駅員の本懐
今回は完全に想像の産物です(いつものことですがね)。
たぶん現実こんなことはありえません。
……いや、どこかでこんなことがあってほしいなとは思います。
多くの人々が日々利用するとある鉄道のとある駅にて。
『東南海道線二番ホーム到着の次の列車は十九時三分発中田原駅行きです。到着までしばらくお待ちください』
駅員による次の電車のアナウンスがホームに響く。いつも通りの風景。
私は今日も仕事を終え、帰宅のために自身も勤務する駅のホームで電車を待っていた。
携帯をいじってLINEを確認しつつホームドアの前に立っていると、再びアナウンスが流れ始めた。
『東南海道線二番ホーム到着の次の電車ですが、現在横岸駅扉塚駅間で線路内に人が立ち入った影響で運転を見合わせております。運転再開時刻は十九時二十分頃を見込んでいます。皆様にはお急ぎのところ大変ご迷惑をおかけし申し訳ございません』
ああ、またか。線路内に人が立ち入るのはよくある電車の運転見合わせ理由だ。私の働くこの駅に乗り入れている路線ではおおよそ一週間に一回は発生している。
その度に電車のリアルタイムの運行状況について駅員が情報を確認し、アナウンスし、謝罪しなければならない。通常の業務に加えてそれが入ってくるので単純に業務が増えてかなり面倒なのである。
『………………はぁ…………』
天井のマイクからため息が聞こえてきた。
……まさかマイクを切り忘れているのか?
『駅長〜』
『どうした』
『最近線路内への立ち入りとか人身事故とかで止まること多くないっすか?』
『確かにそうだな。数年前よりは増えている印象がある』
『ですよねー。ホントにもう、毎度毎度なんなんすかねぇ』
『さぁな。わからん。いきなりどうしたんだ』
いやいや待て待て。これはさすがに止めなければいけないやつだろう。駅員室まで急がなければ。
『いやだって駅長、線路内への立ち入りとか人身事故とかって私たちに事故の責任とかほぼ無いじゃないですか。ていうかなんならこっち被害被ってる側じゃないですか。なのに毎回毎回電車が遅延する度に申し訳ございません申し訳ございませんって謝ってるのが馬鹿らしいし意味わからなくなってきて』
『…………ふむ』
『正直のところ俺は線路内に立ち入った奴とか人身事故起こした奴をここに引っ張り出して謝らせたいんすよね。私のせいで電車が遅れてしまい誠に申し訳ございませんって』
『…………なるほどな』
『駅長はどうなんすか。こういうことについて』
『私か。…………私も確かに心の中で君と同じことは考えている。自分には何の原因も無いのに勝手にダイヤ乱されて身に覚えのない罪について謝らせられて見ず知らずの利用客から罵詈雑言を浴びせかけられて、理不尽だと感じることがある。納得できないともな』
駅長もそんなことを思っていたのか。いつも全ての仕事を淡々とこなしているイメージがあったので意外だ。
『やっぱりそうですよね!いやぁ駅長も同じ意見でなんだか安心しました』
『ただ、な』
『ただ?』
『それでも私は頭を下げなければならないと思っている』
え。どうして。
『え、なんでですか?』
『それは、私たちには電車を運行しているという責任と、電車は時間通りに来るはずであるという利用客からの期待があるからだ』
責任と、期待……。
『責任と期待、ですか』
『そうだ。私たちは電車という公共交通を管理・運営しそれをいつ何時でも維持継続できるようにするために仕事をしている。その仕事に従事している以上、仕事をしている者としての責任と一般的に抱かれて然るべき期待が両肩にのしかかってくるのは至極当然のことであり仕方の無いことだ。それを理解し受け入れ、それを背負ってもなおこの仕事を続けるという意志を抱いている以上は遅延や運転見合わせの理由がいくら自らに関係無かろうと頭を下げなければならない。私はそう考えている。だから、どんなに理不尽だと思ったとしても私は誠心誠意利用客の皆さんに謝る。それが駅員としての務めであり、矜恃でもあると私は信じている』
駅長がここまで熱い心を抱いてこの仕事をしていたとは知らなかった。驚き、また聞き惚れ、私はマイクを切りに行くことも忘れてホーム階と改札階を繋ぐ階段の途中で突っ立ってただただ放送を聞いていた。
『ところでそこのマイク、音を切り忘れているぞ』
『あ、え、やばっ!!え、駅長は気づいていたんですか?!』
『いや、私も今気がついた。マイクに音が拾われている中でこんな話をしていたと思うといたたまれないな』
今気がついたのか。気がついたのなら止めに行かなくてもいいか。私はそのままホームに戻り帰ることにした。
翌日以降、本社や私の働く駅には何通もの手紙やメールが送られてきた。例の放送事故のことについてのことだろうとは容易に想像がついた。
しかし、内容は思っていたものとは違っていた。
届いた手紙やメールの中には、駅員たちに対する苦情や誹謗中傷といったものは何一つなかった。
ではどんな内容だったのか。
『駅長さんの話に感激しました』
『あれだけ熱い思いで仕事をしてくださっている方がいるとは知らなかった』
『これからもおしごとがんばってください!』
こういった、駅長の話に心を打たれたという感想や駅員たちへの応援のメッセージばかりであった。
本来ならあってはいけない「放送事故」ではあったのだが、内容があまりにも感動的だったという理由で駅長は本社から賞も貰っていた。
この仕事も、そしてこの世界も、まだまだ捨てたもんじゃないのかもしれない。少し希望を得た気がした。
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