46.ラッシュ団長と(4)
ほどなく、第四団の騎士達が到着した。
「だんちょおー!」「えっ、団長が女の子連れてる」「誰すかあー、その子」「うわ、マジでドラゴンアミー」「げえ、これ一人でやったのかよ、ありえねー」全体的にいかつくて、野太い声の集団はラッシュに手を振って、その隣のハナノに目を丸くし、草原に横たわるドラゴンアミーの死体を囲みだした。
(大きい人が多いな)
ハナノが縦にも横にも場を取る第四団の騎士達を見ていると、いかつい集団の中から一人、すらりとした銀髪の騎士がこちらへ向かってきた。背景がドラゴンアミーの死体といかつい野郎達だからか、銀髪の騎士はやたらとキラキラして見える。
「お疲れ様です。ラッシュ団長」
銀髪の騎士はラッシュとハナノの側にやって来てから、ラッシュに言う。少し癖のある銀髪にアメジストのような紫の瞳のきれいな顔の騎士だ。
「カノン。わざわざすまんな」
「いえいえ、何を言うんですか。ドラゴンアミーを1人で倒すなんて、すごいですよ」
「かなりの年寄だったんだ。目も鼻も利いてなかったから運が良かった。壮年期の個体ならやばかったかもな」
「そうなんですか?」
「ああ、目には光がなかったし、至近距離なのにわざわざ頭を上げて匂いを確認していた」
「それでも凄いですけどね。ところで、こちらのハリセンボンのお嬢さんは?棘だらけですが」
カノンがハナノを見て微笑む。その笑顔は柔らかくて甘い。
声と雰囲気が少しアレクセイと似ているな、とハナノは思った。でもカノンと呼ばれた騎士はアレクセイより甘めで、キラキラ度が高い気がする。
(何か、まぶしい)
キラキラしているからか、ドキドキもしてしまう。
「第二団のハナノ・デイバンだ。精霊の森に行った事ないらしいから連れてきた。ハナ、こっちはうちの副団長のカノンだ」
「はひめまひて、はれ?」
ハナノはいつものように元気よく挨拶しようとしたが、呂律が回らない。顔がじんわりと痺れている。
「はれ?」
「あー、これ、もしかして、トゲウリの棘?」
カノンがふわっとハナノの頬に触れて顔を近付ける。
「は、はひいっ」
近付かれると何やらいい匂いまでする銀髪の騎士。
(うわあ、だからドキドキする! ドキドキするよ!)
「トゲウリには弱いけど麻痺性の毒があるからね。刺さってるのは顔と手か……毒は一過性だけど早く抜いた方がいい。まずは顔の棘を抜こうね」
カノンはそう言うと、当たり前のように騎士服のポケットから携帯用の救急セットを取り出して、ピンセットを手に取る。
そして、かがんでハナノの顔の棘を一本一本抜きだした。
「…………」
カノンの整った顔がものすごく近い。
アメジストの瞳を縁取る銀色の長い睫毛が数えられそうなくらいで、おまけにいい匂いだ。
ハナノは顔が真っ赤になった。心臓がどんどんドキドキしだす。
(この人絶対、貴族のいいとこの家門の出だ。くう、顔が近いよー。なんでよく出来る女子みたいにピンセットなんか持ってるんだ)
ハナノは絆創膏くらいなら持っているが、ピンセットなんて持ち歩いていない。そしてカノンの処置する様子は手慣れていた。掴みにくい細かな棘をスムーズに抜いていく。
綺麗な長い指がハナノの頬を押さえていて、棘を抜くためだと分かっていても、ドキドキは加速するし、その大きな手は剣ダコでしっかり硬そうで萌える。
(優しくほっぺを押さえないで欲しい。棘を抜くためなんだろうけど! それは分かってるんだけど!)
どんどん真っ赤になるハナノ。
カノンがくすっと笑った。
「~~~~っ」
(うおお、ドキドキがバレてる! 早く、終わってえ)
ハナノにとって苦行のような時間が流れた後。
「はい。顔の棘は抜けたよ。これでちょっとずつしゃべれるようになると思うよ。あとは手だね」
カノンはそう言うと、今度は跪いて、ハナノの手を取った。
「ひょおっ、はの、らいじょうふです。てはじふんでやりはす」
やっと顔の至近距離から解放された所なのに跪かれて、ハナノはあわあわする。カノンに優しく握りこまれているせいで、手汗が一気に出てきてとても恥ずかしい。
「はのっ、じふんで、」
「いいから、じっとしててね」
カノンはハナノを見上げてキラキラの笑顔で言った。
(うわあ。美形の上目遣い、ムリ)
鼻血が出るんじゃないかと思って、慌てて鼻の頭を押さえる。目はちょっと涙目だ。
カノンはにっこりしてハナノの手の棘を抜き出す。
美形のキラキラが跪かないで欲しい。
「らっすたんちょう、このひと、とめてくらさい」
涙目でラッシュに助けを求めるが、ずっと笑いを堪えていた様子のラッシュはそれに吹き出した。
「はははっ、ハナ、お前、さっきから顔が真っ赤だぞ。あははは」
「おもひろからないれ」
「あははははは」
「ハナノ、この人じゃなくて名前で呼んでほしいな」
襲い来る上目遣いのキラキラ。確かに副団長に向かってこの人呼びは失礼だ。ハナノは顔から湯気を出しながら何とか名前を呼んだ。
「……かのんはん」
「うははははっ、ハナ、湯気出てるぞ」
「らっすたんちょう、はらはないで」
「ははははっ」
そうしてまたしばらく後、
「はい。全部とれたよ。お疲れ様」
ハナノの二度目の苦行が終わった。
「はりはとう」
ハナノが礼を言い、カノンはやっと跪くのを止めてくれた。
やれやれ、と周囲を見回すと、ハナノの苦行を笑っている間にも、ラッシュは第四団を二班に分けてドラゴンアミーの解体と森の入り口付近の巡回に向かわせていた。
ハナノはせっかくなので、ドラゴンアミーの解体現場を見学させてもらう事にする。
「ハナノといいはす。けんはくさせてくらさい!」
解体現場に近付いてそう挨拶すると、
「お前、第二団の新人だって? 無理すんな、結構グロいぞ」「臭いもすげえし」「倒れるのは勘弁だぜ」とよそよそしかった騎士達だが、ハナノが本気で興味津々だと分かると、何かと優しくしてくれ出す。
「新人は大体吐くんだけどなあ、しかも女の子」「ハナノだったか? 後ろ足の筋肉見るか?」「ハナノー、心臓見るか? ドラゴンハートとはいかねえが、これもいろいろ使えるぞ」
丁寧に説明してくれて、鱗も一枚くれ、ハナノは大満足だ。
ドラゴンアミーの解体が終わり、不要な部分を焼き払ってから皆で帰路につく。ハナノはラッシュとカノンと馬を並べた。
「ああっっ」
帰路の途中、ハナノはある事を思い出して、絶望的な声をあげた。
「ハナ? どうした?」
ラッシュが慌てて聞いてくる。
ハナノはポケットに手を入れて、粉々になったビスケットを取り出した。
「フジノのぶん……」
「あー、俺が蹴り飛ばして繁みに突っ込んだもんなあ……」
「えっ、蹴り飛ばしたって何ですか?」
カノンがびっくりしてラッシュに非難の目を向ける。
「いや、それしかなかったんだよ、ドラゴンアミー来てたんだぜ?めっちゃ早かったぜ?」
「ソウデスネ、メッチャハヤカッタ。シカタナイデス」
ハナノは粉々のビスケットを見ながら棒読みでそう返した。滑舌はすっかり元に戻っている。
「悪かったよ。なんか買ってやるよ」
「ホントですか?」
「ああ、菓子があればいいんだろ?あっ」
そこでラッシュも何かを思い出すと、ハナノに近づいてひそひそと話した。
「ハナ、てか、口裏あわせようぜ。さすがに他団の新人連れ出してドラゴンアミーに遭遇させたなんて、アレクセイが怒るからさ、留守番のお前を不憫に思った俺が、町まで連れてって菓子買ってやったって事にしよう。そんで町で俺とお前は一旦別れて、俺だけドラゴンアミーに遭遇した、と。これでいこうな」
「んー、構いませんよ。お菓子さえ買ってくれるなら、何でもいいです」
今日はもうヘトヘトなのだ。ハナノはフジノの為の甘いものさえ手に入るなら何でも良かった。
「よし、決まりな。カノンもだぞ」
「俺は真実こそが一番安全で近道だと思いますけどね」
カノンが微妙な笑顔でそう答える。
「嫌だよー、アレクセイって怒ると長いぜ?さ、ハナノ、菓子買いに行こう」
そうしてハナノは、ドラジェという初めて見るやたらとお洒落なお菓子を買ってもらって帰った。




