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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第二章

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68.約束(2)


「………」

アレクセイの言葉にフジノは黙りこんだ。

“使いこなす”なんて考えたことがなかったのだ。


ハナノの魔力をハナノが使いこなす。

そんなこと出来るんだろうか。幼い頃は持っているだけであてられて熱を出していたのに?

今だって、あの馬鹿みたいな魔力を解放した反動でハナノは高熱を出しているのだ。

使いこなせるとは思えない。


そして仮に使いこなせたとして、その後はどうなる?

あんなにも膨大な魔力だ。悪魔を召喚して、戦争だって起こせる。もし悪意をもって使役されれば悲惨だ。それにたとえ善意で使われたとしても、それがハナノにとって良い結果になるとは限らない。


「フジノ、なんか顔が恐いよ」

アレクセイの言葉にフジノははっとした。


「ハナノは寝込んでるし、今すぐ結論は出さなくてもいい。ところでハナノの熱は魔力にあてられてるだけだよね? 城の治癒師に診てもらったら、感染症や毒ではないって言われたんだ」

「そうだと思います。なので治癒魔法も薬も効きません」

「やっぱりかあ、熱冷ましも効果なくてさ。どれくらい続くか分かる?」

「たぶんですけど高熱は数日、あとは微熱が一週間くらい続くと思います。微熱になると起き上がれるようになるけど、とにかく眠いみたいで食べる時以外は寝てましたね」

フジノは小さい頃の記憶を辿りながら答えた。


「そっか、じゃあこのままここで侍女が付いていた方がいいね。それでフジノはハナノが回復するまでの間に考えてみるといいと思うんだ」

「騎士団に残るかをですか?」

「うん。僕としては残ってほしいな」

「はあ…………」

「悶々と考えるのもあれだろうからさ、一つ頼み事をしてもいいかな?」

アレクセイは流れるように話を変えた。

 

「頼み事」

「うん、任務だね」

「…………どんな?」

任務というからには拒否は出来ない。そしてアレクセイの様子からしてそこには何らかの意図がありそうだ。

フジノは用心深く尋ねた。

 

「サーシャと一緒にブルードラゴンの湖の近くの村に行って、村で行われる儀式の視察をして欲しいんだ」


「ブルードラゴンの湖……」

フジノは懐かしい気持ちで繰り返した。そこには前世で行ったことがあるのだ。


(ラグノアと初めて会った所だ)

でもあの村ではあまりいい思い出はないな、と考えてからその村が位置する場所に気づく。

 

「えっ、すごく遠いじゃないですか。帝国のほぼ東端ですよ」

「ブルードラゴンの湖ってだけで場所まで分かるんだねえ、ほんと何でもよく知ってるよね。そうだよ。僕の生家の領地の端でもあるんだ。馬車と馬なら行くだけで十日はかかるね、そして視察したい儀式は五日後なんだ」

「間に合わないじゃないですか」

「馬車と馬ならね。でも竜馬なら三日もあれば着く」


(うん?)

アレクセイの発した“竜馬なら”という言葉にフジノはまじまじとアレクセイを見た。


「フジノは乗れるよね? 竜馬」

にっこりするアレクセイ。


「いや、えーと……」

「ルクルードさんも乗せてあげたよね?」

アレクセイの笑みの圧が増す。


「…………」

確かにフジノはハナノとこっそり竜馬に乗っているし、一度だけルクルードさんも一緒に乗せてあげた。

でもちゃんと疑似魔法をかけていたし、ルクルードさんにも誰にも言わないようにお願いしたはずだ。


「……どうして知ってるんですか?」

「ルクルードさんに口止めなんて出来ないよ。あの人はそういうの分かってないからね。フジノとハナノを百年に一人の逸材だって大興奮だったよ。嘆願書もすごくなってる」


「ええぇ……」

フジノは愕然とした。

ルクルードには何度も念押しをして、あの頑固な獣舎の管理人は「分かった!」と力強く頷いていたのだ。


「喋っちゃうんだ」

「そういう人なんだよ。憎めないよねえ」 

「はあ……嘆願書っていうのは何ですか?」

「君たち二人を獣舎付きの騎士にしてくれって。竜馬も懐いてるし、何なら乗れるから、ぜひとも二人を儂にくれだってさ」

「わあ」

「すごい頻度で来るからね、細かくいろいろ報告されてるしね。僕、もはやルクルードさんと文通してるレベルだからね」

そう言ったアレクセイの言葉には少し険がある。


「なんだか大変そうですね」

「一度やってみてよ、ルクルードさんとの文通。毎回すごい熱量なんだよ、それにちきちき返事する身にもなって。結構業務を圧迫してるんだ」


「ふふっ、突き返せばいいじゃないですか」

フジノはアレクセイがルクルード相手に生真面目に“文通”している様子に笑った。


「それならフジノがそう言ってました、ってやるからね」

「ダメですよ、僕のせいにしないでください」

「そもそも、フジノのせいだよ」

「そんな事より、サーシャさんは竜馬に乗れるんですか?」

「話をそらしたね。まあいいか。サーシャは乗れるよ」

「サーシャさんって何者ですか? 普通なら竜馬なんて乗れませんよね」

「その言葉、そっくりそのまま返すよ」

アレクセイが呆れた顔になる。


「僕は天才ですから」

「ふーん……ねえ、竜馬ってどうやったら乗せてくれるの?」

「サーシャさんに聞いてくださいよ」

「サーシャはちょっと特殊なんだよ、真似しようがない」

「特殊?」

「本人に聞いてみて」

「はあ」

「竜馬ともう一つ聞きたかったんだけど、廃神殿で倒してた魔物は夢魔だよね? あれはどうやって倒したの?」

「知りたいですか?」

フジノは、ふふんと笑った。


「えっ、何その顔、まさか教えない選択肢とかあるの?」

アレクセイがびっくりしている。

フジノはちゃんと教えてあげることにした。


夢魔について説明した後、竜馬の乗り方についても伝える。

とにかく古代語で竜馬を褒めて仲良くなるのだと言いながらフジノは、本当にサーシャはなぜ乗れるのだろうと再び疑問に思った。

今世では古代語の発音は完全に忘れられている。ルクルードは竜馬達を卵から孵して育てており竜馬にとっては親の様な存在だったから乗れたが、サーシャは違う。

あの水色眼鏡の副団長は一体どうやって乗れるようになったのだろう。今回の任務で是非解明したい。


「前から思ってたんだけど、フジノのその知識はどこからきてるの? いい加減天才なだけでは難しくない? 夢魔の倒し方なんて魔物図鑑には載ってないんだよ?」

夢魔と竜馬について説明し終わると、アレクセイは尚も聞いてきた。今まで自分に対してあった遠慮がかなぐり捨てられているのをフジノは感じた。

どうやらアレクセイはもうフジノに関わって守ると決めているようだ。


(勝手に僕の庇護者になってる)

まだフジノが騎士団に残るかどうかも分からないのに。

(……まあいいか、この人嫌いじゃないし)


「本ですよ」

フジノはそう答えた。

嘘ではない。前世の知識と経験もあるけれど、特に魔物に関する知識は前世でもほとんど一冊の本由来なのだ。

「本?」

「ええ、一冊の本です」

「どの本? 何て言う本?」

「『華麗で偉大なるラッドラッドフット様の大冒険』です」

「何その児童文学みたいな題名」

「れっきとした大冒険譚ですね。かなり壮大な上に余計な部分が多すぎるので読むのはとても辛いです。本来であれば要点をまとめてくれた副読本があるんですけど、今はもう無いみたいですね。でも本編なら騎士団の図書室にもありましたよ」


「えっ、図書室にあるの?」

「副読本を期待して探した時に見つけました」

「へえぇ、何だか意外だな、本当に図書室にある本にフジノが知ってるような事が書いてあるの?」


「書いてはあります。ただ書いてあるから読まなくては、と思わないとまず読めない本ですね。頑張って読んでみてください。出来たら要点をまとめて副読本を作って欲しいです。僕は本編は読みたくないので」


「そんなに読みにくいの?」

「自慢と下世話な話の量が想像を絶するんですよ。頑張ってくださいね」

「下世話……分かった、頑張るよ。ところでブルードラゴンは行く?」

「行きます」

フジノはきっぱりと答えた。


この人の企みに乗ってやろうと思う。きっと悪い風にはならない。

高熱のハナノと離れるのは不安だが、側に居たところで何もしてやれないのは知っている。そしてフジノは自分の留守中にハナノが害されることはないと思えるくらいにアレクセイを信頼していた。


「なら出発は明後日ね」

「出発前にハナノに会えますか?」

「もちろんだよ。熱でかなりしんどそうなのにフジノの心配ばかりしてる。『本当にフジノは無事なんですか?』って何度も聞くんだ。その度に無事だって伝えてるんだけど、血まみれの君を見ているから安心出来ないみたい。是非、会ってあげて」

アレクセイは眉を寄せながら答え、フジノはすぐにハナノの元へと向かった。




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― 新着の感想 ―
えー、どんな本なんだろう…。気になる。 アレクセイ団長、副読本を一人で作るのは無理そうなら、もう課題読書みたいにして、団員皆に「お前はここからここまで!」って割り振ったらどうですか。文通(笑)もしなき…
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