【第一話】9:Sic itur ad astra.
※たぶんグロ注意回
新しい瞳で涙を流す僕を見て、あの人はこう言った。
“意味のない事が好き。意味のない物が好き。それ以外は大嫌い”
姿の変わった僕を見てそれは嬉しそうに。この世の誰より美しく微笑んで。
「くくく、倶胝。其方はなかなか立派な武人よの。あの堅物男も其方ほど立派に勤めは果たせなかったことじゃろう。それは、倶盧舎の入れ知恵か? 妾に靡かん理由がよく分かったわ」
「……刹那、さま?」
「そこまでしてお前達二人は家を守りたかったのだな」
刹那姫は僕らを感心するように、或いは僅かな興味を持って呟いた。その瞳が僅かの間だけ……寂しげに見えた理由は解らない。
「妾には解らぬ。解らぬが、望んで籠に入る鳥ならば……多少の憐れみも感じよう。妾にはそれが出来ぬからな」
籠の鳥など御免と高貴な彼女は口にする。セネトレアに嫁いだお姫様は、ここで道具と収まるつもりはないらしい。
「しかし其方は妾の鳥となる気はないのであろう? 」
復讐を果たしに行けと、刹那姫は小さく笑う。姉の仇を討つのだろうと。僕は跡継ぎとしての役目を果たせない。姉さんももういない。僕らが守りたかった物はもうどこにもないのだ。だから……もう僕はそれ以外しか進む道が解らない。
「皆は刹那様を怖い人だと言いますが、俺はそうは思いません。ありがとうございました、“私”に自由を下さって……」
「其方は本当に愚かよのぅ。倶盧舎を死へ追いやったのはこの妾かもしれぬぞ?」
「姫様のせいではありません。悪いのは……あの男です。姉さんを本当に愛していたなら、自分の目でも抉ってしまえば良かったんだ」
「其方が言うと説得力があるのぅ、倶胝」
生まれ持ったタロックの深き赤眼を捨てて、新たに埋め込んだ瞳はカーネフェルの薄い青。カーネフェル人の女にしか見えない今の姿は、セネトレアでの行動を少しは容易とするだろう。危険は危険に違いないが、腕に覚えはある。奴隷商に追い回される危険がないだけ有り難いというものだ。
「終わりが見えるものは良いな。妾には見えぬ。……妾は、妾の復讐はいつになったら終わるのであろうな」
「え、ええと……刹那、様?」
「よいか倶胝。必ずその手で仕留めるのだぞ。他の誰かに先を越されてはならぬ。退路も要らぬ。そのようなことを考えるくらいなら、その場で相打ちになるくらいの覚悟で挑め」
復讐を遂げた後の生を思う。そんな心の隙を抱えたまま、復讐は果たせない。心中しに行く気持ちで行けと言う、刹那姫の深紅の瞳は真剣そのもの。
「憎む相手をその手で殺せなかった苦しみは……未来永劫其方を苛むぞ」
*
義弟に会ったことはなかった。実の身内とは関係も不仲。タロックという後ろ盾以外の意味でも、かつての俺はそう願っていた。義弟とは出来れば良好な関係を築きたい。人間らしい生活というか、ありきたりな愛とか幸せに憧れていたのだ。うちの家族は権力争いでろくでもない。一秒たりとも気の休まる時は無かった。俺に安らぎを教えてくれたのは……
「ルナール様」
「どうした、クローシャ」
愛した女がいた。セネトレア第二公の息子である俺には。
タロックから迎えた婚約者。彼女には弟が一人いたが、家を取り合うこともなく仲睦まじい姉弟だそうで、俺との婚姻が決まった時には彼から恨みがましい手紙が送られてきたものだ。
そのように義弟がいじける気持ちもよく分かる。彼女は素晴らしい女性であった。内面もさることながら外見もなかなかの物! 長き黒髪はセネトレアの者とは比べものにならない深き色。瞳の赤も紅玉のような美しさ。真純血、貴族の娘。彼女は浮かれる俺を見る度に、表情が暗くなったのを思い出す。
「式はひっそりとした物にして頂けませんか? 身内だけの挙式に」
「何故だ? お前の美しさを俺は見せびらかしたい。それこそがこの島での権力争いを有利に進める上で大事なことだ。兄には負けるわけにはいかない」
「解っております。ですが……せめて式は姫様より後に。姫様よりも質素な式でなければ困るのです」
「タロックの姫はそんなにも気難しいのか? クローシャ、君と姫は親交があったと聞くが」
「それは……私の料理の腕を姫様が買って下さったから」
「確かに君の作った菓子は美味だ」
「ふふ、嬉しいですルナール様。今日の分も、ご用意してありますわ。お茶と一緒に、さぁどうぞ此方へ」
残虐非道な姫も人間。食事も人の欲の一つ。クローシャの菓子を気に入り、刹那姫は彼女を殺すことを躊躇った。
「しかしそんなにか。君が菓子を届けなくなったら君の一族は殺されるのではないか?」
「作り方は弟に全て教えましたから。後は弟が何とかするでしょう」
「クテイを城に仕えさせたのか? それこそ危ないように思えるが」
「そこは問題ありません。姫様の色香にやられないよう、誠心誠意お仕え出来るよう覚悟を決めさせました。ですから家のため、私が頑張らなければならないのです。……ルナール様。式を挙げたら早速子を作りましょうね! 実家を継がせる分を考えると最低でも二人は欲しいですわ。虐殺令に触れないよう長男はタロックで、次男をこのグメーノリアの跡継ぎに……でも万が一のためにもう一人くらい。それに女の子も欲しいですわ」
「君は美しいのにそういう所は品がないな。子供を物のように語るのは良くないぞ」
妙な話だとは思った。その弟に会って理由が分かった。なるほどあれは、そういう事だったのか。クローシャの妙な物言いは、全ては刹那姫とクテイのためのことだった。
「大体何をそんなに不安がる? その姫様も早く祝言を挙げろと手紙を寄越していただろう? 本国から直接ここへ来ることは出来ないだろうが、早く祝いの品を贈りたいと大暴れしているそうじゃないか。あの刹那姫に対等な友人扱いされているなんて……光栄なことだ。君は素晴らしい人だクローシャ!」
「……貴方、約束して頂けますか? 絶対に、姫様には会わないって約束して下さい」
「なんだ、それは。俺が公爵となったらそういうこともあるかもしれない。お前は俺に、兄上に負けろと言うのか!?」
「違いますルナール様っ! 私は……もうあの方の口の中にある、菓子なのです。飴玉なのです! 今はゆっくり舐められている。あの方は、私を噛み砕くのを……今か今かと待ち侘びているっ! 私は私の家を守りたい! でも同じくらい……貴方と幸せになりたいと願っております! だから、ですから……」
「……クローシャ、君の家はタットワ程ではないが神事を司る家だそうだな。何か、見えたのか?」
彼女は元は巫女。一種の数術とも言えるであろう、奇妙な力を持っていた。ほんの少し先の未来が解る……その力を用い、刹那姫の悪意から生き延び続けて来たと言う。その彼女が言うのだ、ならば聞いた真実だ。
「俺が刹那姫に会えば、君への愛を忘れると? 馬鹿なことを言うな。君より美しい人など何処にも居ない! 外見なら仮にいたとして、俺は君自身を愛しているんだ。話を聞く限りそんな王女に惚れる要素は全くない! 俺を馬鹿にするなクローシャ! そこまで言うのなら会ってやろう! 式に呼べない無礼を謝罪してくる!」
「やめて、駄目ですルナール様っ!!」
そして俺は、あの人と出会ってしまった。俺は如何に愚かで小さな存在だったか思い知る。何故あんな女で満足していたのだろう。中身なんて関係ない。全てを覆す至上の美がそこにはあった。あの方に命じられたことならどんなことでも俺はしよう。それで、ほんの僅かでも……あの方が面白がって微笑んでくれたら。
「ほぅ、妾が好きだと? しかしのぅ、其方は倶盧舎の許嫁ではないか。浮気な男は好かんぞ」
「私は、貴女が口にしたという……あれが作った菓子を手に入れたかったのです! 貴女の美しい唇が、舌が触れた物と同じ物を味わいたい! 胃の中で腹の中で通じ合いたい! けれどそれでは満足出来なくなりました。もし許されるなら……私は貴女のその美しい唇に触れたいのです。あれの菓子のように」
「ふむ……なかなかに熱烈じゃな。その熱意に免じて、一つ試練を与えよう。あれの首か、あれとの子の首を妾に見せよ。その時は一晩其方と熱い夜を過ごそうではないか」
結局グメーノリアへと帰り、式も挙げずに全ての約束を反故にしあれに手を出した。あいつはずっと泣いていた。俺はそれも気にせず呆けたままに、生まれるのが混血であれば良いのに。そうすれば、不貞を働いた裏切り者めと殺す理由が出来るだろう。そんな最低なことを考えていた。泣いているクローシャは鬱陶しいことこの上ないが、僅かの情も感じていたから、手に掛けるのは心苦しい。適当な子供の首を持って行くことも考えた。しかし刹那姫は嘘を何より嫌うと聞く。俺はあの方を愛している、その心を伝えるためにやはり誠意は尽くしたい。
泣いてばかりいたあいつも、母になる覚悟を決めた頃には昔の笑顔を取り戻していた。子供さえ生まれれば、俺の心が自分に戻ると思っていたのか。馬鹿な女だ。先のことが解るなど、嘘だな。俺がこれから何をするかも解っていない大嘘吐きが。俺も嘘は嫌いだ。こいつは殺されても仕方がない。
「信じて、ルナール様っ! 私は、貴方を裏切ったことなど一度もありません!」
「黙れっ!」
もう、こいつに愛など残っていないと思った。逆上した自分自身に驚いた。生まれた子供を目の前に、刀を振るって癇癪を起こした。その時に、子供を庇おうとしたあの女を手に掛けた。すっと頭が冷えていく。俺はあの人の掌の上で、踊っていたのだ。
「何故だ、なぜだ……何故だっっ!!」
こんな物、見せられない。こんな赤子は見せられない。俺のプライドが許さない。持って行くのはクローシャの首だ。馬鹿は俺だ。挙式に呼べない非礼の侘びに、花嫁の首を送り付けることになるとは。刹那姫に会いになど行けなかった。あの人に触れてしまったら、本当に頭がおかしくなってしまう。俺はクローシャを愛していたはずなのに、その愛を証明しようと王女に会って……俺は全てを無くしてしまった。
長らく食べずにいた甘い菓子。それをようやく食べることが許される。同じ菓子が二つあるなら一つは不要。刹那姫は、クローシャを殺める機械を伺っていた。俺がそれを理解したのは……俺が彼女を殺めた日のことだ。
*
「くそっ……」
コーディリアは腕が立つ。それでも彼女は……彼は混血じゃない。体格差のある相手と真正面からやり合っての勝ち目はなく……結局僕はろくな援護も出来ぬまま、彼はルナールに取り押さえられてしまった。
「エルムっ! お前だけでも逃げろ!!」
彼が拘束具を付けられる間……僕はまだ自由があった。けれど、コーディリアの勇敢な言葉も足の震えを止めてくれない。彼はどうして平気なんだ? 周りにどんな亡骸が見えている? 同じ目に遭うのに。僕はどうして逃げられないんだ? 足の震えだけが理由? 此処に残れば僕もそうなるのに。
(僕は、あの女とは違う……!)
僕を庇う彼の言葉に、少し前の自分を重ね見たのだ。僕は姉さんを庇ったけど、姉さんが僕を助けてくれたこと何て……唯の一度もなかった。
「……その子を放せ」
クレプシドラが傍に居ない。数術もまだよく解らない。回復以外は何も。それでも片手を前へと突き出して何もない手を武器にする。僕は混血だ。丸腰でも戦える! 数術使いなんだから!
「義兄として教えてやる、クテイ。混血を庇う純血も、純血の敵だ。お前は誰の敵だ? 行く宛ても帰る場所もない我が弟よ」
「……」
「そいつをお前が殺めるんだ。そうすればお前は生かしてやる。お前が見たがっている物にも会わせてやろう」
「俺は…………お前の敵だ、ルナールっ!! そんな甘言には乗らんっ! どうせ貴様のことだ、あの子を生かしているわけがない! 姉さんをそうしたようにっ!」
僅かの迷いもない。この惨状を目の当たりにし、彼は確信したのだ。コーディリアから激しい憎悪を向けられた男は、僅かに落胆したよう息を吐く。
「信じることは美徳だぞ。お前は顔以外あれに似ていないのだな」
「お取り込み中失礼致します、我が君」
恭しく入室する男……それにエルムは見覚えがあった。彼は上を取り仕切ってい店主だ。男が数回手を叩くと、その合図を聞いて扉が開く。部屋の上にはもう一つの扉。上の階から落とされた数人の混血。僕たちも場所は違えどあのように落とされたのだろう。
「ルナール様、此方をご覧下さい」
「なんだ、もう集まったのか? 用意できるまで此処へは来るなと言ったはずだが」
「え、ええ……それが」
男の声は怯えか喜びか震えている。
「もう、この辺で勘弁して下さい。私は十分に働いたはずです! どうか私の子を返して下さい」
「……そうだな、よく働いてくれた。何人だったか? お前がこれまであれのために集めてくれた人数は」
「これで二十人です!」
気配を消したエルムを男は見逃さず、さっさと捕えて突き出すと、誇らしげにその数を語ってみせる。それでもルナールの声は冷たい。
「混血二十匹と、カーネフェリー男児一人が釣り合うかと思うか? 市場的にはそうだな、釣りが来る。俺があと十九人ほど用意しなければならない程だ。そうだ、普通の少年ならば」
「で、では!」
「だがお前の子は、こともあろうに混血を庇ったのだ。我が第二島で混血狩りを阻んだ。その瞬間から価値ある少年はゴミ屑と化した。混血と同じゴミにな! ゴミとゴミが幾ら合わさろうと結局はゴミ! どちらにも価値などない!」
「そ、そんな……」
「息子を返して欲しくばタロークの娘でも連れてくるが良い。買えないわけではなかろう? また騙されて男など買ってくるなよ。お前は本当に見る目がない。パーツを使った店員ばかりが増えるじゃないか。何、このゴミ共を解体して売り捌けば良いだけだ」
話を聞いたエルムはぞっとする。上の店にいた混血達は、偽者? 混血は髪を染めることは難しい毛質だが、純血がそうすることは可能。ここで始末した混血の目を組み込むことで、逃げられない奴隷を作る。商人の庇護下でなければ、混血の目を持つ者は悲惨な目に遭う。再び純血に戻るためには金が必要。だからここで働くしかない。混血の働く店……そんな噂を聞けば、逃げ込む場所として本物の混血が訪ねてくることもあるのか? この店は、混血を好む人間を誘い込む罠ではなかったのか。
「クテイ、お前にも教えてやろう。混血の数術は脳と瞳が大きく関わる。鶏を屠るのと同じ。まず首を切ってしまえば良い。混血は厄介なもので、時間を掛けると適応能力でその場を逃れる術を発現させる。故にじわじわとなぶり殺すというのが難しい。しかし我が第二島の叡智はそんな常識をも覆す」
「い、嫌! 放してっ…………うっ、…………ぅあ? うあぅ?」
ルナールに命じられた男は、縛られた混血達の口に怪しげな薬を流し込む。すると彼らは、言葉も忘れたかのよう……赤子のような言葉を発し始めた。
「“数値異常”の研究は素晴らしい。あの女は西の魔女と双璧を為す……いっそ東の魔女とも言えるだろうな。まぁ、その材料が眠る我が島が最も素晴らしいのだがな!」
「残念だよクテイ。頭の良いお前はそのまま傍に置きたかった」
「や、止めろっ!」
イメージするのは伸ばした手……そこから生じる氷の刃! しかし……何も起きない。こんな窮地に何も出来ない。クレプシドラが傍に居なければ、攻撃数術すら扱えない。見ていることしか出来ない自分にエルムは絶望を覚える。
ルナールに薬を与えられたコーディリアは、他の混血同様……「うー」とか「あー」とか……そんな言葉しか話せなくなる。複雑な数式を扱えないよう、頭の中身を新生児まで戻してしまう。痛覚を残したまま、混血狩りを安全に行うための……恐ろしい毒薬だ。
「コー……ディ?」
「うー?」
ほんの数時間の付き合いだ。それでもこんな僕に優しくしてくれた。助けようとしてくれた。頭を撫でてくれたんだ。
「解ったか混血。貴様がクテイをこんな惨めな姿にしたのだ」
「ち、違うっ!」
「お前さえいなければ、お前を庇おうとしなければこんなことにはならなかった」
「ちがうっ! お前がやったんだ!!」
責任転嫁とは浅ましい。そんな視線を向けられて、エルムは罪悪感に押し潰される。ルナールはどういう訳かコーディリアを殺すつもりがなかった。無力化するための最後の手段がこの薬……それでも薬を使うのは本当に最後の最後。自分がここにいなければ、他の形に落ち着いた? そんなはずがない! 彼は復讐に燃えていた。僕がここに居なくても……いや、それは言い訳だ。
(コーディは僕を庇って、最後の言葉を口にした)
本来言わなくても良い言葉を。ルナールを追い詰める言葉を。そうさせたのは……
薬を使うまでもない。そのゴミは回復しか使えないのだとルナールが僕をせせら笑う。解体装置に繋がれて、エルムは涙を流し続けていた。
「髪は伸びればまた美しい黒髪に戻ろう。しかし目はどうしたものか……」
檻の中へと目を向けて、ルナールは考え込んだ。コーディリアを元のタロック人へ戻そうと、彼に合う瞳を探すことに躍起になって。
「この色はいまいち。商品に回せ」
「は、はいっ!」
「うーむ。彩度が気に入らん。次の桶を寄越せ」
「はっ!」
無力化した混血達を、流れ作業で男がバラしていく。それを目にした者達も、次が自分の番とはもはや考えられない。理由なく身体を切り刻まれる激痛を、解っているのはその番が来た当人だけ。
装置は椅子形、机型とあり……犠牲者を固定する箱状の物。彼らはそれを棺桶と呼んでいた。箱には切れ込みがあり、鎖を引けばそのガイドに従って刃物が身体を切り落とす。腐りをゆっくり引いたり上げたり……そんな動かし方ならば、鋸のよう長時間苦しめることも可能。そんな風に解体すると、商品価値も下がるのだろう。エルムの涙が乾くより早く、牢は空っぽになり当たりは血の匂いが溢れかえった。
「これで最後か……薄い色だがまぁ良いだろう。どうせ人目に出せぬ姿だ」
ルナールはエルムに視線を移し、これで良いかと男に指示を出す。
「これは私が始末する。お前は上で出荷と仕入れに当たれ」
「は、……はい」
優しい言葉。騙された僕が馬鹿なんだ。ヴァレスタの言った通りで情けない。純血の家族を助けるために、利用された馬鹿な男。そんな男に利用された僕はもっと馬鹿だ。何処でも良いから居場所が欲しい。必要とされたい。リィナさんが、ロイルさんが迎えに来てくれたのに……捻くれて二人を拒んだ。本当は嬉しかったのに。そんな馬鹿な僕にはこの場所がお似合いなのだ。惨めに野垂れ死ぬ。コーディの過去と未来も奪ってしまった僕なんて……いなくなってしまえば良いんだ。
「……つまらないな」
「!」
一思いに殺してくれ。椅子に縛られ目を閉じていた僕は、肩へ走った激痛に目を開く!
奴は鎖を僅かに引いて、引き上げる。今度はもう少し長く引き、また手を放す。彼は僕を売り捌くのではなく、ゴミとして始末するつもりなのだ。
「その目がクテイの目となるのだ。第二公たるこの俺に逆らえばどうなるか、しかと思い知らせよう」
棺桶の蓋を開け、男はエルムを明るい場所へと引きずり出して……刃物がしっかり見えるように、今身体の何処を刻まれているのか解るよう要らぬ配慮を行った。
「どこから切り落とされたい? 畏れ多くもこのルナール様に向けた手からか? それとも我が弟を拐かしたその口か!?」
両手で引かれる二本の鎖。迫る刃は利き手と口元。血は流れてくれるけど、きっともう……あの子を呼ぶことは出来ない。クレプシドラへ謝りながら、エルムは恐怖に震え上がった。どうせ誰にも声は届かない。言葉なんて要らない。そう黙ってばかりいた。それでもこんな状況になると、不思議と惜しいと思い始める。言いたいこと、沢山あった。謝りたい人も沢山。リィナさん、ロイルさん……リフルさん、ディジット。それから……
(ヴァレスタ……)
あんたにだけは謝りたくなんかないけど、一回くらい言いたかった。おめでとう、くらい。だってあんたは凄く嫌な奴だから。きっと本当のお前を知ってる奴は誰もそんなこと言わないよ。フィルツァーは上っ面のあんたしか見ていない。あんたほど最低な奴は何処にも居ないから、誰もあんたを祝わない。でも、僕は……もう首輪がないから。そんな事をいう資格も無くて。あんたも僕の、居場所じゃない。
「お前の所為だ混血。全ては貴様等の所為だ! 貴様さえいなければ……っ」
「それは、誰のことだ?」
流れるような美しい銀髪。リフルさんが、SUITが生きて居た!? 貴方を見捨てた僕を、助けてくれるの? 喜びと罪の意識でまた涙があふれ出す。でもすぐに気付いた……あの人じゃない。
「な、何者だ!? 貴様も混血!?」
「我が名はSUIT。貴族・商人殺しと奴隷解放を生業とする暗殺請負組織だ。ここがどういう島か解らずやって来たのか? 私の島でこれ以上の勝手は西が許さない。セネトレアの魔女を敵に回す気があるかルナール!」
喋ると口に刃が入りそうで何も言えない。リフルさんはあんなに長身ではないし、黒尽くめでも衣装が違う。
(ヴァレスタ……)
来てくれた、首輪もない僕を迎えに。何故だろう、今度の涙は温かいんだ。頬に触れた場所から温もりを感じ、溢れて消えてしまうのが肌寒く思えるくらい。今の貴方を見たままずっと泣いていたいと思う程。
生きて居ること、城に気付かれてはならないのに。あんたが混血だってこと、一番大事な秘密なのに……! 天敵のリフルさんの振りをするなんて屈辱だろうに。プライドの生き物のあの男が……こんな僕のためにそこまでしてくれた。別に今日は僕の誕生日でもないのに、僕だけ嬉しい。今の気持ちは、幾ら時間を掛けても返しきれない。簡単に言うなら、傍に居たいと思った。帰りたいと思った。貴方の居る場所に!
コーディちゃんごめん。 リクエスト頂いて久々に更新しました。gimmickメンバー書いたの●年ぶりで楽しい。本編では色々なってしまった彼らの日常を、少しずつ明かしていきたいです。




