87.お茶会後
ラッシュ視点です。
「ホーランド」
お茶会が終わった後、ラッシュは険しい顔でホーランドを呼び止めていた。
老獪な相談役は慇懃に腰を折る。
「ご容赦くださいませ。皇太后様も私も焦っているのです。陛下もあなた様も一向にご結婚の気配がない」
「俺は結婚はしない。叔父上もしてないだろう?」
「ですが、陛下もご結婚がまだの今、世継ぎの問題がございます」
「陛下だってそこは考えておられるだろう」
「どうでしょうなあ」
遠い目になるホーランド。
「陛下は、ブレア様やラッシュ様に頼るつもりではないかと」
「…………叔父上は無理だろう。祖父の所業を見てきている。それを討った父上のことも」
「あの時代は血なまぐさかったですからな」
ラッシュの祖父、先々代の皇帝は五人の兄弟を殺して帝位に就いている。苛烈な人で国の益にもなったが同時に暗い影も作った人だ。
そして先代の皇帝、ラッシュの父はそんな祖父を暗殺して帝位に就いた。歳を重ねるにつれ横暴になる祖父を見かねてのことだったが、元来優しい気質の父はそれによって気鬱の病を患い、長子が成人を迎えると早々にその座を譲って隠遁した。
そういうのを生まれてきてからずっと見てきたブレアは伴侶も子も作らないと決めている。
父親が兄弟や傍系を殺し、その父を兄が殺すのを静かに見つめ続けてきたのだ。もう二度と家族や同族での争いはしたくないのだろう。
「俺も叔父上と同じ考えだ」
ラッシュが告げるとホーランドはぴくりと眉を動かした。その瞳が冷ややかに光る。
「ラッシュ様は面倒臭そうだと逃げているだけでございましょう?」
ぐっと言葉に詰まるラッシュ。
その通りである。暗い歴史は知っているがラッシュは穏やかに母や周囲の愛情を受けて育った。
ブレアとは違って家族を作ること自体には抵抗はない。
赤ん坊の頃からを知られているこの老紳士には全て見透かされていた。
だが、一矢は報いたい。
「……ホーランド、お前、姉上よりは俺の方がまだ何とか丸め込めると思っているだろう」
ジト目で言い返すとホーランドは意外そうに目を見開き可笑しそうに笑った。
「ほっほっほっ、これはこれは、久しぶりにしっかりと心の内を読まれましたな。確かに陛下に世継ぎをと言うのはいささか骨が折れます。男性の私から申し上げるのはかなりデリケートな話にもなりますからな。しかし失礼いたしました。逃げてるのは私も同じでしたな。気をつけましょう」
「ああ、軽い気持ちでうちの騎士を巻き込まないでくれ」
「軽くはございません。ハナノ様に関しては皇太后様もずいぶんと乗り気でいらっしゃいます。かなりの魔力をお持ちと聞いておりますので」
ホーランドは言葉を切ってラッシュの顔色を窺った。
「……俺の魔力の少なさを一番気にしてるのは母上だからなあ」
ラッシュはがしがしと頭をかく。
あの母はラッシュの魔力が少ないのは、自分がちゃんと産んでやれなかったせいだと思っているのだ。
「もちろん、無理強いするつもりはありませんが、機会は作っていきたいと考えております」
「いや、作んなよ」
「それにハナノ様に関しては、貴族派に取り込まれる前に皇室に取り込んでおきたいという政治的な思惑もあるのです。膨大な魔力を持つ少女を手に入れようと幾つかの家門が動いています。今回のお茶会はこちら側で既にいろいろ固めているというアピールでもありました」
「ハナは皇室直属の騎士団の所属だ。それで十分だろう」
「ラッシュ様、ハナノ様はまだお若い。婚約や結婚でいかようにも取り込めます。私としてもその方法でこちらに囲っておきたいですな。それにただの田舎の天真爛漫な娘かと思っていましたが、なかなか魅力的なお嬢さんです。空気をしっかり読みますし、自分の意見も通します。マナーも酷くはなかった。また、令嬢達の意地悪の洗礼には鈍感でした。こういう鈍感さは皇室でやって行くには必要なものです」
「ずいぶんと気に入ったんだな」
「皇太后様も気に入られました」
「……マジかよ」
ラッシュは頭を抱えた。
驚いて戸惑うハナノが容易に想像できる。
自分の事情にあの真っすぐで元気いっぱいの新人騎士を巻き込みたくはない。
「古代語を操る才女でもありますしね。ラッシュ様もお気に入りでしょう? 可愛らしい方ではないですか?」
ホーランドが意味ありげに笑い、ラッシュは全力で否定した。
「いやいや、可愛らしすぎるわ。そんな対象じゃねえよ」
女性には元々興味関心はあまりなく、ましてやハナノをどうこうするつもりは一切ないのだ。ラッシュにとってのハナノは守り導くべき若い騎士である。
「ハナは子供だ」
「何をおっしゃいますやら、ハナノ様は十六才。れっきとした大人です」
「見た目は子供だろ」
「あと二年もすれば印象は変わりますよ。あれくらいの年齢の娘はすぐに大人っぽくなります。大丈夫でしょう」
「あのなあ……あ、待て!」
ぐいぐい迫るホーランドを何とか諭そうとして、ラッシュは、そうだと思い出す。
「ハナは好きな奴いるぞ」
「ヤンバス侯爵家の倅ですな」
ホーランドはすぐさまそう返してきた。
「なんだ知ってんのか」
「一目瞭然ですからな」
「だよなあ、あいつはカノンが来たら全然変わるからな。騎士団では本人以外は全員知ってる。カノンも含めてみんなで温かく見守ってるもんなあ」
今日も銀髪の副団長の名前が出ただけで赤くなって慌てていた。分かりやすすぎる。
「カノン殿はハナノ様にはレベルが高いかと」
「は? 俺のレベルが低いみたいじゃねえか」
聞き捨てならない。
「こと女性に関してならそうでしょう」
「皇帝の弟に対してひどくないか?」
「まあ、ヤンバス家で囲い込んでも良いのですがね。あそこは筋金入りの皇室派ですし。でもハナノ様のあれは恋に恋してるようなものでしょう」
「どうだろうな。ハナはいつもカノンがいい匂いだと言っている」
ラッシュの言葉にホーランドは少し意外そうな顔をした。
「カノン殿は香水はつけていません。特有の香りはないですが」
「おそらくだが魔力の相性がいいとかじゃね? 本能的に惹かれるんだろう。俺には分からんが同じ属性の魔力は惹かれるらしいしな」
「正反対も然りとは聞きます」
「どっちにしろ、ハナノは本気だと思うぞ。邪魔してやんなよ。カノンがどうするかは自由だが」
ラッシュはハナノのことは後輩として好いている。あの真っすぐな瞳が変な思惑で曇るようなことにはなってほしくない。
「ふむ。では私としてはラッシュ様をプッシュしつつヤンバスの倅もキープですな」
「勝手にプッシュすんな。そもそもハナにはフジノが付いてるから、誰かと結びつけるのは難しいと思うぞ」
「そうですなあ、私、そちらにも近付こうとしましたが物凄く嫌な顔をされて無視されました。久しぶりですな、ああいうのは。」
「えっ、あいつ、お前を無視するとか、すげえな」
「まあ、あの様子なら貴族派も魔法塔も無視でしょうから逆に安心でもあります。変なところに囲われたりはしないでしょう。とにかく私は私なりに暗躍してみます」
「暗躍するな。皇家の都合でハナを傷付けるなよ。フジノとアレクセイが怒る」
「そのお二人は怒らせたくないので肝に命じます。本日、もうひと方の怖い存在も知ったところでして、あれでは皇太后様も迂闊に手は出せませんな」
「もうひと方?」
「今日の方が私としては一番怖いですなあ、ほっほっほっ」
ホーランドは愉快そうに笑い、恭しく礼をすると去っていった。
ラッシュはホーランドを見送りながら、この老獪な男が怖がりそうな人物について考えてみる。
(騎士団関係者だよな…………第三団長か?)
第三団長セシルもハナノをかなり気に入っている。ラッシュはセシルが怒ったところを見たことはないが、とても怖そうだ。
ふむ、きっとそうだな、とラッシュは頷いた。




