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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第二章

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75/112

75.ハナノの特訓(1)


「このまま騎士団でお世話になることにしました」


ブルードラゴンの湖から帰ってすぐに、フジノはアレクセイの部屋を訪れそう告げた。

アレクセイの顔が輝く。


「良かった! サーシャのおかげかな?」

「どうでしょうね」

「あれ? もしかして僕を慕ってくれてるからかな?」

「どうでしょうね」

「否定しない……慕ってくれてるの?」

「どうでしょうね」

「えー、気になるよ」

「そうでしょうね。じゃあ、僕はハナノの様子見に行きますね」

少し気恥ずかしくてフジノはさっさと部屋を出ようとした。


「待ってフジノ。そういうことなら一緒にブレア総監に報告しに行こう」

「え、嫌です。僕あの人苦手なんですよ」

フジノは顔をしかめた。

騎士団の任命式での緑の目を思い出す。全てを見透かしてくるような目だった。あれに晒されるのは嫌だ。


「大丈夫、まずは僕が説明するからさ。総監は立派ないい人だよ」

「立派な人といい人は両立しないと思いますよ」

「深い事言うねえ。でも、騎士団に残るなら上司への報告は義務だよ。さ、行くよ」

フジノはアレクセイに引っ張られて渋々ブレアの部屋へと向かった。



「アレクセイから大体のところは聞いた。ハナノの魔力だが、おおよそどれくらいだろうか?」

広いが簡素な執務室、黒檀のすっきりした執務机に座ったブレアは開口一番フジノにそう聞いてきた。

ブレアの隣には第四団長のラッシュも立っている。


ラッシュまでいることは気に入らないが、突っかかっている場合ではない。フジノはラッシュは無視して真っ直ぐにブレアに向き合った。

相変わらずの全てを見透かすような緑の瞳。声色はやたらと心地よくてつい無防備になりそうになる。

フジノは体を硬くした。


「何とも言えません。桁違いなので。数万の単位だとは思います」

「ふむ。アレクセイ、君はどう思う」

「僕もそれくらいだと思いました。数万あるんだろうな、くらいですが」


「そうか、それで何故隠していたんだ?」

ブレアはじっとフジノを見てきた。

じわりと背中を汗がつたう。やはり、苦手だ。


「隠していたわけでは」

「あれだけの結界を張って、疑似魔法までかけていただろう? 少なくとも申告する気はなかった。入団試験の申請書には能力を書く欄があったはずだ。数万の潜在的な魔力は申告すべきであったと思うが」

フジノはブレアの目が自分の深い部分まで視てくるのを感じる。


(これは偵察魔法か?)

だがラッシュにそれを使われた時とは感覚が違う。魔法に曝されている違和感は少ないのに全てを視られるような感覚。

視られているのは感情も記憶も全てだ。フジノはとっさに自分の周囲の魔力を厚くしてから答えた。


「ハナノは無意識に魔力を封じていて使えません。使えないものは申告しようがないでしょう」


「使えない、か。しかし危険だとは考えていただろう、あの結界だものな。相談はすべきだったと思うね。捉え方によっては騎士団を害するつもりだったと考えれなくもない」


「!」


「総監、その辺りで止めときましょう。そんなつもりがなかったことはご存知でしょう」

気色ばんだフジノの様子にアレクセイが割り込んできた。ほんの少しだがフジノの力が抜ける。


「フジノが相談しなかったのは僕の責任でもあります。近くで彼らを見ていて危険は感じなかったので、様子を見ていましたしね」


「私は隠していた理由を知りたいんだよ。あの結界は何年もかけて張られたものだった。君は幼い頃から妹の異様な魔力を知っていたようなのに、親にも神殿にも相談も報告もしていないんじゃないか? 何故だい?」

ブレアの声が心なしか柔らかくなる。探るような目の動きは消えていた。


「…………妹の魔力が誰かに利用されたらいけない、と思ったんです。そして家族は巻き込みたくなかった」

「ふむ」

ブレアはしばらくじっとフジノを見て、とりあえずは納得したように頷く。


「確かに数万となると利用しがいはあるな。右手から少しずつとはいえ常時魔力が漏れたままで意識を保てるなら実際にそれくらいある可能性は高い。過去に制御出来なくなって暴走したことはあるかい?」


「今の所、無いです」

今世では無い。前世で魔王少女が覚醒して魔力を暴走させたと思われる八才の誕生日も何事もなく終えている。


「なるほど。しかし、君の怪我を治そうとした時のようにハナノを揺さぶる何かがあれば暴走する可能性はあるね。君の治癒も無意識でやったようだし」

「…………」

ブレアのその言葉にフジノは黙った。


フジノはハナノの魔力の暴走が一番怖かった。 

怖くて、たくさんの結界を施していた。

怖くて、八才の誕生日は家ではなく裏山のツリーハウスで二人で過ごした。

そして怖くて、ハナノの騎士団行きも容認した。ハナノを少しでも家から遠ざけておきたかった。もう二度と自分で自分の家族を死なせてしまうような経験をしてほしくなかったのだ。


「魔力暴走が怖くて、妹の魔力を使う方法を調べてたんだろう?」

「…………」

「たとえ魔力暴走が起こっても、騎士団なら被害が少ないかもしれないとも思ったんじゃないか?」

「…………」

考えていたことの一つではある。

フジノはぐっと手を握った。


騎士達を害そうとまではもちろん考えていなかったが、多少傷つくくらいなら平気だろうとはちらりと思ってしまった。

言い訳をするなら前世での騎士にたいする恨みのようなもののせいもあったと思うが、ひどい考えだ。

そもそも家族以外なら傷ついてもいいなんて最低だ。誰を傷つけたとしてもハナノはショックを受けるに違いないのに。


やっぱり、自分達は騎士団(ここ)にいるべきではないのだ、と思った時だった。

ブレアはため息を吐いてこう言った。


「早くに相談しなさい」


「え?」

フジノは驚いて目を瞬く。


「あれだけの結界、何かあるのはすぐに分かる。フジノ、君が相談してくれれば話は聞いたと思うよ」

温かく包み込むようなブレアの声がフジノの心にするりと入ってくる。


「すみませんでした。申告すべきでした」

「そうだね」

「はい」

「よろしい」

ブレアがにっこりする。からっとした笑顔だ。


「君にはまだ隠し事があると思うんだけど、今日はここまでにしておこうか」

にっこりしたままブレアが言い、フジノは眉を寄せた。


やっぱりこの人は苦手だ。

隠し事とはきっと前世の記憶のことだろう。これについては進んで隠しているわけではないが、言っても到底信じてもらえないから言うつもりはない。

痛い奴だと思われたくはないのだ。


「ははっ、君はけっこう分かりやすいね。明らかに何かあるなあ。それはおいおいアレクセイにでも相談しなさい」

「……はあ」

相談する日は来ないと思う。相談したいことでもない。


「あとついでに、一つ忠告しておきたいんだが、君はなぜか偵察魔法について知っているね? なぜ知っているかはさておき、それは公にしない方がいい」

「なぜですか?」

偵察魔法について言わない方がいいのは、入団試験の時のラッシュとの面談で察していたが、その理由は知らない。


「帝国は五十年ほど前、先々代の皇帝の時代にかなり強引に偵察魔法の使い手を絞ったんだ。それ以前から偵察魔法の存在を知る者は少なかったが、それによって激減した」

「強引に絞った?」

「元々、偵察は皇家の血由来の能力だ。直系と傍系にもたまに能力者が生まれていた。それを先々代は傍系の使い手とその家族を抹消したんだよ」

フジノは息を呑んだ。

抹消とは、皆殺しということだ。

 

「そして偵察魔法について箝口令を強いて記録から消した。皇家のみの秘密の能力となったんだ。今、偵察魔法の存在を知るのは皇家に関わる者か、もしくは五十年前の生き残りだ。生き残りの者達は今でも皇家を恨んでいる」

「…………僕は、生き残りでは」

「ないだろうね。それは調査済みだ」 

ブレアが再びにっこりする。 


「しかしあらぬ疑いがかかることはある。偵察魔法については安易に口にしないようにしなさい」

「はい」

「さて、君とハナノのことだが、アレクセイに一任しようと考えている。アレクセイと一緒にまずはハナノに魔力のことを教えて、彼女が自分で魔力を制御できるようにしてくれ。得体の知れないままでは困るからね」


「簡単に言いますね」

「もちろん騎士団で助力もしよう。まずは魔力の解放と把握だな」

「試みてはみます」

答えたものの不安は募る。

これまでは封じることだけを考えてきたのだ。

解放なんて出来るだろうか?

そして解放して本当に大丈夫だろうか?


「お願いがあるんですが」

「なんだい」

「ハナノが魔力を制御できたとして、それを何かに使おうとしないでください。あと、使われないように注意してください」

少し思案した後でフジノはブレアを真正面から見て言った。


「分かった。約束しよう」

「治癒もですよ」

「そうだね。今回、ハナノは自分の右腕を再生したと聞いている。それについては無論、騎士団内のごく一部に留めるつもりだ。欠損を補うなど、もし他人にも出来るなら何が何でもその奇跡を欲しがる人達は多いだろう」

「ええ、切実に、ただひたすらに善意や好意や愛で、ハナノの力を求めるでしょう」

悪意なくそれは求められるだろうし、悪意がないからこそ厄介だろう。


「分かっている。そもそもハナノが他人の欠損まで補えるかは定かではない。行き過ぎた憶測は危険だ」

ブレアの言葉にフジノはほっとした。


「ありがとうございます」

「もう、行きなさい」

フジノがちらりとアレクセイを見ると、戻っていていいよと頷かれた。

 

「では、失礼します」

フジノは挨拶をして部屋を出た。


 

「…………」

部屋を出てからふと、先ほど部屋にいた面々を思い浮かべる。少なくともあの三人はハナノの魔力について知っていて、偵察魔法についても知っているのだ。


ブレアは現在の皇帝の叔父だ。そしてアレクセイは公爵家の人間。この二人は皇家に連なる者だろう。

じゃあ、あとの一人、ラッシュは?


「…………」

(ラッシュ団長って何者だろう)

フジノはしばし考えてみる。サーシャあたりに聞けばあっさり分かる気もする。サーバルやトルドでも良さそうだ。


「……まあ、いっか」

あまり興味はない。その内にハナノが「ねえねえ、知ってた?」などと教えてくれるだろう。







❋❋❋


「久しぶりに記憶も感情も全てを視ようとしてみたんだが、ガードされた」

フジノが出ていってからブレアは言った。


「ガード? 総監の偵察魔法をですか?」

アレクセイが驚く。


「うん。結構な経験がないと出来ないと思うんだけど、何だかいびつな子だね。まだまだ秘密はありそうだ。でも嘘は言ってなかったから良しとしよう。という訳でアレクセイ、ハナノの特訓をよろしく頼むよ」


「はあ、頑張ります。でも無意識に封じてるからなあ、まずは引っ張り出さないとダメなんですよね…………荒療治は絶対ダメだし。どうしましょうね」

「私は偵察魔法以外は門外漢だからね」

ブレアがにっこりする。


「いい笑顔ですね」

「桁外れの魔力持ちの騎士が居ることは、報告をあげておく。貴族会議と魔法塔はうるさく言うだろうがハナノはうちの騎士だ、ちゃんと囲いこんでやりなさい」


「はい。あ、ラッシュ」

「なんだ?」

「また正式に依頼するけど、君の所の副団長を借りたいな」

「カノンか? いいけど何でだ」

「うーん、ハナノの特訓に協力して欲しいなあ、と。週一くらいでお願いしたいかな」


こうしてハナノの知らない所で、キラキラ銀髪騎士との特訓が開始されることとなった。





 

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