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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第二章

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89/112

89.第一団長(1)


「ハナノ、お手柄だったね」

ハナノは執務室を訪れるなり、笑顔のアレクセイにそう言われた。


「お手柄ですか?」

全く心当たりはなくて首を傾げる。


「うん。お茶会で月下夢草を見つけただろう?」

「…………はい」

ハナノは皇太后のお茶会で水晶宮の庭に植わっていた幻覚作用のある花粉を撒く植物、月下夢草を見つけてホーランドに伝えたのを思い出した。


「あれがねえ、水晶宮の庭全体にけっこうたくさん植えられていたんだよ」

「おっと、危なかったですね」

「次の満月を迎えていたら思うとぞっとするね。場合によっては城中が大混乱になるところだった。念の為に作業をした造園業者を詳しく調べることにもなったんだ」

「詳しくとは?」

「ひょっとしたら作為的かもしれないからね」

アレクセイの言葉にハナノは顔を曇らせた。作為的とは穏やかではない。


「水晶宮の庭の植え替えをした時に、本宮の庭の一部も手を入れてるんだけど、そっちには月下夢草はないんだ。そちらにもあれば本宮の方が人目は多いしもっと早くに気づけたかもしれない」

「偶然ということも……」

「あるとは思う。でも警戒は必要かな。今、警備体制の調整もしてる」

「…………次の満月に合わせて何かあるかも、という事ですか?」

ハナノは少し沈黙してから聞いてみた。


月下夢草は満月に合わせて花を一斉に咲かせる。集団幻覚を起こせば、その混乱に乗じていろいろとよからぬこともできそうだ。


「ちゃんと考えてるね。そうだよ。次の満月は二週間後だったかな? 念のためにその晩の皇宮の警備を手厚くしておこうと調整中。今のところ、第四団全員で夜警になる案が有力だね」

「なんだか大事になってしまいましたね」

「こういう念のためは大切だからね。何も起こらないならそれもよしだよ。さて、それで月下夢草に気づいたハナノにご褒美をあげようってなってるんだけど、希望ある?」

「ええっ、ごっ、ご褒美ですか?」


「うん。皇太后はご自分の宮で起こるかもしれなかった問題を未然に防いでくれたハナノにとても感謝してるからね。僕もここは恩に着せておいていいと思う。何か欲しいものある?」

「でも私、何もしてませんよ。たまたま気づいただけです」

やったことはホーランドにちょこっと伝えただけなのだ。褒美までもらうのは気が引けた。

 

「気づいたのがお手柄なんだよ。皇族からの褒美なんてそれ自体が強みにもなる。ここはありがたく受けようね」

「はあ」

「欲しいものある? 小さい屋敷くらいまでならくれると思うけど」

「やしき…………」

ご褒美のスケールが大きい。お菓子やお花なんて言えば返って失礼になるのだろう。


(欲しいもの……欲しいもの……屋敷クラスの欲しいもの)

ぐるぐると考えてみてからハナノは言った。

 

「フジノに相談しますう」

「あはは、そうなるよねー。一ヶ月くらいかけてゆっくり考えて大丈夫だよ。お勧めはいざと言うときに換金できる宝石か、騎士としては定番の剣とかかな」

「剣かあ……ふむ、フジノ用に立派なやつを貰おうかな」

「ハナノへのご褒美なんだけどな。まあ考えておいてね。ところでお茶会は楽しめた?」

本題は終わったらしい。アレクセイが雑談モードで聞いてきた。

 

「はい。楽しめました。モテるラッシュ団長も見れて鼻が高かったです」

「ふふふ、変わった感想だね」

「尊敬する団長が人気があるっていいですよね。ラッシュ団長のお澄ましモードはなかなかカッコよかったです。そういえば、アレクセイ団長はお見合いとかしないんですか? 夜会に出たりとかは? 絶対人気があると思うんですけど」

ラッシュと同じく、正装したアレクセイも素敵に違いない。

夜会で可愛らしいレディ達に囲まれてるアレクセイを見てみたいなあ、と思う。


「僕? 僕にはそういう人気はない。誰も寄って来ないよ」

アレクセイの返事にハナノは唖然としてから身を乗り出した。


「……は? 何言ってるんですか? この可愛さでこの強さで団長ですよ? それにご実家は公爵家ですよね。少し背が低いくらい何でもないです。それに別に低くもないし! 騎士の中にいるから小柄に感じるだけですし! 騙されませんよ!」

ハナノは握り拳を作って力説した。

アレクセイがモテないとか、ちょっと受け入れられない。帝国の高位のご令嬢達は何か特殊な趣味でもあるのだろうか。


「もしかしてアレクセイ団長はちょっと鈍いとかですか?」

そうに決まっている。きっと公爵家にて純粋培養で大切に育てられてきたから、男女の機微に疎いのだ。

 

「私のアレクセイ団長がモテないわけがないんですよ!」

だんっと机に拳を打ちつけるハナノ。


「わあ、落ち着いてハナノ。モテたら困るんだよ。僕、婚約者いるからね」

ハナノの剣幕にアレクセイは慌ててそう伝えてきた。

 

「こんやくしゃ?」

「婚約者。結婚を約束している人だよ」

アレクセイが穏やかに繰り返し、ハナノの頭にじんわりと“婚約者”が浸透していく。


「こんやくしゃ…………あっ、婚約者か! へええ、そうなんですね! 失礼しました。そうですよね公爵家ですもんね、決まった方がいますよね!」

そういうことなら納得である。

一途なアレクセイもいい。


「婚約者かあ、アレクセイ団長の婚約者さんならきっと可愛い方ですね。いいですねえ」

アレクセイ団長の婚約者を想像してみるハナノ。

きっと優しくて穏やかで可憐な方なんだろうな、と思う。

それとも妖精的な儚い感じだろうか。

素朴で慈愛に満ちた方というのもいいんじゃないだろうか、二人でのんびり歳をとっていくような……。


「うーん、物心付いた時から婚約してるけど可愛い感じはないかな。彼女は可愛いというよりは最強だしね」

「最強?」

自分の婚約者に付ける形容詞として“最強”はあまり使わないだろう。ハナノはきょとんとした。

 

「最強だね。おかげで他から言い寄られたことはないなあ」

「…………お強いということですか?」

ハナノはアレクセイに言い寄るレディ達を蹴散らす女性を想像してみた。


「…………」

そんな風に守られてるアレクセイもわりと絵になる気がする。

さすがうちの団長、何でも様になる。


「すごく強いよ」

「へええ……でも、まあ守られている団長もなかなか良いです」

「守られてはないけど……まあ利害は一致してるしある意味では守られているのかな」

「利害は一致……」

気になった文言を繰り返すとアレクセイは困った顔をした。


「夢がなくて悪いけど、ロマンスはないんだ」

「…………」

それは、互いに愛情がないということだろうか。これ以上は踏み込んではいけない気がして黙っていると、アレクセイは仕切り直すようぱんと手を打った。


「暗くならなくてもいいよ。僕も婚約者殿もお互いに尊敬はしてる」

「そ、そうですか」


「ところで最強で思い出したんだけど、ハナノ、今度第一団長に会いに行かない?」

「えっ、第一団長? 嫌です」

いきなり出てきた第一団長に面くらいながらもハナノはすぐにお断りをした。


「断るのが早いな」

「すごく怖い方なんですよね。名前を呼んじゃダメだし、目も合わせてはいけないと聞いてます。目だけで人を殺せるんですよね?」

ハナノは任命式の時にローラから聞いた第一団長像を思い出す。因みにローラから聞いた第一団長像にハナノ自身の解釈も加わっている。


「目だけでは殺されないよー、そんなことは誰も言ってないはずなんだけどな。ほら、前にフジノと幻獣の召喚について調べてただろう? ひょっとしたら第一団長なら召喚術について何か知ってるかもしれないと思ってたんだよね。年長者だから」


「でも、怖い方なんですよね」

最強で思い出すあたり、間違いなくごつくて怖い人なのだろう。

ハナノの中での第一団長は、黒いもじもじゃした髪と髭に覆われた熊みたいな大男で目だけが光っている。


「厳しい方ではあるなあ。でも最近のハナノは治癒も少しずつ出来てるし、色んな可能性を試してみてもいいと思うんだ」

「はあ」

「ね、今度会ってみよう?」


「…………そちらもフジノに相談してからがいいです」

第一団長と会うことについては双子の兄に相談して一緒に来てもらう流れにしよう、とハナノは固く誓った。





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