81.お茶会への招待(2)
ホーランドに声をかけられてから更に数日後の朝、ハナノとローラの寮の部屋に皇室の封印が押してある二通の手紙が届けられた。
一通はローラ宛で、もう一通はハナノ宛だ。
「皇室の印だ……何これ?」
ハナノは自分宛の手紙をじっと見つめる。
今まで受け取ったことのない豪華な封筒だ。そっと触ってみると、ぬめっとしていて紙の質がやたらと良く優雅な彫りも入っている。
なんだか怖い。
固まるハナノの横でローラも自分宛てのものを手に取った。
「あら、皇室からね。皇太后の印も押してあるし時期的に皇太后のお茶会の招待状じゃないかしら?」
ローラは慣れた手つきで、手紙の封を切って中身を確認した。
「やっぱり、皇太后のお茶会の招待よ。毎年この時期なの」
「さすがローラ。何でも知ってるね」
「ここ最近、お茶会の招待状は皇太后縁の人たちとは別に、帝都に家を持つある程度以上の身分の未婚の貴族女性に送られてくるのは有名な話でしょ。私も二年前からご招待を受けてるわ」
「へえー、そうなんだ。ところで何でそれと同じっぽいのが私にも来てるんだろう?」
「招待されたんじゃないの?」
「いや、うちん家はすごい田舎だよ。おまけに男爵だし」
ハナノの実家の男爵家は帝都からは遠く離れている。もちろんタウンハウスなんてものも持っていない。
「そっか、そうよね」
「私のはお茶会の招待状じゃないのかな?」
「うーん、男爵だものね。いつもは子爵家以上が招待されてるんだけど……まずは中身を見てみなさいよ」
ローラに言われてハナノは封を切り、そうっと薄目で中身を読んでみた。
優雅で高貴な文章が踊っている。奥ゆかしくて読みにくいが内容はどうやら皇太后のお茶会への招待のようだ。
「うへえ、招待状だ……」
思わずひどい声を出すハナノ
「うへえ、はないでしょう? それなりの身分と皇太后のお眼鏡にかなってないと招待されないから、招待されるのは結構名誉なことなのよ」
「そら、ご令嬢はね。ええー、どうしよう。貴婦人のお茶会なんて参加したことないから困るよ。何で招待されてるのか分からないし……えっ、しかも一週間後だよ!? 急じゃない?」
ハナノはお茶会の日付を見て慌てた。
「この数年は恒例の行事だから、帝都では皆、そわそわと招待状を待ってるものなの」
「ええー、何それ。どうしよう、こういうのって断れないんだよね? ドレスだよね? もちろんドレスで出席だよね? ローラ、私、ドレスなんて一着も持ってない……」
「えっ、一着も?」
「なんなら靴もネックレスもイヤリングもないよ……」
「あなた、いちおう男爵家の末っ子一人娘でしょう? 今まで何してきたの?」
ローラが驚きと呆れの混じった顔をする。
「フジノと古書を読んできたんだよ!」
ハナノの力いっぱいの反論にローラは頭を抱えた。
「そうだったわね。ドレスがないのは困るわね。皇太后のお茶会は毎年日取りも決まってるし、帝都の令嬢はいつ招待されてもいいように準備してるのよ。特にこの数年はお見合いというか、花嫁候補探しだから若い女の子なんかは気合い入れて用意してたりするのよね……あ、そうか、ハナはそういう招待か」
ここでローラは何かにぴんときて、一人で「うんうん、そうだわ」と納得しだした。
「どうしたの? ローラ」
「いえ、何で地方の男爵家のハナに招待状きたのかしら、と思ってたんだけどその理由は分かった気がして」
「何でなの?」
「えーとね、ハナ。ここ数年の皇太后のお茶会は陛下の弟君のお見合いというか花嫁探しの場にもなってるの」
「へえ」
華やかな場なんだなあ、とハナノは思う。
ハナノが目指すのは花嫁ではなく凛々しい騎士なので、華やかだなあとは思うが全くの他人事である。
「陛下も未婚だけど、皇弟殿下もまだ独身なのよ。陛下にはいちおう婚約者がいらっしゃるけど、弟君は異性に全く興味の無い方で婚約や恋人のお話が一切ないの。それでいい加減、皇太后様が業を煮やされて、数年前からお茶会を利用しての強制お見合い会が開催されてるのよ」
「ふむふむ……興味がないのにお見合いなんて、やんごとなき方は大変だね。それと私はどこで結び付くの?」
今のところ、一切お呼びではなさそうだ。
「たぶん、ハナが皇弟殿下に気に入られてるからお呼びがかかったのよ」
(………………うん?)
何ですと?
「ローラ、私、皇弟殿下とは会ったことないよ?」
「ふふ、そうくると思ってたわよ。ハナはね、会ってるの」
「いやいや、さすがに皇族の方と会ってたら覚えてるから」
馬鹿にしないで欲しい。雲の上の方々だ。会っていたら忘れるはずがない。ど田舎育ちなので絵姿すら見たこともないが、もちろんすごいオーラでお付の人もいるだろう、会えばきっと分かる。
「皇族としてじゃなくて会ってるの。皇弟殿下は騎士団ではその身分で振る舞われないし、そのように扱われるのを嫌ってて誰も殿下なんて呼ばないから、ハナが気付いてないだけよ」
「えっ、騎士団にいらっしゃるの? 誰?」
ハナノはびっくりして聞いた。
(私、会ってるんだ、誰? 誰だ?)
ハナノは自分に関わりのある騎士たちを思い浮かべる。真っ先に候補にあがったのはもちろんアレクセイだ。アレクセイには隠しきれない品があると思う。
陛下の弟君だと言われても納得である。
(あれ? でもアレクセイ団長は公爵家だったよね? じゃあ、違うか)
最有力候補がはずれて、それならもしかしてサーシャあたりだろうか、と考えているとローラは予想もしていなかった名前を口にした。
「ラッシュ団長よ」
「…………」
ハナノは絶句した。
ちょっと一瞬、息も止まった。
「えええっ! 嘘ぉ! ええっ、ラッシュ団長だよ!? すごく気安いし、言葉遣いも割りと荒いよ?」
びっくりし過ぎてドキドキしてきた。
だが言われてから思い返すと、当てはまる部分はある。
(そういえば、くれるお菓子はいつもお洒落だった!)
どうりで高そうな品の良い菓子をくれていたわけである。
「……殿下だったんだ」
「ええ、騎士団内では皇族として振る舞われてないけどね」
「うわあ、ラッシュ団長は皇族であせられた、うん? あせらら……あらせる?」
「在らせられた、ね」
「それ、あらせられたんだ。私、失礼なことしてないかな? お菓子もらってたのはセーフ? アウト?」
「ハナ、大丈夫よ。普通で大丈夫なの。ご本人は騎士団でそういう風に扱われるの嫌ってるからね。むしろ態度を変えないように気をつけないとダメよ」
慌てるハナノにローラが注意する。
「分かった。……あれ? で、結局、私は何故ラッシュ団長のお見合い会に行くのかしら?」
「だってあなた、完全に好かれてるじゃない、ラッシュ団長に」
ローラに指摘されて、ハナノは今度はぎょっとして青くなった。
「好かれてるって、そういうやつじゃないよ。花嫁候補とかじゃないよ」
ハナノとラッシュの関係は絶対に男女のそれではない。何かひどい勘違いが発生していると思う。
「分かってるわよ。それは見てたら分かるわよ。でもラッシュ団長って女性に対しては奥手なタイプで、あんな風に贈り物されてるのハナだけよ?」
「贈り物って……貰ってるのはお菓子だよ。あれはほぼ餌付けだよ」
「餌付けであってもよ」
「いやいやいやいや! お見合い? ラッシュ団長と? そんなのラッシュ団長が困っちゃうよ。断れないかな、断った方がラッシュ団長のためなんじゃ……」
自分がのこのこ行くような場面ではないはずだ。ラッシュだってきっと戸惑う。
「ハナにはすごい魔力もあるんでしょう? それもあって目をかけられたのかも」
ハナノが潜在的には多大な魔力を持っていることは騎士団の上層部や第二団の騎士達には周知されていて、ハナノはローラにも打ち明けている。
「あるらしいけど全然使えてないんだよー、そこに注目されても」
魔力のせいではと言われてハナノはますます戸惑った。
「ハナ、落ち着いて。ほら、私も招待されてるでしょ。とにかくいろんな方を揃えてのダメ元でのお見合いなのよ。毎年騎士団関係の方も何人か来てるわ。お見合いは非公式で体裁はお茶会だし、毎年のことだからラッシュ団長だって心得てるわよ」
「そ、そっか」
どうやらその他大勢の一人らしい。それならわざわざ断るのはかえって失礼だ。
「たくさんのご令嬢が来るわよ。せっかくだしたまにはドレスでも見ておきなさい。騎士として貴人のお茶会の警護にあたることもなくはないし、場合によっては女性騎士ならドレス着て任務にあたる事もあるから勉強になるわよ」
「ドレスで任務?」
「今はあんまりないと思うけどね、お隣のフレイア王国とぎりぎり国交があった時なんかは、先々代の陛下は王国の使節と会う時、騎士とは別に愛人の体で女性騎士を連れてたらしいわよ」
「へえ。かっこいい」
まるで小説みたいだ。
「それに皇太后付きの近衛騎士達も見れるわよ」
「!」
近衛騎士と聞いて、ハナノの目つきが変わる。
「ローラ、近衛騎士って臙脂色に金の縁取りの騎士服を着てるんだよね?」
「そうよ。ズボンは同じ白色」
「近衛って、実力と爵位と見た目を全て兼ね備えた騎士だけがなるやつだよね?」
「そうよ。最近は爵位はそこまで重視されないわね。見た目は……そうね、式典では目立つしそれなりに考慮されると聞くわね」
「もちろん、女性の近衛騎士もいるよね?」
「いるわ。女性皇族の近衛騎士ですもの」
「全てを兼ね備えた女騎士……」
見たい。遠目でちらりでもいいから見たい。
ハナノはがぜんやる気が出てきた。
「ローラ!」
「なあに」
「お茶会に行くよ!」
「やる気になって良かったわ。断れないしね」
「うん。考えてみたらローラも一緒だし楽しそうだよね!」
わくわくしてきたハナノだがここで自分にはドレスがなかったことを思い出した。
「あ……でも、ドレスどうしよう」
「本当に一着もないの?」
「ない。お金もないんだ。私のお金は全部フジが管理してるから」
「あら、怖いことを聞いちゃったわね。とりあえず今回はフジノにお金まで握られているのはスルーしとくわね」
「事情を話してお金を貰うかあ、でもドレスなんて選び方とか分からないな」
どれくらいの金額なのかの検討もつかない。何なら店すら知らない。
フジノも知らないだろうなあ、困ったなと考えているとローラが明るくこう提案してきた。
「ハナ、ドレスは私のお古で良ければあげるわよ。丈を詰めたら何とかなるんじゃないかしら。靴も詰め物をしたら履けるでしょう。今日か明日にでも勤務終わりに我が家に行って合わせる?」
「いいの?」
ハナノの顔が輝く。
「いいわよ。古いドレスなんて着ないもの」
「うわあ、ありがとう、ローラ!」
「どういたしまして。何だか楽しくなってきたわね。まずは朝ごはんに行きましょう」
「うん!」
ハナノは元気いっぱいになり、ローラと共にまずは朝食のため食堂へと向かった。
でも結局、ハナノのドレスはローラのお古にはならなかった。
ハナノはこの日、生まれて初めてドレスを生地からフルオーダーすることになる。




