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大衆演劇台本

纏 勇み肌

作者: 嵯峨野鷹也(原案:土゛井泰士)

泰介:火消し。纏持ち。と組16人の頭。

美夜:火消しに助けられたことがある娘。荘十に救われたと思い込んでいる。

荘十:わ組の頭。泰介とは仲が悪い。


新八:と組の火消し(わ組の誰かと二役可)。真面目そうでアバウト。

良吉:と組の火消し(わ組の誰かと二役可)。やや年少。

蓑吉:と組の火消し(わ組の誰かと二役可)。要領がいい。唄を歌える。

市松:と組の火消し(わ組の誰かと二役可)。短気。


そのほか、と組の火消したち:(いなくても可)


杉作:わ組の火消し。と組シンパ。

勘太:わ組の火消し(と組の誰かと二役可)。喧嘩っ早い。

棒六:わ組の火消し(と組の誰かと二役可)。短絡。

兵十:わ組の火消し(と組の誰かと二役可)。


そのほか、わ組火消したち:(いなくても可)


妙:うなぎ屋の姉御

光:長屋の娘


嵐寛之介:浪人者。愛刀は同田貫(どうだぬき)関兼重(せきのかねしげ)(ただしニセモノ)、流儀は示現流(ただし大ウソ)。



源内:学者で、泰介の友人。




*火消しを二役にする場合、衣装などに工夫してで大きく違う印象にする必要があるでしょう。



◆ 序幕 小さな火事


   半鐘の乱打。


   火事場に倒れている美夜。

   防火布で顔を包んで飛び込んでくる火消したち(と組)。

   早速、打ちこわし作業に入るが、美夜に気がつく。

   泰介、美夜の息を確かめると、と組に指で指示を出し、美夜を背負って走って

   行く。


   暗転。



◆ 第1場 源内宅

   平賀源内が、箱のようなものをいじっている(吹き出し口の無い竜吐水)。

   泰介が入ってくる。

泰介「おお寒っ。こんちは源内先生。」

源内「おお~、泰介君か。」

泰介「この前もらった布、火事場で役に立ちましたぜ。しかし燃えねえ布なんて本当に

 あるもんなんだなあ。」

源内「石綿な。あれは『火ねずみの皮ごろも』と言ってな…いや、細かい話はどうで

 もいいが、とにかく役に立ってよかった。」

泰介「最初はおっかなびっくりだったけれど、燃えない半被を着てると思うとみんな

 やたらと勇敢になりやしてね。」

源内「そうだろ、そうだろ。でも石綿は熱までは防げないからな、火傷には気を付けろ

 よ。」

泰介「それはもう。しかし、源内先生はワケのわかんないものをいろいろ作るけど、た

 まには役に立つんだなあって、みんな驚いてらあ。」

源内「たまには、はないだろ、いつもだろうが!」

   両者、笑い。

泰介「ところで、今度は何をこしらえてるんで?」

源内「火事が起きたとき、泰介君たちは周りの家を叩き壊して火が広がるのを防ぐだろ」

泰介「それが火消しの役目だからね。」

源内「だが水をかけて火を消せれば、他の家を壊さないでも済む。」

泰介「うーん…でも、屋根まで水を汲み上げてる暇はなかなかねえからなあ。」

源内「それだよ! 屋根まで水を飛ばせれば、家を壊さなくても火は消せる。」

泰介「たしかにそうだけど…どうやって飛ばすんだい。」

源内「この箱が完成すればそれができるんだよ。オランダの書物にあった、ポムプと

 いう物を大きく作ってみたんだ。」

泰介「ほんとかい? ちょっとやってみせてくれ」

源内「まだ未完成なんだが…じゃあやってみようか。」

   源内、竜吐水の取っ手を勢いよく押す。

   と、あたりかまわず飛び散る水飛沫。

泰介「(頭から水をかぶり)ぶえっ…なんだこりゃあ?」

源内「すまん、すまん。まだ実験中でな。」

泰介「(手ぬぐいで顔をふきながら)びしょ濡れだぜ。この冬の寒空に。源内先生~、

 しっかりしてくれよ。」

源内「すまん、すまん。なかなか上手く水が飛ばんのだ。何かいい考えが無いか?」

泰介「そうだな…たとえばこんな仕組みはどうでえ?(指差して説明するふり)」

源内「うーん、上手く行くかなあ…」

   ふたりでいろいろいじっている。


   暗転。



◆ 第2場 うなぎ屋

   妙と美夜、光が働いている。そこへと組の面々が入ってくる。

泰介「ごめんよっ」

妙「あら~、泰介さんに新八さん、いらっしや~い!」

   席につく二人。

新八「おや? あたらしいコが入ったのかい、お妙ねえさん?」

美夜「はい。美夜といいます。どうぞよろしく…」

   美夜をじーっと見ている泰介。

泰介「お美夜ちゃん、あんた、どこかで会ったことが…」

美夜「うふふっ、その手はくいませんよ。」

   お美夜、愛想よく笑うと、お盆を持って去る。

妙「お美夜は働き者で助かるよ。この前の火事で家族を無くしたらしいんだけど、うち

 で引き取ることになってね。」

新八「この前の火事って、もしかして三軒町の先の長屋の…?」

光「あら、ご存知?」

新八「ご存知も寛永寺もねえや、俺たちが出張った火事じゃねえか。」

泰介「じゃ、あのコはあの時の…」

新八「兄貴!」

泰介「元気になったみてえだな。よかった、よかった!」

新八「しかし、三軒町のは、あんまり大きな火事にならなくてよかったな。」

良吉「と組が一番乗りしたからさ。」

蓑吉「そうよ、良吉。なんせと組は、お頭がいいからな!」

   一同爆笑。

   荘十が入ってくる。

泰介「おう、わ組の荘十…おめえさんも昼飯か」

   不愉快そうな荘十。

市松「悪いな、昼飯もと組が一番乗りだ。」

   笑い合うと組の面々。

   泰介は皆の笑いを止めようとする。

荘十「…いい気になるなよ!」

一同「なに!?」

   いきりたつと組の面々。

   それを制する泰介。

泰介「まあまあ…どこが一番乗りするかは、巡り合わせだ。と組が一番だろうがわ組が

 一番だろうが、火事じゃ火を消すこと、飯ゃあ美味しくいただくことが大事じゃね

 えか。なあ、わ組の。」

荘十「…ふん。」

   荘十、クサるが席につく。

   美夜、お盆を手に出てきて

美夜「(喜)あっ、荘十さん、いらっしゃい!」

荘十「おう、お銚子とうなぎ、頼むぜ。」

美夜「待っててね。すぐ作ってくるから。」

   と組のところに乱暴に丼を置くと、急いで調理場へひっこむ。

新八「なんでえなんでえ、こっちとえらく態度が違うじゃねえか。」

妙「ははは、それはしょうがないよ。わ組の荘十さんはお美夜の命の恩人だからねえ。」

泰介「命の恩人?」

   荘十、居心地悪そうに煙管に火をつける。

妙「火事場からあのコを背負って、お医者まで行ってくれた、覆面の火消しがいたんだ。

 それがどうも荘十さんらしいんだよ。」

新八「ちょっと待ってくれ! その話は…」

泰介「おう、新八やめろ。」

   そのとき

美夜の声「妙ねえさん、ちょっとお願いします!」

妙「はーい!」

   妙、調理場へ引き上げていく。

新八「(ひそひそ話)どうしてです、兄貴?」

泰介「(ひそひそ話)手柄の取りっこなんかやめようぜ、みっともねえ。」

新八「(ひそひそ話)だって…」

泰介「(ひそひそ話)本当は俺たちが助けたんだって言ったところでて、なにか証しでも

 あるのかよ?」

新八「(ひそひそ話)無えけど…」

泰介「(ひそひそ話)じゃあ言ってもしょうがねえ。お美夜ちゃんが元気になっただけで

 も善しとしとこううや。」

   納得は出来ないが、諦めた感じの新八。

   話が終ったのを見て

荘十「おう、泰介。と組じゃ『火ねずみの皮衣』ってのを使ってるらしいな。」

   ちょうど鰻を盆に乗せて出てくる美夜。

美夜「なんです、その『火ねずみの皮衣』って?」

泰介「石綿と言って…いや、詳しい話はおいらも知らねえけどよ、火に燃えない布なん

 だ。それで半被を作ったってわけだ。」

美夜「火に燃えない布? そんなものが本当にあるの?」

泰介「本当も何も、現に三軒町の先の長屋の火事のときに……あ!」

   悲劇を思い出し、泣きそうになって走り去る美夜。

荘十「そんなもの使って一番乗りの手柄を立てやがるんだからな、と組は。汚え奴ら

 だ。」

新八「なんだと! 言わせておけば…」

泰介「(新八を止めて)一人占めする気はねえよ。わ組でも石綿の半被を使いたいなら言っ

 てくれ。なんとか都合してもらうから。」

荘十「…けっ! (かっこむ) 」

泰介「おめえら、食い終わったな?」

と組の面々「へい。」

泰介「じゃあ行くぞ。」

   泰介、銭を置く。

と組の面々「兄貴、ごっつぁんです!」

   と組の一同、出ていく。

   一人で食ってる荘十。

   少し考えてから、

荘十「お妙ねえさん、もうすぐわ組の若い衆たちが来るから、今のうちに焼いといても

 らえねえか? 来たらすぐ食えるようにさ。」

妙「おや? 本当かい。おかげ様で、今日は繁盛だよ。」

   妙、調理場に引っ込っこむ。

   一人でお銚子を傾けてる荘十。

荘十「ちきしょう…いっつもいっつも、と組に一番乗りされちまう。泰介の奴、いちど

 ぎゃふんといわせてやりてえが…」

   しばらくすると、わ組の面々が集まってくる。

棒六「荘十の旦那、遅くなりやして。」

荘十「おう、来たか。まあ座れ。」

棒六「いまそこで、と組の連中とすれ違いやして…」

兵十「奴ら肩で風きって行きやがるから、嫌味の一つも言ってやったんですがね。」

荘十「なんだ、喧嘩になったのか?」

兵十「いやそれが、泰介の奴が連中をなだめたもんで喧嘩にならなかったんで。」

杉作「喧嘩の空回りってやつですね。」

   以下、密談風。

荘十「てめえら…火事場でも町中でも、そうやっていっつもいっつもと組の連中にして

 やられてて、くやしくねえのか!」

勘太「くやしいに決まってらあ!」

棒六「なんでいつも、こう遅れをとるんでしょうね。なんかワケがあるはずだ。」

杉作「それは、お頭が違…」

   あわてて杉作を黙らせる面々。

兵十「まずは、道具だな。と組の連中はいつも新しい道具を使いやがる。」

荘十「『火ねずみの皮衣』ってやつもそうだ。あれがあれば、着物に火が移らねえ。」

棒六「兄貴、その『火ねずみの皮衣』っての、俺達の手に入らないんですかい?」

勘太「兄貴に、頭下げさせる気かよ?」

杉作「でもこの際、それが一番いいんじゃ…」

   あわてて杉作を黙らせる面々。

棒六「だいたい、なんであいつらはいつも新しい道具を手に入れるんでしょうね。」

杉作「おいら知ってるよ。源内先生が作ってるんだ。」

荘十「源内先生?」

杉作「平賀源内っていう学者の先生さ。今度は屋根まで水を飛ばすポムプつていう箱を

 作ってるって話だぜ。」

勘太「まずいですぜ! そんなもんができたら、またと組に先乗りされちまう!」

荘十「そんなものが出来る前になんとかしないといけないな。」

杉作「別に、おいらたちもそれを使わせてもらえばいいんじゃないかな…」

   あわてて杉作を黙らせる面々。

荘十「よし。今夜、その平賀源内って先生のところに忍び込んで、その水を飛ばす箱を

 ぶっ壊すぞ。」

   密談ここまで。

一同「合点でさあ!」

   妙、鰻を載せた盆を持って出てくる。

妙「あら、威勢がいていねえ。みなさんお揃いで。」

荘十「よし、前祝いだ。じゃんじゃん呑め!」

一同「よーし!」

   がんがん呑み始める一同。

   杉作だけ、浮かない顔。


   暗転。


◆ 第3場 夜の通り/番小屋(半々)

   夜の通り。

   犬の遠吠え。

   わ組の連中が忍び足で道を急ぐ。

   しかし、酔っ払ってる奴も。

   そこへ、すれ違うようにやってきた

   浪人者(嵐寛之介)。

   わ組の誰かがその鞘に当たってしまう。

寛之介「待てい、町人!」

   立ち止まるわ組。

荘十「…なんでしょう、お武家様?」

寛之介「貴様ら、鞘当てして黙って行こうとするとは無礼千万。」

荘十「申し訳ありやせん、急いでいたもので」

寛之介「ええい、言い訳すなっ! 武士を愚弄しおって。そこになおれ、わが胴田貫・

 関兼重の、血祭りに、挙げてくれるわ!」

   おどろいて土下座するわ組の面々。

一同「お許しを」「どうかお許しを」

寛之介「やかましい! さあ誰から斬られたい!?(刀を抜く)」

   そのとき、鳶口を手に走るようにあらわれた泰介。

   状況を見てびっくりするが、気を取り直し

泰介「お武家様、何があったが知りやせんが、この場はどうかお納めくださいません

 か。」

寛之介「なんじゃ、おのれは。」

泰介「火消しと組の頭、泰介と申すケチな野郎でございます。この連中は、同じ火消し

 のわ組の面々。どうかおいらの顔に免じて、この場はお腰の物をお納めください。」

寛之介「ならんならん、たって邪魔するなら貴様から斬ってやる!」

泰介「どうしてもお斬りになると言われますんで?」

寛之介「くどい!」

泰介「では…聞くところによると、返り討ちもまたお武家のならいとか。及ばずながら

 と組の泰介、お手向かいさせていただきます。(立ち上がって鳶口を構える。)」

   驚く一同。

寛之介「手、手向かいいたすと申したか!」

泰介「申しました。」

寛之介「手向かいいたすと、胴田貫・関兼重が物を言うぞ!?」

泰介「どうぞお言わせなさい。」

寛之介「拙者、強いぞ?」

泰介「それは楽しみで。」

寛之介「本当にやる気か?」

泰介「やる気でござんす。…いざ!」

   一同が見守る中、寛之介、覚悟を決めて上段の構え。

寛之介「おりやーーーーっ! とりゃーーーーっ! てやーーーーっ!」

   だが、泰介に気迫負けして後じさってしまう。

   寛之介、大仰な身振りで刀を納め

寛之介「い、いい度胸だ、と組の泰介とやら。世間では仲裁は時の氏神と申す。そちの

 度胸に免じて、仲裁を受け入れようではないか。」

   泰介も鳶口を引き深々と

泰介「ありがとうござんす。」

寛之介「い、以後、このようなことの無いようにな!」

   寛之介、逃げるように立ち去る。

泰介「だいじょぶかい、わ組の?」

荘十「けっ、余計なことしやがって。」

勘太「そうだそうだ! だいたい、あんな腰の引けたお侍があるもんか、おめえが来な

 くても、うちの兄貴だって勝ってらあ!」

泰介「まあまあ…これも何かの巡り合わせだ。ところで、今夜はなんだい、みんな揃っ

 て。火の用心の夜廻りかい?」

荘十「ま、まあそんなとこだ。」

泰介「そいつはご苦労さんだ。それじゃあ、と組のやつらもさっそく廻らせるよ。」

荘十「いやいや、それには及ばん。俺達ももう帰るところなんだ。」

泰介「そうか。じゃ、気をつけてな。」

荘十「おう、おめえら。帰るぞ!」

   ぞろぞろと帰って行くわ組。

   ひとり残った泰介。

   そこへこそこそと出てきた杉作。

泰介「なんでえ、お前が言うから心配して来てみたけど、ありゃ夜廻りだってよ。」

杉作「いえ、違いますよ…嘘をついてるんです。源内先生のところへ殴り込むつもり

 だっんですよ。」

泰介「そうなのか? たしかに、ちょっと何かを隠してるような感じではあったけどな

 あ。」

杉作「その気でも、正直に言ったりはしませんからね。」

泰介「まあどっちにしろ,おめえが知らせてくれたおかげで、騒ぎが大きくならずにす

 んだ。よかったぜ。」

杉作「へへへ…」

泰介「でもよ。おめえ、わ組の人間なら、こんな真似はもうするなよ?」

杉作「はい?」

泰介「おめえがと組のやつならこいつは大手柄だけどな、残念ながおめえはわ組の若え

 衆だ。おめえはおめえの兄貴を裏切ったんだ。こいつぁ仁義にはずれてる。」

   黙り込んでしまう杉作。

泰介「なぁに、おいら、誰にも言わねえよ。だからおめえも、こんなことはもうするな。

 な?」

杉作「…はい。」

泰介「聞き分けのいい奴は好きだぜ。今日は知らせてくれて助かったよ、ありがとな。

 (小銭を渡し)少ねえけど、おいらの感謝の気持ちだ。これで何かあったかいもんでも

 食って帰ってくれ。じゃあばよ。」

   泰介、杉作の肩を叩いて足早に退場。

   杉作、反対側にとぼとぼ退場。


   一度暗転するが、そのままの場で

   継続。


   新八と市松が拍子木を手に登場。

市松「火の用心~さっしゃーい!」

新八「火の用心~火の周り~…(拍子木を鳴らす)」

市松「しかしよ、新八。兄貴もつまんねえことさせるな。この寒空に交替で見廻りとは

 よ。」

新八「ぼやくねえ、ぼやくねえ。わ組がやってたから、こっちもやるんだとよ。」

市松「何も、真似しなくてもいいのに。変なとこで糞真面目なんだよなあ、兄貴は。」

新八「番小屋までの辛抱だ。交替まで我慢しろよ。え~、火の用心~火の周り~」


   番小屋へ戻ってくる。

   良吉と蓑吉が火鉢を囲んでる。

   中央の火鉢に鉄瓶。

新八「帰ったぜ。」

市松「おお、寒っ!」

蓑吉「ああ、ちょうど次の組が出たところだよ。」

市松「寒くてやってらんねえや。そこのお茶をくれ、お茶。」

蓑吉「お茶? どの?」

市松「わかんねえ野郎だなあ、てめえの前に鉄瓶があるだろ。それだよ。」

蓑吉「ああ、これかい。(湯飲みに注いで) ほら。」

市松「(一口呑んで驚いて)…これ、お茶か?」

蓑吉「『おちゃけ』だ。」

市松「『おちゃけ』…こりゃけっこうな(大喜び)。体があったまるぜえ! もう一杯

 くれ。」

新八「おいおい…いいのかよ、見廻りの最中に酒なんかやっちまって!」

蓑吉「まあまあ…酔っ払って騒ごうってんじゃねえ、体を暖っためるだけだよ。」

新八「やかましい! おまえらなあ、見廻りを何だと、見廻りを何だと…(でも我慢で

 きず)俺っちにも一杯くれ。」

   湯飲みに注いで渡す。

蓑吉「つまみもあるぞ。」

市松「やっほう!」

   4人で酒盛りが始まってしまう。

   だんだん酔っ払ってくる四人。

新八「う~い、いい気分だ。蓑吉蓑吉、何かやってくれ。」

蓑吉「何かってなんだよ。」

新八「唄とか踊りとか都都逸とか、なんかあるだろう。」

蓑吉「唄かあ? よーし…」

   酔っ払って高歌放吟。(民謡など。唄ができない場合、一発芸など何でもいいで

   す。)

   やんややんやと盛り上がる一同。


   そこへ、夜道をやってくる泰介。

   番小屋の障子に手をかけ。

泰介「おう、おめえら! ちゃんとやってるか?」


   あわててつまみや湯飲みを隠す4人。

   が、鉄瓶は間に合わない。

   泰介が入ってくる。

蓑吉「へい、兄貴。二人ひと組で、交替で見廻ってまさあ。」

泰介「そうかい…。ところでよ、何か匂わねえかい?」

蓑吉「匂う? 何でござんしょ…(焦)」

泰介「その鉄瓶から何やら匂いが…」

   慌てる一同。

蓑吉「そっ、その鉄瓶は、…その、えーと、そうだ! あのですね、良吉が風邪ひいて

 んで、薬を煎じてたんでさあ。」

泰介「風邪薬か。そいつあちょうどいいや、俺っちもここんところ風邪気味でな。その

 煎じ薬、ちょっくら分けてくれ。」

蓑吉「い、いや、これは…!」

   慌てる一同。

泰介「何だよ、煎じ薬くらいで…」

蓑吉「(独白)し、しかた無い…。(泰介に)それじゃ。」

   鉄瓶の中身を湯飲みに注いで、泰介に渡す。

   泰介、湯飲みの匂いを嗅ぎ、少し戸惑ってから呑み込む。

   固唾を飲んで見守る一同。

   泰介、飲み干す。

泰介「…煎じ薬か。」

蓑吉「煎じ薬です。」

泰介「…結構な煎じ薬じゃねえか。もう一杯くれるかい?」

   泰介の笑顔にホッとする一同。

蓑吉「へい。お待ちを…とっとっとっと。」

   鉄瓶から湯飲みに酒を注ぐ。

   美味そうに平らげる泰介。

泰介「かけつけ三杯って言うからな。もう一杯だけいただいてから行こう。」

蓑吉「へい。(注いで)…あっ、終っちまった。」

   残念そうな一同。

   美味そうに飲み干す泰介。

泰介「ああ、いい薬だ。体が暖まるぜ。」

蓑吉「さようで。」

泰介「さあ、そろそろ帰るか…見廻りの当番、よろしく頼んだぜ。」

蓑吉「へい、お帰りはこちらで。」

   泰介、出て行こうとするが後ろを振り返り

泰介「…明日は夜明け前から、河原端で火消しの特別稽古をする。必ず来いよ。」

   驚く一同。

蓑吉「あのっ…朝から稽古ですか? せめて、夜の見廻り当番の者は除いてもらえませ

 んかね?」

泰介「バカヤロウ! 夜の見廻りの最中に酒なんか呑んだてめえらに、罰のための稽古

 なんだよ! 同罪のおいらも付き合うんだから、遅れんじゃねえぞ!」

   音立てて障子を閉め、去っていく泰介。

   一呼吸遅れて四人、悲鳴を挙げ残心、斬られたかのように倒れる(チューリップ)。


   暗転


◆ 第4場 うなぎ屋

   セミの声。

   妙が膳を拭いてる。

   源内がいる。

   泰介と良吉が登場。

妙「あらいらっしゃい…」

源内「おお、泰介くん。」

泰介「こんちは。すっかり暑くなったねえ。(と言いつつきょろきょろ)」

源内「もう夏の盛りだものなあ」

泰介「まったくでさあ。ついこの間まで冬だったのに。(と言いつつきょろきょろ)」

源内「平安のころの古い歌にも『夏やせにむなぎ(鰻)召しませ』というのがあったというが、夏はこれに限るね。」

泰介「まあ、夏にかぎらず・・・」

妙「この冬からほとんど毎日、ありがとうさまです。」

泰介「(ごまかすように)え、そ、そうだったかい?」

良吉「通いもするわさ。兄貴はね、お美夜ちゃんが…」

泰介「バカッ、余計なこと言うない。じゃ、二人前、頼むよ。」

   そこへ入ってくる荘十と杉作。

荘十「よう。」

妙「いらっしゃーい…こちらさんもここんと 毎日ね。」

泰介「よう、わ組の。」

   荘十、つまらなそうに鼻を鳴らす。

源内「荘十さん、だったね。泰介君に頼まれて、背中にわの字を書いた石綿の半被を届

 けた筈だけど、行ってますか?」

荘十「届いきやした。ありがとうござんす。」

源内「いやいや、礼は泰介君に。」

荘十「(不愉快そうに)世話をかけた。」

   そんな会話をしてる間にもお妙がお銚子を持ってきて、一同、呑み始める。

   しばらくして

荘十「今日は、お美夜は?」

   ぴくっと反応する泰介。

妙「いつもよく働いてくれるからね。今日は休みをあげて、長屋の娘さんたちと芝居

 見物に行ってるよ。」

   とたんにつまらなそうな顔になる荘十

   と泰介。

源内「商売繁盛でよろしいことですな、お妙ねえさん。」

妙「ところがそうでもないんですよ。いつも来てくれるのは、町火消しのみなさんだけ

 でねえ。儲かってるからじゃなくて、暇だから、休みをあげたのさ。」

源内「そんなことはないだろう。この数年、鰻の値段も下がってるだろうに。」

妙「どうしたもんかねえ、前みたいにはお客さんは多くありませんよ。鰻も、昔と違っ

 ていくらでも食べられる時代だから、そろそろ飽きられたんでしょうかねえ。」

源内「ふむ…」

妙「源内先生、何か繁盛するいい智恵がありませんか?」

   源内、しばらく考えていたが

源内「太筆を貸しなさい。あと、大きな紙を3枚。」

妙「太筆と、紙ですか? ちょいとお待ちを。

 (ソデに引っ込んで持ってくる)これでよ

 ろしうござんすか?」

   源内、卓の上に紙を広げる。

源内「今日は(いのしし)の日だったな」

妙「左様ですが。」

   源内、紙に何かを書きつけ始める。

   何事かと覗き込む一同。

   書き上げた紙には、それぞれ

   「あさって 土用丑の日」

   「明日 土用丑の日」

   「本日 土用丑の日」

泰介「源内先生、こりゃ一体、何でえ?」

源内「今日、明日、明後日と、この紙を看板の横に貼っときなさい。」

良吉「丑の日だと何かあるんで?」

源内「まあまあ、騙されたと思って。」

妙「こんなもので本当にお客さんが来るんですか?」

源内「たぶん来るよ。それじゃ、ごちそうさん。」

   源内、出ていく。

杉作「あれで、本当にお客さんが来るんでしょうか?」

荘十「来るわけねえだろ。」

泰介「俺は源内先生を信じるけどな。」

荘十「面白え。賭けるか?」

泰介「おっ、いいねえ。じゃあ、明後日、この店が繁盛したら、と組の若い連中みんな

 に鰻を御馳走してもらおうか。今日と変わらなかったら、わ組の連中においらがおご

 るぜ。」

良吉「兄貴、そんな約束して大丈夫かい!」

泰介「でえじょぶだ。」

荘十「よし、その勝負乗った。じゃ、先に行くぞ。」

   荘十と杉作が、食い終わり勘定を置いて

   出て行こうとしたとき、美夜と光が。

美夜「ただいまあ」

妙「おや、おかえり。楽しんできたかい?」

光「ありがとう、妙ねえさん」

妙「たまにはいいさ。」

   そのとたん、

市松の声「やるか、てめえ、こら!」

勘太の声「度胸があるならかかってこいや!」

   喧嘩。掴み合ったまま転がり出てくる二人。

   美夜と光の悲鳴。

   泰介、あわてて二人をムリヤリ引き離す。

泰介「待て待て待てい! 何がどうした!」

市松「あっ、兄貴!」

勘太「邪魔だ、すっこんでろい!」

泰介「喧嘩しながら店に転がりこむたぁ穏やかじゃねえや。訳を聞かせろ、訳を。」

市松「このヤロウが掴み掛かってきやがったんだ。」

勘太「その前にてめえが何か言ったろう! わ組は役立たずだとか何とか。」

市松「本当のことだろうが!」

勘太「なにい!?」

   泰介、勘太をなだめ

泰介「市松、そんなこと言ったのか、てめえ」

市松「でもよ、兄貴…」

泰介「言ったのか!?」

市松「…言った。」

泰介「(向き直り)わ組の。どうやら非はこっちにあるみてえだ。おいらから謝るから、

 許してやってくんねえか。」

勘太「この唐変木! てめえが頭を下げたらなんでおいらが許してやらなきゃなんねえ

 んだよ!」

泰介「おいらが頭下げただけじゃ不足かい?」

   それまでじっと見ていた荘十が立ち上がり

荘十「おう泰介よ。テメエんとこは若えモンのしつけがなってねえようだな!」

泰介「…申し訳ねえ。」

市松「兄貴、こんなやつらに…」

泰介「文句言ってねえでおめえも頭を下げるんだ!(無理矢理おじぎさせる) わ組の。

 どうかこれで許しちゃもらえねえか。」

荘十「口じゃあ何度でも謝れらあ。頭だって、何度下げても一文の銭が出るでもねえ。」

勘太「そうだ。てめえらにゃ、誠意ってものが無えんだよ、誠意ってもんが。」

泰介「…どう謝ったらいい?」

荘十「そんなことぁ自分で考えろ!」

泰介「(密談)おう、どうしようか?」

新八「(密談)ありゃ、自分でもどうしたら気が済むかわかってなさそうですぜ?」

市松「(密談)こっちが何やったって、気にいらねえんだよ、ああいう手合いは。だか

 ら、言葉よりもゲンコツで…」

泰介「(密談)落ち着け、バカヤロウ。(荘十の方を向き)すまねえ。おいら学も無きゃ

 貫禄も無えもんで、どうすりゃいいかわからねえ。助けると思って、ここはひとつ謝

 り方を指南しちゃくれめえか。こういうときどうやって謝ったらいいか、教えてく

 れ。」

   深々と頭を下げる泰介。

   答えに困る荘十。

勘太「(横から)本気で詫びてえんなら、この場で腹をかっ切って死んでみせろい!」

   悲鳴をあげる女たちと、罵声を飛ばし

   合うと組対わ組。

   そこへ嵐寛之介が登場。

寛之介「腹を切るの切らないのと、また物騒な話をしてるな。」

泰介「おう、この間の辻斬りのお武家さん。」

   さらに悲鳴をあげる女たちと気色ばむと組の火消したち。

寛之介「待て待て待て! 辻斬りではない。拙者、浪々の身とは申せ、武士でござるぞ、

 武士は食わねど高楊枝、この摂州浪人・嵐寛之介、痩せても枯れても切取り強盗など

 いたさぬわ!」

泰介「これは失礼を。」

寛之介「聞けば、理由はと組の若い方の失言とか。それで腹を切るのなんのとはやり過

 ぎであろう。だいたい、町人が切腹なんて聞いたこと無いわい。」

勘太「おうおう、サンピン、引っ込んでろ!」

寛之介「なに! サンピンと申したか! うぬー、喧嘩なら仲裁してやろうと思った

 が、拙者にまで喧嘩を売るというなら、受けて立つぞ、同田貫・関兼重の血祭りじゃ

 あ!」

   スラリと刀を抜く寛之介。

   パニックに陥る一同。

泰介「まあまあまあまあ、お武家さん、ここは…」

荘十「おう、泰介! 仲裁は時の氏神って言うからな、ここは手を打っといてやろうじゃ

 ねえか。」

泰介「すまねえ、恩に着るよ。」

寛之介「よしよし。仲良き事は美しき哉。」

泰介「じゃあ、仲直りの杯といこうか、わ組の。」

寛之介「あっ、ちょっと待って! この人数に呑まれると、拙者、フトコロが…!」

市松「おいおい、情けねえ仲裁だなあ。」

寛之介「うう、面目ない。」

泰介「(密談)お武家さん、ここは…これであんたのメンツも…。(巾着を渡す)」

寛之介「(密談)すまん、じゃ、お借りしよう。(みんなに)え~、急に銭の当てがで

 きたので、仲直りの杯と参るぞ。じゃんじゃん持って来い!!。」

   胸を張って席に着く寛之介。

   あわてて調理場へ入る妙。

   ようやく落ち着く一同。

   そして、美夜と光も調理場へ向かいながら、

美夜「ああ、恐かった…一時は、どうなることかと思ったわ。」

光「でも、お芝居の場面みたいでちょっと面白かったじゃない? いっそ斬り合いにな

 ればもっと…」

美夜「お光ちゃん、火消しは無頼漢じゃないんだから、そんな不謹慎なこと言っちゃだ

 めでしょ。」



語り「こうして、表面上は手打ちとなりましたと組とわ組でございますが、心の底では

 けして打ち解けることはなかったのでござ います…」



◆ 第5場 夜の通り

声「泥棒だーっ!」


  顔を隠したわ組の連中が、こそこそと出てくる。

兵十「俺たちゃ泥棒じゃねえ! 壊しに入っただけだ!」

棒六「大きな声出すねえ、馬鹿!」

勘太「しかしどれが『ポムプ』ってやつだったんでやしょうね?」

兵十「いろんなものがありやがって、どれが『ポムプ』なのか、見当もつかなかった」

荘十「どっちにしろ見つかっちまったら終わりだ。おめえら、バラバラに逃げるぞ!」

一同「へい!」

   思い思いの方向へ逃げていく。

   荘十、ちょいと思案してから動き出そうとすると、物陰からいきなり飛び掛

   かってきた泰介。

泰介「貧乏学者の源内先生のとこに入るたあ、ふてえ盗人だ!」

   その場で取っ組み合いとなるが、泰介が荘十を取り押さえ、覆面をはぐ。

泰介「おめえ…わ組の荘十!」

   開き直る荘十。

泰介「なんでおめえが泥棒なんか…」

荘十「わけなんか話したくねえや!」

   気まずい沈黙。

   そこへ駆けつけてくる、源内やと組の連中。

   源内、竜のような形をした木彫りを手にしている。

市松「兄貴! 盗人たちはこっちへ来やしたか?」

   泰介、荘十と目を見合わせてから

泰介「い、いや、来てねえ。」

源内「そうですか? おかしいなあ、たしかにこっちへ来たように見えたんだけど…」

泰介「おう。俺っちも荘十さんと一緒に、盗人を探してるところだ。ところで源内先生、

 その手のものは?」

源内「ああ、これは…『ポムプ』に付けようと思ってた部品でね。よくできてるだろ。」

泰介「竜の彫り物ですかい。」

源内「『ポムプ』という名前だと馴染みが無いから、わかり易い名前をつけようと思う

 んだ。竜の吐く水、『竜吐水』ってのはどうだろう。」

泰介「竜吐水。」

市松「おう、カッコいいじゃねえか、なあ?」

新八「竜は雨を降らすっていうから、火消しにゃ守り神様みたいなもんか?」

泰介「源内先生、盗人は俺らたちが捜すから、その竜吐水、少しでも早く完成させてく

 れ。早く使ってみてえ。」

源内「そうか…じゃあここは任せるよ。」

   源内、先に退場。

泰介「おう、おめえら。こっちはおいらと荘十さんが捜すから、おめえらはあっちの方

 をさがしてみろ。」

一同「へい。」

   と組の面々退場。

泰介「荘十さん。何であんたがこんなことやったのか知らねえが、火消し同士相身互い

 だ。今夜のところは目を瞑るから、二度とこんなことは…しねえでくれよ。」

   泰介退場。

   口惜しそうに地面を叩く荘十。


   暗転


◆ 第6場 夜のうなぎ屋


   のれんを降ろそうとしている美夜。

   脇には「本日土曜丑の日」の貼り紙。

   そこへやってくる荘十。


荘十「なんでえ、今日はもう終わりかい?」

美夜「あら、いらっしゃい。荘十さんなら大歓迎ですよ。」

荘十「それじゃ、ごめんよ。」

   中には妙のほか、泰介たちと組の連中が。

泰介「よう。」

   不愉快そうに目を逸らす荘十。

泰介「今日は忙しかったみたいだね、お美夜ちゃん」

美夜「そうなんですよ。お昼どきなんか外に行列ができるような騒ぎで…」

泰介「ああ、それで昼間は遠慮して、暗くなってから来てみたんだ。」

新八「なんだか知らないけどよ、近所で『今日は土用丑の日だから鰻を食いに行こう』っ

 てみんな言ってましてね。」

蓑吉「土用丑の日に鰻を食うと、なんかいいことでもあんのかい?」

新八「さあ? でも、『丑の日だから鰻を食おう』って、みんな…」

泰介「そうか、表の書き付けだ。『土用丑の日』ってやつ。あれでみんな、騙されたん

 だ。」

一同「騙された?」

美夜「ちょっと泰介さん! 人聞きの悪いこと言わないで下さい! 騙してなんかいま

 せんよ!」

泰介「あ、悪い悪い…つまり、鰻屋の前に『土用丑の日』って書いてあったから、それ

 が気になってなんとなく鰻が食いたくなったんだな。」

新八「宣伝効果ってやつですか。」

   源内登場。

美夜「いらっしゃーい」

源内「どうだい、景気は」

妙「それが、今日はすごかったんですよ~。

 源内先生の貼り紙のおかげです。」

源内「そうかそうか、役に立ってよかった。」

泰介「おう、わ組の。今日、客が大入りだったらと組のみんなにおごるって約束、よも

 や忘れちゃ、いめえな?」

   一同爆笑。一人クサる荘十。

美夜「荘十さんを苛めないで下さい! 私の命の恩人なんですから!」

   一瞬で静まる一同。美夜、そして泰介の方を見る。

泰介「…すまねえ、すまねえ。」

   一息ついたところで

妙「ところで、源内先生。聞きましたよ。おとつい、泥棒が入ったそうですね?」

   びくっとする荘十。

源内「夜なべ仕事をしてる最中てなんにも盗られなかったのが不幸中の幸いでした。」

美夜「下手人は捕まったの?」

   泰介、荘十をちらっと見てから

泰介「それが、まだなんだ。誰も盗人の顔を見てなくてね。…さて、おめえら、食い終

 わったな。お愛想は荘十が持ってくれるそうだから、お礼を言って、帰るんだぞ。」

一同「へい。」

   と組の面々、口々に「ごちそうさまで」

   「ありがとやんす」などと声をかけな

   がら出て行く。


荘十「(怒りの独言)…泰介のヤロウ!」




◆ 第7場 火消しの詰所

   と組の番屋。と組一同が揃っている。

   床にはむしろと長い丸太(全員共用の枕)。


泰介「さて、また冬んなった。冬は火事が多いからな、おめえらも油断するんじゃねえ

 ぞ。」

一同「へい。」

泰介「四六時中、いつも火を消すことを考えてろ」

一同「へい。」

泰介「メシ食ってるときも寝てるときも便所に入ってるときも、火を消すことを考えて るんだぞ。」

一同「へ…へい。」

新八「ところで兄貴。わ組の杉作が兄貴を訪ねて来てますが…」

泰介「杉作さんが? 会おうか。お前ら、先に寝てていいぞ。」

   一同、むしろの上に、丸太を枕に、半被を羽織って眠ってしまう。

   泰介が戸口を開けると杉作が入ってくる。戸口で会話。

泰介「おう、杉作さん。何か言づてかい?」

杉作「泰介さん、おいらをと組に入れてください!」

泰介「(戸惑って)…おいおい、おめえさんはわ組の荘十の手の者だろ。あっちを裏切るっ

 てのかい?」

杉作「荘十さんにはもうついて行けません。性懲りもなくまた源内先生の竜吐水を壊そ

 うと企んでるし、隙があれば泰介さんの命まで、とまで言ってるんです!」

   泰介、しばらく考えて

泰介「おめえさんの思い過ごしじゃねえのか?」

杉作「とんでもない! この耳で聞いてこの目で見たことですよ。信じてくれないんで

 すか!」

   またしばらく考えて

泰介「わかった。本当にしろ嘘にしろ、おめえさん、もうわ組に帰っても上手くあるめ

 え。ここで寝起きすりゃいいや。」

杉作「あ、ありがとうございます! 泰介さん、荘十の親方にはくれぐれも気を付けて

 くださいよ?」

泰介「ああ、ありがとよ。」

   杉作、中に招じ入れられ、一同と一緒に寝床につく。

   そのとき、突如ひびく半鐘の音。

寛之介の声「火事だーっ!」

   泰介、かけやをとって

泰介「起きろーっ!」

   丸太を強打。

   驚いて飛び起きる一同。

泰介「出るぞ、したくしろ!」

   一同、頭をこすりながらあわてて支度を始める。

   そこへ駆け込んでくる寛之介。刀を持ってない。

泰介「おう、寛之介さん! 火事はどこでえ」

寛之介「目黒行人坂じゃ!」

泰介「目黒? 遠いな、縄張りが違うぜ。」

寛之介「それが、目黒から始まった火事が、風に煽られて今、日本橋まで焼けてきてる

 んだ!」

泰介「なんだって! 大火事じゃねえか、みんな、急ぐぞ」

一同「へい!」

寛之介「あっ、しまった!」

泰介「どうしたい!」

寛之介「うっかり、胴田貫・関兼重を、長屋に忘れてきた!!」

泰介「よせ、取りに行ったら危ない!」

良吉「あわて者のお侍さんだなあ…」

寛之介「くぅぅぅぅ…(泣く)」

泰介「見つけたら取ってくるよ。火事場はおいらたちに任しとけ。」

寛之介「たのむ…たのむ…(泣き崩れる)」



◆ 第8場 目黒行人坂の火事

   半鐘の音が聞こえる中、泰介が屋根に上がる。

泰介「来たぜ! と組の一番乗りでえ!」

   激しい炎の中で纏を振る。

泰介「そっちから始めろ!」

   がらがらと家を叩き壊す音。

   荘十、やや遅れてよじ登ってくる。

泰介「悪いなぁ、ここはと組がいただいたぜ!」

荘十「させるかよ!」

   纏を振るふりをして屋根から泰介をたたき落とす。

   続いて自分も飛び降りる。


   激しく燃え上がる炎。(照明と音で表現)

   転がってる泰介。

   飛び降りてくる荘十。

泰介「あぶねえじゃねえか! 何しやがんでえ!」

   泰介を取り囲む、覆面をしたわ組の面々。

荘十「いつもいつもと組に手柄取られてるわけにゃいかねえんだよ!」

泰介「そんなこと言ってる場合か! 火はどんどん広がってるんだぜ!?」

荘十「やかましい、死ねっ!」

   半鐘の音が鳴り響き、周囲に炎が迫る中で、泰介とわ組の太刀廻り。

   鳶口と腰に着けてる鈎を武器にする泰介と、

   ハシゴ・纏・大八車など大きな道具で攻め込んでくるわ組。

   泰介にやられて次々と炎の中に倒れて行くわ組の面々。

   最後に残った荘十、鳶口で掛かってくる。

   泰介の応戦に荘十の鳶口が折れ、泰介は荘十を殴り倒す。

   そのとき、荘十が拾ったのは…

泰介「あっ…それは寛之介さんの同田貫!」

荘十「わははははは!」

   荘十、刀を抜いて斬りかかる。

   鳶口vs刀の激しい戦いの末、泰介は刀を叩き飛ばし、荘十を蹴り倒す。

   とどめとばかりに鳶口を突きつけるが、躊躇する泰介。

   半鐘の音が消え、時間が止まる。

   炎の音だけが激しくなる。

   泰介、鳶口をどかし手を差し出す。

泰介「行こうぜ荘十。ここはもう危ない。」

荘十「…なんだあ? いいのかよ、俺を生かしておいて?」

泰介「お美夜ちゃんはおめえを命の恩人だと思ってるんだぞ。そのおめえを殺せるかよ、

 このおいらが。」

荘十「ヘッ、つくづく馬鹿だな、てめえは。」

泰介「仲裁は時の氏神ってんだ。火事が火消しの氏神様ってのも変だけどよ。」

   泰介、荘十に手を貸して立たせる。

   そのとたん、泰介を突き飛ばす荘十。

   驚く間もなく、燃え盛った梁が崩れ落ちてきて、荘十の姿はその向こうに消える。

泰介「荘十!」

荘十の声「早く行け! 借りは返したぜー!」

泰介「馬鹿はてめえだ!」

   泰介、鳶口で崩れ落ちた梁をどかそうとするが、炎が激しくなり果たせない。

   さらに降りかかってくる火の粉。

泰介「やべえ…おいらもこれで終わりか。」

   そのとき、頭上から降り注ぐ大量の水。

   下手から竜吐水を引きずって、源内と杉作とと組の面々が登場。

泰介「源内先生!」

源内「おお、泰介君、竜吐水の初仕事だぞ!」

   源内の指揮で水が撒かれ、たちまち鎮火していく。

   その中で、纏を拾って振りかざす泰介。


   暗転


   大火事の跡。(照明の変更で表現)

   竜吐水を中心に、新八・蓑吉・良吉・新八などと組の面々と、源内・杉作らが、

   疲れきって休んでいる。

   泰介、関兼重を手にしており、腕や頭に布を巻いてる。

   美夜が駆け込んでくる。

美夜「泰介さん!」

泰介「お美夜ちゃん、無事だったかい」

美夜「ええ、はやく避難できたから…大変な火事だったのね。」

良吉「江戸の半分が燃えたって話です。」

泰介「と組にもずいぶん怪我人が出たよ。おいらものザマさ。」

美夜「わ組は…どこにもいないんだけど」

   困って顔を見合わせると組の面々。

泰介「わ組は…火事場に一番乗りしたんだ。」

   理解できてない美夜。

泰介「一番激しい火と戦って…杉作の他はみんなやられた。」

美夜「そ、それじゃあ荘十さんも…」

泰介「やつは…一番勇敢だったよ。最後まで持ち場を離れなかったんだ。」

   泣き出す美夜。

   良吉が泰介を止めようとするが、手で制する泰介。

美夜「最後は、どうだったの、荘十さん…」

泰介「屋根の上で纏を高く掲げながら、お美夜ちゃんの名前を呼んでいたよ…」

   さらに泣き伏す美夜。

   座り込んでしまう泰介。

   何も言うことが出来ず、困ってる面々。

   そのとき、寛之介や妙が樽を乗せた大八車を引きずってくる。

寛之介「おおい、酒だ! 昨夜の働きで、お奉行様から火消しのみんなに、慰労の酒が

 出た! 寛之介様がわざわざ運んできてやったぞ!」

   泰介、やにわに立ち上がり、関兼重を投げ渡す。

寛之介「あっ、わしの胴田貫…」

泰介「関兼重、約束通り取ってきやした。」

   そして泰介、かけやを手に取る。

泰介「さあ、荘十たちの弔い酒だ! みんな、思いっきり呑もうぜ!」

一同「おおっ!」

   樽の蓋が叩き割られ、茶碗が突っ込まれる。

   泰介、美夜に茶碗をつきだし。

泰介「荘十のために呑んでくれ、お美夜ちゃん!」

   美夜、こくんとうなずき、飲み干す。

   それを見て泣けてくる泰介。

   抱き合って泣く泰介と美夜。

   酒盛りの歓声で盛り上がる面々。


               --幕

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[一言] いいっ!! 江戸の生活も火消し魂も、時代考証がきちんとしてるからかなり生き生きと現れてるっ!! しかし、短時間で着替えるって難しくないか?
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