94.閑話 ラッドラッドフットの大冒険
おまけです。
前半の文字の塊はけっこう楽しんで書いたのですが、読まなくても大丈夫。
さて、いつものように華麗で美しい上に逞しく、その姿は獅子のようでもあり、龍のようでもあり、またある時は空を羽ばたく極楽鳥のようでもある俺様。もちろん水中では海蛇のようにしなやかに泳ぐ事もできる俺様。海蛇なんてユーモアもあるだろ?ここで安易に海豚とか鯨と書かないのが俺様だ。そんな俺様は今日夢魔に遭遇した、そういえば遭遇したで思い出したのが昨夜居酒屋で出会ったターニャちゃんだ、ターニャちゃんはきれいな焦げ茶色の髪の毛に、大地の神に愛されたかのようなこれまた焦げ茶色の瞳、少し分厚い唇、この少し分厚い所がポイントだぜ? 少し分厚い、これがいい、俺は薄い唇の女より、おっと俺様は薄い唇の女よりももちろん分厚い唇の女が好きだが、ターニャちゃんの場合、体つきは控えめなので、いや控えめは良くないな、印象が薄い? 少し平たい? いかんな調子が悪い、どんどん良くないない。…………爽やか!これだ!爽やかだ!さすが俺様、語彙力が素晴らしい。この語彙力が素晴らしい事も次から俺様の紹介の枕詞にいれなくてはなるまいな。枕詞なんて言葉を使いこなす俺様も素晴らしいだろう? さて、爽やかな体つきのターニャちゃんだが、そういった爽やかな体つきには少し分厚いくらいの唇が最適だという話だ。そして夢魔だが、こいつの倒し方知ってるかい? 俺は知って、おっと俺様は知ってるぜ、この語彙力の素晴らしい俺様が、その素晴らしい才能を存分に発揮して教えてやろう。まず夢魔の外見だがとても気持ち悪い、どれくらい気持ち悪いかというとだな……いかんな、俺様の素晴らしい語彙力と文才で夢魔の気持ち悪さを表現してしまっては、読んでいる君に悪影響があるかもしれないね! 俺様の文章力が余す事なく夢魔の気持ち悪さを語ってしまうと君の気分が悪くなるかもしれないということだぜ? というわけでここは夢魔がどれくらい気持ち悪いかは中略しておこう☆なんて優しい俺様。さて、
「だあ!」
アレクセイは声をあげて、パタンと『華麗で偉大なるラッドラッドフット様の大冒険』を閉じて机に突っ伏した。
「無理だよ、読めないよー。夢魔がやっと出てきたけど……助けてセシル」
泣き言にソファで紅茶を飲んでいるセシルが振り向く。
「それがフジノの言ってた本か?」
「そう、本当に図書室にあった」
「途方もなく分厚いな」
「うん、そして小さい字で文章は一ページ二段になってて、行替えも段落もない。おまけにほとんど自分の自慢と女の子の話。その隙間にちらちら魔物の話。ううぅ……しんどい。体力がどんどん削られてる」
「君は拾い読みが出来ないタイプだしな」
「そうだよー、どうせ僕はこつこつ地道に努力するタイプだよ。君とは違う」
「拗ねるなよ。しかし、時間がかかりそうなら私は私でその本を手に入れなくてはいけないな。いつまで経っても読めない、探せば見つかるかな」
「うーん、たぶん」
「とても古そうだが」
「そりゃね、これ、初版本なんだ」
ニヤリとしながら告げると、予想通りにセシルは目を丸くした。
アレクセイにしてやった感が湧いてくる。彼女を本気で驚かすのはけっこう難しいのだ。
「は?」
「初版本、正真正銘600年くらい前に羊皮紙に書かれた本だよ」
「そんなものが何故まだちゃんと形を留めているんだ?……ふむ」
セシルは爛々とした目で分厚いその本を手に取った。
「魔力をかんじるな。かなり弱くなってるが保存するような魔法がかけてあるのか?」
「御名答。ラッドラッドフットはその本にかなりの思い入れがあったようだ。背表紙に23/33の刻印と本人のサインもある。多分、初版の33冊に何らかの状態を維持する魔法をかけたんだ。破ろうとしてみたら無理だった。怖くて出来てないけど炎にくべても燃えないと思うな」
「偉大なるラッドラッドフット、というのは正しいようだな」
セシルの顔付きが変わり、とても興味深そうに本をめくりだした。
「あ、ちょっと、僕はまだ読みかけだからね。持っていかないでよ」
「私と君の仲じゃないか、アレクセイ」
「仲がいいこととそれは関係ないよ。フジノはデイバン領の神殿の図書室にもその本があったって言ってたから、古い神殿にならあると思うよ」
「ふむ」
ここでセシルが顎に手を当てて考え出す。
しばらく黙った後、セシルはぽつりと言った。
「探してみるのも面白そうだな、33冊全てを」
どうやら変な方向にセシルの興味が向いてしまったようだ。
(集める癖があるからな……33っていう明確なゴールがあるのとか、好きそうだもんな)
魔法のかかった初版本も好きそうだ。
「さっそく探そう」
セシルはそう宣言すると、にこやかにアレクセイに向き直る。
「アレクセイ、疲れただろう。君は少し休むべきじゃないか? 休憩しながらその本のことを教えてほしい」
「僕もフジノに聞いたことくらいしか知らないんだけどな」
「少し読んだのだろう。何か場所のヒントがあるかもしれない」
「あー、うん、そうだね」
アレクセイは苦笑する。セシルの頼みには元々弱いのだ。
仕方ないなと思いながらラッドラッドフットの本に栞を挟み、お茶にすることにした。




