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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第一章

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43/110

43.ラッシュ団長と(1)


第二団がウルフザン討伐から戻ってきて、ハナノは元の騎士生活に戻った。午前中は同期と共に基礎訓練と座学に励み、午後はフジノと共に第二団に合流して作業や見回り、鍛練に従事する毎日だ。

 そして非番の日には引き続き獣舎へと顔を出している。一度、フジノと非番が重なった時に一緒に獣舎へ顔を出すとフジノとルクルードの相性は思ったよりも悪くなくて、フジノはフジノでたまにルクルードを手伝うようになった。

 ハナノは頼まれれば団員達の剣を磨くようにもなっている。

 そんな風にして日々忙しく過ごし、あっという間に入団して四ヶ月経っていた。


 そんなある日のこと、ハナノが食堂で1人昼食をとっていると、ふっと影が差した。見上げると新緑のような緑色の細い瞳と目が合った。

 

「ここ、いいか?」

 目が合ったのは赤茶色の髪の大柄な騎士で、ハナノと目が合ったその騎士はハナノの向かいに座ってきた。

 ハナノはすぐにその騎士の団長の証のマントとバッチを認める。

 

(うおっっ、団長だ)

 昼食のパンが喉に詰まりそうになって、慌ててお茶を飲む。


(えっ、何で?)

 なぜ知らない団長が、自分の前に座るのかが理解出来ない。食堂を見渡すとそれなりに席は空いているのだ。


「第四団長のラッシュだ」

 目を白黒させるハナノに構わずに、明るい笑顔でラッシュが挨拶してくる。


「は、初めまして、第二団のハナノ・デイバンです!」

 ハナノは慌ててとにかく挨拶を返してからぺこりと頭を下げた。でも挨拶を返しながらも何が何だか分からない。自分はどうして第四団長に声まで掛けられているのだろう。全く接点はないのだ。

 

(あっ、もしかして、私にではなかったのでは?)

 馬鹿みたいに返事をしてしまったが、相手がハナノではなかった可能性もある。ハナノは念のために辺りをキョロキョロしたが、ラッシュが声をかける距離にいるのは自分しかいなかった。

 

(私じゃん! 私だけじゃん!うわあ、どうしよう、目を合わせてもいいのかな? さっきの笑顔はいい人そうだったけど……)

 ハナノがそろりとラッシュを見上げると、ラッシュはニヤリと笑って言った。

「いいなあ、その反応。普通はこうだよなあ。お前、フジノ・デイバンの妹だろ?」


「あ!…………はい!」

 ラッシュの“フジノの妹”という言葉に、ぴんときてハナノは、そういう事かと納得する。気持ちもすっと落ち着いた。こういうのは慣れっこである。


(この人、フジノの話が聞きたいんだ)

 ラッシュの目的が判明してすっきりだ。別の団とはいえ、フジノは今年の期待の新人なのだ。団長として気になるんだろうな、と思った。


 地元では神童として有名な兄を持つハナノ。周囲の人からフジノの話をされたり、何かを聞かれたりする事は幼い頃から多かった。第二団内でも、ウルフザン討伐の後はフジノの活躍をたくさん教えてもらったし、その魔法についていろいろ聞かれた。

だからラッシュも、フジノの話をしに来たのだと理解したのだ。


(何かな? ウルフザンの討伐の時のことが聞きたいのかな? それとも、小さい時にどれくらい魔法使えたか、とかかな)

 団長に失礼がないようにと、ハナノは頭の中のよくあるフジノ問答集を開く。はきはき答えようと落ち着いて背筋をぴんと伸ばした。


「兄の事ですね。何でもどうぞ」

 にっこり微笑んで告げたのだが、そんなハナノの様子にラッシュは固まった。


(……おや?)

 固まったラッシュにハナノは戸惑う。どこか変だっただろうか。

「あー……すまない、間違えた。ハナノ・デイバン。確かお前の兄はフジノ・デイバンだったな」

 ごほん、と咳払いをしてラッシュは重々しく言い直した。


「???…………はい。どちらでも合ってますよ」

 ハナノはきょとんとしてそう返す。

(何で言い直したんだろう)


「俺はお前に話しかけたんだ、だから主体はお前だ」

「?……はい」

「だから、お前がフジノの妹なんじゃない。お前の兄がフジノなだけだ」

「……はあ」

 何だかこんがらがりそうだ。

 戸惑うばかりのハナノにラッシュは訳知り顔で続けた。


「大丈夫だ、俺も姉とさんざん比べられてきたからお前の気持ちは分かる。お前は兄の付属品なんかじゃない、お前はお前なんだ。気にするなよ」

 ラッシュはそう言いながら、ぽんぽんとハナノの頭を優しくたたいた。


「えーと…………はい」

 ハナノはぽんぽんされた所に自分でも手を置く。今のはちょっと恥ずかしかった。

(ラッシュ団長って、距離が近いな)

 アレクセイはこういう触れあいはしてこない。何だかムズムズする。


「ところで、何で1人で飯食ってんだ? 兄貴はどうした? 同じ団だろ」

 ラッシュはそんなハナノの様子に気付かずに聞いてきた。

 

「兄は昨日から第二団の魔物討伐遠征に参加してます」

「あー、そういえば精霊の森でもないのにわりと多めに魔物が出てるっていうのがあったな。あれ第二団が行ってるのか。お前は居残り組なのか?」

「はい、私はアレクセイ団長から訓練期間が終わるまでは魔物討伐への同行は危険だからダメ、と言われていて、魔物討伐時はいつもお留守番です」


 『訓練が終わるまでは、ハナノは魔物討伐には連れて行けない』ハナノはウルフザン討伐から帰ってきたアレクセイから申し訳なさそうな顔でそう告げられている。とっても残念だったが自分の実力と団の実力を比べると仕方のない事だと思った。

 今回の任務は近場だし、比較的簡単なものらしい。遠征に参加したのも第二団の半分程で、居残り組にはサーバルもトルドも居る。なのでハナノはあまり寂しい思いはしていない。


「へー、アレクセイの奴、厳しいな。いい経験になるのになあ。うん? でもフジノは連れて行ってるのか?」

「フジノはちゃんと出来ますから。私は……その、私が第二団に配属なんて、ちょっと変ですし、皆さん、すごい方なので足を引っ張るだけだと……」

 自分で言ってて、寂しくなってきてしまう。


「…………なあ、お前、何で騎士になったんだ?」

 ラッシュが少し低い声で聞いてきた。


「一番上の兄が騎士なんです。兄が休暇に騎士服で帰ってきた時に、ものすごくかっこ良くてそこからずっと騎士に憧れてたんです」

「そうか」

 ラッシュはそれだけ言うと黙り込む。


「第四団長は、今日は内勤なのですか?」

 ラッシュが黙りこんでしまったので、何か話題を振った方がいいのでは、とハナノは聞いてみた。

「ラッシュでいいよ。ハナでいいか?」

 ラッシュの目が少し優しい目になった。鋭く精悍な顔立ちが柔らかくなる。

「ハナで構いません。ラッシュ団長」

「おう。今日は、そうだな。主に書類仕事だな。あー、やだやだ」

「私はこれから、剣の手入れです。本日は自主トレなのでその後、先輩に手合わせもお願いしようと思ってます。あ、私、剣の手入れの才能があるんです。私が手入れしたら、かかっている魔法が補強されるらしいんですよ」

 ハナノは唯一の誇れる特技に胸を張る。

 

「そうなのか?」

「少しだけですけど。第二団の方達はみんな喜んでくれます」

「おいおい、まさか剣の手入れって、他人のやってんのか?」

「はい。一日一本だけですが」

「それって下働きだろ? 討伐には連れて行かずに、雑用だけさせてるってアレクセイは何を考えてるんだ」

 ラッシュの声が再び剣呑になってきたのでハナノは慌てた。

「ラッシュ団長、違います。私が好きでやってるんです、アレクセイ団長からの指示ではないんです!」

「いや、それにしてもだな」

「第二団では団長も含め良くしてもらっているので、お役に立ちたいんです! 一日一本ですし! それに剣の手入れだって立派な仕事です」


「……確かに剣や武具の修理、再生も立派な騎士の仕事ではあるが」

「はい! 一日一本ですしね! ぜんっぜん負担とかないです、むしろ皆さんの拘りに溢れた剣に触れるのは楽しいですよ」

「そうか。ま、ハナが楽しんでやってるならいいか。俺が口出すことじゃねえな」

「はい!」

 ラッシュの雰囲気が元に戻りハナノはほっとした。そこからは和やかな昼食が再開される。剣の手入れの流れでラッシュの剣について聞いてみると、ラッシュは剣への拘りはないらしく「硬ければいい」との事。「とにかく硬ければ何でも切れる」らしい。ハナノはそんな訳ないと思ったが、相手は団長であるし、感覚が普通とは違うんだろうと納得する。

「剣に魔法はかかってますか?」と聞いてみると「かけねえよ、ややこしくなる」と返ってきた。さっきのくだりがあるので、これにも納得だ。


「魔法かけるのを否定はしねえけどな……ん? 何やってるんだ?」

 ラッシュは話の途中で、食べ終わったハナノが昼食に付いている小さなビスケットを紙ナプキンで丁寧に包みだしたのに気付く。


「後で食うのか?」

「いえ、フジノにあげるんです。魔法って糖分使うらしくてお菓子好きなんですよ。明日には帰ってくるし、こういうのあげると喜ぶんです」


「お前、あんな奴に優しいなあ……俺のやるから、お前も食えよ」

「えっ、甘いもの苦手ですか?」

「いや、普通。俺は魔力が少なくて魔法は全然だから、その理論でいくと糖分も不足しないしな」

「じゃあ、一緒ですね!私も魔法全然なんですよ、魔力0なんです」


「いや、0ってことは……」

「前に医務室で精密な測定器で測った時は、2でした」

「に……」

 この間のサーシャみたいな悲壮な顔になるラッシュ。

「大丈夫ですよー、平気ですよー、省エネなんです」

 ハナノはサーシャに受けがよかった力こぶを作って見せる。作れてはいないのだが。

 ラッシュは絶句した後、何やらぶつぶつ言い出した。


「マジかよ……2って。不憫すぎないか? あんな偏屈な兄がいて、兄の自己満足で第二団なんて入れられて……実力に見合った配属なら今頃いろんな経験出来てただろうに、置いてけぼりで剣の手入れしてて……いや、手入れも大切な仕事の一つだけどな。でも他の団員の剣の手入れなんて、普通は療養中とかの騎士がやる事だろ? いや、魔法の補強はすげえけどな……しかし、騎士ならだな」

 

「あのー、ラッシュ団長? どうかされましたか? 小声過ぎて聞こえないのですが」

 ハナノが不安そうに声をかけるとラッシュのぶつぶつが止まった。そしてしばらく考え込んだ後にラッシュが言った。

 

「俺と一緒に行ってみるか? 魔物討伐」

「えっ」

「帝都の精霊の森くらいなら行ってみてもいいんじゃねえか? 入り口付近なら居ても下級の魔物しかいない、新人の腕試しにはよく行くぜ。入団して四ヶ月だろ? そんなに経つのに何の経験もなしなんて良くないだろ。連れて行ってやるよ」


「いいんですか? アレクセイ団長からはそれも止められているんですけど……」

 だから巡回の時はハナノはいつも街班なのだ。

「俺、団長だしいいんじゃね?」

「なるほど……」

 そうだろうか。

 そうだろうか?

 何だかダメな気はするけど、でも帝都の精霊の森は行ってみたい。ハナノは騎士を志した時よりずっと、いつか魔物と対峙してみたかった。その為にたくさん勉強もしてきたのだ。


「あの、でも、ラッシュ団長の書類仕事は?」

 誘惑に負けそうになりながらハナノは最後の抵抗を試みる。

「だるいから今日はいいや」

 ラッシュがにかっと笑う。ラグノアの眩しい笑顔を思い出すハナノ。ひょっとしたら自分には他人に仕事をサボらせる特殊な能力があるのかもしれない。

  

「帝都の精霊の森なら、ほとんど何も出ないし、森林浴みたいなもんだ。な、行こうぜ」

 

(行きたい……アレクセイ団長は怒るかな? でも、ラッシュ団長が一緒なら心配はないし……団長が連れて行ってくれる事なんて、これを逃したらないよね)

 ハナノは誘惑に負ける事にした。

 

「お供します」

「よし! じゃあ早速出発だな、来い」

「はい!」

 ハナノは包んだビスケットをポケットに入れて、さっさと歩きだしたラッシュの後を追った。



 

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