければならないとは。目障りだ。この俺の国をよそ者に一秒だって好き勝手されたくはないのに。
(それでも20年待ったのだ。あと半年……何とでもなる)
それは確かに屈辱だ。しかし決して待てない時ではない。この生まれのせいでこれまでだって何度も苦汁をなめさせられてきたのだ。まもなくだ。それが報われるときが来る。それはあとたった半年。
あの女の身勝手な治世。半年もすれば必ず不満が魅了を上回る。この国が傾いた時こそ、俺は理由を手に入れる。あの女を退ける正統な理由。そして玉座をこの手に取り戻す理由。
そうだ。あの女が残虐で傲慢であればあるほど、愚民共は聞こえの言い言葉を信じる。俺はそれを期を逃さず語るだけでいい。武器の産地であるアルタニアは抑えた。あとは兵力……他の島から頭数さえ調達出来ればこの島一つ落とすなど造作もない。
(そう、そんな大事なときだというのに……)
俺は何故、あんな糞ガキ一匹に振り回されねばならんのか。いよいよ理解しがたい。だが、そんな糞ガキ一匹のために……失態を犯すことは出来ない。ここで捨て置くことで俺の覇道への道が閉ざされることがあってはならない。やはりあいつは捨て置けん!この手で殺しておく必要がある。
(飼い犬の不始末は……飼い主がということか)
身を隠さなければならないというこの時期に、日に二度も出かける羽目になろうとは。ヴァレスタが舌打ちと嘆息を繰り返すこと十数回。この通りを抜ければあの店の前。そんな時だった。
すぐ傍を通り過ぎる者。それが抱える荷物。目の端に映った赤。その色に振り返る。
その荷物を抱えた男は黒髪。純血だ。荷物はだらんと手足を垂らし、意識がないように……或いは命がないようにも見える。しかしそれならその男が何者であっても連れ帰る意味がない。おそらく前者。
(…………あの馬車は、確か……)
あれには見覚えがある。その馬車の所有者が誰かは知っている。それだけに……
(……これは、まずい)
あれをこのまま連れて行かれても困る。飛び出すことも出来ない……気付かれてはならないのだ。どちらも悪手。
万が一あれが口を割らず俺の死亡を貫き通したとしても、それも困る。この街を手中に収めようと出しゃばる者が現れる。あれが口を割ったなら、俺の正体が明るみに出てしまったなら、俺の破滅だ。
(くそっ……どうすれば、どうすればいい?)
ああ、一つだけ方法がある。思いついた。それでも……それはそれで屈辱だ。
殺人鬼Suitめ。死して尚、この俺を辱めるか。
公爵達(代理の影武者来てる奴もいそう)の掘り下げ。
ヴァレスタは最近なんですかねぇ……一種のツンデレに思えてきた(多分違う)