52.非番の一日 〜勇者の広場(1)〜
「巻き込んでごめん」
セシルの部屋での読書を終え、悪魔の召喚関連の本ならここにもあるからまたおいで、と言われながら部屋をあとにした所でフジノが言った。
「気にしてないよ」
「気にしてないわよ」
ハナノがローラと声を揃えて言うとフジノは苦笑した。
「ハナはともかく、ローラは気にしなよ」
「アレクセイ団長も言っていたでしょう。頼まれたからといって読むべきではなかったわ。もう騎士になったのだしもっと自分の行動に責任を持とうと思う」
堂々と宣言するローラをハナノは感心して眺めた。騎士団で初めての友人は自分よりずっと大人だ。それに比べると、ハナノはいつもフジノに頼り切りで判断さえも多くを丸投げにしていた。
ローラの言うように騎士となった今、もっとしっかりしないとなとハナノは思った。
「悪いと思ってるなら午後は私に付き合って。お腹も空いたし外出申請して外でランチしましょ」
「いいよ」
ローラの提案にフジノが柔らかく微笑む。顔立ちは優しめのイケメンなのでなかなかの甘い笑顔だ。
「……フジノが甘いのって気持ち悪いわね」
「甘い? それに気持ち悪いって何だよ」
「気にしないで、ハナ、行きたい所ある?」
「うーん……特には思い付かないかな」
「なら手っ取り早く勇者の広場に行きましょうか。観光スポットだしなんでもあるから」
ローラの提案にハナノはぱあっと顔を輝かせ、フジノは顔を曇らせた。
「騎士団の試験会場だった所だよね!行ってみたかったんだ。勇者の像があるんでしょう? 試験の時はそれどころじゃなかったから見れなかったの」
「あるけど勇者の像なんか見たいの?」
「200年前に魔王を倒した人だよ! もちろん見たいよ」
勇者の魔王討伐の話はたくさんの童話になっている。帝国民であれば子供の頃に散々それらを読んで育ち、登場人物になりきって遊んだりするものだ。
童話の主な登場人物は勇者と大賢者と呼ばれた魔法使い、そしてもちろんお姫様。
なりきり遊びの男の子の一番人気は勇者で、女の子の一番人気はお姫様。ハナノも小さい頃はお姫様役をやり、魔法を使えるフジノは勇者と大賢者の二役だった。
「大賢者とお姫様の像もある?」
「ないわよ」
「えっ、ないの? 一緒に魔王を倒して、お姫様は勇者と結婚もしたのに?」
童話ではお姫様と勇者は結婚するのだ。
「ハナ。それは童話の話でしょう。実際の魔王討伐は三人でなんかやってないわ。帝国軍も関わっていたのよ。そもそも姫と結婚したのは大賢者よ。これだって最近は大賢者は実は女性で結婚したのは王子だったというのが定説だわ」
「……なんかいろいろ違う」
「魔王城に一番に乗り込んで魔王を倒したのが勇者とその仲間の三人というのは史実よ。でも勇者も含めて三人ともその人物像はあやふやだわ。だから勇者の像もどこまで本当かは分からないわよ」
「勇者の像は勇者が存命している間には造られてないよ」
ここで割り込んできたのはフジノだった。
「えっ、そうなの?」
ハナノはますます残念になる。
「あら、そうなの?」
ローラは意外そうだ。
「そうだよ。死後に造られたものだ」
フジノは深く頷いて断言する。そして二人には聞こえない声で小さく呟く。「だって生きてる間は断固拒否したもの」
「フジノって変にいろいろ詳しいわよねえ。異様なくらいに」
「天才だからね」
「そういうの自分では言わないものよ。ハナ、やっぱり貴女の兄はちょっと変わってるわ」
「それはほら、天才だもの」
「ハナもハナよねえ……とにかくまずは外出申請しましょう」
ローラは呆れながらそう言い、三人は本部の事務所で外出申請をすると帝都の中心に位置する勇者の広場に向かった。
「広ーい。試験の時とは全然違うね」
勇者の広場に着き、ハナノはまずその広さに圧倒された。
そこは広大な石畳が広がり各所にベンチがあって、所々に噴水や銅像があるとても広い場所だった。
訪れている人々はのんびりと広場内のカフェやレストランで寛ぎ、屋台で買ったスナックをつまんで談笑し、子供達は追いかけっこをして過ごしている。
「魔王を倒した勇者と帝国軍がここで皇帝陛下からお言葉を戴いたのよ」
「へええ」
「ほら、あれが勇者の像よ。」
ローラは広場で一番大きな噴水の横に立つ大理石の像を指し示した。
指さした先には堂々とした台座に剣を立て皇宮の方角に雄々しい顔を向けて立っている男性の像がある。
台座の高さは大人の男性ほどの高さがあり、その上に等身大より一回りは大きい勇者の像が乗っているので離れた所からでないと全体は見えないくらいの大きなものだ。
「……思ってたより大きい。触れないんだね」
「触りたかったの?」
「うん。触ったらいいことありそうでしょ」
触れないのは残念だ。
ハナノはそう思いながら勇者の像を見た。
顔は少し美形だ。きりっとした男らしい顔つき。髪の毛は柔らかそうに造られている。優しい人だったのだろうか。
細身ではなく大柄でもないがっちりとした体躯。その身体つきはブレア総監を思い出させる。
(そういえば目の色も総監と同じ緑だったな)
ハナノは大理石でできた勇者の像を見ながら思った。
勇者の像は全て大理石でできている。だから勇者の像の目はもちろん少し汚れた白色だったのだがハナノの目には勇者の瞳は緑だった。
「死後に造られたって事は似てないのかな」
ハナノが呟くとフジノが答えた。
「……うーん、実物はこんなに雄々しくないよ。眉毛はあんなに濃くないし」
「へええ」
「ちょっとフジノ。200年前の人なのよ。適当な事言わないで、ハナが本気にしちゃうじゃない。ハナも何でも信じたらダメよ」
「でも確かに眉毛は太くない気がするよ」
「はいはい。ならそうしましょう。勇者はともかく持ってる勇者の剣は本物を元に造られてるはずよ」
「そうなの?」
「そうよ、勇者の剣は今も実在するの。皇室で大切に保管されてるわ」
ハナノは勇者の持つ剣を見てみた。
大剣と呼ばれるような大振りの剣ではない。どちらかというと細身の剣だ。柄はほとんど装飾のないシンプルなもので真ん中に宝石が埋め込まれている。その宝石はきっとルビーだとハナノは思う。
「剣にも触りたかったなあ」
「何で触りたいのかしらね」
「ねえ、もういいだろ?何か食べようよ。僕、お腹空いたよ」
フジノが不満そうな声をあげた。
「ええ、もっと近くとか後ろとかからもじっくり見ようよ」
「やだよ。飽きたよ。そこのカフェならテラス席から見えるしそこから見なよ」
いつものフジノならこういう時は一緒に観察してくれるのに今日は何だか冷たい。
(お腹空いてるのかな)
きっとそうだろうとハナノはそう決めつけると、しょうがないなあ、と言いながらカフェに行ってあげた。




