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大事にしていた彼女を男に寝取られ、フラれた俺を慰めてくれたのは、それはそれは美人なおじさんでした。1
自分より辛い人なんて世の中には沢山いる。だから頑張れ。
耳にタコができるほど言われた言葉だ。本当に無責任だと思う。
その時起こった出来事で、一番辛いのは当事者なのに。
僕も、無責任な言葉を、投げかけられた一人だ。
今日。この日を持って別れたい。彼女に告げられた。
彼女とは高校に入学してから付き合い始めて、一年が経つ。付き合いたてみたいな初々しさはないけれど、休日にはデートをしたり、彼女の誕生日には、プレゼントを上げたりと、僕なりに愛してきたつもりだった。
理由は男として弱いからだそう。彼女が言うには今のトレンドは強い男らしい。
だからってわざわざ新しい男連れてくる必要なくない?筋肉ムキムキのいかにも悪そうな顔したやつ。
愛の言葉で彼女の関心を取り戻そうと、食い下がったら間男に突き飛ばされて、唾をはきかけられた。
踏んだり蹴ったり。酷い寝とられを味わった。
無力過ぎて死んでしまいたい。
なにがお前より辛いやつは世の中に沢山居るから、まあせいぜい頑張れだよ。
人の彼女を奪っておきながらよくもそんな事が言えたもんだ。
「はぁー」
大きな溜息をひとつ。寒空の下、公園のベンチ。人気もないから1人で泣くにはもってこいの場所だ。寒いのに、尻もちをついたお尻が熱い。あと目頭も。
けれど涙は出てこない。
「好きだったんだけどなあ」
空を見上げて、彼女に告げたかった言葉をひとつ零す。
若い高校生くらいの頃は不良がモテるなんて話をネットで見かけたことはあるけど、まさか自分が男性として劣ってるなんて理由で、振られるなんて思ってなかった。
そもそもまだ、一回も彼女とそういったことは致してない。
そう思うと、好き勝手言ってきた彼女に腹が立って、それでも好きだったことを思うと絶望を噛み締めるしかない。
「寒いし暗いし人気のない公園で1人しくしくないてる男の子、ぶっちゃけあやしいよ」
漂ってくる花の香りと共に、そんな言葉が飛んできた。
「……ほっといてくれよ」
不躾な人だ。傷心中の人間に急に話しかけてきて、こっちはとてもじゃないけど家に帰る気になんてなれないのに。
「これでも心配してるつもりだけどね」
「初対面の怪しいやつを心配するなんてどうかしてる」
「3時間前からそんな場所で抜け殻みたいに俯いてたら心配くらいするだろう?普通に」
3時間前と言われて思わず顔を上げた。
「な、なんで知ってるんだよ!ももももしかしてストーカー!?」
サラサラの黒髪を背中辺りまで伸ばした美女が、不機嫌そうに口元をひくひくとさせている。
「は?私がストーカー?身の程を弁えろよ。あそこ、私の家だから」
彼女は冷えきった声で、公園の向かいにあるマンションを指さしながら言った。
「あ、ああ、ごめん」
「夕方に窓の外見たら1人で座って俯いてる君を見つけたわけ。そんでさっきもう1回見てみたらまだ居ると思って、凍死されても寝覚めが悪いじゃない?」
「そのままほっといてくれれば良かったのに。女性が1人で来るなんて無防備過ぎる」
「そんな落ち込んでるやつに私をどうこう出来るわけないでしょ。てか、警察を呼ばれなかっただけ感謝して欲しいんだけど」
彼女の言う通りかもしれない。警察ってワードで急に頭が冷えた気がする。
よく見れば彼女の方が年上に見える。冷やかしに聞こえた言葉も、心配の言葉なのだろう。なんだ。不躾なのは俺の方じゃんか。
「ごめんなさい」
「別にいいよ。何か辛い目にあったんだろ?」
少しの間を開けて、彼女は隣にストンと腰を下ろした。
月の光に透けてしまいそうな透明感のある白い肌。足を組み、膝に肘を着いて顎を乗せる姿も絵になる。
性格がキツそうな印象を受ける目尻の上がった切れ長目。
「わたしが隣に居たら怪しくない」
と得意げに笑う顔には思わず見蕩れてしまう。
マジもんの美女だ。ついさっき味わったショックを忘れてしまう程に。
きっと恋愛で困ったことなんて無いんだろうなぁ。
「んじゃ何があったか話してみ。私が聞いてあげよう」
そう言われても恐らく俺の話なんて、彼女の興味の外。選ばれて、選ぶ権利のある彼女に話したところで、一ミリも共感してもらえるわけが無い。
「俺より辛い目にあった人なんて世の中に沢山います」
だから、拒絶した。
「でも、君の辛さは君にしか分からないだろ。だから家にも帰らずここで泣いてたんじゃない?」
「こんな顔じゃ親が心配するから帰れないだけですよ」
「じゃあ家においでよ。ここは寒いし、ゆっくり話を聞いてあげるから」
「いえいえいえ、女性の家に上がるなんてマネはできないです」
「あはは。すごい早口」
つい焦って一息で出た言葉に、彼女は笑った。
「だけど気にすんなよ。私。男だから」
「はい!?」
「こんなナリだけど本当に男だよ。ほれ」
彼女は、いや、彼か。彼は立ち上がり、ズボンをペラりと捲って証拠を見せてきた。
彼の下腹部には確かに白い肌、なだらかな下腹部には不格好の男の勲章が首をもたげていた。
頭の整理が追いつかない。美人で体付きも女性っぽく見えるのに、アレが付いてる。
胸は無いけど、アレが付いてる。
「整形じゃないぞー。天然物の美女っぽいおじさんだ」
「……おじさん。説得力ないですよ」
「あっはっは。見た目だけは絶世の美女だろう?しかも男性の気持ちがわかる都合のいい存在。モテる男の話もモテない男の話も沢山聞いてきたから、経験値もマシマシだぞぅ」
指先で長い髪をクルクルと回し、手遊びをしながら彼は言った。
「お店?」
「君にはまだ早い話だな。さて、と。そんな訳だからおじさんの家でゆっくり話そう」
「言葉が怪しさ満点なんですけど」
「わざとだ。なあに、取って食やしないさ。私はモテるから相手には困らない」
自虐満点なのに、満面の笑みを浮かべる自称おじさんこと絶世の美人。そんな彼の誘いに、傷心の俺はノコノコとついて行ってしまった。