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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第二章

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70.生贄を捧げる湖(2)


「ようこそお越しくださいました。毎年すみませんなあ」


村に着いたフジノとサーシャは村長ににこやかに迎えられた。

村長はいかにも村の長という感じの初老の穏やかな男だ。優しそうな笑みを浮かべていて、孤児院から少女を買ってドラゴンへの生贄にするようには見えないが、フジノはその笑顔が嘘くさいとは思った。


「構いませんよ。私は第十四団に所属しているサーシャといいます。こちらはフジノです」

サーシャがしれっと偽りの身分を村長に伝える。

第十四団はこの村から一番近い騎士団で、例年ここから騎士が儀式に立ち会っている。あくまでも例年通り最寄りの騎士団から立ち会いに来た事にするのだ。

フジノは村長にぺこりと頭を下げた。


「村長のヤシモといいます。お二方とも初めてお会いしますな」

「私は最近配属されたばかりでして、フジノは新人です。いろんな現場を見てこいということで今回はこちらに」

「そうでしたか。さて、儀式は昼過ぎからなのでまだ間がありますが準備から立ち会われますか? それともお泊まりいただく部屋にご案内しましょうか? 部屋といっても食堂の二階ですがね。宿らしい宿はそこだけなんです」

「荷物だけ置いて、準備から立ち会います。場所は聞いてますし直接湖に向かいますね。」

サーシャがそう答えて、フジノはサーシャと共に荷物を置いてから湖に向かった。


ブルードラゴンの湖は村から歩いて20分くらいの所にある。実際にドラゴンが住んでいる場所のこんなに近くに人が住んでいるのは珍しい。ほとんどが住む事はおろか立ち入り禁止だ。


村の言い伝えによると、昔、不治の病にかかった人々がドラゴンの湖の水を飲み魚を食べると病が癒えたのでこちらに移り住んだのだとか。村人達は今でもドラゴンに感謝して湖の水を汲み、最低限の漁もしている。


木立の先に湖が見えてくる。大きく美しい湖だ。

その姿は前世で見た光景とほとんど変わらない。

この辺りの地質の影響なのか湖面はコバルトブルーで神秘的だ。落ち葉や枝は村人によって定期的に清掃されていて、まるで観光地のようにきれいにされている。


(ユリアンがこの風景を気に入ったんだよな)

近付いてくる湖を見ながらフジノは、前世で大賢者ユリアンがこの光景をいたく気に入っていたのを思い出す。


ユリアンは魔王を倒した褒美にこの辺りの土地を望んだはずだ。

ブルードラゴンについて調査する気も満々で、婚約者の王子は真っ青になって止めていた。未来の妻が色を好むドラゴンの調査をしたいなんて、もちろん止めるだろう。


ルドルフだった時はそういうやり取りをぼんやりと眺めていた。魔王の少女を殺めてからのルドルフは喪失感や絶望感がひどく、常にぼんやりするようになっていたのだ。


(ユリアンは爵位ももらってたよな、子供も産んだはず……あれ?)

ここでフジノは、この任務をアレクセイから聞いた時にアレクセイがここを『僕の生家の領地の端でもあるんだ』と言っていたのも思い出す。


(もしかして、あの人、ユリアンの子孫か……?)

アレクセイの持つ艶やかな黒髪と金色の大きな瞳はユリアンと同じだ。ユリアンの目は猫目でつり上がっていたので優しげなアレクセイのものとは与える印象は違うが同じ色味である。

小柄な所も似ている。


(いやいや、二百年前だぞ、容姿が似ているのはたまたまだ。だけど……魔力が桁外れなのはもしかしたら遺伝かな)

ユリアンの家名はなんだっただろうと考えて、フジノはそもそもアレクセイの家名を知らないと気付いた。

隣を歩くサーシャに聞いてみようとして、でも止めた。

子孫でも子孫でなくても、どちらでもいいと思ったからだ。

アレクセイが誰の血を引いていようとアレクセイであることに変わりはない。フジノは第二団の団長であるアレクセイを信頼し始めている。ユリアンは関係ないのだ。


「もう準備が始まっていますね」

湖に着いた所でサーシャが言い、フジノはユリアンについての回想を止めた。


 

フジノ達が湖に着くと、湖畔にはすでに祭壇が用意され、台には供物の果物や穀物が積まれつつあった。今から行われるのは真っ当な儀式なのだ。

シャーマンらしき男がその場を仕切っていて布のかけ方や、かがり火の配置、儀式の流れについて他の村人達に説明している。

シャーマンは長い灰色の髪の大柄な男だ、顔には祭事用のペイントが施してある。目つきは鋭い。


「これを見終わったら、生贄の女の子を探すんですか?」

遠巻きに準備を見ながらフジノはサーシャに小声で聞いた。


「いいえ、今見つけてもはぐらかされて終わるだけでしょう。実際に生贄にされているのを現認する必要があります。明日の朝には第十四団の小隊もこちらにやって来ますので現認後は彼らに引き継ぐ予定です。私達の役目は今夜、月が昇る頃に行われる本物の儀式の確認と生贄の少女の保護です。それまではゆっくりアホっぽくしときましょうね」

「僕とサーシャさんの組み合わせじゃ、アホっぽくは無理ですよ」

「ですねー、トルドさんなら出来たんですけどねー」

「それ、怒られますよ」

「じゃあ、やる気ない感じでいきましょう、得意ですよね?」

「…………」

フジノはノーコメントでいくことにした。

 

そんな風にのんびり過ごしている内に、続々と村人達が集まりだす。

全ての村人が集まると、かがり火が大きく焚かれた。シャーマンの男が匂い袋の様なものを火に投げ込む。辺りにきつい匂いが立ち込め、シャーマンの祈りが始まった。


村長のヤシモを始め、村人達は子どもも含めて皆厳かな様子で地面に伏してそれぞれに祈りの唄をうたいだした。

土着の祈りの唄だ。フジノは前世でもこれを聞いた覚えがある。少し気味の悪さを感じる唄。


「気持ち悪い唄ですよね」

「ええ、私もこれは慣れないですねー」

その言葉にフジノは訝しげにサーシャを見る。

「立ち会った事あるんですか?」

そんな話は聞いていない。そういえばサーシャは村までの道のりにも慣れているようだった。

「昔の話です」

サーシャは人差し指を口にあてて微笑む。内緒らしい。

(まあ、いいか)

気にしないことにしてフジノは気持ち悪い唄に耳を傾けた。


長い祈りの唄の後、シャーマンによって果物と穀物が祭壇の中央に置かれ祈りが捧げられる。

儀式はこれで終わりである。

捧げ物の果物や穀物はこのまま明日まで置いておく。

村人達は三々五々で散っていき、フジノ達も帰途についた。一緒になった子供達が「騎士様、騎士様」と寄ってきて、きらきらと憧れの目で見てくる。大人達は「邪魔しないのよ。すみません、騎士様」と丁寧だ。


穏やかで平和な光景。

村人一人一人には好意も抱く。

でも、彼らは平然とドラゴンに生贄を捧げるのだ。信じられないことに悪意なく。

何なら、前世では余所者の少女がドラゴンの生贄になるのは栄誉なことだという独自の理論も持っていたし、ドラゴンが唯一無二の絶対的な存在なのでドラゴン以外の人間でないものへの嫌悪が大きかった。エルフのラグノアが生贄にされそうになったのはそういう背景からだ。


「あの子供達も夜の儀式に参加するんですか?」

子供達が離れていき、フジノは暗い気持ちでサーシャに聞いた。

「いえ、お伝えしたように村も変わってきています。この十年は乙女は捧げられていなかったはずですよ。今年は節目の年らしくて、それで一部の狂信的な者達が計画したと聞いています」

「さっきのシャーマンの男ですか?」

フジノの問いにサーシャは目を細めた。


「彼が計画したと思うんですか?」

「そこまでは分かりませんけど、村でのシャーマンは彼一人のようでした。それなら儀式には不可欠ですよね」

「そうかもしれませんね。しかしここでの犯人捜しは止めましょう。今晩、はっきりすることですしね」



食堂兼宿に戻って夕飯を食べる。客はフジノ達だけだ。

メイン料理は湖で獲れるマリマリという魚を素揚げしてレモンを絞ったもので、淡白で美味しい。

前世でもこれを食べてやはり美味しいと感じた。

変わっていないな、と思い、生贄の習慣も変わっていなかったことに暗澹とする。村の悪しき習慣はずっと残っていたのだ。


フジノはふと、魔王の少女を利用してた崇拝者の奴らはどうなったのだろうと考える。

崇拝者の中心だったグロリオーサ家は力を失ったようだが、他にも貴族の家はあったはずだ。

彼らは魔王の死後は「自分達は魔王に洗脳されていただけだ」と言い裁判もろくにされなかったのだ。

あいつらも、この村のように平和に残っているのだろうか。

(のうのうと生きているなら、なんか腹立つな。二百年前と今となら人は違うから怒るのは筋違いだろうけど)

ぐっと拳を握っていると、サーシャが声をかけてきた。


「フジノ」

サーシャに声をかけられてフジノははっとする。


「大丈夫ですか? そんなに怖い顔をしなくても、たとえ夜でもドラゴンは出てきませんよ」

「大丈夫です。別にドラゴンは平気です」

出てこられた所で殺されない自信はある。そもそもドラゴンだって無意味に人を殺したりはしない。


「そうですか。あ、飴いりますか?」

サーシャはなぜか赤と白の縞模様の包み紙に包まれた飴を差し出してきた。


「……貰いますけど、何ですか突然」

面食らいながらも甘い物が好きなフジノはとりあえず飴を受け取った。サーシャがにっこりする。


「ハナノから、時々甘いものを与えるとリラックスするようだと聞いています」

「何ですかその小さな子どもの機嫌取りみたいなやつは」

むっとしながらもフジノは飴をポケットにしまった。




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