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魔王少女はそうとは知らずに騎士になる  作者: ユタニ
第一章

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34/110

34.留守番のハナノ(1)


 第二団がウルフザンの討伐へ発ってから5日後のお昼、ハナノは途方に暮れて騎士団本部の廊下をとぼとぼ歩いていた。所属する団の全員がいないので、午前中の訓練が終わってからやる事のない日が続き、これまでの4日は図書室に通ってみたのだが、さすがに一人図書館を5日連続はしんどい。

 剣や基礎体力の訓練をしようにも、練兵場には他団の騎士達がいる。新人なのにそこに混ざっていくほどの度胸も腕もハナノにはなかった。


(困ったなあ……)

 でも、部屋でだらだら過ごすわけにもいかない。今の状況であれば誰に咎められる訳でもないのだが、アレクセイやファシオやサーバルやフジノが任務にあたっていると思うとそんな気にはなれない。


(本部の外周でも走るかあ。走って、部屋で筋トレかな。うん、そうしよう。今日は図書室はやめるぞ)

 ハナノがそう決意して顔を上げると、向こうから来る騎士が水色の髪の眼鏡の見知った顔だった。


「サーシャさん?」

 ハナノが呼び掛けるとサーシャはにっこりした。

「ハナノさん。こんにちは」

「こんにちは。あれ? サーシャさんがどうして残ってるんですか?」

 ウルフザン討伐は非番も含めて第二団全員に出立命令が出ていたはずだ。ましてサーシャは副団長。残ってるはずはないのだが。


「ああ、ウルフザンですよね。私は別件で遠方に行ってて昨日帰ってきたんです。帰ってきたら誰もいないのでびっくりですよ。事が事だけにかなり急ぎの出立だったんでしょうね」

「そうだったんですね、これから追い掛けるんですか?」

「いえ、三日後にはまた遠方の予定が入っているので、今回はそちらを優先します。団長よりもそのようにしろとの指示です」

「そっか、お忙しいですね」

 さすが副団長、置いてきぼりでもハナノとは全然境遇が違う。サーシャと自分を比べるなんておこがましいが、ますますしょんぼりしてしまう。やる事がないって辛いのだ。


「ハナノさんはお留守番と聞きましたが、大丈夫ですか?」

「え?」

「珍しく肩を落として歩いていたので」

「あー、はい。恥ずかしながら何もやる事が見つけられなくて、困ってました。……あ! 何かお手伝い出来ることはありますか? 何でもします!」

 ハナノは期待に満ちた顔でサーシャを見上げた。

副団長だし、きっと忙しいに違いない。絶対何か手伝う事があるのでは。


「うーん、そうですねえ……」

 サーシャはというと、アレクセイから命じられたハナノとフジノの身辺調査でデイバン男爵領から昨日帰ってきたところなのだった。そして、三日後に出発するのは第十八団の駐屯地で双子の兄のフリオとの面会のためだ。寄りによって調査対象のハナノにその報告やら準備やらを手伝ってもらう訳にはいかない。


「メモの整理でも、報告書のまとめでも、なんなら机の片付けでも部屋の掃除でも何でもします。仕事が欲しいです!」

「えーと」

「あ、ごめんなさい。かえって邪魔でしたか?

 サーシャの渋る様子にハナノは肩を落とす。


「いえ、大丈夫ですよ。私の仕事を手伝ってもらうのは遠慮しますが、新人さんを放ったらかしにする訳にもいきませんし、ちょっと考えますね……」

 サーシャはそう言って少し考えてから口を開いた。


「ハナノさんが宜しければ、これから獣舎に行ってみますか? 入団試験の結果には魔獣を扱う素養があるかもとあったし、貴方ならルクルードさんも受け入れてくれるかも……あ、魔獣のお世話とかしてみたいですか?」


「はい! ありがとうございます! してみたいです!」

 ハナノは喜び勇んで答えた。

(やったー! 仕事だ! やる事だ!)


「ふふ、では行ってみましょうか。獣舎管理人のルクルードさんに気に入って貰えれば、留守番の間お手伝いできると思いますよ。あとは、武具の手入れも夕方一緒にやりましょう」


「はい!」

 良かった、これで途方に暮れなくてすむとハナノは安堵した。サーシャが神にも見える。ハナノに仕事を与えてくれた眼鏡の神。


「管理人のルクルードさんってどんな方ですか?」

 神となったサーシャと騎士団本部の東の端に位置するらしい獣舎へ向かいながら、ハナノは聞いた。


「ちょっと偏屈なおじいさんです。腰を痛めて騎士を早めに引退してからは、獣舎管理一本の方で、そのせいか私達より魔獣達を重視しておられますが、悪い人ではないですよ」


「魔獣って具体的には何を飼ってるんですか?」

「主なものではエントヒヒと、数頭の竜馬がいます」

「竜馬ですか!? すごい!」

 竜馬はドラゴンの亜種だ。足の長いトカゲのような外観で、馬程の大きさの体には翼があり、羽ばたいては飛べないが駆けてから滑空することができる。ただ乗りこなすのは至難の技で、おとぎ話でしか乗り物としては出てこない。


「ルクルードさんが卵から孵して育てた子飼いの数頭です。ただルクルードさん以外にはなつかないんで、専らドラゴンの研究用になってますけどね」

「へええ、それでも凄いですね。エントヒヒは試験でお世話になりました。試験のために飼ってるんですか?」

「いえ、もちろん入団試験でも重宝してますが、エントヒヒは馬では入れない山や雪国での任務時に人足用として連れて行くんです。バナナをあげればとても良く働いてくれるんですよ」

「知りませんでした」

「こちらもルクルードさんの手腕によるものな

んです」

「すごい方なんですね、是非とも気に入られなくては!」

 そんなハナノの言葉にサーシャは目を細めた。


「そんな風に言えるなら大丈夫でしょう。騎士の中には魔獣の世話を格下だと考える人も居るんです」

「何故ですか? そもそも魔獣は種類によっては人より優れた存在ですよね?」

 この言葉には、サーシャは目を丸くして、一瞬笑顔が消えた。

「人より優れている?」

「はい。高位の魔獣は知能も身体能力も人より優れています。ドラゴンが良い例かな、と」

「それは、ハナノさん独自の考え方ですか?」

「え? 図鑑に書いてありましたよ。」

 フジノと一緒に書き込みしまくって学んだ図鑑に書いてあったはずだ、とハナノは思いだそうとした。


(うーん、書いてあったっけ? いや、でも書いてあったよね。もはや、フジノと2人で書き込みすぎて元の文章無くなってたけど……もしかしてフジノが後から書き込んだ文章だったかな)


「そうですか、その考え方は結構珍しいです。かなり専門的な本を読まれてますね。昔は魔獣と意志疎通して契約を交わす魔獣使いと呼ばれる人達もいたんですけど、今はいません。少数派の意見によると、人の持つ魔力が減って魔獣と対等でなくなったからだということですが、ほとんどの方には受け入れられていません。自分達が下等だと認めることになりますからね。特殊な地域ではドラゴン崇拝なんかは残っていますが、都市部では魔獣は魔物よりはマシという程度の家畜の扱いですね」

「家畜……エントヒヒはともかく、竜馬は家畜というより軍馬とかですよ。目がとても理智的です」

「竜馬と触れあった事もあるんですか?」

 サーシャがびっくりして、ハナノは焦った。

「あ、いえ、ないです」

 

(あれ、ほんとだ、ないよね)

 ハナノは少し不安になる。そういえば、魔物の授業でも魔物の手触りの事とかを話すと同期の皆もぎょっとしていた。ハナノは魔物に遇った事がないのになぜ手触りなんて知っていたのだろう。妄想で手触りを補完したのだろうか。


「すみません。妄想かもしれないです」

「ふふ、でも合ってますよ。彼らはきっと賢いです」

「サーシャさんは触れあった事があるんですか?」

「触れあいというか、そうですね。私はちょっと事情があって竜馬に乗れるんですよ」

「乗れるんですか!? 全然言うこと聞かないからほぼ無理だって書いてありましたよ。フジノもコツがいるんだってすごく嫌そうにしてました」

 さすが副団長だと、ハナノはキラキラ光る瞳でサーシャを見た。


「事情はおいおい話しますね。それにしても竜馬に乗るコツなんて聞いた事がないです。私はコツを知ってるフジノの方が気になりますね」

 サーシャの目がうっそりと細められるが、ハナノは気付かない。

「フジノは何でも知ってるんです。気にしてたらキリがないですよ。私はすっかり慣れました」

「へえ、機会があれば本人に聞きましょうか」

「それがいいです」

「教えてくれなさそうですけどねー」

「ねー、兄がいつもすみません」

「ハナノさんが謝る事はありません。あ、あれが獣舎ですよ。」

 サーシャが前方を指差す。そこには武骨な平屋の建物が2つ並んでいて、それが獣舎のようだ。獣舎の背後は小さな雑木林になっている。


「いたいた、ルクルードさん」

 サーシャの呼びかけに、獣舎の前にいた老人がこちらを向いた。

 背の低いがっちりした体つきの老人だ。腰を悪くしたらしいが背筋はぴんと伸びている。


「サーシャか、何だ?」

 ハナノとサーシャが近付くと、ルクルードはハナノを睨みながら言った。

 まあまあ怖い。でも、めげないぞ、とハナノは思った。だって、仕事が欲しい。


「うちの新人騎士のハナノです」

「はい! ハナノ・デイバンと申します。ルクルードさん!」

「……で、何だ?」

 相変わらずハナノを睨みながら、ルクルードはもう一度言った。お喋りは好きじゃないみたいだ。


「そんな睨まないであげて下さい。ウルフザン討伐で第二団全員留守なんですけど、彼女はお留守番でして、しばらくやる事がないんです。入団試験ではエントヒヒを上手く手なずけていたので、こちらでお役に立てるんじゃないかなー、と思って。こないだ助手を探してらしたでしょう?」


「よろしくお願いします!」

 ハナノはぺこりとお辞儀をした。

 

「…………」

 ルクルードはやっぱりハナノをしばらく睨んでいたが、無言でふいっと獣舎へと入っていってしまう。


「あの、いきなり嫌われてしまったでしょうか?」

「いえ、大丈夫です。帰れ、って言われなかったのでむしろ気に入られてます」

「そうなんですか?」

「ええ」

「おい、早く来い。」

 獣舎の入り口からルクルードが叫ぶ。


「わっ、はい! ただいま!」

「がんばってくださいね、終わったら詰所までどうぞ、武具の手入れを教えます」

「はいぃ!」

 ルクルードへと走るハナノの背中にサーシャから声がかけられ、返事をしながらハナノは獣舎へと足を踏み入れる。


 獣舎の中は巨大な倉庫のようになっていた。壁と屋根の間に明かり取りの窓がぐるりと付いていて、けっこう明るい。左側の壁沿いに柵の囲いが3つあり、それぞれ十数匹のエントヒヒがいた。


「檻じゃないんですね、逃げないんですか?」

 柵の隙間は広く、高さも低い。簡単にすり抜けたり乗り越えたり出来る代物だ。

「こいつらにとってここが家だからな、囲っているのは群れを分けてるだけのものだ。たまに裏の雑木林は行くが、逃げたりはせん。ここに居れば、飯が出てくることを知ってるんだ」

「賢いんですね」

「ほら、まずはこれをやってみろ、待て、で待たせることができたら手伝わせてやる」

 ルクルードはハナノにぐいっとバナナを渡してきた。

「あっ、えっ? はい!」

 訳も分からずハナノはとりあえずバナナを受けとる。

(やってみろとは、何を?)

 

「左手に持って、右手で、待て、だ」

「おう、は、はい!」

 言われた通りに左手にバナナを持つハナノ。よく分からないが、エントヒヒに対してバナナの待て、が出来るかどうかが、ここ手伝いの採用試験のようだ。

「さ、やってみろ」

「はい!」

 ハナノはバナナを持ったまま、そっと一番近くの囲いに近付いた。バナナを見たエントヒヒ達が、目の色を変え、すぐに一匹がこちらに寄ってきた。柵ごしにハナノの方に寄ってきたのは一番体の大きいヒヒで、この群れのボスのようだ。

 ボスが柵まで来たので、ハナノは右手を突きだして「待て!」と言ってみる。


 柵は形だけのもので、隙間から手も出せるし、何ならハナノなら体も通れるくらいのものだ。初対面の自分の、待て、を聞いてくれるとは思えないので、ハナノはすぐにバナナを取られると思ったのだが、


「…………」

 ボスのエントヒヒはじとっとハナノを見た後、地面に伏せた。

「あれ?」

 既視感だ。これ、試験でも見たやつだ。

「おーい、あれ?伏せ、じゃなくて、待て、だけだよー」

「…………」

「ちょっと、おーい。待て、だよ」

 ボスヒヒはじっとりと伏せたままだ。このままではボスの威厳に関わるんじゃないだろうか、と心配になる。


「ルクルードさん、もうバナナあげてもいいですか?」

「お前がやりたければ、やればいい」

「あ、はい。では」

 ハナノはしゃがんで右手でぽんぽんとボスヒヒの頭を撫でた。

「バナナ、どうぞ」

 そう言ってやると、ボスヒヒは警戒しながらも座ってハナノからバナナを受け取る。

「よしよし、ふわふわだねえ」

 ハナノは右手でそのままボスヒヒの背中を撫でると、ボスヒヒは気持ち良さそうにうっとりとハナノにすり寄ってきた。

 ボスの様子に、他のエントヒヒ達もそろりそろりと柵の方へとやって来る。ハナノが他の子も撫でてやると、やっぱりうっとりされた。


「ふんっ、合格だな」

 後ろでルクルードがそう言った。


 その後、ハナノはエントヒヒの獣舎の掃除と、おやつの調整を行い、ルクルードさんからは「明日も来い」と言われて獣舎を後にした。




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