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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第一章

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35.留守番のハナノ(2)


「ルクルードさんに気に入ってもらえたようで、良かったですね」

 サーシャがにっこりしながら言う。

 獣舎から戻ったハナノはそのまま詰所に顔を出し、サーシャと騎士団の武器庫にやって来ていた。約束通り、これから武具の手入れを教えてもらうのだ。


「はい、明日からお手伝いできそうです」

「一安心ですね。なら今からの武具の手入れは、無理にがんばらなくてもいいですよ」

「いえ、第二団の皆さんが任務中なのに、私も何かしてないと落ち着きません。やる事は多い方がいいです」

「新人さんって感じですねえ。頑張りすぎないでくださいね。こちらが武器庫です。この部屋は第一団から第四団で使っていて、共用の防具や武器、個人持ちの剣も置いてあります」

 ハナノはぐるりと部屋を見回す。

 だだっ広い部屋は薄暗いが、きちんと掃除がされているようで埃っぽくはない。整然と並ぶ棚には盾や胸当てや兜やボーガンが置かれ、箱には剣や斧、棍棒や鉾、メイスなんかがさしてあった。壁際には布で覆われた大型の武器のようなものもある。

 

「たくさんありますねえ」

「はい。共有のものは騎士団のメンテナンス部門の方々が定期的にチェックして手入れもしてくれているんですよ」

「へええ、ありがたいですね」

 確かに部屋の各所には作業用の机と椅子にランプが置かれている。

 

「ええ。だからハナノさんには共有の武具ではなく、個人持ちの剣のお手入れをしてもらおうかと思っています、この辺が第二団(うち)の騎士達の剣です」

 サーシャが部屋の一角を指し示す。二つの大きな箱に様々な剣が差し込まれていた。

 

「わあ、これが、個人持ちの剣達」

 ハナノは憧れの面持ちでそれらを眺める。

 個人持ちの剣、それは一人前の騎士の証でもある。ハナノ達新人が持っている剣は、基本的には任命式後に貸与された騎士団共通の剣だ。これは新人は皆貸与されるもので、新人騎士はこの貸与の剣を使いこなせるようになり、それなりの物を買えるようなお金を貯めてから、より自分に合った剣を自前で誂えるのである。

 ただ例外はある。由緒正しい貴族の家出身者などは試験の時から立派な剣を持っていたりするので、そういう者は貸与された剣をすぐに返納して、自前の剣を使う。

ハナノの友人ローラはその類いだ。ローラの場合、剣に自分の魔法を乗せて使うので、貸与の剣では魔法の負荷に耐えられず折れるらしい。

何それ、かっこいい理由だな、とハナノは思う。剣に魔法を乗せるには魔法のセンスとかなりの習熟が要るのだ。ファイヤーソードとか、アイスソードなんてものがおとぎ話に出てくるが実際にそれが出来る者は少ない。ローラは「私の重力の魔法は元々が物質に働きかける性質だから難しくないのよ」と謙遜していたけれど、それにしてもすごいと思う(因みにフジノはファイヤーソードに挑戦して剣を折った事ならある)。


 そういった新人から個人の剣を持つ例もあるが、一般的には自前の剣を誂えるようになって一人前の騎士だ。だからハナノにとっては憧れの個人持ちの剣。


「いろいろありますねえ」

 一人一人に誂えたものだけあって、剣の長さや柄の太さはバラバラだ。柄や鞘もかなり凝ったものからあっさりしたものまで様々なバリエーションがある。

「拘る方は拘りますからね。サーバルさんの大剣なんかいい例ですよね。背負っちゃってますもんね。ああなると剣というより斧ですよね」

「あれ、カッコいいですよね!」

 ハナノは大剣を背負った、褐色の肌に赤毛の女騎士サーバルを思い出してテンションが上がる。

 

「えっ、そうですか? 私はもう少しスマートなものが好きですね」

「えっ、そうなんですね。そっかあ、趣味が合いませんね」

 でも確かに、大剣を背負ったサーシャは想像しにくい。

「ふふ、ハナノさんに大剣は難しそうですけどね。誂える際は自分に合ったものを選びましょうね」

「はい」

「剣ではない得物を選択される方もいるので、試しに使わせてもらうのもいいですよ」

「槍とかですか?」

「槍はあんまり聞かないなあ。女性の方だと、鞭、という方が何名かいたような……特殊なものでいうと、第一団副団長のミドリさんですね」

「お名前はお聞きしています! 遠征中で会えてないんですが」

 それは女子寮で先輩女騎士から散々聞いた名前だ。ミドリはとにかく可愛くて強いらしい。それはハナノの大好物である。


「ミドリさんは、トンファーという変わった武器を使います。超接近戦、完全に肉弾戦ありきなので、参考にはなかなかしにくいですが、視野は広がりますよ」

「では、機会があれば見せてもらいます!」

「そうしましょう。さて、本題に戻りますね。個人の剣はメンテナンス部門はノータッチなので各自で手入れするんですよ。人によっては放ったらかしになっているので手入れしてあげると喜ばれます」 

「勝手に触っていいんですか?」

「触られたくない人はたとえスペアでも自室に置いてますからね」

 そう言うと、サーシャは箱の中から一本の剣を取り出して、スラリと左手で鞘から抜いた。美しい青い刀身が露になる。刀身は鈍く光っているように見えた。

 

「キレイですね。少し光って見えます」

「はい。私の剣です。水の加護魔法をかけてもらってたんですけど弱まってきていて、順番待ちなんですよ」

「魔法の順番待ち?」

「ハナノさんは騎士団の剣には魔法が付与されているものがあるのは御存知ですか?」

「知ってます」

 騎士の剣には強化や防御の魔法が付与されているものがある。個人の技量にもよるがそれらがある事で魔物により有効な打撃を与えたり、自分への攻撃を防ぎやすくなるからだ。加えてローラのように自身の剣に魔法を乗せても使う者は、刀身に何らかの対策をしておかないと負荷で刃を傷める事もある。

  

「城の魔法塔には錬金術部門があって、騎士団の剣への魔法の付与もしてくれるんです。有料ですが、よほど特殊なものでない限りは何でもしてくれます。付与してある魔法が弱まればかけ直してもしてくれるんですけど、錬金術師が少ないので結構待つんですよね。大体数ヶ月待ちです」

「数ヶ月も」

「団長クラスになると順番は優遇されるんですが、逆に団長クラスは魔法をかけてない人が多いですね」

「どうしてですか?」

かけてるほうが便利な気はするのだが。


「魔法の付与は少しずつ弱まります。強い方ほどそういう不確かなものには頼りません。団員の中にもそういう方はいますね。そもそも団長になると刀身がミスリルの人も多いです。ミスリルなら強化も防御も備わってますから」

「という事は、アレクセイ団長の剣はミスリルでしょうか?」

期待を込めてハナノは聞いた。可愛くて強いアレクセイの剣がミスリルなんて、素敵じゃないか。


「そうですよ」

「おお!」

今度、アレクセイに剣を見せてもらおうと決意するハナノ。ミスリルは希少な金属だ。その輝きは白銀で美しい。アレクセイがそんな剣を構えてる所は物凄く絵になりそうだ。

今度、絶対に見せてもらおう。


「私個人としては、魔法の付与は便利でいい物だと思ってます。きちんと状態を把握して使えばいいんです。ここにあるのはそういう方針の方々のもので、かけ直しの順番待ちの剣がほとんどです」

「じゃあ、魔法がかかってるんですね。」

 ハナノはわくわくしながら、並んでいる剣を見た。

「強化の魔法がかかっているものが多いです。女性の方は刃を薄くしたり、軽い合金にして不足している強度を強化で補っている方も多いですね」

「へええ、あ、サーバルさんの大剣もそうなのかな? どうやって振ってるんだろうっていつも思ってたんです」

 サーバルの大剣は男性が持つにしても大振りの剣だ。身長が低いので長さはないが幅が広い。あれを振れるなんて一体サーバルの腕の筋肉はどうなっているんだろう、と思っていたが、見た目より軽いのなら納得がいく。


「あー、いや、サーバルさんはちょっと変わってて、重くないと上手く振り切れない、との事でそういう対策はしていませんね」

 解説してくれたサーシャの声には呆れが混じっていた。

「…………」

「ねー、びっくりして引きますよね。あの方には、砂漠の遊牧民の血が入ってます。そもそもの筋肉量が違うので比較したらダメですよ」

「なるほど」

 砂漠の遊牧民だったとは、それならそれで納得だ。砂漠の遊牧民は見事な赤毛と褐色の肌を持ち、その肉体はかなり強靭だと聞く。確かにサーバルはその特徴にぴったりだ。どうりで、かっこいいわけだ。


「話がいろいろ反れてすみません。手入れに戻りましょう。きっと御存知でしょうが、私の剣で手入れの仕方を教えますね」

 そこからサーシャはハナノに手入れの仕方を教えてくれた。まず乾いた布で、全体を拭き、錆びや引っ掛かりがあれば目の細かい砥石で丁寧に研ぐ。もう一度乾いた布で拭いて、最後に保護用のオイルを塗る。工程としてはそんなに難しくはない。


「手入れは必ず一本ずつしてくださいね。途中で離れる時は必ず鞘に戻してください。まずは私の剣でやってみてください」

 サーシャが少し青い刀剣を渡してくれる。


「お借りします」

 ハナノはそれを受け取ると、持ち方や刃の滑らせ方をサーシャから教えてもらいながら、さっき聞いた工程を一通り行った。自分の剣の手入れはした事があるが、人の剣となると緊張する。丁寧に拭いてオイルを馴染ませた後は、心なしか刀身の輝きが増したように感じられた。


「終わりました。ちょっと輝きましたね」

 ハナノが剣を掲げると、サーシャは一瞬ぽかんとした。

「サーシャさん?」

「ほんとだ、ちょっと輝きましたねー」

 サーシャの目が細められて、ハナノの掲げる剣を見る。 

「はい」

 輝きを認められてにこにこするハナノ。

「ちょっと、貰いますね」

 サーシャも笑顔になってハナノからそっと自分の剣を取った。ハナノは何だかサーシャの笑顔がいつもと違うように感じた。


 サーシャはハナノから少し離れると、剣を振る。

ヒュッッ

 何の構えもなしでただ振っただけなのに、空気が少し揺れる。確かな剣の腕だ。さすが副団長だな、なんて思う。

サーシャは無言でそのまま剣を振った。何だか部屋の温度が下がったような気がする。ひんやりしてきたような……


「……ハナノさん」

 何振りかしてからサーシャはハナノに声をかけた。


「はい」

「これ、剣にかかっていた水の加護魔法が補強されてます」

「えっ?」

 ハナノはびっくりしてサーシャの持つほんのり青く輝く刀身を見た。




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