98.悪魔の襲来(4)
新手の豚の悪魔は素早い身のこなしでハナノとローラに襲いかかってきた。
ローラが前に出て剣を構える。
振りかぶって一閃するが、悪魔はローラの剣を右腕を切らせて受けると強烈な蹴りをローラの腹へといれた。
後ろのハナノごと二人で吹っ飛ぶ。
「げほっ」
「ローラっ!」
ハナノはローラを抱きしめて受け身をとった。背中と腕が地面に擦れる。
「ごほっ、ごほっ」
腹を強く蹴られたローラがうずくまる。
「ローラっ、大丈夫? ローラ」
ハナノは泣きそうになった。
悪魔が向かってきた時、ハナノは反応が出来なかったのだ。だからローラが前に出た。
自分は鈍く遅い。
「ローラ、ごめん」
「っ、謝ってる場合じゃないでしょっ」
ローラの言葉にハナノはぐっと唇を噛む。
そうだ、謝っている場合ではない。
ハナノはローラを守るように前に出て悪魔を睨みつけた。
ローラに蹴りを入れた豚の悪魔は、剣で切られた右腕を数回振って血を払った。痛みに鈍いのか大きなダメージではないようだ。
ハナノを見て、嫌な笑みを浮かべる。
悪魔が再び素早い動きでこちらに向かって来た。
悔しいがハナノには何も出来ない。ローラに剣を借りた所で、右手の人さし指の魔力だけではどうにもならないだろう。
そして悪魔の目的は自分のようだ。これ以上、ローラを巻き込む訳にはいかない。
誰かが自分のせいで死ぬのはもう嫌なのだ。そんな思いは二度としたくない。
ハナノは強くそう思った。ハナノの人生でハナノのせいで誰かが死んだことはないのだが、この時はそれを疑問に思う余裕はない。
「ローラ、もう何もしなくていいからね」
ハナノは覚悟を決めて悪魔を見据えた。一歩進んで抵抗する意思がないことを示す為に両手を広げる。
「ねえ、話が通じているならローラには何もしないで」
悪魔の目が笑った気がした。足取りがゆっくりになる。これは同意なのだろうか。
悪魔の手がハナノへと差し出される。
気持ち悪い、怖い。
もちろん行きたくはない。
でもそれ以上にローラを巻き込みたくはない。
ハナノはぎゅっと目をつむった。
目を瞑っても気配で悪魔の手が近づいてくるのが分かる。
その手がハナノに届きそうになった時、
空気が鋭く動き、ごきっと鈍い音がして悪魔が後方に飛び退いた。
ハナノは驚いて目を開いた。
月明かりに照らされて自分と同じ小柄な影が伸びていた。
眼鏡が光り、黒髪がなびく。いつものお団子にする暇はさすがになかったらしい。
「何してるんですかっ!? 最後まで戦いなさい!」
上官らしい叱咤も飛んできた。
ハナノの前にはミドリがトンファーを構えて立っていた。
「ミドリさん!」
「変な気配がしたので参りました。あれは何ですか?」
聞いておきながらミドリは小走りで悪魔へ向かった。ががががっとミドリと悪魔の肉弾戦が始まる。
豚の悪魔が次々に繰り出す攻撃をミドリは難なく防ぎ、トンファーとブーツの踵に仕込んだ刃物で悪魔に通常なら致命的な一撃を加えていくが、悪魔が倒れる気配はない。
「ミドリさんっ、それは中級の悪魔です。物理攻撃はほとんど効きません! トンファーに魔力は込めれますか?」
「少しなら。ありがとう、やってみます!」
「あと、その悪魔は幻覚も見せます!ミドリさんなら、きっとお子さんの姿を見せてくると思いますが、ここに居るはずのないものは全て幻覚です、無視してください!」
ハナノとローラは幻覚を見せられていないが、それは精霊の加護の中にいたからだろう。
「それはもう見えてます。心得ました」
ミドリの答えにハナノは息を呑む。
(もう見えてたんだ……)
ミドリの戦い方は最初から全くぶれていない。どこかのタイミングで悪魔の姿は自身の大切なものになっていただろうに、一切迷いはなかった。
その強靭な精神力にハナノは改めて、第一団副団長の凄さを思い知る。
魔力を込めたトンファーでの打撃が少しずつ豚の悪魔に効きだす。
ハナノの横でうずくまっていたローラが立ち上がった。
「ローラ、大丈夫?」
「大丈夫」
ローラはそう答えるがその顔は真っ青だ。ハナノが後方を振り返ると最初の豚の悪魔はまだ地面にへばりついている。ローラがずっと重力の魔法で押さえつけているのだ。
「潰すつもりでやってるのに……はあっ、嫌になるわね」
ローラの息が荒い。消耗が激しいのだろう。
「ローラ……」
「二度とさっきみたいなことしないでっ、とにかく、本部に向かうわよ」
「うん」
「向かわなくていい、ここにいろ」
力強く温かな気配がして声がかかった。
ハナノとローラの横に大柄な騎士が並ぶ。見上げた先には赤茶色の短髪。
「ラッシュ団長!」
ハナノがびっくりしてその名を呼ぶと、ラッシュは小さく頷いた。
「フジノの火柱が城から見えたんだ。城は総監と第一団長に任せて俺はこっちに来た。すぐにカノンも来るからここにいろ。ローラはもう魔法を解け、限界だろ? アレは俺が潰す」
ラッシュがそう言っている間に息を切らせたカノンもやって来た。カノンは寝間着のままで腕に擦り傷を付けたハナノと、顔色の悪いローラに眉を寄せるが詮索はしない。そんな暇はないのだ。
カノンが到着するとラッシュはすぐに地面にへばりついたままの悪魔へと向かった。
悪魔が口から黒い塊を放つ。
ハナノにはラッシュが少し迷ったのが分かった。
弾くか避けるか。ハナノは慌てて叫んだ。
「それ、ラッシュ団長は避けなくていいです! 精霊の加護があるので!」
ラッシュはそのまま悪魔へと向き、黒い塊はラッシュにも現れた青白い光に当たって消滅した。
「ラッシュ団長!それは悪魔です、魔力込めないと剣は刺さりません! 物理攻撃はほとんど効きません!」
追加で伝えながらハナノは、魔力のほとんどないラッシュに悪魔を倒すのは無理なんじゃと焦ったが、ラッシュは動じなかった。
「それはこっちに来ながら聞いてて、見てた! 効きにくいってだけだろ?」
ラッシュはハナノに叫び返すとそのままひらりと飛んだ。そして這いつくばったままの悪魔の首に剣を突き立てた。
「ギイイィィッッ」
ラッシュの剣が、ずぶずぶっと嫌な音を立てて悪魔の首にめり込み悪魔の断末魔が辺りに響く。
「うわ」
ハナノは思わず顔を背けた。
いくら悪魔だって、首なんかすぱっと切られた方が楽に決まっている。
あんな風にじわじわと切られては痛そうだ。
這いつくばっていた悪魔は、首がぐずぐずに千切られてからぱしゃっと砕け散った。
悪魔が砕け散ったのを見て、ローラがふっと力を抜く。重力の魔法は結局解いていなかったのだ。
「おっと」
カノンがすぐにふらつくローラを支えて、そっと座らせた。
「なるほど!」
ここでラッシュの様子を横目で見ていたミドリから声があがる。
ミドリはまず強烈な横殴りを対峙する悪魔に入れると、一瞬ふらつく悪魔の背後に回って飛び上がり、トンファーを2本揃えて全体重をかけて悪魔の首に突き刺した。
そして、ラッシュの時と同じような光景が繰り広げられる。
ハナノは今回も少し目を反らした。
「ハナノ、剣に込める魔力は治癒魔法でもいいの?」
その時、ハナノの横でカノンがすらりと剣を抜きながら聞いてきた。
「え? はい、魔力なら何でも大丈夫なはずです」
「良かった」
カノンはにっこりするとハナノの後ろに回り、背後からやって来ていた三体目の豚の悪魔に剣を一閃した。




