83.お茶会にて(1)
お茶会当日。
「フジ! 見て見て、どう? どう? お姫様みたい?」
ドレスを着せてもらったハナノはフジノの前でくるくると回った。肩口までしかない髪の毛も何とかアップにしてもらって少しだけお化粧もしている。
「すごく似合ってるよ、ハナ。でもそんなにはしゃがないで、お姫様ははしゃがないよ」
フジノは機嫌が悪そうではあるけれど、褒めてはくれた。
「ほんとう? 似合ってる?」
「うん、僕の可愛いお姫様だよ」
「うふふー、くるしゅうないぞ」
いつもなら引くような兄の言動も気にならないくらいにテンションが上がっているハナノ。
「なんかそれは違うような……浮かれてるなあ。まあ、これだけ喜んでるなら、お茶会の庭を焼き払わなくてよかったかな」
「ん? なんか今、不穏なこと言わなかった?」
「言ってないよ。それよりハナ、ローラから離れないようにしなよ。あと走らないよ、こけるからね。それと食べ過ぎないようにするんだよ」
注意事項が完全に小さい子供へのそれであるが、今のハナノはとても機嫌がよいので流してあげる。
「分かった」
「会場の皇太后の水晶宮の庭までは歩いてくんだよね? ローラに掴まって歩くようにしなよ」
騎士団本部は皇宮のすぐ北側に接している。お茶会会場の皇太后の水晶宮は皇宮の中でも騎士団寄りの場所にあるので、騎士団本部からは歩いて10分くらいで着く。
徒歩でお茶会に行くのは様にはならないけれど、馬車で城の正門に乗り付けても結局は広い敷地内を歩かなくてはならないので同じ事だ。
「そんなに心配しなくてもヒールでも歩けるようになってるよ。あ! ねえねえ、このイヤリング、サーバルさんみたいなのにしたの? どう?」
ハナノは自身の耳に手を添えてフジノを見あげた。
「そうだね、大分上品な感じになってるけど、大体同じだ」
「へへへ」
サーバルとお揃いみたいで嬉しくて、ハナノの顔はますます緩んだ。
「ローラ、これ大丈夫かな? 浮かれすぎてない?」
フジノは同じくドレスアップしたローラに近づくと心配そうに聞いた。
「ドレスは初めてだしね。あと女性の近衛騎士を見るのを楽しみにしてるのよ」
「…………じゃあずっとこうか」
「会場に着いてしばらくしたら少しは落ち着くんじゃない?」
「だといいけど……ハナ! とにかくこけないように気を付けるんだよ」
「大丈夫!」
「不安だな……」
そうして、心配そうなフジノを置いてハナノとローラは水晶宮へと向かった。
今回のお茶会は水晶宮の庭園の一角で行われる。ぐるりと腰の高さの生け垣で囲われたその一角には、このお茶会の為に様々な花が配置されていた。
たくさんのテーブルと椅子がセットされ、外周にはお茶と色とりどりのお茶菓子が用意された机が並び、給仕を行うための侍女と給仕係が控えている。
会場の入り口で招待状を見せて、席に着く。どこに座っても良い、との事だったのでハナノとローラは一番端のテーブルに座った。
招待客は100人弱で、半分は年若いレディ達だ。華やかな装いの令嬢達にハナノはわくわくした。こんなにたくさんの令嬢を見るのは初めてだ。
ドレスを可憐に揺らして、高い声で楽しげに笑い合ったり、ささやき合ったりしている彼女達は、庭園の午後の心地好い日差しの中、それら自身が風に揺れる花のようだ。
「ローラ、素敵ねえ」
座って眺めているだけで楽しい。
そんな中、皇太后とラッシュが一番奥のテーブル付近に姿を表した。
皇太后は赤茶色の豊かな髪の毛を持つ、存在感のある女性だった。自信に溢れ、堂々としている。
ラッシュは今日は騎士服ではない。
白を基調にしたお茶会らしい明るく軽やかな正装で、髪も前髪がきっちりと後ろへ流されていて、雰囲気が全然違う。
態度もいつものくだけた様子は一切なくて、お澄まし顔だ。
「ローラ、ラッシュ団長が大人っぽいね」
「そりゃあね。こういう場面ではきちんとなさるわよ」
「へえー、大変だね」
こそこそ話している間に皇太后が会場を見回し、本日は楽しんでらしてね、みたいなことを言って正式にお茶会が始まった。
「ハナ、簡単に挨拶だけするわよ」
始まってすぐにローラが席を立つ。
「えっ、もう?」
「最初にしておけば気が楽でしょう。本日はお招き頂きありがとうございます、ってお辞儀するだけだから。何せすごい人数だもの」
「はーい」
ローラに言われるがままに、ハナノは皇太后とラッシュに流れ作業で挨拶をした。
皇太后には嫣然と微笑まれてドキドキし、ラッシュにはやはりお澄まし顔で頷かれた。
本格的にお茶会が始まると、あっという間に皇太后とラッシュのテーブルには人だかりができた。
テーブルの椅子には限りがあるので、周囲で立ち話をしながら近付く機会を伺うご令嬢達もいる。
ハナノはほっとした。
どうやらお見合いといっても、こちらから積極的に行くシステムみたいだ。なら、行かなければいい。
「ラッシュ団長、人気だねえローラ。さすが団長だよね」
力を抜いて、すっかり寛いだモードでハナノは言う。
尊敬する団長が女性に人気があるのは素直に誇らしい。
アレクセイ団長も人気あるかな? と考える。
あると思う。絶対にあると思う。
「そうね。皇弟妃の座に魅力を感じる方は多いでしょうしね。ラッシュ団長は奥手で硬派な方だし、そういう部分がお好きな方も結構いるわよ。お顔もきりっとしてらっしゃるしね」
「今日は三割増しくらいできりっとしてるしね。さっき挨拶した時も“ああ”だけだったもんね」
ハナノは先ほどのラッシュを、何だか他人行儀でくすぐったかったなあ、と思う。
「騎士団での姿を見慣れてると違和感はあるわねえ」
「あ、ところでローラはこんな端っこに私といていいの? こういうお茶会って、女の子達で親交を温める場でもあるでしょう?」
地方出身の自分はともかく、ローラには付き合いとかがあるはずだ。
だがハナノの問いにローラは少し沈んだ顔で答えた。
「いいのよ。私、友人らしい友人なんていないから」
「そうなの?」
「そうよ。最初のお茶会で失敗して以来、緊張して変に構えてしまうからダメなの」
「あー」
ハナノはローラとの初対面を思い出した。
「あー、って何よ、あーって」
「ふふ、確かに私との初対面も変なテンションだった。家訓いっぱい出てきたし。ふふふ」
「うるさいわねえ、ちょっと、笑うのやめなさいよ。」
「ふふふは」
「ちょっと!」
ローラは顔を赤くして怒り、ハナノはしばらく思いだし笑いをした。




