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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第二章

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80/112

80.お茶会への招待(1)


ハナノが治癒魔法を使う特訓を始めてから一ヶ月経った。

特訓といってもほとんど座学である。ハナノは週に一回、カノンからせっせと身体の構造について学んでいた。

また、座学と並行して最近は剣の魔法の補強にも力を入れている。

以前はハナノの魔力が微量だからとサーシャより補強するのは一日一本と決められていたが、魔力量が多いと分かったので、魔力を与える感覚を体に覚え込ませるためにも毎日積極的に行うことになったのだ。


ハナノは武器庫の第二団の予備の剣は早々に補強し尽くしてしまい、許可を得て他の団の剣の補強も行うようになっている。

そのおかげで食堂などで全然知らない騎士から声をかけられることが増えた。


「君がハナノだね! 剣の魔法を補強してくれてありがとう、助かるよ」

お礼を言われることが増えたのだ。

これは結構嬉しい。

たまに自分の剣をわざわざ持ってきて「時間があればお願いしたいな」頼んでくる者もいる。

これも嬉しい。ハナノはできるだけ対応してあげた。



さて本日、ハナノは治癒魔法の座学中にそろそろ治癒魔法が使えたりするのでは、とカノンに相談してみた。


「そうだなあ、試してみてもいいかな」

カノンはポケットから小さな救急セットを取り出した。そこにはピンセットやハサミ、絆創膏に加えて折りたたみナイフが入っている。


「ところでカノンさんが初めて治癒が出来たのはどんな時だったんですか?」

「俺は物心ついた時には使っていたよ。転んだ時の自分の擦り傷とかを治してたんだ。治癒魔法使いは大体自分の傷を治す所から入るね」


「ふむ……では、ナイフを私に貸してください」

手を差し出すハナノにカノンはにっこりして手にしていた折りたたみナイフを自分の方へと引いた。


「ダメだよ。女の子が自分で自分を傷付けたりしたらダメだ」

「女の子ではありません。騎士です」

「騎士でも女の子だよ。ダメ」

カノンはいつもよりキツい口調で禁止すると、さっさと自分の手のひらを浅く切った。


「私のためにカノンさんが傷つくのは嫌です」

「そう思うなら、治して」

「むう……」

ハナノは仕方なく差し出された手のひらに集中した。

剣の手入れを思い出しながら、自分の人差し指の魔力を感じ、皮膚の表皮と血管を思い浮かべて血が止まり、傷が塞がるのをイメージする。


ほわりと指先が光った気がした。


「あ」

カノンが声を出す。

傷口の血が止まったのだ。

手のひらの傷は塞がるとまではいかなかったが、うっすらと治りかけみたいな状態になった。


(治った?)

「やった!…………出来た? 出来てます?」

ハナノはドキドキしながらカノンに確認した。


「すごい、出来てるよ、ハナノ。完璧じゃないけど絶対に少し治ってる。治りかけのムズムズする感じになってる」

カノンが手のひらを見ながら嬉しそうだ。 

「やったー! 出来た!」

ハナノは跳び跳ねて喜んだ。


「カノンさん! 私、魔法使ったの初めてです! しかも治癒! さっきちょっと光ってましたよね! 魔法でしたね!」

「うん、魔法だった」

「ヤッターー!」

「座学を頑張った甲斐があったね。凄かったね。おめでとう」

カノンがにこにこしながら褒めてくれる。


「ありがとうございます! カノンさんはもう私の師匠ですね、師匠!」

「ふふ、じゃあハナノは僕の愛弟子だ」

「はい! “おい弟子!”とかって呼んでもらって構いませんよ、師匠!」

「それは、呼ばないかな」

カノンは苦笑いになった。

 

ハナノはその日の内に意気揚々と少し治癒魔法が使えたことをフジノとローラとアレクセイに伝えた。

フジノは少し微妙な顔をしていたけれど、ローラとアレクセイはとても喜んでくれた。




❋❋❋


「失礼ですが、ハナノ・デイバン様でいらっしゃいますでしょうか?」

ハナノが治癒魔法を使えてから数日後の昼休み、騎士団本部の廊下を一人で歩いていたハナノはそう声をかけられた。


「はい」

ややこしいことじゃないといいな、と思いながらハナノは振り向く。最近、こういう声掛けで対応に困ることが多いのだ。


本日はこれからカノンと一緒に医務室の利用者達に治癒魔法を使ってみることになっているし遅刻はしたくない。


振り向いた先には、上質な仕事着に身を包んだ初老の男性が胸に手をあてハナノに恭しくかがんでいた。

白髪をオールバックにして流していて、白い口ひげはきっちりと形が整えられている。

片眼鏡の奥から覗く目は優しげだが油断ならない光を含んでいた。


「そうですが。あなたは?」

ハナノは少し警戒しながら聞いた。


「これは名乗らずに失礼致しました。私はホーランドという者です」

「こんにちは、ホーランドさん。私にご用ですか? 騎士団の方ではないようですが……」

騎士団では事務方も皆騎士服を着ている。ホーランドの服装は執事や侍従のような服装で、騎士団の人間ではないことは明らかだ。


「そう警戒ならさずとも全くの無関係ではございませんよ。こちらはお近づきの印です」

そう言ってホーランドはポケットから花形に型抜きされたクッキーが入った小さな包を取り出した。


「ジンジャークッキーです。お好きですか?」

「わあ! ありがとうございます。好きです」

ハナノの顔がほころぶ。

ほくほくで受け取ってから、ハナノははっとした。


「あの、ホーランドさん、これは?」

「お納めください」

「いや、でも……」

ハナノはクッキーを仕舞うのをためらい、返そうとする。

 

最近、こういう風に初対面で贈り物や手紙を渡してくる身なりの良い人がちらほらいるのだ。

彼らは皆ハナノの甚大な魔力のことを知っていて、是非とも近づきになりたいと言う。ほとんどが力のある貴族の関係者で、何となく気持ち悪いので贈り物は全てお返ししていた。


フジノが側にいる時はフジノが殺気を出して喋らせもせずに追い払ってくれるのだが、ハナノ一人だとけっこう時間を取られたりもしている。


「これはいただけません」

ハナノは菓子の包みを突き返した。

貴族たちから贈られる物はいつも高価なものだ。こういう可愛らしいお菓子は初めてで、つい受け取ってしまったがいくらお菓子でもこれは返した方がいいだろう。

 

「おや? ラッシュ様がお菓子をよく差し上げてるとお聞きしているので、私もお近づきの印にと思ったのですが」

突き返されそうになっているクッキーを見ながらホーランドは大袈裟に眉尻を下げた。


「ラッシュ団長のお知り合いなんですか?」

知っている名前が出てきて、ハナノはほんの少し警戒を緩める。


(ラッシュ団長の執事さんとかなのかな?)

ホーランドの服装はいかにも執事っぽくはある。ラッシュは以前に自分はけっこう身分が高いというようなことを言っていたから、お抱えの執事くらいはいるのかもしれない。

 

「執事さんですか?」

「そのようなものですな。執事というよりは爺でしょうか?」

ホーランドはそう答えると、ほっほっ、と笑う。


「じいやさんでしたか!」

ハナノは完全に警戒を解いた。

なるほど、なるほど。

つまりいわゆるお目付け役とか教育係だ。

きっとラッシュが幼い頃より見守り導いてきたのだろう。


(ラッシュ団長ってば、お坊ちゃんだったんだ)

小さなラッシュを想像してやんちゃだったんだろうなあ、なんて思う。


「ええ、ハナノ様にはいつもお世話になっていると聞いてます。なのでお気になさらずお納めください」

「ありがとうございます。お世話はしてないんですけどね」 

ハナノはほっとして、あらためてほくほくとジンジャークッキーをポケットにしまった。


「ラッシュ団長にご用ですか?」

「はい、これから寄る予定ですよ」

「ご案内しましょうか?」

「いえいえ、大丈夫です」

ホーランドはハナノの申し出を丁寧に辞退して、じっくりとハナノを見た。


「大変失礼ですが、ハナノ様はおいくつですか?」

「私ですか? 16才です」

ハナノは胸を張って答えた。


「ふむ、成人されてるのですね」

「はい!」

「よろしい、よろしい。少し小柄ですが、健康的ですな、非常によろしいですね」

「はい、ありがとうございます!」

「おっと、私はもう行かなくては。それではハナノ様、またお目にかかりましょう」

ホーランドはちらりと背後を気にしてそう言うと、美しいお辞儀をして滑るように歩いていった。


歩き方はとても洗練されている。

良い家の執事ともなると歩き方も違うんだなあ、とハナノはホーランドを見送った。

 

「今のは、ホーランド閣下だね」

そこで知ってる声がして、隣に誰かが並ぶ。

見上げるとカノンだった。


「こんにちは、カノンさん。閣下? ラッシュ団長のじいやさんと聞いたんですけど」

「え、あの人そんな説明してたの?」

ハナノの言葉にカノンはちょっとぎょっとした。


「…………違うんですか?」

「あー、いや、ご本人がそう言うなら……まあ、そうと言えなくはないし……」

「お菓子、もらわない方が良かったでしょうか?」

ハナノはおどおどとポケットからジンジャークッキーを出す。


「ふふ、もらっちゃったのかあ。ハナノ、知らない人からお菓子をもらわないよ」

カノンが笑いながらフジノみたいな事を言ってきた。

 

「本当に可愛い弟子だね」

続いて、甘い笑顔がくる。

久しぶりのキラキラ笑顔だ。


「うわ、カノンさん、その笑顔は久しぶりですね」

「治癒魔法の練習中は出さないように気をつけてるからね」

「そうだったんですね。お気遣いありがとうございます」

「うん、そういう素直な所がほんとに可愛いね」

「それは止めてくださいね! 騎士ですからね!」

可愛い、についてはしっかり否定しておく。目指しているのは凛々しい騎士なのだ。

週に一回の授業を通してカノンにも慣れてきたので、これくらいのことではもうあまり緊張しなくなっている。


「あはは、気をつけるよ。でも、あれだね。ハナノはあの方に目を付けられたね。もうすぐお見合いだもんなあ」

「あの方とは? ラッシュ団長ではなくて?」

「それは内緒。ラッシュ団長には言っておくから大丈夫。さて、治癒魔法の練習に行こう。今日は医務室で軽い怪我の人を治してみようね」

「はい。本日もよろしくお願いします!」

ハナノはいつものように元気よく返事をして、ジンジャークッキーをそっとポケットにしまった。



 

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