57.見習い期間の終了(1)
その日、ハナノ達新人騎士の半年に渡る訓練が終了した。
訓練棟の講堂では騎士の心得についての講義が行われた。
「本日から君達は見習いではなく、正式な騎士となる。信念を持って励みなさい」
教官から最後にそう激励を送られ、ハナノは背筋を伸ばして決意を新たにする。
(凛々しい騎士になろう)
憧れているのは強くて揺るぎない騎士だ。もちろん優しくて内面から滲み出るような美しさもないと行けない。
ハナノが今騎士として出来る事は帝都の道案内と剣の補強くらいで、まだまだ凛々しいなんて言えないが、これからも精進して出来る事を増やそうと思う。
(その内にフジノみたいに魔物討伐でも役に立てるといいな)
ちらりと隣の双子の兄を窺う。
フジノはいつものように特に感慨はなさそうに教官の激励を聞いていた。冷めた様子だが、双子の片割れはこの冷めた様子できちんと凄い事をやってのける。幼い頃よりそれが当たり前だったから今更羨ましいとか妬ましいとかはないけれど、ウルフザンの討伐にフジノだけ参加した時はその差が寂しかった。
(フジノにも出来るだけ追いついていこう)
ハナノはそうも決意した。
最終日とあって早めに切り上げられた講義を終えて、講堂では同期の騎士達で訓練を無事に終えられたことを讃え合う。
ハナノは皆に「ハナノ頑張ったなあ!」「走り込みは最後までビリだったけどなあ」「よく付いてきたよなあ」と背中を叩かれた。
同期達に悪気はないが、扱いが完全にマスコットである。
(くっそ、みてろよ)
ハナノはますます凛々しい騎士への決意を燃やした。
午後から合流した第二団でも皆からお祝いムードで歓迎された。
「お疲れさん!いやあ、思い返すと、成長したなあ、二人とも」
サーバルが言う。
「フジノは背も伸びたし、体つきもいい感じになってきたもんな」
「確かに背は伸びました。でも、筋力はまだまだです。サーバルさんは越さないと」
「ははっ、私も励まないとなあ!」
砂漠の遊牧民の血が流れているサーバルの筋肉量は通常より多い。それを追い越すのはかなり大変だと思う。
フジノはサーバルに遊牧民の血が流れている事を知っているんだろうか、教えてあげた方がいいのかな、とハナノは考える。
少し考えてから、まあいいか、となった。志は高い方がいいだろう。
「ハナノも剣が少し重くなりましたよ」
ハナノにそう言ってくれたのは、水色眼鏡の副団長サーシャだ。
「本当ですか?」
「はい。ちゃんと体重を剣に乗せれるようになってきてます」
「へへへへ。ふふふ」
嬉しい。すごく嬉しい。
「非番の時は獣舎でも頑張っていると聞いてます。最近はフジノも一緒に行ってるんですよね」
「よく知ってますね、そうなんです。フジノもルクルードさんのお気に入りになってます」
「知ってますー。嘆願書がすごいですからね。二人とも竜馬の世話もしてるらしいですね」
「はい!美しいですよ、竜馬」
実は、世話だけではなくてフジノとこっそり竜馬に乗ったりもしているがこれは秘密だ。
ハナノはふふふと笑った。
サーシャもふふふと笑い、何だかその笑いはハナノ達が竜馬に乗ってる事を知っているような気がする。
(気のせいかな?見透かされてるような…………勝手に乗って遊んでるのはマズいよね)
サーシャの眼鏡の奥の目が笑っていなくてハナノは変な汗をかく。
「ハナノ、フジノ、今日は夕飯が祝賀会になるからそのつもりでいろよ!」
ハナノが変な汗をかき出した所へファシオがやって来てそう告げた。
「祝賀会?」
「見習い終了の祝賀会だ。第一から第四が今日で、第五から第八の奴らは明日やんだよ。毎年食堂とホールつなげてやるんだぜ。絶対来いよ、主役だからな」
「へえ、楽しみです」
第一から第四まで合同ならローラも一緒だな、とハナノは思った。
(ラッシュ団長は来るかな? いろいろ良くしてくれてるし、無事に訓練を終えた報告とお礼を言わないと……ああっ!)
そこでハナノは大変な事に気付いた。
(たいへん!)
「フジノ!」
ハナノは珍しく気色ばんでフジノを呼ぶ。
「わっ、どうしたの?」
「アレクセイ団長に挨拶行かないと!」
「えっ?なんの?」
「訓練終えました!ありがとうございます!これからもよろしくお願いします!っていうやつだよ!」
フジノの腕をぐいっと掴むが来てくれない。
「なにそれ、いるの?」
「いるよー!フジノは時々、魔法も見てもらってるでしょ!」
ハナノはフジノがアレクセイに魔法の個人レッスンを受けている事をちゃんと知っているのだ。
「時々じゃなくてたまにだよ。あの人、忙しいんだよ」
「忙しい合間を!縫って!見てくれてるんだよ!団長なんだよ!」
ハナノは怒った。
フジノはこういう所は本当に全然気が使えないと思う。
「普通は団長自ら新人の魔法の特訓になんか付き合わないんだよ!丁重にお礼を言うべきだから!」
「ハナノ」
サーシャがハナノを呼ぶが激昂したハナノには聞こえていない。
「あんなに可愛くて優しい人、中々いないよ!」
「だからって何でお礼?訓練頑張ったのは僕だよ。」
「ハナノー」
またサーシャが呼ぶ。
「ずっと見守ってくれてたんだよ!」
「ハーナーノー」
またまた、サーシャが呼ぶ。
「図書室でも助けてくれたじゃん!さ!行くよ!ん?誰か呼んでましたか?」
「呼んでましたよ。団長なら先ほどからこちらにいるので大丈夫そうですよ」
ハナノが振り返るとサーシャの隣にアレクセイが現れていた。
「わあっ」
「訓練お疲れ様。見習い期間の終了、おめでとうだね」
アレクセイがにっこりした。
***
その夜、夕飯時にハナノがローラと食堂へ行くと祝賀会はもう始まっていた。
ローラによると“新人騎士の訓練終了を祝う”というのは建前的なもので、ようは大手を振って宴会したいだけのイベントらしい。こんな機会でもないと本部で大手を振って飲めないのだ。
だから何となく集まった人達から飲み出していて、既に出来上がっている者もいた。
「ハナは、お酒は飲めるの?」
まずは飲み物をもらいに行きながら、ローラが聞いてくる。
「まだ15才だもの、飲まないよ。でも両親も兄も皆弱いし、きっと飲めないと思うな。」
ハナノが16才の成人を迎えるのは来月だ。
「あら、残念ね」
「ローラは飲めるの?」
「私は今年で17才だもの。嗜む程度なら」
そう言って、ふふ、と笑うローラは大人っぽい。
わあ、いいなあ。
ハナノにはきっと逆立ちしたってできない表情だ。
「見つけた!ハナ!ハナはジュースだからね。はい、もらっといたから」
そうやって先に来ていたフジノが合流してくる。
ハナノは差し出されたジュースをとりあえず飲んだ。
「ねえ、フジノ。その保護者みたいにハナにまとわりつくのやめなさいよ」
「は?兄だから保護者ですけど?」
「兄って、双子なんだからたかだか数分でしょう。ハナもあなたも大人なんだから、あんまりべったり一緒なのはどうかと思うわよ」
「うるさいなあ。今日は酔っぱらいもいるし危ないだろ。ハナ、僕から離れたらダメだよ」
「はーい。分かった」
こういうフジノに反論しても無意味な事を知っているハナノは素直に頷いておく。
でも、離れるなと言っていたフジノはすぐに酔っ払ったファシオに拉致された。
「いた!フジノぉ、来い!俺と飲むぞ!」
「ファシオさん、僕は未成年です。飲みませんよ」
「じゃあ、ジュースでいいから付き合え、ハナ、兄貴を借りるぞぉ」
ファシオはがっしりとフジノの肩を掴むと問答無用で引きずって行く。
「どうぞー」
ハナノはニコニコとフジノに手を振った。
こういう宴会は初めてで、ハナノは飲んでもいないのに既に何だか楽しくなっていた。
ガヤガヤと皆が皆、楽しそうだ。酒に弱い先輩騎士が顔を赤くしていつもよりふにゃふにゃしているのも面白い。
隣のローラはお酒を飲むと何だか大人っぽくて、色っぽい気もする。
色々だなあ。
ジュースをちびちび舐めながらハナノは上機嫌だ。
ハナノが座る机にはいろんな騎士達がやって来て食べたり、飲んだり、しゃべったりして行った。
いつの間にか誰のか分からないグラスや皿がたくさんあって、ハナノはその内にその中の手がつけられていなさそうなものを食べて、飲みだす。
宴もたけなわの頃には、ローラの色香に誘われたトルドもやって来て、結構楽しそうに二人でしゃべっている。それもハナノには楽しい。
こういうのを職場恋愛っていうのかなあ。
ふふふふふ。うふふふふ。
「なんだ? 飲んでんのか?」
終盤、うふうふしているハナノにそう言いながら隣に座ったのはラッシュだった。
「ラッシュ団長。いいえ、飲んでませんよー、ジュースですう」
「え、そうなのか?お前、なんかニマニマしてるぞ。顔も赤くないか?」
「えへへ、だってなんか皆さん楽しそうなので。ラッシュ団長も飲んでないんですか?」
「いや、俺、飲んでも全然変わらないんだよ」
「あらあら、それは残念ですねー」
ふふふ、とハナノは笑う。
「……ハナ。お前それ、本当にジュースか?」
ラッシュは疑わしい目でハナノのグラスを見る。
「え?ジュースですよ。だって甘いですよ?」
ハナノはくすくす笑いながら言った。
「はあ、フジノは何してんだか……それは絶対に酒だろ。今、水持ってくるからちょっと待ってろ」
ラッシュが呆れながら立ち上がる。
「はーい」
何だろう、ふわふわするなあ、と思いながらハナノはラッシュに手を振った。
そして水を取りに行ったラッシュだが、少し離れたテーブルのいかつい騎士達に「だんちょおー!!!」と羽交い締めにされだして、どうやらしばらくは戻ってこれなさそうだ。
ふふふふ。
そんな全てが今は楽しい。
ふふふふふふふ。




