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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第一章

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36/112

36.留守番のハナノ(3)


「補強?」

「そうです、かけ直しまでとはいきませんが、補強は確実にされてます。私は水属性の魔法を使うんです。刀身をこうやって凍らせると炎系の魔物に効くのでよくやるんですが」

 サーシャが説明しながら剣をハナノに見せる。その刀身は霜で曇り、ひんやりとした冷気が漂っていた。


「すごい……」

 ハナノはまじまじとそれを見た。サーシャが魔法を使えるのも驚きだったが、剣にそれを乗せれるなんて。

(これが、いわゆるアイスソード……うおお、現物見るの初めて!)

 サーシャが入団初日からの副団長として受け入れられたのはこれのせいかと納得する。

 

「これをすると剣は傷むので、私の剣には予め水の加護魔法をかけてもらっているんです。この剣はかなり加護が弱くなっていて、次に凍らせれば折れるほどだったんですが、問題なく凍ってます」

「それはよかったですね」

 にこにこするハナノ。よかった、よかった。数ヶ月待たなくてよくなったし、万々歳ではないか。


「ハナノさん? なに他人事みたいに言ってるんです? この補強、ハナノさんがしたんですよ?」

 サーシャの笑顔に凄味が加わった。

「……え?」

「あなたが手入れしての変化です。ハナノさんがしたとしか考えられません」

「ええっ!? いやいや! 私な訳ないでしょう!」

 ハナノは大慌てで否定した。付与魔法の補強なんてした事はない。魔法を使えた事もないし、魔力はほとんどないのだ。

「ひょっとして無意識ですか? 無意識でそんな事出来るかな」

「無意識も何も違いますよ! 私、魔法使えないんですよ、魔道具への魔力の注入もやった事ないです」

「魔力の注入と魔法の補強は別物です。魔力を燃料として溜め込む機構のある魔道具への注入は魔法使いなら猿でも出来ますが、魔法の補強は違います」

「猿でも……」

 猿でも出来るは言い過ぎだと思う。そもそもハナノは出来ない。


「補強するには、かかっているの魔法の本質を理解して、それに馴染むように自分の魔力を調製し、全体に均一にその魔力を与えていかなければならないんです。錬金術部門の魔法使いでも難しい仕事で、かけ直した方が手っ取り早いので、普段は再現出来ない古い魔法のかかった魔道具にしか用いません」

「へえ、そうなんですね」

「ええ、ですから無意識なんてあり得ないのですが?」

 が? と言ったサーシャの目が怖い。優しい水色眼鏡はどこに行ったのか。目が全然笑っていない。


「で、でも、私、かかってる魔法なんか触っても分からないです。聞いたらイメージは出来ますが、それだけですよ。自分の魔力を使った事もないので、調製とか均一にとかもしてないです」

 ハナノは必死に訴えた。だって何もしていないのだ。ハナノはただ丁寧に剣を拭いて、オイルを塗っただけだ。魔力を調製して均一に与える? やってない。断じてやっていない。

 

(…………ん? 均一?)

 とここで、ハナノは自分の右手人差し指を見る。そこからは今もすうっ、すうっと少しずつ均一にハナノの微々たる魔力が出ている。


(均一…………)

 これは均一に魔力を与えた事になるのだろうか。

 いや、そんな訳ない、とハナノは思い直す。そんな上手くいく訳がない。大体この魔力はアレクセイにも見えなかったのだ。本当に魔力なのかの自信もない。人差し指の魔力についてサーシャに説明するのは憚られた。


「サーシャさん、何もしてないんです」

 ちょっと涙目になるハナノ。ハナノの涙目にサーシャがはっとなった。


「……すみません。あまりに驚いて詰問調になってました。そうですよね、魔法が使えないあなたは魔力を扱う事自体イメージしにくいはずですよね」

 サーシャの態度が和らぐ。ハナノは「その通りです」と何度も頷いた。


「でも、絶対に補強したのはハナノさんなんですけどね……うーん、魔力の性質的な何かなのかな。馴染みやすい魔力とか?」

「私の魔力、馴染みやすいんですか?」

「どうでしょう。魔法塔によると魔力には属性とは別に性質があるらしいです。治癒魔法が使える方なんかの魔力は与えやすく馴染みやすいから、錬金術に向いてる、なんて論文もありましたね。あっ」

 そこでサーシャは、がばっとハナノを見た。

 

「ところでハナノさん、大丈夫ですか? 魔力、少なかったですよね、魔力の枯渇は生命にも関わります。私の剣に魔力を与えて気持ち悪くなったりしてませんか? 吐き気とかないですか?」

「ないですよ。平気です」

「でも顔色は悪いですね。まずいな。すみません、気付くのが遅れました」

「あ、いえ、顔色は、その……」

 顔色が悪いのはサーシャの『が?』の時の目が怖かったからだと思うけど、そんな事は言えない。


「手入れはお仕舞いにして医務室に行きましょう。念のために精密な測定器で魔力も測りましょう。簡易なやつは下限が5ですが、それなら1から計れます。歩けますか? 抱えた方がいいかな」

「歩けます! 歩けますよ!」

ハナノは大慌てで足踏みして見せた。

抱えられるなんて困る。第二団副団長の姫抱っこで騎士団本部を医務室まで練り歩くなんて恥ずかしさの極致だ。断固拒否だ。


「そうですか。無理はしないでくださいね」

 サーシャは手早く片付けるとハナノを気遣いながら医務室まで連れていってくれた。医官の騎士がハナノを診てくれて、少々疲れは見られるが体に異常はないと言われる。

精密な測定器で魔力を測ると針はびくんと震えた後、ふらりと2を指した。


「「に……」」

 サーシャと医官の騎士が絶句する。魔力は通常10から100で、一般的には二桁あるものなのだ。20以下となければ虚弱で病にも怪我にも弱いので世間では結構心配されるし、いろいろ気遣ってくれる。何なら魔力20以下は医療費の補助制度まである。


「大丈夫か? 初めて見る値だ……よく立って歩いて来られたな。もう休みなさい」

「ハナノさん、すみません。無理をさせました。ゆっくり休んでください」

「大丈夫ですよ。きっと普段から低いので慣れてるんです。私、簡易測定器では0なんで」

 沈痛な面持ちで休む事を進められてハナノはぶんぶんと手を振った。体感としては全然大丈夫なのだから気にしてもらいたくない。

 

「それにしても、2ですよ。普段が仮に4だとしたら半減しています」

 サーシャの顔は沈痛なままだ。

「きっと省エネなんですよ!」

「どちらにしても、もう夕方です。後はしっかり食べて休んでください」

「はい、あの、サーシャさん。明日以降も剣の手入れはしてみてもいいですか?」

 そろりと聞いてみると、サーシャは難しい顔をした。


「体調は平気です。よく分かりませんが、もし本当に魔法の補強が出来るなら嬉しい事ですよね? 役にたてるなら立ちたいんです」

 ハナノは、第二団に配属されてから初めて自分の能力で役に立てる気がした。嬉しかった。置いてきぼりで落ち込んでいた分、じんわりと嬉しい。


「うーん……でも、2……」

「お願いです。やらせて下さい。ほら、平気です」

 ハナノはむんっと腕で力こぶを作る真似をして見せると、サーシャが優しく微笑んだ。

「……ふふ。分かりました。明日、また一緒に手入れしてみて魔法が強化されてるかの確認と、ハナノさんの体調を見ましょう。続けていいかは明日次第です」

「やった! ありがとうございます!」


 そうして翌日もハナノはサーシャと共に剣の手入れをして、やはり付与された魔法の補強に成功した。

「補強されてる。不思議ですねえ、ハナノさんは魔力が多ければ名だたる治癒士や錬金術士になっていたかもしれませんね」

 ハナノによって防御魔法が補強されたらしい剣を手にしてサーシャが言う。

 

「名だたる治癒士に錬金術士……えへへ、それは、残念でした」

 照れるハナノ。


「体調は問題ありませんか?」

「ないです」

 むんっ、と今日も力こぶを作って見せる。

 

「ふふ、無理は禁物ですよ。正直、この補強は嬉しいです。第二団の皆も喜ぶでしょう。なので続けてもらって構いませんが、一日一本までにしてください。ハナノさんが倒れたら困りますからね」

「はい! 分かりました!」

 ハナノは力一杯返事をした。


 

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