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【第一話】10:Odi et amo.

 どうせ誰も僕を知らない。僕は誰にも気付かれない。死ぬような無茶もした。だけどそれが僕自身の心が生み出した物では無いと知って、自暴自棄にもなった。どうにでもなれ、死んでしまって構わない。セネトレア第一島ゴールダーケン、東裏街。商人の巣窟で混血が幸せに生きるなど出来ないと知っていて……それでも僕は留まった。首輪をあいつに返した時から……僕を繋ぎ止める物はなくなった。

 罪を犯した僕は、消えてしまいたかったのだ。危険な思想に染められた姉さんと、犯した禁忌。神様なんて信じちゃいないけど、僕自身がそれを許せずに、あの日から僕は死んでしまいたかった。全ての元凶……憎むべきヴァレスタ。あいつの傍に居て、初めて僕は満たされた。あいつは最低の人間なのに、僕の胸に空いた穴をピタリと塞いでくれたのだ。

 だけどそれって、怖くないか? これまで何の繋がりもない。少し前に殺し合ったくらいの関係。そんな男にどうして安らぎを覚える? 言葉も態度も最悪で、僕を一人の人間としても扱わない。犬と呼び道具扱いし、傍に置く。それでも真っ直ぐ僕を見て、僕を必要だとその目が語る。

 本当に怖かったのは、この人から離れられなくなること。短い時間で僕を掌握してしまうのだから、もっと長く傍に居たなら僕はどうなってしまうのか。想像するだけで恐ろしい。多分、生きていけない。この人がいない場所でなんて生きられない。そうなる前に僕は、……死んでしまいたかった!


(何で、来るんだよ……ヴァレスタ!)


 エルムは恐れ戦いた。もう一度会ったら、その姿を見たら。僕が僕でなくなってしまう。今頬を伝うのが、嬉し涙か解らない。十数年、慣れ親しんできた僕が……あいつに殺されてしまった悲しみなのかも。


(あいつが、笑ってる……)


 数術なんてろくに扱えなくてもすぐ解る。お前の考えていること。そうだよな、最悪の嫌がらせだよ。二度と会いたくないお前が、僕の前に現れる。死にたがりの僕が、死の恐怖に脅えていたのだ。さぞかし滑稽だろう。お前は解ってるんだ、僕の未練が何なのか。だからそんなに勝ち誇っているんだろう? くっそむかつく。

 次々あふれ出す感情に、振り回されていく。ほんの僅かの喜怒哀楽、激しい怒りと絶望以外……何も知らなかった身に、いくつもの感情をもたらす唯一無二の存在。何て言えばいいんだ。解らない、そんなの。


(自分勝手で傲慢で……自分こそが絶対だなんてふざけた奴で…………だけど、僕を……死なせない)


 ヴァレスタは最低の男だ。それでも本人が自負するように……王となる男だ。お前は民を愛さないかもしれない。国が更なる発展を遂げても多くの民は逃げていく。お前の側を離れていく。お前の王国に、僕は生きていたい。どんなに寂しくても、お前が嫌がっても……僕をお前が拾ったのだから!


 *


 「セネトレアの、魔女……だと!? 魔女の犬め……貴様何処まで知っている!」


 暗殺請負組織を知らないルナールも、トーラさんの名は覚えがある様子。自身の名さえ当てられ焦っているのか。天下の情報屋に敵対するなら、どんな悪しき情報をバラまかれるか。身分ある男にとってそれは何よりの痛手。


 「混血は、本当に異民族同士からしか生まれないと思うか?」

 「うー?」

 「そ、その子を放せ! この外道!!」

 「貴様に言われたくはないな」


 ルナールが余計なことをしないよう、ヴァレスタはコーディリアを捕え、彼の首筋に刃を当てる。ヴァレスタが構えるのは短剣。殺人鬼SUITを騙るのだから、得物も似せる必要があった。しかし、いつから用意していたのだろうか? 人質の交換に応じる姿勢を見せるルナールは、エルムから離れ……部屋の壁まで後退をする。それを見届けヴァレスタも、コーディリアを解放。


 「こっちだ、クテイ! 早く此方に!」


 呼びかけられても解らずにいるコーディリア。ルナールは慌てて駆け寄り抱き締める。なんとも歪な関係に、エルムは怒りと悲しみを抱く。


(コーディさんは、あいつを殺したかったのに……もう、何も覚えていないんだ)


 大事な人を殺されて、あいつを殺しに来たのに。誰かの代用品と大事にされる。憎むべき仇に。何でお前がコーディに触れているんだ。大勢殺したくせに! 人間みたいな顔するなよ!! コーディリアが生きて居てよかったなんて……優しい顔を!


(僕の所為だ……殺さなきゃ、ルナールを)


 ヴァレスタにより自由になった片手を伸ばし、ルナールの背へ向ける。ヴァレスタが来てくれたから? 解らないけど、今度は上手く形になった。空気中の水の元素を凍らせて、それを刃に変えるんだ。


(……やめておけ。ここで奴と事を構えるのは得策ではない)

(え?)


 小声でヴァレスタに窘められる。あいつに掴まれた氷の刃は砕けて辺りへはじけ飛ぶ。手から流れ出した血を、治療しようと僕が言ってもあいつは聞かない。そうしてその血を得物に纏わせる。リフルさんの真似をしているのか。濡れ衣を着せるとなると、完璧に責任をなすりつけたいのか……少し浮かれているようにも見えた。性根が拗くれ曲がっている。


(でも……それじゃあ、コーディリアが)

(死にたいなら勝手にしろ。だが俺に迷惑は掛けるな)


 足の拘束具はそのままに、ヴァレスタが僕の傍を離れていく。両手は自由……自力でこの場を脱しろと? 本当にコーディリアが大事なら、数時間たらずの友情に生きるならそうしろと奴が言う。だけど同時に……こうも言う。


(俺に救われたいのなら、そこで大人しくしていろリゼカ)


 突き放す言葉の後に、聞こえた言葉は冷たいままだ。それでも僕の心に染みこんで行く甘い毒。いつもが酷い奴だから……ほんの少し優しい言葉を掛けられただけで、こんなにも胸を打つ。卑怯だ、狡い。いつも優しい、そうしてくれる人達に申し訳ないじゃないか。僕を気に掛けてくれたロイルさん、リィナさん……他の人よりもずっと、あいつの言葉だけが僕まで辿り着く。僕が作った壁をナイフのように削ぎ落とし、しっかり届く場所まで聞こえる。あいつの声だけが。

 無我夢中で頑張れば、もう一度数術を作れる。拘束具を壊すことだって出来るだろう。しかしあいつの言葉が甦り、集中力が乱されて……まともな式も紡げない。善人の振りをしても、お前なんかその程度なのだとあいつの背中に嗤われる。


(ヴァレスタは……あいつを逃がすつもりなのか?)

 「薬で記憶を奪わねば、人間一人傍に置けんか? 器が知れるというものよ」


 自分ならばどんな過去……諍いがあったとしても籠絡できるとヴァレスタは豪語する。エルムに視線を向けながら。


 「それとも償いのつもりか? 気付いているようには見えないが、心当たりはあったのだろう? 例外もあるが、タロックの女は気位が高い。何かの間違いなどあれば、自ら命を投げ出すだろう」

 「っ……!」

 「セネトレア人セネトレーは外見こそ純血の枠に括られているが、その血は混血に他ならない。如何に名家の姫を娶ろうと、相手の血が薄ければ……混血が生まれることもある。貴様が捨てた娘のようにな」

 「な、何を……馬鹿馬鹿しい!」

 「グメーノリアは自然が豊かだ。故にタロック、カーネフェルの山地のように数値異常が著しい」


 数値異常は動植物に起きる現象……かつてそんな話を耳にしたことをエルムは思い出す。酒場に住まう変態医がいつか話していた。主に動物は巨大化凶暴化、植物は成長速度の異変。自然の傍にそういった異変が起きているならば、人の多い場所より山間部の方が被害は多い。顔見知りの請負組織の人々も、そういった魔物退治では山の方までよく出向いていた。

 人に起きた変化は、男女の出生数が異なり生まれる純血と、必ず双子で生まれる混血。

 黒衣の仮面の暗殺者。彼は美しい銀髪で闇を酔わせる。あの人のような瞳の力はなくとも、ヴァレスタの言葉は力がある。


 「貴様が捨てた混血は、野山でそれを食らって生き延びた。外見のみが著しく成長し、知能は赤子のまま。第二島へ休暇に来た親子に救われて……貴様らに捕まった。後は貴様の方がよく知るところだろう。私の仲間が保護する前に、逃げ出した混血が数人居た。早く追わねば手遅れになる」

 「こ、この私に子など居らん!」

 「子のために心を入れ替えるならば見逃そうと思ったが、死にたいようだな。……俺は貴様のような無責任な人間を最も憎む。貴様の都合で生み出された者のことを考えたことがあるか!? 答えろっ!」


 先程までの演技はどこへ行ったのか、途端にヴァレスタの言葉は荒々しくなる。混血のために怒っているわけはないだろう。なら、何に?

 仕事で奴隷の教育もしているし、手を出した女の人も多そうだけど……一応は王を目指している男。跡継ぎ問題とか、王になる前から考えていて、その辺りは抜かりがないのか? 子供の話なんて聞かないし、そもそもヴァレスタ自身子供のような人だから、親なんて向かない。それでも今の言葉で初めて気付く。リィナさんの言うように、ヴァレスタも人間で……傷つくことや過去の傷はあるのだろうと。


(ヴァレスタは……)


 欲しいものがあって、それが手に入らない人。それは玉座だけではなくて……たぶんもっと、他の物。それが何なのか、まだわからないけど……輪郭には触れられる。

 王様になりたかった。純血として生まれたかった。混血として生まれた貴方はそれで多くを失ったんだ。僕という混血に哀れまれたところで貴方は嫌がるし、傷をなめ合うつもりはないと言うのだろう。どうして貴方が祝われたかったか解ったよ。貴方の本当を知って、祝ってくれる人は……いなかったんだ。


(ヴァレスタ……)

 「それ以上近付くな。近付けば……とっておきの薬を使う。この部屋にばらまけば抗体のないお前達はお終いだ!」


 得物を手にしたヴァレスタを、ルナールが静止する。此方に見せつけるはこれまた怪しげな薬瓶。


 「いいか、この薬は……」

 「やれっ!」


 ヴァレスタの命令に、ルナールは一瞬動きを止める。誰への言葉か解らずに、この状況で最悪の切り札を使えと煽る酔狂者に脅えたのだ。その言葉は……勿論ルナールへの物では無かった。


(クレプシドラ!)


 液体ならば、水の精霊が取り込める。クレプシドラは薬品の中に飛び込んで……薬も自らの身体へ変える。精霊が見えないルナールには、手が滑り落とした瓶が割れ……中身が宙に浮いているようにしか映らない!


 「ば、馬鹿な! 即時揮発性の毒薬が!?」


 床に染みこむべきはずの……薬が宙に浮かんでいる。液体のまま迫ってくる毒薬に、ルナールは青ざめる。これまで何人も混血を殺してきた男が、混血にここまで脅えたこともなかっただろう。


 「化け物めっ!」


 混血は殺さなければならない。自分たち純血が生き延びるために。そんな決意を感じさせる捨て台詞。それはヴァレスタの逆鱗でもあったのか? 繋がれた僕さえ震え上がる殺気が室内へ満ちる。直後、聞こえたのは音。剣戟ではない。何かが弾けるような音……。


 「……今ならまだ間に合うかもしれん。とっとと失せろ」


 ヴァレスタが手にしていたのは教会兵器!? 短剣を銃に改造した武器。撃ち込める弾は一発だけ。撃たれたのは……ルナールではない。


 「コーディリア!!」

 「しっかりしろ、クテイっ!!」


 青ざめたルナールは、コーディリアを抱えて逃げて行く。荷物があるのに逃げ足が速いし用意周到。憎々しげに此方を睨みながら、煙幕薬を投げ捨て姿を消した。室内には他にも逃げ道があったのだろう。煙がすっかり消えた後、ヴァレスタと僕だけが残される。嬉しいとかありがとうとか、言いたいことはあったのに……最初に僕が言ったのは、彼を責める言葉だった。


 「なんで、彼を撃ったんだ……?」

 「最も確実な手だった。それ以上でも以下でもない」

 「……半分、嘘だ。あんたもあいつ……殺したかったんだろ。でもあいつの身分が邪魔でそうできないから……あいつの心を壊したかったんだ」

 「推測で物を語るな。俺が責められる謂われはない」

 「あんたの街で暴れられたのそんなに気にくわなかったのか!? コーディリアは何も悪くないのに、傷付けることなかっただろ!?」

 「あの男はこの俺に断りもなく、俺の犬を勝手にバラそうとしたのだぞ!? あのくらい安いものではないか! だと言うのに貴様はなんだ! 礼の一つも言えん道具風情が! ふん、泣けば何でも解決すると思うなよ。女々しいガキめ」

 「ち、違う……!」


 慌てて僕は両眼を袖で拭った。混乱が涙になって止まらないのだ。だってヴァレスタの口からそんな言葉を聞くなんて。


(僕が殺されそうになったこと、そんなに怒ってくれたなんて)


 コーディリアには幾ら謝っても償いきれない。それでもヴァレスタの言葉が嬉しくて、僕は顔から火が出そうなくらいに恥ずかしい。僕の様子に自身の失言を知り、照れ隠しかヴァレスタに一発叩かれる。割と痛い。


 「何するんだよ!」

 「殴りやすい高さの背丈の奴が悪い」


 奴のあまりの言葉には、怒鳴りながらも泣きながら……僕は笑ってしまっていた。


 《あああああ! 良かったエルム!! 生きてる!!》

「ち、ちょっと、クレプシドラ……」


 僕がようやく動けるようになった頃、ルナールの追跡をしていた血水の精霊が帰還する。ヴァレスタの指示通り彼が店から去るのを見届け此方へ戻って来たようだ。


 《凄い血の匂いするからもう駄目かと思った……! 良かった……美味しい》


 どさくさに紛れて切られた部分の血を啜り始めた精霊は、掌サイズから人間サイズに姿を変える。僕はと言えば、意識が遠のく。血を啜られた場所から、毒が入り込んだのだ。ルナールの奴め、僕らを眠らせ無力化するつもりだったのか。


「使えない犬め」


 くそヴァレスタ……人が居なくなったからって、もうリフルさんらしい言葉も掛けてくれない。いつものヴァレスタ……冷たい男。僕は怪我してるし死にかけたし、もうちょっとの間だけでも優しくしてくれたって良いのに。文句を言い返したいけど、眠気で何も言い返せない。


「この俺にゴミを運ばせるなど、高く付くぞリゼカ。貴様には一生掛かっても返しきれない送料だ」

(どんなぼったくりだよ! くそっ)

「まったく……ゴミめ。良いか? そこの水虫のようなゴミはいても、この世には神も幽霊もいない! 貴様のようなゴミであろうと、ゴミが勝手に消えるのは怪奇現象だ。あってはならないことだ。主の許可なしに捨てられると思うなよゴミが」


 人をゴミゴミ宣うこの男、怒った風な口ぶりだけれど……口元が自慢げで嬉しそう。それ以降のあいつの表情は僕には解らない。背負われている内に、眠気にやられてしまったから。解るのは、衣服にまで染みこんだ茶葉の匂い。それから階段を上る振動……時折片手で敵を片付けていく剣の音。


(そうだ。明日は……あいつの)


 その葉の匂いはフィルツァーの奴の、だろうか。結局僕は何も用意が出来なかった。こんな騒ぎになれば金だって有耶無耶だろう。あいつの背中は温かいけど、肌は冷気に冷えていく。もう夜になっている?


「う゛ぁれすた……」

「今その名を出すな。聞かれた相手を殺す作業が出てくるだろう」


 貴方の誕生日なのに、僕だけが貰ってしまったプレゼント。心を満たすこの温度。確かに一生掛けても返しきれない。それでも少しずつ、貴方に返したいと思う。だから僕は……ううん、だから“俺”は。いつか本当に捨てられたって着いていくよ、何処までも。貴方に何と呼ばれても、貴方の傍ほど僕が人間らしく生きられる場所はないんだ。


「……おめでとう。ありがとう、……ヴァレスタ様」

「!?」


 痛い。驚いたヴァレスタに落とされたのだろう。どんな顔をしているか……見てやりたかったけど。もう駄目。眠い、眠すぎる。起きたらもう一回、ちゃんとお礼は言いたい。ヴァレスタは素直に何も言えない人だから……もう諦める。僕もそうしていたらいつまで経っても平行線だから。僕は、僕だけは……貴方に嘘を吐かない。本当の姿で、正直に言葉を心を伝えよう。

 回復数術で、心の傷は癒せないけど。貴方に傷があるのなら、僕はそれを癒したい。だからもっと見たい、もっと知りたい。貴方の……“本当”を。


 *


「ふふふ、兄さん嬉しそう」

「兄貴が嬉しそうでリィナが笑ってるのは珍しいな」

「そうね、本当にそう……エルム君のおかげよ」


 それでもやっぱり兄は最低だ。あの店にあった混血の亡骸は私達に回収させていたし、近々売払うつもりの金の亡者だ。


(でも、少しだけ……兄さん変わったわ)


 生きて居た混血は見逃した。西へ行くよう助けた私とロイルの事を咎めなかったくらいだもの。


「……でもあの子、残念だったわね」


 店で助けた純血のカーネフェル少年。あの店主は彼を助けるために今回の事件を起こしたようだけど……


「知ってるだろ? セネトレアに奇跡なんてないんだぜリィナ。強いか弱いか、そんだけだ」

「ええ、そうね」


 あの子は女の子だった。似た容姿の子をエサにされただけ。本物はもう、何処かに売払われたか死んだかでしょう。事実を知った店主は色々情報を暴露してくれたけれど、……相手が悪い。私達でもなかなか手が出せない相手……彼には尚更。いっそ殺してあげた方が彼も楽でしょうに、そういうのは捨て置くのだから兄さんも人が悪い。


「第二島か……兄貴の側に回ると思うか?」

「まさか! 兄さんに乗り込む勇気はないわよあの人ヘタレチキンだから」

「いつまで雑談で時間を殺すつもりだ愚妹に愚弟!」

「あらやだ、兄さんいたの?」


 私とロイルはgimmickのアジトに帰り着き、遅すぎる夕食を済ませていた。簡単な物しか作れなかったけど、兄さんが怒鳴り込んでくるまでは食事も美味しかった。


「その口縫いつけられたくなければ、今すぐ黙れ」

「それで、エルム君は?」

「ロイル、今すぐ太めの糸と針を持って来い」

「まぁまぁ兄貴。リィナはこれで黙るぜ。……ほら黙った」


 突然のキスに私は彼の目論見通りに言葉を無くす。


(ロイルの馬鹿ぁあああああ!!!)


 ムードもへったくれもない。だけど嬉しい! 好き!! これが後宮お抱え女ったらし人間の屑セネトレア王セネトレイアの血かっ! 他の子にやったら殺す!!


「あの店では結構頑張ってたけど可愛いところあるだろリィナも」

「この程度で照れるとは猫を被るのも大概にしろ。大体なんだ貴様らは。日が越えたというのに真っ先に祝いにも来ないしろくな貢ぎ物もないとは!!」

「えー? プレゼントならあげたし。俺が買ってきた武器良い感じだっただろ?」

「あんな物、奇襲以外に使えるか!」

「え? 聖十字の兵器横流しルート案内もあの箱入ってたろ? あれの大元何とかしねぇとやばくね? あれ他の奴らが貯め込んだら兄貴の計画消し飛ぶぜ?」

「でかしたロイル。愚妹は地下室を覚悟しておけ」


 大型犬を撫でるよう、兄さんがロイルの頭に触れている。何てこと……! 後で除菌しなければ、私のロイルが汚れてしまう! 念入りに頭を洗わせなければ。地下室? 望む所よ。埃沙ちゃんを洛叉さんグッズで釣って、空間転移密室殺人事件を繰り広げてやるわ!


「そう言うなって。ちゃんとリィナケーキ作ってくれてただろ」

「既に貴様が八割消費しているようだが? しかもなんだこのプレートは! “おかえりエルムくん♥”とは何事だ!! 祝われるべきはこの俺だろう!?」

 私の憎悪を感じ取り、ロイルがその場を濁す。粗暴に見えて繊細なギャップが彼のチャームポイントだ。でもそれを私以外は知らなくて良いし、他の人に知られて惚れられても困るわ。あ、兄さんはロイルの魅力知ってるからやはりいつかは始末したい。


(でも、命拾いしたわね兄さん)


 私が兄さん殺すのは、エルム君が死んだ後よ。精々エルム君を大事に長生きさせる事ね。


「何を笑っている愚妹!! 新たに俺のためにフルコースを作り直せ!」


 ほら、やっぱり兄さんって馬鹿。頭だけ良くても何も解っていない。私達がエルム君より先に祝ったら、あの子が可哀想じゃない。


「り、リィナのフルコース!? 兄貴、それは復讐完遂されちまうぞ」

「…………まともな食事を用意しておけ! 俺は寝る! 起きるまでにやっておかねば地下室送りだ覚えておけ!」


 *


「お、おはようございますヴァレスタ様」


 俺より先に目覚めていたあの子供。上手い言葉が見つからず、はにかみながらの挨拶一つ。殊勝な心がけだ。この所の態度に比べれば、多少の可愛げはある。

 目覚めの一杯、茶の用意をしてあると給仕をするが……温度は適温、味も確かに悪くない。これまで欠けていた物が、そこには含まれているようだ。この俺に尽くす喜びという物が。だが……!


「……不味い」

「う、嘘だ! 俺さっき味見したけど良い味だった!」

「主より先に手を付けたのか? この駄犬が!」

「しないと毒味しろって言うじゃないか!」

「ええい喧しい!」


 お前と傷をなめ合う趣味はない。そんなことが望みなら、西へと逃げ帰ればいいさ。けれどリゼカ、お前はそうしないのだろう?

 お前の首には、かつて与えた首輪が巻いてある。自分の意思で再びお前がそうしたのだ。


(全く、重い荷物だ)


 お前には、あの場を切り抜ける術があった。東の主の飼い犬であることを盾に、嘆願する手もあった。しかしあの場においてそれでもお前は……俺の秘密を口にはしなかった。このヴァレスタ様が生きていること、俺の正体……俺の名さえも。


(貴様は俺と何の繋がりもないというのに)


 弟でさえ、妹でさえこの俺を裏切った。それでもお前は俺を裏切らないのだな。ならばお前は使えるゴミだ。使える限り扱き使ってやる。嬉しいだろう? 道具は使われてこそ生き甲斐を感じるのだからな。

 首輪に繋いだ手綱と鎖。捕えられたのは俺の方なのかもしれない。全く、とんだ“贈り物”だ。


(なぁ、リゼカ。来年が怖いぞ?)


 一体この俺に何をくれるつもりなのだ? 今年を越える物など貴様にあるのか? 自然と綻ぶ唇を、隠すようティーカップに口付ける。


やっと1話目完結です。ぼちぼち様子見て書いて行きます。●年前から随分かかったけど、某氏の鶴の一声で終わらせられました! 星リクエストありがとうございます!


グライド出番あんまりなくてごめんなさい……つ、次の話辺りにたぶん主役やるかもしれません。

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