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新教育課程

杉下が校長となって新学習指導要領が目指す新しい学力観に向かって授業改善に取り組むことになる。しかし福井県の場合は県教育委員会の指導の下、他の学校でも思考力、表現力の向上を目指している。

 2017年には杉下栄吉は津室が丘中学校の校長になっていた。そのころは新学習指導要領の先行実施期間を終え、小学校では新教育課程が実施されていた。中学校でも翌年から実施されるという事で、様々な準備がなされた。

 その中で杉下校長も様々な研修を積み、これからの学校に課せられた『主体的で対話的な深い学び』について、方策を考えていた。

 4月に慌ただしく新学期が始まったが、5月には少し落ち着きが出て、ようやく職員会議で校内研修も実施されるようになった。

 その日、杉下校長は校内研修の場面で職員に用意したレジメを配布してじっくりと話した。

「みなさん、国際バカロレア教育課程というのをご存じですか。日本にも点在するインターナショナルスクールで実施されている教育課程です。インターナショナルハイスクールの卒業生は世界各国の大学を受験することになりますが、各国の国内の高校を卒業した生徒から不利にならないように、国際的に認められた教育課程です。もちろん各教科の授業が英語で行われているので英語については優秀な生徒が多いです。しかしこの教育課程の最大の特徴は『探求』という教科の存在です。生徒自らが研究テーマを決めて教師の助言も受けるが自分で成果をまとめ上げ、発表するまで仕上げる。しかも教師はその研究に対して厳しく評価を行う。この評価があるので生徒も真剣に『探究』に取り組みます。」と話した。じっくりと聞いていた先生の中から質問が来た。

「日本の学校で行っている『総合的な学習』と同じような気がしますがどこが違うんですか。」と面倒臭そうに言うので杉下校長ははっきりと

「それは評価を数字でするかどうかです。日本の『総合的な学習』では数字での評価は行わず、文章で所見を記入することになっています。だから入試には直結しないと生徒は感じていて、真剣に学習に取り組まないという弊害があります。出来が良くても悪くても、楽しければいいという事です。このことは他教科でも大切なことです。国語も数学もこれからは知識理解だけでなく思考力や表現力が重視されます。すなわちその分野の評価が重要視されるという事です。福井県教委は教育課程説明会で明言していますが、入試問題も変えていくという事です。当然調査書の中の各教科の中の観点別評価の思考力の項目や表現力の項目も重視されるようになります。その方向性で先生方の授業も改善されて行かなくてはいけません。思考力を高めることと表現力を高めるために、探求したことを発表するところまで生徒に求めていかなくてはいけません。さらに英語では読む・書く・聞くの3領域に加えて話す(speaking)が加わります。話すことが評価として加点されますから、充分に対応を考えていただきたい。」と説明した。先生たちはぽかんと口を開けている人もいた。新教育課程で新しいことが求められるようになることは聞いていたが、入試問題が変更になることは聞いていなかったようだった。さらに英語の北川先生からは

「英語の教科研究会でも『話す』という領域については聞いています。ただ入試で評価するには機器の問題や人員の問題で県立高校だけで実施することは難しいので、民間のテストを導入する可能性が高いと聞きました。」と言ってくれた。杉下は北川先生に続けて

「そうなんです。民間テストはどこの業者になるかはまだ決まっていませんが、大手の業者が名乗りを上げていると聞きます。とりあえず英語検定に力を入れて生徒たちに受験するように呼び掛けていきましょう。」と話した。

 さらに杉下はみんなの顔を見ながら次回の校内研修について話した。

「先ほどの国際バカロレア教育過程について、福井大学の講師の方に来ていただく予定をしています。右田講師と言ってまだ20代の若い研究者です。新教育課程とバカロレアについて研究しているようです。福井大学教職大学院の吉淵教授に紹介してもらいました。『探求』という教科について教えてもらえると思います。」と付け加えた。


 その年の1月、福井県の教育課程説明会が県立大学の大講堂で行われた。福井県教育委員会の幹部の方が

「福井県教育委員会が考える新しい学力観、今後の学校で生徒たちに身につけさせるべき新しい学力とは何か、これに対する福井県教育委員会なりの答えが今年度実施された県立中高一貫校の入試問題に示されています。また今年の高校入試問題の中にも示しています。それぞれの学校で試験問題をしっかりと精査してください。ちなみにどういうことかというと、これまでは知識理解を問う問題が多かったわけですが、知識理解の領域の問題を減らし、思考力を問う問題や、表現力を問う問題を増やしているという事です。だから試験問題には文章で答える問題も増えたし、じっくりと考えて答える問題が増えています。それぞれの学校においてはそれらの問題に対応できるように授業改善をしていってもらいたいわけです。」と言う趣旨のことを明言してくれた。その後、多くの学校の参加者から質問が飛んだが、福井県教育委員会は一貫して

「このような改革は福井県が全国に先駆けて実施しています。だから全国の先生たちが福井県の入試問題を注視してくると思います。全国学力調査で毎年上位の成果を出し続けている福井県は、その成果に甘んじることなくさらに未来に向けて改革をお願いするわけです。」と主張してくれた。杉下は国際バカロレア教育課程の研究を校内研究会でやったことは方向性が間違っていなかったと確信した。


 その他にも福井県は文科省の方針を先取りしながら様々な策を講じてきている。

 県立高志高校は同じ敷地内に県立高志中学校を併設して、校舎も共有している。高志中学校は中高一貫の県立学校で、県内で唯一県立中高一貫学校として入学適性検査を実施している。この適性検査に県内の優秀な小学校の生徒がチャレンジする。入学試験ではなく適性検査としているのは出題範囲を小学校6年生までの学習指導要領の範囲に縛られない領域で思考力や表現力を測定するかなり難しい問題を出題するためだと思われる。そして6年間をかけて実験的なカリキュラムを施す。探求的な学習を多く取り入れ、思考力と表現力を徹底的に鍛え上げる。普通の知識理解だけでなく、生きる力を身に着けた有能な国際的な人材育成に取り組んでいる。

 また高志高校はSSHスーパーサイエンスハイスクールの研究校に指定され、数学や理科の分野で研究活動を行う、先進的な教育に取り組んできた。この研究指定は高志高校だけにとどまらず、県内の藤島高校や武生高校敦賀高校、若狭高校などそれぞれの進学校に広がりを見せ、多くの学生が高度な理数研究にいそしんでいる。

 また外国語教育でもSLHスーパーランゲージハイスクール研究校に指定され、英語教育でも多額の予算を獲得し、特にスピーキングに力を入れて会話力向上を目指してきた。東京の放送局が福井に来て駅前で収録をした時に、たまたま高校生に英語で話しかける場面があったが、その高校生は見事な英会話を披露して、その放送局は『福井の高校生の英語力ヤバい』とテロップを出していた。これは国際科の生徒だったのかもしれないが、藤島高校や高志高校の生徒でも十分考えられることだった。そこまで高校生の英語教育で英会話を重視して2021年の大学入試改革に備えているのだ。他の県でも同様のことが行われているかもしれないが、私立ではなく県立でこれだけの対策を先行して実施しているのは福井県が特別だと思われた。 

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