67.約束(1)
頬を撫でる風に気付いてフジノは目を覚ました。
「?」
目を開けて、最初は自分の状況が全く分からなかった。でも辺りが完全に明るい事に気付く。
(っ! 寝坊だ!)
明るい様子に、フジノはまずそう思って飛び起きた。
フジノの起床時間はいつも薄暗い早朝なのだ。
「…………え?」
飛び起きてからフジノはびっくりする。
自分が寝ていたのがいつもの狭くて質素なベッドではなくて、広々としたかなり豪華なベッドだったからだ。
「あれ?」
部屋も寮の自分の部屋ではなかった。まず広い。加えて天井が高すぎるし、窓が大きすぎるし、カーテンは光沢がありすぎるし、絨毯も豪華すぎる、極めつけにチェストや椅子の脚は猫足仕様だ。
「ここ、どこだ?」
呆然としていると、部屋の入り口付近から侍女が1人慌てて寄ってきた。
「お目覚めですか、良かった」
可愛らしい雰囲気の侍女は小走りで近づいてきて、フジノの様子を確認した。
「痛みやしんどさはありませんか?」
「多分、ないです。あの、ここはどこですか?」
「ご安心ください。こちらは帝国騎士団の団長用の宿舎ですよ」
騎士団と聞いてフジノはほっとした。
知ってる場所ではある。
なぜ自分が団長用の宿舎で寝てるのかは、さっぱり分からないけれども。
「!」
そこでフジノは、はっとなった。
素早くシャツをまくって、自分の脇腹を確認する。
ない。
傷が、ない。
「あ、あの、痛みますか?」
フジノがいきなりシャツをまくったので、侍女は真っ赤になって狼狽えながら聞いてきた。
「……あ、大丈夫です。すいません」
フジノは慌ててシャツを元に戻す。
「いえ、とんでもないです。では、私はお知らせしてきますね。お水はこちらにあるので喉が乾いていたらどうぞ」
侍女はパタパタと部屋を出ていった。
「死んでない……」
部屋に残されたフジノはぽつりとつぶやいた。
「死んでない、何でだ?」
再びシャツをまくりあげて夢魔に裂かれたはずの脇腹を見るが、そこはつるりとして痕すらない。
脇腹の傷は内臓まで達するようなもので、致命傷だったのだ。フジノは死を覚悟していた。
(なんで生きてるんだろう。おまけに傷もないなんてどういう事だ?)
フジノは困惑した。
(アレクセイ団長が何とかしたんだろうか?)
そう考えてからすぐにそれを打ち消す。
それは無理だ。傷は深かったし致死性の毒も回っていた。
治癒魔法のかなりの使い手が、複数人でかからないと助けるのは難しかったはずなのだ。
フジノは以前、アレクセイに治癒魔法をどれくらい使えるのか聞いた事がある。その時は「表面の傷なら治せる程度かな」と言っていた。
自分の致命傷を治せたとは思えない。
「…………」
フジノは少し嫌な予感がした。
なぜ自分は、団長用の宿舎に寝かされているんだろう?
大怪我ではあったが、本来なら本部の医務室でいいと思う。
あの侍女は誰に“お知らせ”に行った?
ぐるぐると考えを巡らせたフジノの脳内に一つの可能性が浮かび上がる。
もし、ハナノの魔力が覚醒していたら?
ハナノが覚醒してたら、フジノを治せた。
そう考えて、背中がひやっとした。
その時だった。
「あ、ほんとだ、起きてるね」
ドアが開いて、アレクセイの声がした。
フジノは体を硬くしてそちらを向いて、まずその姿に驚いた。姿に、というか、髪型に。
アレクセイの髪型が大きく変わっていたのだ。
おかっぱ頭はばっさり切られて、ショートカットになっている。
短くなった艶やかな黒髪にはほんの少し癖が出ていて、目の上で揃えられていた前髪は、斜めに流されていた。
「アレクセイ団長……髪型、変わりましたね」
この状況で、まずそれを指摘するのはどうかと思ったが、フジノはそう言った。
「第一声がそれなの? こっちはけっこう心配したんだよ。ひどい傷だったし丸一日寝てたんだ。大丈夫?」
ショートカットのアレクセイが呆れながらこちらに寄って来る。
どうしたって近寄って来るアレクセイの髪型にばかり目がいってしまう。前のおかっぱがかなりのインパクトがあったからだろう、ショートカットにはもの凄い違和感を感じる。
フジノはまじまじとアレクセイの艶めく黒髪を見た。そしてもうひとつの事にも気付く。
(前より可愛くなってないか?)
おかっぱ時にあった得体の知れなさが消えていると思う。ハナノが見たら喜びそうだ。
「僕なら大丈夫です。それよりもアレクセイ団長は何だか可愛くなりましたね」
「それ、皆言うんだよね。『おかっぱは正直気持ち悪かったです。団長が強いの知っていたから余計に不気味でした』だってさ。ひどいよね」
その言葉にフジノは吹き出した。
「ふはっ」
「ちょっと、笑うとこじゃないよね」
「ふっ、ははっ、笑うとこですよ。ほんとだ、余計に不気味でしたよ。ふふふっ、ふくくっ」
「えっ、爆笑は傷つくんだけと」
「あははっ」
フジノは自分でも驚くほどしっかり笑った。
「ふふふ……はあ」
ひとしきり笑ってから水を飲んで一息つく。
アレクセイのあまりにいつも通りな様子に先ほどのひやっとした感じは消えていた。
「ところで何で僕、こんな豪華な部屋に寝かされてるんです?」
「ここは、団長用宿舎の一室だよ。フジノの傷はだいぶ深かったし、毒も受けてたから念のために付きっきりで様子を見たかったんだよ」
「それなら、医務室でいいですよね」
「ねー、そうなんだよね。気付くよね。こっちなのは起きたらすぐに聞きたいことというか、話したいことがあったからだね」
アレクセイはにっこりしてベッド脇の椅子に腰かけた。
「…………」
「あ、せっかく髪型で世間話モードにしたのに一気に警戒モードだね。うーんと、そうだな、まずはハナノは無事だよ。君と同じようにこの宿舎の一室にいる。看病という名の監視はつけてるけど拘束もされてないし、会いたければ会える。ただ帰ってきてから高熱が続いてる」
「…………」
「心当たりがありそうだね」
「僕の傷はハナノが治したんですね」
前世で自分の骨折を魔王の少女があっという間に治した事を思い出す。ハナノはきっとあれと同じことをしたのだ。
「そうだよ、本当に良かったよ。僕では無理だった」
アレクセイはそこで、はあ、とため息をついた。
「ああいう無茶はしないで欲しいな。君はとても危ない状態だったんだ。けっこう絶望したよ、あんなに必死にどうするか考えたの久しぶりだ」
そう言ったアレクセイの顔は、珍しく怒っていた。
「したくてしたんじゃありません」
「まあ、夢魔なんて、僕もどうするか不明だけどね。一体何があって……いや、先にハナノだね。ハナノが君の張ってた結界全部壊してから治癒魔法を使ったんだ。毒を中和して、傷付いた内臓を治して傷を塞いだ。そしてこっちで医師に見せてから判明したんだけど、おそらく出血してた分の造血もしてる。でなきゃ、昨日の今日でそんなにぴんぴんしてないよ」
「結界の事、知ってたんですね」
「そこからかあ。知ってたよ」
「泳がせてたんですか?」
「そういうんじゃないよ、傷付くな。どっちかと言うと、見守ってた、だよ」
探るような目を向けるフジノにアレクセイは肩をすくめた。
二人の間に沈黙がおりる。
「ハナノは熱があるだけですか?」
しばらく黙った後、フジノはそろりと聞いてみた。
「熱があるだけだよ」
その言葉にフジノは少し安心した。今のハナノは熱以外は通常の状態という事だ。フジノの傷を治した後はまた魔力を封じ込めているのだろう。
「君が隠していた魔力は引っ込んでる」
「……」
「隠してたよね?」
「ハナの事、どうするつもりなんですか?」
フジノは質問で返した。
アレクセイはさきほど“看病という名の監視”と言っていた。完全にハナノの危険な魔力を知ってるのだ。
あんな莫大な魔力、もはや脅威しかないだろう。
拘束するだろうか。利用しようとするだろうか。
(弱ったな……)
フジノは途方に暮れた。
(僕は、まだこの人に勝てない)
じわりと額に汗がにじむ。
フジノが緊張しながらアレクセイを見ると、アレクセイは困ったように微笑んだ。
「そんなに警戒しないで、監視って言ったけどハナノ自身というより、その状態の監視だよ。ハナノのことはまだブレア総監にも報告してなくて保留中なんだ。フジノがどうしたいか聞いてから報告しようと思ってる」
「僕がどうしたいか?」
意外な答えにフジノは戸惑った。
「このまま騎士団にハナノと居たいか、出ていきたいか。まあ、出ていく場合はちょっとどうなるかは僕の一存では決められないんだけどね」
微笑みながらますます意外なことを言われて、フジノは軽く混乱した。
「騎士団に居たいか? え? このまま?」
「うん、僕の希望としては君たちに騎士団を頼ってほしいなあ、とは思ってる。第二団の皆は君たちが好きだし」
「頼る?」
頼る? そんな事は考えたことなかった。
こっちが頼る?
ハナノには、騎士団を壊滅に近い形に出来る魔力があるのに?
「覚えてるかなあ、『 私たちは若い君たちを守り、育てると約束しよう 』」
「え?」
「任命式でブレア総監が言った言葉だよ。あれ毎年言うんだ。帝国騎士団訓示の一つなんだけどね。だから僕たちの方はもう約束してるんだ。頼ってくれるなら守るよ」
アレクセイそう言われて、フジノは目から鱗が落ちた気分になった。
『若い君たちを守り、育てる』
言われたのは覚えている。最前列で聞いていたのだ。だがあんなもの、適当な儀式的な言葉だと思ってた。
胸のあたりがぎゅっとなる。
「言ってましたね」
不覚にも感動してしまった事は隠して、フジノはクールにそう返した。
「“若い君たち”に持ってる魔力や実力は関係ないよ。特に君とハナノは力の使い方をあんまり学んできていない。フジノが凄すぎたからだね」
「どういう意味ですか?」
「凄すぎて魔法学校に入れなかった。凄すぎてハナノの事を1人で抱えこんでる」
「魔法学校に入っていたら、何か学べたと?」
自らの昔の選択を否定されたフジノが不服そうにすると、アレクセイは優しく笑った。
「スケールの小さい僕の話をしてもいいかな?」
「貴方の話のスケールが小さい訳ないと思いますけど、どうぞ」
「これが情けないことに小さいんだよ。僕は君のように六才で完全に魔力をコントロールなんて出来てなかったんだ。だから神殿の測定では2000越えた値が出た。でも両親は嫡男の僕を魔法学校にやりたくなくて、いろいろな権力を使って家で家庭教師を付ける事で決着させたんだ。あ、僕の実家は公爵家でね、権力だけはあるんだよ。それで中途半端に学んだせいで、僕が八才の時に事故が起こった。僕は姉との喧嘩でかっとなって炎の魔法を暴走させたんだ」
そこで一度、アレクセイは言葉をきった。
「姉の腕には今も火傷の痕が残ってしまってる。それで怖くなった両親は僕を魔法学校に入れて、寮にも入れた。厄介払いだったから当初は不貞腐れたけど、結果として僕にとってそれは良い事だった。周りは国が集めた優秀な教師達と才能ある生徒達で、僕は魔力は誰よりも多かったけどそれを使いこなせてなかったからいい意味で叩きのめされた。僕は生まれ持った大きな魔力の上にあぐらをかいてただけだったんだ。その使い方を知らなかった」
アレクセイは懐かしむように目を細めた。その目は柔らかくて魔法学校の日々は良い思い出なのだと分かる。
「フジノは僕よりもずっとセンスがあると思うよ、でも騎士団で得る物はまだまだあるよね? ハナノに至っては一から魔力の使い方を学んだ方がいいと思う。大きな力は持ってるだけではダメだ。使いこなさないと。その手助けをするよ」
どうかな? とアレクセイはフジノを見た。




