48.非番の一日 〜図書室(1)〜
「何でせっかくの非番なのに図書室なのよ?」
不満そうにそう言ったのはローラだ。
帝国騎士団見習い生活も六ヶ月目に入った本日、フジノとハナノは二人揃って非番だった。更に訓練の休みも重なり一日フリーである。だからフジノは朝からハナノを連れて図書室へと来たのだが、同じく非番だったローラも付いて来ていた。
騎士団の図書室は室というより館くらいの規模で、フジノ達の故郷の神殿の図書室より全然大きい。三人が居るのはそんな図書室の中央のホールだ。
「嫌なら来なくていいって言ったよ」
フジノは面倒くさそうにローラに言う。
「だって、ハナと休みが合うなんて滅多にないのよ。一緒に遊びたいじゃない」
「ローラ、図書室ってけっこう楽しいよ。フジノはすごく物知りだし面白いよ」
ハナノがにっこりしながらローラを宥めて、ローラはハナノの心からの笑顔に愕然とした。
「ハナ。図書室が楽しいし面白いのは認めるわ。だけど友人とのせっかくのお休みに朝から来る所じゃないわよ」
「じゃあ獣舎に行く?」
「それは絶対に違うわ」
「……武器庫?」
「もちろん違うわよね」
手持ちのカードを使い切り途方に暮れるハナノにローラは頭を抱え、フジノに詰め寄ってくる。
「ちょっとフジノ、うら若い乙女がこんな風に育ったのはあんたに責任があると思うわよ。何なのこの三択、あら? あんた背が伸びた?」
ローラは自分がフジノを見上げている事に気が付く。ここ最近、フジノはめきめきと身長が伸びているのだ。このペースで伸びられると入団時に採寸した騎士服は早々に合わなくなりそうな勢いだ。
「成長期だからね、伸びないと困るよ」
フジノとしては出来たらルドルフ時代の身長まで伸びてそこで止まって欲しい。そうすれば前世の感覚のまま戦える。
「ふん、見上げる事になるなんてムカつくわね。まあいいわ。それより、ハナ!」
ローラがハナノに向き直る。
「今月から外出許可も出るのよ! 申請して外に出ましょう。帝都に遊びに行けるのよ。あなたは地方も地方の出身でしょ。行きたくない? 帝都」
訓練期間も残すところ一ヶ月を切り、見習い騎士達は今月から申請すれば外出も出来るようになっていた。そういえば最近非番だった同期達は帝都の家に顔を出したとか、帝都のどこそこに行ったのだとか話していたな、とフジノは思い出す。
「外かあ」
「そうよ。観光名所いっぱいあるわよ」
「でも、試験の時もしばらく滞在してたからフジノと少しウロウロしたよ。帝都の巡回でもウロウロしてるし」
フジノがハナノとウロウロしたのは観光名所ではなく宿屋の周辺の飲食店だし、巡回のウロウロは仕事だ。
「フジノとならどうせろくな所に行ってないんでしょ。オペラ座は行った? カフェ・ムーランは?」
「えっ、オペラ? カフェ?」
「観劇もお茶もしてないの? じゃあ買い物は? ドレスは? リボンは? アクセサリーは? 帽子は? 靴は?」
「……そういうのも行ってないかな」
「どうして行ってないの。帝都のメインストリートに行ったら最先端が見れるし買えるわよ」
「うーん。でも、いつも騎士服だしいろいろ買ってもどうせ着ないし付けないよ」
「ていうかなんでハナは、今日も騎士服なのよ? 非番でしょ」
ローラがハナノの格好を睨む。妹のハナノは今日も薄いグレーと白の騎士服に身を包んでいる。何を着てもそこそこ可愛くなる妹だが、この騎士服も小人みたいで可愛い。可愛いが確かに非番の日まで着るのはいかがなものか。
因みにフジノは白シャツにチノパンという格好でローラは品のいい濃い赤のベルベットのワンピース姿だ。
「だってせっかくだし」
「せっかくの意味が不明だわ」
「もー、静かにしないと追い出されるよ。ハナ、こっちだって」
これ以上ローラに構っていても何も進まないので、フジノは館内案内を見て歩きだした。“追い出される”と聞いてローラは黙り、不承不承だがハナノと共にフジノの後に付いて来る。
フジノはどんどん図書室の奥の方の通路へ入っていった。
「ちょっと、これ以上はダメよ!」
大分奥まで来たところでローラが立ち止まり、フジノの前に現れた立て札を指さした。
「ここからは禁書よ。立て札もあるでしょう」
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これより先のエリアの本は禁書です。
閲覧する場合は十分に注意してください。
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立て札には、そう書いてあった。
「大丈夫だよ。本当に入ってだめならこんな風に解放してないだろ? 注意しろ、って書いてあるし、注意すればいい」
むっとしながら言い返すフジノ。
「あのねえ、確かに騎士は禁書の閲覧が許可されてるわよ。でもそれは任務や調査で必要な場合だけよ」
「なら調査だし問題ない」
「フジノ、私達はまだ見習いなのよ。調査な訳ないわ。誰かに見られたら明らかにおかしいわよ」
「でも、僕が調べたいのは召喚術だよ。そもそもなんで召喚術が禁書なんだ? あ、それで神殿の図書室にもなかったのか」
なるほどなあ、とフジノは納得した。召喚術についてはずっと調べてみたかったのに文献が一つも見当たらなかったのだ。禁書だったとは。
「何言ってるの、召喚っていったら悪魔の召喚でしょう?」
ローラが答え、悪魔と聞いてフジノの顔色が変わる。
「は?あんなの喚ぶ訳ないだろ」
“悪魔”には前世で魔王討伐に向かう道中に散々手を焼かされたのだ。魔物とは違うこの世ならざる者。エルフのラグノアは“精霊と対なす哀れな者”と呼んでいた。
悪魔には物理攻撃が効かずに魔法でしかダメージが与えられない上に、倒した所で死ぬ訳ではない。彼らは元の世界に“還る”だけだ。
だからルドルフ達は自らを“最上位”だと豪語する悪魔と三度もやり合う羽目になってうんざりだったのだ。おまけにその最上位は『俺のこれ本気じゃないぜ? 今回は主と直接契約出来てないから本気出せないんだよ』と言っていた。
(あれの本気とかマジで嫌だ)
あの最上位悪魔の本気がいかほどかは知らないが、しんどくなるのは確実だろう。二度と関わりたくはない。
「僕が調べたいのは幻獣の召喚だよ」
フジノの言葉にローラがきょとんとする。
「幻獣? それって神話の話を言っているの?」
「神話?」
「神話というかお伽話の。神と幻獣が大陸を作った、ていうやつ」
「なにそれ。神? 幻獣使いじゃなくて?」
「幻獣使いって何?」
「えっ、あれ?……そっかあ、前の時点で太古の術ってことはもう言葉すらないのか」
「僕が勇者だったのって、えーと200年くらい前か? その時にはもう伝説の存在だったもんな、今や忘れ去られているんだ」
フジノはぶつぶつ呟いて納得した。
(そうかあ、困ったな)
フジノがその召喚の方法について知りたい幻獣もこの世の者ではない。幻獣とは、大量の魔力を喰らって大地や水や大気にそれを還元し、世界を混沌から安定に導く者、らしい。
前世でも出会った事はないから詳しくは知らないがその召喚者は幻獣使いと呼ばれ、崇められる存在だったと前世の古書にはあった。
(確かに神っぽくはあるもんな。幻獣使いが忘れられて神になっているのか)
そして幻獣使いの伝承は神話やおとぎ話となったのだろう。そういう事なら騎士団の図書室にフジノが求めるような本はないのかもしれない。
フジノは少し落胆した。
フジノが幻獣の召喚で注目していたのは幻獣の召喚には甚大な魔力が必要だという所だった。
ルドルフの時もそこに目を付けていたのをうっすらと覚えているのだ。ルドルフはあの魔王少女は幻獣使いとしての素養を持っていた者ではなかったのか、と考えてかなりの量の古書を読み漁っていた。
ルドルフは魔王少女を手にかけた後、殺す以外にも救いの道はあったのではないかと後悔してすっかり塞ぎ込み、人里離れた庵に籠もって書物に埋もれる余生を過ごした。
自分に古代語が話せたら何か違ったかもしれない。
あの少女はなぜあんなに多量の魔力を持っていたのだろう。
もし幻獣の召喚術について知っていたら、少女の魔力を何とかしてあげれただろうか。
ルドルフはそういう後悔や疑問を抱えてその余生を生きた。ルドルフにとっては魔王を殺した後の人生は余生でしかなかった。
魔王を殺した後のルドルフは半身を奪われたような喪失感に苛まれ、そんな風に自らを追い詰めるような暮らしをして割と早くに亡くなっている。
当時はその喪失感の正体は不明だったのだが、こうしてハナノの双子の兄として転生した今のフジノには分かる。
おそらくルドルフは魔王少女を殺した時に少女の甚大な魔力を使って何らかの魔法を使ったのだ。少女の魂と己の魂を結びつけて来世を渡るような魔法を。でなければ自分とハナノが双子で転生している理由がつかない。偶然でこんな事は起こらないだろう。
ルドルフは完全に魔法を感覚で使うタイプだった。そもそも魔法の基本は強い意志を魔力に乗せる事だ。「来世でお前を守ると誓う」とはそれは即ち来世で出会う事も誓っている。
そうして結びつけた半身を喪ったのだからその後は抜け殻みたいなものだ。
そのせいか魔王城の後のルドルフの記憶はひどく曖昧でせっかく読み漁った古書の知識もほとんど抜け落ちてしまっている。
古い仲間達にもずいぶん冷たくしたように思う。
今思えば、皆心配してくれてたのにひどい事を言ったような気がする。
(ラグノアにも辛く当たったな)
フジノはふと誇り高い森の戦士の事を思い出す。
元気だろうか。エルフだからまだ生きているはずだが、きっともう森に帰ってるから今世で会えはしないだろう。
(あと、名前だ、名前を調べたんだ)
あの魔王だった少女の名前。ルドルフはこれも熱心に調べていた。少女の名前を知らないからきちんと弔ってやることが出来なくてそれも後悔していた。
(そういえば、そうだったなあ、消し飛んだ村を探してみたりもしてた……)
「ちょっとフジノ?」
取り留めなく考えていたフジノはローラに呼ばれて我に返った。




