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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第一章

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39.留守番のハナノ(6)


ラグノアは木立の中に少女を見つけた。息抜きに訪れたいつもの雑木林で、すぐ近くにとても懐かしい魔法の気配を感じたのだった。

 まさか、と思った。その気配は古い友人ルドルフと同じだったからだ。そんなはずはない、ルドルフはもう随分前に死んでいるのだ。エルフのラグノアでさえ随分前、と思うくらいの年月が経っているのに……。

 でも、間違うはずのないルドルフの魔法の気配だった。こんな風に心がざわめくのは本当に久しぶりだ。はやる気持ちを抑えて、注意深く気配のする方へ行くと、見たことのない少女がルドルフの魔法の気配をまとっていた。

 

 ラグノアは衝動的に少女の隣に立った。そしてすぐにそれを後悔した。少女が驚いて自分を見上げたのが分かる。これくらいの年頃は好奇心が強い、そもそも、人間は皆好奇心が強い。ラグノアがエルフだと分かると質問攻めにされるのだ。好奇の目に晒されるのも、生態について不躾に聞かれるのもラグノアは嫌いだった。

 近付いたのは自分だ。ラグノアは無言で立ち去るほどの礼儀知らずではない。もし少女に話し掛けられたら、古代語で適当に返して立ち去ろう。そのように決めたのだが、少女はラグノアには話し掛けずに、そっと前に向き直った。

 ラグノアの様子に耳をすませつつ、でも出来るだけ干渉しないようにとしている。


(不思議な幼子だな)

 少女にも興味が湧くが、せっかくそっとしておいてくれるならとラグノアは少女にかけられた魔法の気配に集中した。

 それは見れば見るほど、ルドルフの魔法だった。全然美しくない雑な隠蔽と結界の魔法。滅茶苦茶に重ねがけまでしてある。

 とても懐かしかった。今、初めて懐かしいの本当の意味を理解したように思う。悠久の時を生きるエルフにとって、万物は速度は違えど全て移り変わりゆくものだ。エルフは移り変わりを眺めるだけだ。特別な思い入れは抱かないから懐かしむことはない。


(これは、なかなか経験しない感情だな)

 ラグノアはゆっくりと魔法の気配ではなく少女を見てみる。

 不思議だった。まとう魔法からはルドルフの気配がするのに、この少女がルドルフでない事は確かだ。ルドルフの魔力はこの少女には感じないのだ。


(どういう事なのだろう。しかし、懐かしいな)

 ラグノアは瞳を閉じて、古い大切な友人の気配を堪能した。





 


*** 


「何だか、ご機嫌ね」

 午前中の訓練棟での座学の休憩時にローラが言う。

「うふふ、うん」

 笑顔で返事をするハナノ。何と言っても、昨日ハナノは森の戦士エルフと知り合いになったのだ。言葉を交わし、名前まで教えてもらった。精霊の仲間でもあるエルフは名前をとても大切にする。友人と認めた者にしか名前を教えないし、教えた者以外から呼ばれるのを嫌う。つまりハナノはラグノアの友人となったのだ。顔がにやけっぱなしになってしまうのは仕方ないと思う。


「何かあったの?」

「えっ、ええー、いや、べ、別に何もないよ?」

 ハナノは慌てて誤魔化した。何かあったとバレバレだろうが、話す気はない。ラグノアからは会ったのは内緒にしてくれと言われているのだ。エルフとの約束は死守しなくてはならない。もちろん、誰としたにしても約束は大切だけど、精霊の一種であるエルフとの約束なんてほぼ契約ではないか、だから死守だ。

 ハナノはラグノアとの事はフジノにも黙っておくと決めていた。

 

「ふーん? まあ、詮索はしないわよ」

 ローラは含みのある笑みで引いてくれた。

「ハナが明るくなったのはいい事だものね」

 そう付け足してにっこりする。

「えへへ、うん。心配かけてごめん」

 ハナノも嬉しそうに頷く。第二団のウルフザン討伐に置いてけぼりにされた当初は、訓練中もハナノはすっかり暗かったのだ。しょんぼりしているか、明らかに空元気で頑張っているかで、その様子はかなり痛々しかった。


 ローラも心配そうだったし、同期の新人騎士達も気を遣ってくれた。彼らは口々に「気落ちすんなよ」「ウルフザンの大量発生なんて、普通の新人なら置いてかれるよ、きっと俺でも留守番だった」「そうだぞ、付いていけるフジノが異常なんだ」「うんうん、ハナノが普通だ」と慰めてくれて、同期っていいなあ、とハナノはしみじみしたものだ。


 そんな日々が嘘みたいに今は充実している。獣舎ではルクルードとエントヒヒ達と楽しく過ごし、その後は毎日一本の剣の手入れだ。ハナノが手入れした剣は付与された魔法の補強がされているらしい。第二団の騎士達が帰ってきた時に、サーシャのように驚いて喜んでくれるんじゃないかと思うと、ニヤニヤしてしまう。

 それらに加えてご褒美のようなラグノアとの出会い。最近の自分は全ての運を使い果たしているのでは、とまで思う満ち足りた日々だ。


「今日も午後からは獣舎に行くの?」

「うん、もっと慣れてきたらヒヒだけじゃなくて、竜馬にも触れさせてくれるって言われてるの」

「竜馬……大丈夫? 噛み付かれたりしないの?」

「噛み付くかもしれないから、もっと慣れてからなんだって」

「え、大丈夫それ? 気を付けなさいよ」

「ルクルードさんも居るし、安全だよ」

「そうかしらねえ……」

 ここで、講師がやって来てハナノとローラは講義の準備をした。


 午後、獣舎にやって来たハナノは進んでエントヒヒ達の雑木林への散歩に付いていく。

 ラグノアに会えないかなあ、という下心付きだったのだが、この日はラグノアは現れなかった。昨日サボってしまった分の仕事を頑張っているのかもしれない。そう考えてから、ラグノアは一体何の仕事をしているのだろう、と疑問を抱く。城の魔法使いが務めているとなれば魔法塔で、そこでは魔法や魔道具の研究開発が行われているのであるが、自然を愛するエルフがそんな事をするだろうか。エルフは異種族である人間の歴史や発展に干渉する事も嫌うとフジノは言っていたので、魔法や魔道具の開発はしないように思う。


(何してるんだろう)

 今度会えたら仕事内容くらいは聞いてみようかな、と思っていたらその翌日、ラグノアが姿を現した。


「ラグノア!」

 ハナノが喜んで駆け寄ると、ラグノアが微笑む。名前を教えてもらったすぐ後に“ラグノアさん”と呼ぶと友人だから呼び捨てにしてくれと言われたので呼び捨てだ。


「こんにちは、ハナノ」

「また会えて嬉しいです」

「精霊達が君がいると教えてくれた」

 ラグノアが言うと、周りの蝶達は誇らしげにヒラヒラと舞う。

「せっかくだからと、仕事を置いてきてしまったよ」

 ははは、と笑うプラチナブロンドのエルフ。同じ職場の人達には本当に申し訳ないな、と思いながらも会いに来てくれた事は嬉しい。


「お仕事って、何をしてるんですか?」

「私の仕事? そうだな、何と言われると……」

「お嫌なら無理に教えてくれなくてもいいですよ!」

 ラグノアが言いよどんだので、ハナノは焦って付け加えた。


「嫌ではないよ。正直中身はきちんと把握してないんだ。私は人間の政治やその調整に関わるつもりはないから進んで理解を放棄している。いろいろ肩書きはあるが、どれも役目を果たしているとは言い難い。立場を押し付けないでくれと再三抗議しているんだが、まあ、あちらにはあちらの都合があるからな……ふむ、私の仕事……そうだな、精力的に行っているのは城の本宮の温室と薬草園の手入れだろう」

「温室と薬草園」

「ああ、薬草園については育てる薬草や成育方法に意見も出来る」

「おおー」

 それならエルフの仕事として納得だ。森の精霊エルフよりも植物に長けている者などいないだろう。

「適材適所ですね」

「ふふ、そうだね。与えられた権利の中でこれだけは納得だ」

「じゃあその子達は普段は薬草園にいるんですか?」

 ハナノは蝶達を指差して聞いた。

「温室にいる事が多いかな。人の前では蝶の形は取ってない。私に懐いてくれていて、私が楽しそうな時はよく付いてくる」

「愛されてますねえ」

「今はね」

 ラグノアの顔が少し曇る。

「今は?」

「少し前には随分嫌われてしまっていたんだ。制約を無視して炎の精霊を使役したからね」

「ラグノアがですか?」

「友人の頼みを断れなかった。本来、精霊達は森や私の友人達を守るためだけに私に力を貸してくれるし、他者を攻撃する事を嫌う。そこを曲げて使役したから」

 ラグノアが寂しそうに微笑む。ラグノアとしても本意ではない使役だったのだ。


(少し前……エルフの少しってどれくらいだろう、10年とか20年くらいかな。友人のお願いってきっと何か大事な事だったんだろうな)

「そのご友人は喜んだのでは?」

「とても感謝された。それは救いだったし、人の願いを聞き、感謝されて納得する私はやはり森には向いてないのだな、と思い知らされたよ。だが、根本的に人と私は違う。私は魔物も認めているし尊重する事すらある、昔のように手放しで協力も出来ない。……すまない、余計な事を話してしまった」

「気にしないでください。私がいろいろ聞いてしまったからです。何にせよ、その蝶達はラグノアを好きって事ですね」

「そうなるね。また戻ってきてくれたから。はぐれ者の私が面白いだけかもしれないが」

「確かに、ラグノアは思っていたエルフとは違います。エルフってもっと神々しくて霞みたいな感じかと思っていました」

 フジノからも『ほとんどのエルフは話が通じないよ』と聞いている。


「私は元々エルフにしてかなり気が荒いし短気だ。おまけに人の世界が長いからね」

 ラグノアはそう言って微笑み、その細められた目を見てハナノはふと、あることに気付いた。

 

 

 

 

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