世界消滅スイッチ
つまんないなあ、人生。
僕は下校の帰り道を歩きながら、漠然とそんなことを考えていた。
僕は、別に友達がいないわけじゃないし、それなりに楽しい高校2年生を送っていると思う。別に勉強も人並みにできるし、運動も人並みだ。だからこそかもしれないが、なんとなく、満たされていないと感じる。
そんな飽き飽きとする日々を惰性で生きている。
「何か面白いことないかなあ?
そう思っていそうな顔ですね。」
僕は急に後ろから声をかけられた。僕は声を聞こえる方へ体を向けた。すると、そこにはくたびれたスーツを着た丸メガネの中年男性が立っていた。眼鏡の中の目は細く、髪はぼさぼさで、黄色くくすんだ歯を見せながら、不敵に笑っている。
「おっさん、誰だよ。」
「私はただのおじさんですよ。」
「答えになってないじゃん。」
「私の名前などどうでもよいではありませんか。そんなことよりも、あなた、人生に退屈していませんか?」
「……まあ、退屈していると言えば、退屈はしているけれども……。」
「そうでしょう。そんなあなたに、お勧めの道具がございまして……。」
そう言って、その男はスーツのポケットに手を突っ込み、何か箱のようなものを取り出した。男が手に持った箱のようなものは、どうやら、ボタンのようだった。皆が想像するような赤い丸のボタンだ。
「それは?」
「こちら、世界消滅スイッチです。」
「はあ?」
僕は男の突拍子もない言葉に驚いた。
「そうなるのも無理はない。だが、名前の通り、この世界をスイッチ一つで消滅させる道具でございます。」
「……じゃあ、その世界消滅スイッチとやらを押せば、この世界が消えるってことなのか?」
「はい、押した瞬間、この世界は跡形もなく消え去ります。」
「……本当なのか?」
「さあ、押した人がいれば、この世界は消滅しているので確かめようがないですが、
100%この世界はこのスイッチによって消滅すると言っていいでしょう。」
男は口角を上げにやりと笑った。その顔は話の怪しげとは裏腹にやけに真実味を帯びている。
「それに、あなたが信じないのであれば、このスイッチを捨てていただいて構いません。ただ、このスイッチは、人生に退屈しているあなたに差し上げたいのです。」
そう言って、男は手に持ったスイッチを僕の方へと押し付けてきた。
僕は少し疑う気持ちを持っていたが、それ以上にそのスイッチに好奇心を持っていた。僕はその押し付けられたスイッチを受け取った。
「ありがとうございます。そのスイッチは強く押し込まないと、起動しません。よって、私の様にポケットの中に入れても、何かのはずみで偶然世界を消滅させることはありません。なので、あなたが自分の意志で押さない限り、世界は消滅しません。
それでは、そのスイッチでこの世界をお楽しみください。」
そう言って、男は小さく礼をすると、そそくさと僕の前から立ち去っていった。
僕はしばらく、男からもらったスイッチをじっくりと見つめていた。僕はスイッチの放つ押してくれと言わんばかりの魔力に惑わされ、手を伸ばしていた。
だが、スイッチを押してしまうすんでのところで、手を止めた。
やはり、世界を消してしまうという罪悪感が、僕の好奇心を止めた。そうだ、別に、今押さなくてもいい。別にスイッチは逃げやしない。ゆっくり考えればいいんだ。僕はスイッチをズボンのポケットの中に入れた。そして、帰り道を再び歩き出した。
……
…………
気になる。
私は数十歩歩いた所で、ポケットの中にあるスイッチの存在が気になってきた。
押してみたい。
家に帰って、晩御飯を食べて、寝て、学校に行く。そんな退屈な生活を繰り返していくくらいなら、この世界を消してしまいたい。
そもそも、僕の人生が退屈なのは、この世界が退屈だからだ。
そんな退屈な世界ならば、消してしまおう。
このスイッチを使えば、ほんの少しはこの世界を楽しませてくれるはずだ。
僕はポケットに入れたスイッチを取り出した。僕はそのスイッチに手を伸ばし、スイッチの上に指を乗せた。そして、僕は大きく深呼吸をし、覚悟を決めた。
僕は勢いよく、スイッチを押し込んだ。そのスイッチは、カチッと音を鳴らした
……そして、僕の世界は消滅した。
「ところで、その世界消滅スイッチとやらはうまくいっているのかね?」
「はい、この世界に退屈している国民達へと順調に配布されています。」
「どれだけの人間がそのスイッチを押したんだ?」
「スイッチを配布した156名国民の内、123名の人間がそのスイッチを押したようで、123名の死体が回収されています。」
「世界を消滅するスイッチを押すと、押した指に致死量の毒針が刺さり、即死する仕組みか。確かに、押した人間の世界は消滅するわけだから、嘘は言っちゃいないか?」
「はい、自分の感想としましては、こんなにも簡単に世界を消してしまいたいと願う国民がいることに驚いている限りです。」
「そうだな。それは我々、政治家の至らぬところではあるがな。」
「しかし、今日、問題になっている身勝手な無差別殺人を防ぐには有効な手段かと。」
「そうだな。自分の身勝手な理由で、幸せな世界を生きている人間を傷つけることはあってはならないからな。
しかし、よく考えたものだ。この世界消滅スイッチと言うものは。」
「はい、このスイッチを押さなければいいのですが、もし押してしまえば、世界を消そうとした。つまり、この国の存亡を脅かしたのです。それは国家転覆罪に値する。」
「国家転覆罪は死刑一択。だから、ボタンを押したものは死亡すると言う訳か。
まあ、法治国家としてはいけないが、道理は通っているな。」
「はい。」
「よし、引き続き、この世界消滅スイッチを配布してくれ。」
「はい。
このスイッチで世界は良くなりますよ。
だって、世界を悪くする人を消してくれるんですから。」
国家転覆罪で死刑一択なのは、外観誘致罪だけでした。気になった方はすみません。