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教科調査官講演会

 2015年、クリスマスイブ。杉下の学校も冬休みに入った。忙しい2学期も終わり、学校では部活動と進学指導の補充学習を3年生を集めて実施されていた。しかし杉下校長は先月案内が回ってきた教育センター4階大ホールでの、小中高英語教育研究会主催の講演会に来ていた。

 杉下が校長として福井県校長会に出席して2年目になるが、昨年から東川知事が講演の中で

「学校で英語教育を強化するために、校長先生自ら英語に親しんでください。僕も毎日英語のラジオを聞いています。生きた英語を聞かなくてはいけません。」と言われていたことがこの講演会に参加した一因だったかもしれない。

 この時期の講演会は3年連続らしい。講師の直井絹代さんは京都市内の中学校で英語の教師をしていたが、文部科学省との人事交流で東京に派遣され、英語科のきょぷ課調査官として勤務しているようだ。杉下は彼女のことは業界紙である日本教育新聞に毎月コラムを掲載しているのを読んでいたので名前を知っていた。

 周りを見渡すと会場はほぼ満員で400人以上は入っていそうだった。開演時間になるとまず英語研究会の会長が挨拶をして、すぐに直井先生が紹介され、彼女が登壇した。

 彼女は自己紹介をすると福井に毎年来ているが、回を追って参加者が増えていることを喜んでいた。そして参加者に話しかけてきた。

「みなさん、忙しいですよね。先生がたって働きすぎなんです。過労になっていますよね。全国的にそうなんです。リフレッシュに何かスポーツしてますか。What sports do you

like?」と言ってマイクを持ったまま参加者の机の間に入ってきた。微笑みながら話しかけ

「I like baseball」とか答える人がいると

「Do you play baseball?」と畳みかけかける。話しかけられた先生は答えに詰まって次の人にマイクが向けられる。しかしその列が杉下の列だったのだ。杉下は『来るな、来るな』と念じていたが、祈りもむなしく彼女はとうとう杉下のところまでマイクを向けてきた。

「what sports do you like?」

「I like golf」と答えると彼女はすかさず

「Are you good at playing golf ?」と聞いてきた。杉下は一瞬迷ったが、作り笑いをしながら

「NO,I play golf just a little.」と不完全な解答をしてしまった。直井先生はそのまま次の人に行ってしまったが、杉下は恥ずかしさで顔を赤らめた。そして心の中で

『I wish I could』と仮定法を使うべきだったかなと後悔した。

 そう思いながら直井先生の方を追いかけて後ろの方を見ると大学時代のハンドボール部の後輩の有島君がいて、彼も杉下の方を見ながら手をふってきた。彼が勤務している勝山氏の小中学校は文部科学省の英語教育研究地域指定を市全体で受け入れていると聞いていた。だから勝山市の小中高の学校からこぞってこの講演会に来ているのだろう。

 直井先生の自己紹介と参加者とのフリートークが終わると、会場全体が和らいだ感じで先生も話しやすそうな感じになってきた。直井先生の話では、直井先生は特に小学校5年生から外国語活動をカリキュラムの中に週1時間組み入れるために大変な努力をされてきたという事でした。学習指導要領の改訂の作業で各教科が時間数を取り合う中で、1時間を確保するには、先行実施してくれた研究指定校でそれなりの成果を上げ、実施する意味を教育課程審議委員に示さなくてはいけないということでした。そして彼女は

「それぞれの学校の先生方のご意見をお聞きすると、教材がないから自分たちで自作の物を作るのが大変ですというお声をたくさん聴きました。確かにそうですよね。教科として認められたわけではなくて総合や学活と同じように領域なので、教科書はまだないですね。そこで昨年来いっしょに頑張ってくれる仲間たちと一緒に私、頑張りました。月に1回ずつ仲間が集まって研究会をして『英語ノート』という教材を作成しました。5年生用と6年生用です。今後はこれに指導書を付け加えたいと考えています。文部科学省のホームページからダウンロードできるようにして、全国の皆さんにご利用していただきたいと考えています。」ということを話された。学習指導要領が改訂になり新しい領域や狂歌が出現するたびに教員はどうやって教えたらいいかに迷うものだ。社会科が出てきた昭和20年もそれまでの国史や地理と何が違うのかに戸惑い、昭和35年の道徳の時もそうだったらしい。そして総合的な学習の時間が出て来た時もどうしていいかわからなかった。彼女の話を聞いて、杉下は総合のことを思い出した。

 さらに彼女の話は福井県の学力に及んだ。

「話は変わりますが、福井の生徒さんの学力ってなんであんなに高いんですか。全国学力調査でいつも上位ですよね。それに先ほど控室で聞いたんですが、新教育課程と大学入試改革に対応した教育カリキュラムに全国に先駆けて取り組みを始めているらしいですね。今のところ教育課程審議会では2021年の大学入試から大改革をしようという流れになってます。『主体的で対話的な深い学び』を目指して思考力、判断力、表現力を重視していく方向性で、その流れを決定づけるのが大学入試の問題だということで、知識偏重の覚えて来たことを正確に吐き出させるような問題から、じっくり考えて自分の考えを表現するような問題への移行を遂げたいとしています。どんな内容になるかは検討中ですが、そのたたき台を福井県は実際に高校生への模擬テストや中学生が受験する県立高校の入試問題で具現化しているというではありませんか。さらに英語に絞って話すと読む・書く・聞くの3要素はこれまで入試に取り入れてきましたが、話す能力を測定することは不可能とされてきました。しかし日本の英語教育が世界から取り残されているのは、中学1年生から大学4年生まで10年も英語を勉強しているのに、社会人になるとほとんど英語を話せないという事でした。Speakingを求めてこなかったからです。その点、福井県はいち早く民間英語テストを全中学生に導入し、高校入試でもこのテストの評価を加味する体制を作っているという事で、先進的な施策をされていると感じます。」という話をされた。杉下は彼女の話を聞いて、福井県以外はまだ新教育課程の対策をしていないのかなと少し驚いた。今の小学生たちは2021年以降に大学入試を経験することになる。今の小学校の先生たちこそ新教育課程や大学入試改革について知るべきなのにという気持ちが沸き上がってきた。

 直井先生は最後に

「私はみなさんと同じ公立学校の教員でした。派遣という形で文科省に行っていますが、みなさんのご苦労を一番よくわかっていると思っています。みなさんお力を結集して、日本の英語教育を改善していきましょう。韓国や中国、インドの学生たちは英語をビジネスの道具と考えて、英語を話せることは必須事項です。日本の学生たちがこれからの国際化時代に立ち遅れないように頑張っていきましょう。」と締めくくった。杉下は身震いがした。強い刺激を受け、今までの自分の考えを反省した。進学率の高い有名校に何人進学させたかというような過去の指標に縛られることなく、もっと未来志向の高い目標を掲げることが私たちに必要だとハンマーで頭を殴られたような感覚を覚えて帰路に着いた。

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