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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第二章

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66/112

66.それぞれの場所で


帝国の北の果て、寒々しく古びた屋敷の一室で一人の男が紅茶を飲んでいた。

男が座るテーブルは部屋に不釣り合いなほどに大きく、天板の縁や脚はこれでもかと飾り立てられている。だがその細緻で豪華な細工は全体的に傷みが目立ち、せっかくの職人技がくすんでしまっていた。

 

男は白髪混じりの黒髪に青い目をしていた。肌はくすんでいて張りはない。男の実年齢は30代半ばなのだがそれよりずっと老けて見える。

部屋には男しかいないのに、男は大袈裟なくらいに優雅にお茶をすすった。その表情はとても不満そうだ。

 

男は少年期の終わり頃からずっと不満を感じていた。

男は両親にたくさんの不満を吹き込まれて育ち、ある程度の年齢からは両親の不満は全て自分の不満だったからだ。


男の家は帝国の王家にルーツのある古い古いシャーマンの家系だ。先祖達は巨大な力を支配してコントロールし、確かな基盤と財をなしてきた。

およそ200年前にはあと少しでこの国の覇権をも握れるところだったのだ。


その野望は打ち砕かれ、築き上げた地位や土地は大幅に削られてしまった。

公爵であった爵位は男爵にまで落ちている。


覇権を望んだ先祖に非があったのだろうか、いや、そうではない。男の家門こそ正統なこの国の支配者なのだ。代々受け継がれてきた術式と言葉、それに指輪がそれを証明している。巨大な力を支配出来るのは男の一族だけなのだから、人々は皆、男に傅くべきなのだ。


現在は受け継がれてきた術式の上澄みのようなものを細々と学問として世に出し、生活費を稼いでいるような情けない状況だが、救世主さえ現れれば男の一族は再び栄光を手にする。

そのための準備を、この200年間の間に積み上げてきた。20年ほど前にはそこに新たな同志も加わっている。彼らは今の皇家を自らの命を顧みないほどに憎んでいて、喜んで生贄になると言った。


何もかもが全て揃っていた。

あとは救世主だけなのだ。それさえ手に入れば計画を実行するだけだ。忌々しい騎士団の中枢を潰し帝都を掌握する。そして男が皇帝の座を手に入れるのだ。

だが肝心の救世主がなかなか現れてくれない。


(私の生きている内には無理なのだろうか)

男の心に焦りが生まれる。


(救世主の訪れを待たずして長年の企みを実行すべきか?)

男はふとそう思った。生贄の覚悟をしている者達はずいぶんと高齢になってきた。もうあまり待つ時間はないのだ。それなりの魔力を持ったまとまった数の生贄が揃うのはこれが最後だろう。


(そもそも救世主さえ現れれば、生贄の必要もなくなる……それなら早めに行動してもいいのではないか?)

男の両親はすでになく、男には子がいない。

毎年毎年、監査と称して騎士達に屋敷を調査されるのにはうんざりしているのだ。ここで一度奴らに壊滅的な被害を与えておくのもいいかもしれない。


「…………」

男は自分の右手の小指の金色の指輪をいじった。


とここで、男の表情は大きく動いた。


そんなまさか、というような顔で自分の右手の小指の指輪を凝視する。

金色の指輪がゆらりと光った。


「はっ、ははっ」

男の口からおそらく笑い声が漏れだした。

もうずっと声をあげて笑った事がなかったので、笑い声というよりは吐息と悲鳴が混じったもののように聞こえる。


「はっ、は、は、は、あっつっ! 熱い」

笑いながら男は今度は本当の悲鳴をあげて、慌てて指輪を外してテーブルに置いた。

指輪がうなり声のようなものをたててカタカタと揺れる。


「はは、はあっ。お前も嬉しかろう。主が顕現したようだな」

指輪を見ながら、男はうっとりとした顔でそう言った。
















***


黒髪の男が笑い声をあげていたのと同じ時刻、帝国より遥か南の異国の地でも慌ただしく動く者がいた。


天井が高く開放的な造りの神殿の中を、ピンクブロンドの長い髪を揺らして少女が駆けてゆく。

少女の肌は褐色で身に纏っているのは薄布のふんわりとした上衣と、幅は広いが裾がすぼまったズボンだ。上衣は肩から手首にかけてスリットが入っていて腕の大部分が見えている。その身丈は短く、すっと筋だけ入った程よい腹筋が少しのぞいていた。

 

額飾りやブレスレットは金にルビーが散りばめられており、少女の褐色の肌によく映えている。

少女が走る度に何重にも重ねられたブレスレットがしゃらしゃらと音をたてた。


少女は目当ての広間にたどり着くと、入り口の薄布をばさっと払いのけて兄を探した。

 

「お兄様! お兄様はおられますかっ?」

少女の声に、神官達に囲まれていた青年が振り向く。


少女と同じ長いピンクブロンドの髪の美丈夫だ。

この青年も肌の露出が多い。下半身は幅の広い長ズボンだが上半身は白地に金の刺繍が入ったベストのようなものをゆったりと纏っているだけだ。

腕は全て露出していて襟ぐりは大きく開けられ、しっかり割れた腹筋が見えている。


少女に兄と呼ばれた青年もまた、少女を認めると慌てた様子で駆け寄ってきた。

「ミア! 指輪が反応したんだ! 今神官たちが位置を探っている」

「まあ! やはり」

兄の言葉にミアは確信する。

やはり“お使い様”が現れたのだ。

 

「お前も予知夢を見たんだね? どこだ? すぐに迎えに行かなくては」

「あら、抜け駆けは許しませんわよ。お兄様もミアもどちらもお使い様の伴侶の資格があるのです」

「だって、ミアはまだ子供じゃないか」

「何をおっしゃいます、ミアはもう14才です。母上も14才でお輿入れされてますわ!」

「昔と今では考え方が違うだろう」

「まあああっ、なんたる詭弁!」

ミアは憤慨してそっぽを向いた。兄とミアは物心ついた頃よりお使い様の伴侶となるべく研鑽を積んできたのだ。それを年齢を理由に抜け駆けするとは何事か。

 

「分かった、悪かったよ二人で行こう。それで、どちらにいらっしゃるんだ?」

兄の問いかけにミアは今までの勢いをしゅんとさせて、言いにくそうに口を開いた。

 

「……それが、わが国のお使い様ではないようなのです」

兄の顔が険しくなった。

 

「帝国のお使い様なのか?」

「はい、おそらく。帝国騎士団の制服でしたわ」

「何てことだ! ミア、帝国ではお使い様はひどい目に合うんだ」

「存じています。ミアも習いましたもの。ですからこうして急いでお願いをしにやって来たのです。ああ、わたくしのお使い様。ミアは例え相手が帝国の方であっても我が城にお迎えして、誠心誠意お仕えするつもりです」

「私もだ。」

「まあ、お兄様! ミアが先ですよ。後だしはダメです」

「ミア、だからお前はまだ子供で」

「お兄様!」

ミアは兄を遮って怒った。


「分かったよ、分かった。どちらにしろお使い様が気に入られた方が伴侶だ。まずは父上と兄上達に報告しなくては。帝国との国交は今はないからね。何とかして帝国に入らないと」

「もちろん、わたくしも行きますわよ!」

 

ピンクブロンドの兄と妹は、神官達に恭しく道を開けられながら王宮へと急いだ。

















***


「団長、変わりますよ」

森の中を歩きながらサーシャはアレクセイに言った。

変わる、というのは、アレクセイがおぶっているハナノの事だ。

 

アレクセイからの伝書鳩により、サーシャと第二団の騎士達は廃神殿に駆けつけた。

騎士たちは夢魔を運びやすく解体した後、今は帰路についている。アレクセイとサーシャはその最後尾を歩いていた。

すぐ前方ではファシオがフジノをおぶっている。


「ありがとう。でもいいんだ」

「ですが……」

サーシャが見るに、アレクセイはかなり疲弊していると思う。涼し気な顔をしているが目元が明らかに疲れている。


「お疲れのようですよ」

サーシャにとってアレクセイは上司以上の存在である。この身を捧げると誓った人なのだ、その変化には目敏いつもりだ。

 

「んー、まあその通りなんだけどね……でも、もう何も起こらないとは思うんだけどハナノを一番近くに置いておかないと、僕が不安なんだ」

「……はあ」

サーシャは怪訝な顔をしたが、それ以上は突っ込まなかった。サーシャはアレクセイが進んで話さないことには、余計な詮索はしないようにしている。


その時、アレクセイの近くの草むらでガサガサと音がして、大人の男の腕2本分くらいの大きさの白い幼虫が姿を表した。幼虫はそのままアレクセイに突進してくる。


「あっ、ワームだ」

アレクセイは嬉しそうにそう言うと、「ギエエエエッ」と寄ってきた白い幼虫型の魔物を炎で燃やした。


「ふふ、ワームが出てきて嬉しいなんて初めてだよ、サーシャ」

「団長?」

アレクセイの言葉にサーシャがますます怪訝な顔をする。ワームなんて鬱陶しいだけの魔物だ。倒したところで腕ならしにもならないし、食べれる訳でもない。


「何も出てこないから不安だったんだよねえ。僕の結界は上手くいってるみたいだ」

「結界……ですか?」

「サーシャ、僕さあ、大変だったんだよ。ちょっとまだ何も言えないけど」

「そうでしょうね。夢魔なんて、ご無事で何よりです。どうやって倒したんですか?」

「知らないよー。倒したのは多分フジノだもん」

「えっ、そうなんですか?」

「うん、だから倒し方はフジノが起きたら聞く」

「それでフジノはあんなに血まみれに? ハナノの服の血は返り血のようでしたが、あれもまさかフジノの血ですか?」

だとすればフジノはかなりの大怪我を負ったはずだ。


フジノは淡いグレーの騎士服上衣を中心に、白いズボンも血にまみれていて、ハナノの方はズボンの膝から下と、上衣の袖、特に右側の袖が血で汚れていた。


「あー、うん。あれは大体フジノの血」

「あれだけの血、大怪我だと思うんですけど傷は?」

フジノには怪我一つなかった。

 

「……ハナノが治した。」

アレクセイは前に聞こえないように小さい声で言った。

「はっ?」

サーシャは驚く。ハナノが治癒魔法が使えるなんて話は聞いていない。

 

(そもそも、魔力2なんだぞ?)

あり得ないことだ。

 

「まだ内緒だよ」

「……分かりました」

「サーシャ。僕、すごく大変だったんだよ、主に精神的に」

「詳しい事情は分かりませんが、そうなんでしょうねー」

夢魔を倒したフジノに、その怪我を直したらしいハナノ。やはりこの双子には何かあるらしい。そんな双子を抱え込んだアレクセイは確かに大変そうだ。


(まあ、大変って言ってる内は大丈夫だ)

サーシャとしてはこのままアレクセイの側に居て、双子を注視し続けようと思う。

 

「まだ話せないんだけどさ。とにかく今は僕を労って、全力で労って」

「お疲れ様でした、団長」

「足りないよー」

「本当にお疲れ様でした! 団長」

サーシャは力いっぱいアレクセイを労ってあげた。




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アレクセイがかわいい
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